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第1部 護衛編
要件定義③
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「…橋の形状、これが一番重視すべきではないでしょうか?」
「はい。ボクもそう思います。もちろん3つのどれに重きを置いて検討してもアプローチを変えればいい話なのですが、今回はこれらの要件を組み込みながら橋の設計をして、微調整していった方がいいかと思うんですよね」
「なるほど。橋と言っても色々な作り方がありますからね」
「はい。これでだいたい橋の建築についての方向性は見えたかと思います。これが最低限の要望ですので、これ以外のことは後出しは駄目ですからね。あくまでこの要件定義書に沿ってこれからは検討していっていただけたらと思います」
こうして一通りの話し合いが決着した時には、時計の針がてっぺんを少し超えた時間になっていた。
長時間の話し合いで全員の顔には少しばかりの疲労が見えていたが、同時に橋の建設に向けて前進できたことに充足感も感じているように見えた。
「いやー、どうなるかと思ったけどなんとかなりそうだな!」
「そうだねぇ。あたしもこれなら町の皆にも説明できそうだよ」
「ふぉっふぉっふぉっ円満に終わるのはなによりふぉっ」
「じゃあ、詳細についてはボクがまとめておきます。あと、お節介ついでにこれからやっておいた方がいいこともまとめますね」
「おう、ボウズ、ありがとよ!」
そう声を掛けられて、スカーレット自身も嬉しくなった。
余計なお節介かと思ったが、少しでも力になれたなら嬉しい。
4人からは…特に町の代表者であるマチルダやサントスの意見が対立して要件が決まらずに涙目になっていたルーベンスからは深い感謝の意を告げられた。
「本当に!本当にどうなるかと思っていたので、助かりました!ありがとうございます!」
「いえ、突然お話に乱入してしまってこちらこそすみませんでした。では、明日また資料を作ってお持ちしますね」
「はい!お待ちしています」
気づけばアルベルト達は先に宿へ戻ったらしく、スカーレットとレインフォードもまた宿へと戻ることにした。
外に出ると昼の曇天とは打って変わって、夜の空には煌々とした月が輝いていたが、黒く厚い雲が流れて時折その姿を隠した。
小さな町のためか、はたまた夜中に差し掛かってしまったせいか、大通りを歩いていても灯りのついている店はなく、ひっそりとしていた。
2人きりで並んで歩いていると、レインフォードが感心したように話しかけてきた。
「今日のはとても勉強になった。”要件定義書”だったか…あれはなかなか使えそうだな。どこで覚えたんだ?」
そう尋ねられてスカーレットは一瞬言葉に詰まってしまった。
まさか前世の仕事でやっていたとは言えない。
少し考えて無難な回答をすることにした。
「えっと、本で…本で勉強したんですよ」
「スカーは剣術だけじゃなく、勉学も優秀なのだな」
「いえ!聞きかじった知識だけですから、全然優秀じゃないですよ」
「それに人から要望を聞き出すのも上手かった。どこで身につけたんだ?あれは一朝一夕で見に着くスキルじゃないと思うが」
(まぁ、前世でヒアリングは本職でしたからね!)
と心の中で言いつつ、スカーレットは笑いながら誤魔化した。
「自分ではよく分からないですけど。そ、それより長時間付き合わせてしまってすみませんでした。レインフォード様もお疲れになったんじゃないですか?」
「このくらい平気だ。城にいるときもこの時間まで執務していることもあるからな」
「それは、大変ですね」
前世でのスカーレットの残業時間もたいがいであったが、この時間まで執務するとは王太子の仕事もなかなかブラックだ。
思わず同情してしまう。
「…そういえばこんなに執務から離れているのは何年振りか」
レインフォードは少しだけ空を見上げて息を吐くように言った。
その瞳はここではないどこか遠くを見ているようにも見える。
「なんとなく執務を離れてこうして旅をしていることが夢のようで現実味がないな」
「私も、レインフォード様とこうして旅をしていることが現実味がないです」
この間までデニスと結婚してウダーデン子爵夫人になると何の疑問も抱かずに思っていた。
それがいきなりの婚約破棄で、そして前世を思い出して、自分が悪役令嬢だと気づくとは思いもしなかった。
更に言えば、推しキャラのレインフォードの護衛で旅をすると、一体誰が予想できただろうか。
「お互い不測の事態だったものな。スカー、一つ聞いていいか?」
「はい、なんでしょう?」
「君は俺の護衛が終わったらどうするんだ?」
レインフォードの突然の質問の意図が分からず、戸惑いながらスカーレットは答えた。
「どう、ですか?まぁ、普通に領地に戻りますけど」
「王都に留まるつもりはないのか?」
「はい。領地に帰る予定です」
今回王都に行くのはレインフォードの護衛のためだ。
それが終わったら王都には用はない。領地に戻ってのんびり余生を送る予定だ。
スカーレットはそう答えたが、レインフォードは何か考え込んでいる様子で、返事がない。
不思議に思って首を傾げながら尋ねた。
「どうかされました?」
「いや、なんでもない」
「?」
そんな会話をしている内に、町外れの宿屋に到着した。
二階建てのそれは、まだいくつかの部屋から明かりが洩れていたが、ほとんどの部屋は真っ暗だ。
もう夜も遅いので宿泊客は就寝してしまっているのか、もしくはそもそも宿泊客がいないのかもしれない。
「アルベルトはもう寝ちゃってるかな」
「リオンも寝てるかもしれないな。あぁでもリオンの性格だと起きて待ってそうな気もするな」
そう言われるとアルベルトもスカーレットを待って起きているかもしれない。
(そう言えばさっき”寝れない”って言ってたから、起きているかもなぁ。でもなんで寝れないのかしら?)
アルベルトが寝れない理由が分からずスカーレットは色々と原因を考えるが思い至るものは無い。
(まぁ考えても仕方ないか。できたらアルベルトにはゆっくり寝て欲しいし、後で理由を聞いてみましょ)
「じゃあ、俺はこっちの部屋だ」
「はい。ボクは隣の部屋ですね。何かありましたらすぐ呼んでください」
「あぁ、お休み」
「おやすみなさい」
ゲームでの死亡イベントは今日行けなかったリエノスヴートでの夜襲だ。
だからこのルーダスで起こることはないだろう。
そう思いながらスカーレットは部屋のドアを開けた。
「はい。ボクもそう思います。もちろん3つのどれに重きを置いて検討してもアプローチを変えればいい話なのですが、今回はこれらの要件を組み込みながら橋の設計をして、微調整していった方がいいかと思うんですよね」
「なるほど。橋と言っても色々な作り方がありますからね」
「はい。これでだいたい橋の建築についての方向性は見えたかと思います。これが最低限の要望ですので、これ以外のことは後出しは駄目ですからね。あくまでこの要件定義書に沿ってこれからは検討していっていただけたらと思います」
こうして一通りの話し合いが決着した時には、時計の針がてっぺんを少し超えた時間になっていた。
長時間の話し合いで全員の顔には少しばかりの疲労が見えていたが、同時に橋の建設に向けて前進できたことに充足感も感じているように見えた。
「いやー、どうなるかと思ったけどなんとかなりそうだな!」
「そうだねぇ。あたしもこれなら町の皆にも説明できそうだよ」
「ふぉっふぉっふぉっ円満に終わるのはなによりふぉっ」
「じゃあ、詳細についてはボクがまとめておきます。あと、お節介ついでにこれからやっておいた方がいいこともまとめますね」
「おう、ボウズ、ありがとよ!」
そう声を掛けられて、スカーレット自身も嬉しくなった。
余計なお節介かと思ったが、少しでも力になれたなら嬉しい。
4人からは…特に町の代表者であるマチルダやサントスの意見が対立して要件が決まらずに涙目になっていたルーベンスからは深い感謝の意を告げられた。
「本当に!本当にどうなるかと思っていたので、助かりました!ありがとうございます!」
「いえ、突然お話に乱入してしまってこちらこそすみませんでした。では、明日また資料を作ってお持ちしますね」
「はい!お待ちしています」
気づけばアルベルト達は先に宿へ戻ったらしく、スカーレットとレインフォードもまた宿へと戻ることにした。
外に出ると昼の曇天とは打って変わって、夜の空には煌々とした月が輝いていたが、黒く厚い雲が流れて時折その姿を隠した。
小さな町のためか、はたまた夜中に差し掛かってしまったせいか、大通りを歩いていても灯りのついている店はなく、ひっそりとしていた。
2人きりで並んで歩いていると、レインフォードが感心したように話しかけてきた。
「今日のはとても勉強になった。”要件定義書”だったか…あれはなかなか使えそうだな。どこで覚えたんだ?」
そう尋ねられてスカーレットは一瞬言葉に詰まってしまった。
まさか前世の仕事でやっていたとは言えない。
少し考えて無難な回答をすることにした。
「えっと、本で…本で勉強したんですよ」
「スカーは剣術だけじゃなく、勉学も優秀なのだな」
「いえ!聞きかじった知識だけですから、全然優秀じゃないですよ」
「それに人から要望を聞き出すのも上手かった。どこで身につけたんだ?あれは一朝一夕で見に着くスキルじゃないと思うが」
(まぁ、前世でヒアリングは本職でしたからね!)
と心の中で言いつつ、スカーレットは笑いながら誤魔化した。
「自分ではよく分からないですけど。そ、それより長時間付き合わせてしまってすみませんでした。レインフォード様もお疲れになったんじゃないですか?」
「このくらい平気だ。城にいるときもこの時間まで執務していることもあるからな」
「それは、大変ですね」
前世でのスカーレットの残業時間もたいがいであったが、この時間まで執務するとは王太子の仕事もなかなかブラックだ。
思わず同情してしまう。
「…そういえばこんなに執務から離れているのは何年振りか」
レインフォードは少しだけ空を見上げて息を吐くように言った。
その瞳はここではないどこか遠くを見ているようにも見える。
「なんとなく執務を離れてこうして旅をしていることが夢のようで現実味がないな」
「私も、レインフォード様とこうして旅をしていることが現実味がないです」
この間までデニスと結婚してウダーデン子爵夫人になると何の疑問も抱かずに思っていた。
それがいきなりの婚約破棄で、そして前世を思い出して、自分が悪役令嬢だと気づくとは思いもしなかった。
更に言えば、推しキャラのレインフォードの護衛で旅をすると、一体誰が予想できただろうか。
「お互い不測の事態だったものな。スカー、一つ聞いていいか?」
「はい、なんでしょう?」
「君は俺の護衛が終わったらどうするんだ?」
レインフォードの突然の質問の意図が分からず、戸惑いながらスカーレットは答えた。
「どう、ですか?まぁ、普通に領地に戻りますけど」
「王都に留まるつもりはないのか?」
「はい。領地に帰る予定です」
今回王都に行くのはレインフォードの護衛のためだ。
それが終わったら王都には用はない。領地に戻ってのんびり余生を送る予定だ。
スカーレットはそう答えたが、レインフォードは何か考え込んでいる様子で、返事がない。
不思議に思って首を傾げながら尋ねた。
「どうかされました?」
「いや、なんでもない」
「?」
そんな会話をしている内に、町外れの宿屋に到着した。
二階建てのそれは、まだいくつかの部屋から明かりが洩れていたが、ほとんどの部屋は真っ暗だ。
もう夜も遅いので宿泊客は就寝してしまっているのか、もしくはそもそも宿泊客がいないのかもしれない。
「アルベルトはもう寝ちゃってるかな」
「リオンも寝てるかもしれないな。あぁでもリオンの性格だと起きて待ってそうな気もするな」
そう言われるとアルベルトもスカーレットを待って起きているかもしれない。
(そう言えばさっき”寝れない”って言ってたから、起きているかもなぁ。でもなんで寝れないのかしら?)
アルベルトが寝れない理由が分からずスカーレットは色々と原因を考えるが思い至るものは無い。
(まぁ考えても仕方ないか。できたらアルベルトにはゆっくり寝て欲しいし、後で理由を聞いてみましょ)
「じゃあ、俺はこっちの部屋だ」
「はい。ボクは隣の部屋ですね。何かありましたらすぐ呼んでください」
「あぁ、お休み」
「おやすみなさい」
ゲームでの死亡イベントは今日行けなかったリエノスヴートでの夜襲だ。
だからこのルーダスで起こることはないだろう。
そう思いながらスカーレットは部屋のドアを開けた。
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