婚約破棄された悪役令嬢は男装騎士になって推しを護ります！―女嫌いの王太子が溺愛してくるのは気のせいでしょうか―

第１部 護衛編

次の目的地へ①

薄曇りの空の下、スカーレット達はゆっくりと森の中を進んでいた。
空気は湿気を纏い、雨が降りそうな予感を感じさせる。

「この先に休憩できる場所があります！川も近いですし、馬を休ませましょう！」

先に様子を見に行っていたリオンが戻って来てそう言った。
リオンに先導されてスカーレット達は木立を抜けると、柔らかな草の絨毯が広がる場所へと着いた。
馬が食べるにはちょうどいい草だ。近くには川もあるので水を飲むことも可能だ。

スカーレットは馬から降りると、大きく体を逸らせて伸びをした。
ずっと馬に跨っていたので、そろそろ腰が痛くなる。

（今日の目的地はリエノスヴートかぁ。あと3時間くらいで着くかしら）

リエノスヴートは川伝いにこのまま南下した先にある中継地で、王都から一番近い中核都市になる。
このリエノスヴートを通り、最後にドルンストという地方都市を経由して王都へ着くというのがスカーレット達の旅程になる。
気づけば旅も後半に差し掛かっている。
今日までは順調だが、リエノスヴートで夜に刺客に襲われるイベントがあるはずだ。

（確かゲームでカヴィンがそう言っていたはずだわ）

ゲームの通りならばそれまでは何も起こらないはずだ。
そう考えていると、地の底から聞こえるような低い声がして振り返ればスカーレットの後ろでアルベルト、ラン、ルイがヘロヘロになっていた。

「気持ち悪い…」
「水…水くれ…」
「頭いてー…」

結局3人が帰ってきたのは明け方で、彼らは二日酔いでグロッキーになっている状態だ。
スカーレット自身、現世で二日酔いはないが、前世では面倒な上司に付き合わされて二日酔いになってた経験もあるので（しかも一度や二度ではない）、辛さは分かる。
ただ、彼らの場合は自業自得だ。
むしろ、レインフォードの護衛を放棄している状態に呆れて物も言えない。

だが、そんな彼らを見て心配そうに眉をひそめたリオンは小枝を拾うと火をつけていた。

「大変ですね。二日酔いの薬を煎じますので、待ってくださいね」

（めっちゃいい子だ）

女の子ならいいお嫁さんになるだろう。
気遣いという女子力ではスカーレットよりも何倍も上だと思う。
もしかしてレインフォードがスカーレットを男だと疑わないのは、女子力が高い上に小柄なリオンが傍にいるからかもしれない。

リオンは立ち上がると川の方へと向かって行った。
多分、水を汲みに行くのだろう。
スカーレットはその後を追った。

「あ、リオン、ボクも手伝うよ」

リオン一人に全てを押し付けるのも申し訳ない。そもそもリオンは昨日まで疲労で死んだように寝ていたし、小さな擦り傷と言っても、やはり痛むはずだ。
むしろスカーレットが率先して先行視察やこのような休憩準備をすべきだったと反省してしまう。

「大丈夫です。スカー様は休んでいてください」
「休むのはリオンだよ。ここまでずっと馬を走らせて疲れたでしょう？怪我もしてるのに…少しでも休んだ方がいいよ」

話を聞いたところ、リオンはシャロルクで刺客に襲われた時、足を滑らせて傾斜から滑り落ちて気を失ってしまったらしい。
気づいた時にはレインフォードの姿はなく、襲撃現場には従者や騎士の遺体と壊れた馬車があるだけっだったため、レインフォードは死亡したと考えたらしい。
そして一刻も早くこの事態を国王へと報告するため、リオンは王都へと向かうことにしたのだと言う。

近くの村で馬を調達したあとは、昼夜を追わず馬を走らせ、グノックの直前でスカーレット達と合流できたという経緯だった。
このような経緯を聞くと、リオンの体がどれほど疲労したかというのは推測に余りある。

「でもやっぱりレインフォード様が言ってたみたいに出発を一日遅らせても良かったんじゃないかな？」

リオンの体調を慮ったレインフォードは出立を翌日にすることを提案したのだが、足手まといになりたくないとリオンが主張したため、ゆっくりでもリエノスヴートに向かうことにしたのだ。
だが、小柄な体にかかる負担を考えると、無理にでも休ませるべきだったのではと思ってしまう。

「スカー様は殿下の仰っていた通り、心配症ですね」
「えっ！？レインフォード様がそんなこと言ってたの？」
「はい」

（それは…口うるさいということかしら…）

推しにそんなことを言われるのは少々ショックである。
だがスカーレットとしても言い分はあるのだ。

「それは悪かったかもしれないけど、殿下もリオンも我慢したり無茶ばっかりするからだよ」
「男なんですからそのくらい無茶するなんて普通ですけど。僕が寝ていた時だって、深夜まで付き添っててくださったんですよね」
「え？そうだけど…。だって傷が痛んだら大変だし、目が覚めた時寂しいでしょ？状況も分からないで混乱するだろうし…」

そう弁解するが、もしやあのことが迷惑だったということを婉曲に言われているのだろうか…。
思わず言葉が尻すぼみになっていると、リオンは小さく笑った。

「そういう所が心配性って言われるところなんです。でも…ありがとうございました」

少し照れた様子でリオンはそう言った。
そしてそれを誤魔化すように、川から水を汲む。
川の水は澄んでいて、水深がそれなりにあるのに水底の水草が流れる様子が見える程透明だ。
だがシャルロクで見る川よりも流れが速く感じる。

「リオン、川の流れが早いみたいだね。気を付けて」
「分かりました」
「川の流れが早いっていつもなのかな？それともこの辺は雨が降ったのかな？」
「両方だと思いますよ。先日、結構雨が降ったみたいですし、この辺は傾斜が多くて川の流れが早いみたいです。これから先は下り坂が続きますよ」
「なるほど」

馬に乗って下るのは、馬の足にも負担がかかるので馬を引いて下るしかないかもしれない。
今日の目的地のリエノスヴートに、日暮れ前には着けるといいのだが。

そうしてリオンから水桶を受け取って、スカーレット達は戻の場所に戻ったのだが、そこには川の字に並んで寝ているアルベルト達がいた。

「あぁ、二人ともお帰り」

そう言って出迎えてくれたレインフォードであったが、ランの傍にしゃがみこみ右手には水筒が握られていた。
加えてルイの額には濡れたタオルが乗せられている。
どう見てもレインフォードが３人を看護している光景だ。

「…ウチの者が…本当にすみません…」
「気にしないでくれ。リオン、早く薬湯を煎じてあげてくれ」
「はい、かしこまりました」

肩を縮み込ませるスカーレットに対して、レインフォードは優しくリオンに指示した。
リオンは鞄の中から薬草を取り出した。
その中身がチラリと見えたのだが、ぱっと見ただけでも様々な種類の薬草が入っている。
スカーレットは思わず興味津々に聞いてしまった。

「リオンは薬草にも詳しいの？」
「いえ、詳しいという程ではないです。常備薬として僕が携帯しているだけです」
「どんなのがあるの？」
「そうですね…これは腹痛の薬です。あとこっちは頭痛薬ですね」
「へぇ」

この世界の薬と言えばやはり薬草になるのだろう。
スカーレットからすると同じ乾燥した葉にしか見えないが奥が深ものだ。
その中で、一つだけ鮮やかな黄色の粉末の薬があった。

形状としてはパウダー状のウコンのように見える。
ウコンなら二日酔いに良く効くので三人にも飲ませられるのではないか。

（ウコンの力は二日酔いに聞くのよねぇ。よくお世話になってたわ）

スカーレットはそう考えてリオンにそれを尋ねた。