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第1部 護衛編

要件定義①

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聞き慣れない言葉に一同が首を傾げたのを見てスカーレットは要件定義書についてを説明した。
要件定義書とは元々システム開発の一番最初に作るものである。

システム開発の目的やシステム利用者の要望をまとめてシステムに必要な機能を検討するもとになる資料だ。

現状抱える課題やシステム導入でしたいことをヒヤリングしてまとめ、システムに盛り込む機能を決めることができる。

「要するに、皆さんが橋を作るにあたっての要望や改善点をまとめたものです。それをもとに、要望の優先順位を決めて取り入れたり、妥協してもらう要望を決めたり…というのを確認しましょうって感じの資料ですね」

「うーん、なんとなく分かったような…」

筋肉隆々のおっちゃんが難しい顔で言う。
その横で、小太りの女性がおっちゃんを叩き、勝ち誇ったようにはははと笑った。

「あれだろ?なんかあたし達の意見を聞いてくれるってことだよね」
「そうです!それで、皆さんの意見をもとに橋を作りましょうっていうための資料なんです」

スカーレットの言葉に、今度こそ全員が「なるほど!」と頷いた。
どうやら理解してくれたようだ。
だが、そんな3人に対し、ルーベンスがおずおずと口を開いた。

「でも僕、作り方なんて分からないです。すみません」
「いえ!いきなり作れって言われても分からないですよね。部外者なのに口を出してすみません」

口を出してそんな無茶ぶりをしたスカーレットが悪いのだ。
だが、ここまで来て何も聞かなかったと言えない。
もう乗り掛かった舟だ。そう思ったスカーレットは一つの提案をしてみた。

「あの…良かったらボクが作りましょうか?」
「え?いいんですか?」
「はい!皆さんにお時間があればですが」
「あたしは大丈夫だよ」
「オレも酒が飲めるなら付き合ってやるぜ」
「ほっほっほっ」

利用者3人は笑顔で承諾してくれた。
それを見ていたザイザルが愉快そうに笑った。

「おー、面白そうだな。ならワインを特別サービスしてやんよ」
「気前がいいじゃねーか、ザイザル!」

ザイザルは咥えたばこを片手で弄びながらワインを取りに行った。帰って来たときには赤ワインと白ワインのボトルがそれぞれ1本ずつと、生ハムを持ってきてくれた。

「ほらよ」
「お!これがあるなら一晩でも付き合うぜ!」
「じゃあ、さっそく始めましょう」

スカーレットはそう言って一人一人ヒヤリングを始めることにした。
そしてヒヤリングの前に注意事項を話した。

「これから皆さんのご要望を聞いて、色々質問をさせてもらいます。それで、思っていることや要望は全部お伝えください。後で『あーこれも要望に加えて!』は無しでお願いします」

町の代表者である3人はスカーレットの言葉に頷いて了承の意を示した。

スカーレットはまず某手作りクッキーブランドに描かれた女性のような小太りの女性――マチルダのヒヤリングから始めることにした。

「マチルダさんの要望は橋を早く作って欲しいということですよね」
「そうだよ。橋がないと隣街に行くのでさえ迂回しなくちゃならないからねぇ」

「では、何日くらいまでに作って欲しいという希望はありますか?」
「そうさねぇ。3日後くらいかねぇ」

「長期になるならどのくらいまで待てます?半年、は無理ですよね。三か月くらいですか?」
「そこまでは待てないよ。うーん、3週間くらいなら…我慢できるかねぇ」

橋のたもとで聞いた話では、通常の橋の復旧には2週間はかかると聞いた。
ということは通常の復旧方法でもマチルダは我慢できるということになる。

「橋を渡る目的は隣街に行くことですよね?他にもありますか?例えば、畑に行くから毎日渡る必要があるとか、街道沿いの知り合いの所に隔日で行くとか、そういうのありますか?」

「隣街に行くのがほとんどだね。週に3日、病院に行くんだよ。腰が悪くてねぇ。歩くのもしんどいんだよ」

そう言ってマチルダは腰をポンポンと軽く叩いた。

「確かに週3回も行くとなると、橋は早く欲しいですよね。しかも腰が痛いのに迂回となると大変ですね」

「でしょぉ?本当にね、雨のたびに橋が流れるのは仕方ないとしてもさぁ、早く直してくれれば問題ないんだけどねぇ」

その他いくつかの質問をしてマチルダのヒヤリングを終えようとした時、マチルダの一言が気になった。
一つは”雨のたび”、もう一つは”橋が流される”と言う単語だ。

「雨のたびに橋が流されるんですか?」

「あぁ、ちょっと雨が降るとすぐに橋が流されちまう。作っても作っても流れてしまうなら、簡単な橋でいいからささっと作って欲しいものだよ」

「じゃあ、今回みたいに壊れるというのはあまりないことですか?」

「ああそうさね。あの程度の雨で上流の方の木が一気に流れて壊れるっていうのは結構珍しいかもしれないねぇ」

なるほどとスカーレッが聞いていると、筋肉隆々の中年男性がマチルダを押しのけ、スカーレットの方に身を乗り出して訴えた。

「だからさ!頑丈な橋が必要なんだって!」
「は、はぁ」

思わずのけぞってしまったが、それも気にせず男はドンとテーブルを叩いた。
彼はサントスと言うらしい。屈強な体つきから分かるように、鉄工所で働いているとのことだ。

「いいや、絶対に早く作ったほうがいいさ!」

「何言ってんだよ、マチルダ。何回も作ってたらお金がかかるだろ?絶対に壊れない橋を作れば橋を作る金もかからねーだろ?」

「じゃあ、その間みんな迂回して行けってのかい?アンタは隣街に行くことはないかもしれないけどねぇ、ローテルドのじいさんみたいに隣街に商売に行く人間は苦労してんのさ!ねぇ、ローテルドじいさん」

「ふぉっふぉっふぉっ」

場がカオスになる。
とにかくサントスとマチルダを止めよう。
そう思って口を開いたところで、ひょっこりとテーブルに顔を見せたのはレインフォードだった。

「スカー、何か問題でもあったのか?そろそろ宿に戻ろうって話になったんだが」
「あ、レインフォード様。あぁ、先に帰っていただいてもいいでしょうか?実は…」

そう言ってスカーレットはこれまでの経緯を説明した。
すると意外にもレインフォードが要件定義書に興味を示した。

「なかなか面白いな。俺も見学してもいいか?」
「はい、ボクは構いませんが」

一応マチルダ達に目配せすると彼らはレインフォードを快く迎えてくれた。

「アンタの意見も聞きたいし、聞いて行ってくれよ」
「そうだな。この村じゃない人間の意見も聞きてーしよ」
「では、見学させてもらおう」

レインフォードがスカーレットの隣に座ったのを見て、スカーレットは場を改めるように言った。

「では続けますね。サントスさんのお話を聞かせてください」
「おう!」

「頑丈な橋を希望されていますが、その理由はありますか?」
「うーん、そうだな。何度も何度も作るのは面倒くさいしよ。時間がかかっても頑丈で流されない橋がいいと思うんだ」

「流されない橋ですか。もし流されなかったら頑丈じゃなくても平気でしょうか?」
「そりゃあ、流されなければいいんだけどよ。でもそうならやっぱり頑丈な橋になるだろ?」

どうやらサントスが頑丈な橋を希望するのは”流されない橋”であればいいようだ。
その理由は橋を何度も作るのが大変だという理由だと分かった。

「例えば石の橋…というのでも良かったりしますか?」
「おうそうか!それなら頑丈だな」

それを聞いていた老人ーーローテルドがのんびりした声でサントスの意見を否定した。

「ふぉっ…石の橋は困るのぉ。あれはのぉ、馬車を走らせるとガタガタいって困るんじゃよぉふぉっ」
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