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第1部 護衛編

伸ばされた手②

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まさかのレインフォードの登場に思わず目を丸くしてしまったスカーレットであったが、すぐに自分の失態に気づいて息を呑んだ。

今、スカーレットは完全に素だった。
だからいつもの口調で言ってしまったのだ。開いている”わよ”と。

(だ、大丈夫よね)

ドア越しであったから細かい語尾など気づかない…だろう。
そう思うものの、内心ドキドキしてレインフォードの次の言葉を待った。

「スカー、君はさっき…」
「は、はい」

マズイ、指摘される。
先ほどの女性に対するレインフォードの凍てつく表情を思い出し、スカーレットの背に冷たいものが流れた。

「誰が来たか確認もしないでドアを開けるのはいかがなものだと思うぞ」
「えっと…それだけですか?」
「?それだけと言えばそれだけだが。他に何かあるのか?」
「いえ…そうですか」

スカーレットは心の中で盛大に安堵のため息を付いた。

そもそも今日はお風呂上りの件といい、身バレのピンチばかりである。
油断しているつもりはないのだが、やはりまだ男装に慣れないのだろう。

(私は男!スカーは男!)

スカーレットは自己暗示のように心の中で呟いていると、レインフォードはそれには気づかない様子で、酷く真剣な顔でこちらを見て来た。


「“そうですか”ではなく、気を付けるんだぞ」
「あ、はい。すみませんでした」

スカーレットは素直に謝った。
確かに不用心だったかもしれない。

だが人間がドアの前の人間に殺意があれば、多分スカーレットは気づくことができるだろうからたぶん問題ないとは思うが、一応気を付けることにしよう。

レインフォードは寝ているリオンへと目を向けると、スカーレットに尋ねて来た。


「リオンの様子はどうだ?」
「大丈夫です。この通りぐっすり眠っています」
「そうか。良かった。スカーは部屋も戻って休んだらどうだ?」
「いえ、私は大丈夫です。」
「だが、夜も遅い。明日に障りがあるんじゃないか」
「でも、リオンが目覚めた時、一人だと寂しくないですか?誰か居た方が安心しますよね」
「いや、そうかもしれないが…」

スカーレットの言葉にレインフォードはふと思い至ったように怪訝そうに尋ねてきた。

「…一応聞くが、君は世通しここでリオンに付き添うつもりじゃないだろうな?」
「そのつもりですが…」

起きて見たら知らない場所で一人でベッドに寝かされていたらさぞかし不安だろう。

そう思ったからこそ、コーヒーを飲んで徹夜に備えたのだ。

だが、スカーレットの答えに動揺したようで、慌てた様子でレインフォードが確認の言葉を口にした。

「だが、朝まで目を覚まさなかったら徹夜になってしまうぞ」
「あ、それは平気です。3徹くらいまでなら何とか生きていけると思います」

前世では徹夜など日常茶飯事だった。
3徹目だと流石に思考回路が上手く働かないこともあるが、そこは気力で乗り切って来た。
だからこの程度の徹夜は慣れっこである。

しかし、スカーレットの言葉がよほど衝撃だったのだろう。

目を丸くしてレインフォードが固まっている。
かと思うと、レインフォードは小さく微笑みならスカーレットの頭をぽんと撫でた。

「なら俺もここにいる」

意外な言葉に、今度はスカーレットが驚いてしまった。

「えっ!レインフォード様は休んでください」
「いや、リオンは俺の従者だからな。君だけに負担はかけられないさ」

それはそうなのだが。
従者のために徹夜をする主人も珍しいと思う。

(まぁ、そこがレインフォード様のいいところなんだよね)

たぶん説得しても譲らないような気がする。
スカーレットは苦笑しながらベッドの脇にある椅子を勧めた。

「レインフォード様、あちらに椅子があるので座られたらいかがですか?本当はボクが持ってくるべきなのでしょうけど…申し訳ありません」
「それは構わないが…」

なぜスカーレットが謝るのかが分からない様子のレインフォードだったが、不意にスカーレットの膝に目を留めた。
そしてその言葉の意味を理解したようで、ふっと笑った。

膝の上にいるライザック・ド・リストレアンが気持ちよさそうに寝ているのに気づいたからだ。

「ライザック・ド・リストレアンもゆっくり寝ているな」
「はい。でも痛みがあるのかは分からないのですが…獣医さんがいればちゃんと診てもらえるんですけどね」
「獣医?」

(あぁ、この世界にはいないんだったわ)

聞き慣れない単語に首を傾げているレインフォードにどう説明すべきかを考えながら答えた。

「えっと、動物のお医者さんです。そういう方がいれば、ライザック・ド・リストレアンの怪我も見てもらえてちゃんと治ると思っただけです」

「そうかもしれないが、動物に医者が必要だとは思わなかったな」
「まぁ、そうですよね。確かにそれよりも人間のお医者様を増やす方が先ですからね」

この世界にはそもそも人間の医者でさえ不足している。
というより、前世の日本と比較して医療が格段に遅れているのだ。

その理由の一つは医者になるには膨大なお金がかかるからだ。

高等教育を要するため医者になるには非常に多くの学費が必要になる。
そういった金が出せるのは貴族だが、あえて医者の道を選ぶ貴族は少ない。

「…奨学金があればいいのにな」
「ん?なんだ?奨学金?」

「国が医者の養成に学費を出資するようなものです。お金を貸しつけて、医者になったら返してもらうとか、もしくは医者になってある程度の条件を満たしたものはお金の返済は不要にするとか。そういう国の制度があればって思っただけです」

実はスカーレット自身、前世では奨学金で学校を卒業した人間である。

貧富の差に関わらず教育を受けれるというのは非常にありがたい制度だと思う。
スカーレットのその言葉にレインフォードは考え込んでしまった。

(なにか気に障ることでも言っちゃったかしら?)

部屋に沈黙が訪れ、非常に居心地が悪い。

なにか言わなくてはと口を開こうとすると、レインフォードは頷きながら言った。
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