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第1部 護衛編

湯上り事件②

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レインフォードの言葉に思わず声が裏返ってしまった。

慌てて後ろを見ると、確かにスカーレットが出て来た大浴場の入口には「女」の文字が書かれていた。

だが当たり前ながらそんなことは肯定できるはずもなく、なんとか平静を装って誤魔化すことにした。

「い、いえ。レインフォード様の見間違えではありませんか?ほら、ちゃんとこっちの男湯から出ましたよ。きっと、入口が隣同士だから見間違えたんですよ!」
「そうか。確かにそうかもしれないな」

「はい!そうですよ!だいたいボクが女風呂から出てくるなんて、ありえないじゃないですか!は…はははは」
「そうだな。もし女風呂から出て来たら痴漢だ。スカーがそんなことするわけがないな」
「で、ですよ!」

スカーレットは首振り人形のようにコクコクと頷いた。せっかくお風呂に入ったと言うのに背中に汗が流れている。
引きつった笑顔でいるとレインフォードは納得したようだ。

「変な事を言って悪かったな」
「いえいえ!」

とりあえず誤魔化せたようで、スカーレットは内心ほっと息をついて、胸を撫でおろした。
しかし次の瞬間、再びその息が止まってしまった。
レインフォードの手が伸びてきて、スカーレットの緋色の髪の先に触れたのだ。

「髪が…」
「えっ?」
「まだ濡れているじゃないか。このままじゃ風邪をひいてしまうぞ」

そう言うとレインフォードはスカーレットが首から掛けていたタオルを流れるように手に取ったかと思うとそのままスカーレットの頭に被せ、わしゃわしゃと髪を拭いた。

「きゃっ!?な、何をされるんですか!」
「何をって拭いてるんだ。きちんと乾かせ」

抵抗する間もなく、まるで犬のように拭かれてしまう。
ひとしきり拭いてようやくレインフォードの手が離れると、スカーレットは思わず恨めしげに上目づかいで睨んでしまった。

「もう!ボクは犬じゃないですよ。でも、ありがとうございます」

一応風邪を引かないように気遣ってくれたことを考えると、レインフォードの行動を一方的に怒るのは悪いだろう。
ちょっと距離が近くて驚いたが、男同士ならばそのくらいの距離感なのかもしれない。

スカーレットが礼を言うと、何故かレインフォードが目を見開いた。そして何故か口元を覆ってしまう。

「…」
「どうしましたか?」
「笑顔がかわ…いや、なんでもない。男に言うセリフじゃないな」
「?」

ふいと視線を外されてしまい、その行動が少々気になって首を傾げた時だった。
レインフォードの肩越しにアルベルトがこちらにやって来る姿が見えた。

「スカー、ここにいたんだ!」
「アルベルト。どうしたの?」
「っ!」

スカーレットを見た瞬間、アルベルトがハッとした表情をしたかと思うと慌てた様子で駆け寄って来た。
そしてアルベルトは自分の上着をスカーレットにばさりとかけた。
突然の行動にスカーレットは驚きつつ、アルベルトに尋ねた。

「アルベルト、どうしたの?」
「湯冷めしちゃうだろ?ほら、これ着て行くよ」
「えー?今上がったばかりだから平気だけど」
「いいから!」

湯上りなのにこのような上着を着せられたら暑い。それに湯冷めをするわけがない。
アルベルトの行動に戸惑っていると、それとはお構いなしにアルベルトはスカーレットを自分の背に隠すように押しやった。

「レインフォード様、すみません。ちょっとスカーに用事があるので失礼しますね」
「あ、あぁ。分かった」

レインフォードもまた突然のアルベルトの行動に戸惑いつつもそう返事をした。
それ聞くやいなや、アルベルトはスカーレットの肩を抱いて、強引にその場を離れた。

「えっ?ちょっと、アル?」

訳が分からず戸惑いの声を上げるスカーレットの言葉を無視したアルベルトに、ぐいぐいと押しやられてしまう。
そして、部屋まで連行されてしまった。

室内に入り、ようやくアルベルトが解放してくれたので、スカーレットはこの行動の意味を尋ねた。

「突然どうしたの?何か急用があった?というか、この上着はなに?」

アルベルトは手を額に置いて深いため息をつくと、薄っすらと顔を赤くしたアルベルトは視線を外してスカーレットの問いに答えた。

「はぁ…胸」
「胸?」
「胸元、開いてる」
「えっ?」

言われて自分の胸元に視線を落とすと、そこには開いた襟元から少しだけ胸が見えそうになっていた。
よく見れば胸が膨らんでいるようにも見える。

「ああっ!」
「義姉さん、気をつけてよ。女だってバレるのもだし、そもそも普通に気を付けて!男が見たらどうするんだよ」
「ごめんなさいね。見られたかしら?」
「見た奴がいたら、そいつの目をくり抜いてやる」
「え?よく聞こえないんだけど…」

詳細は聞こえなかったが、アルベルトはなにやらぶつぶつと文句を言っている様子だ。
だがすぐに小さく咳払いをして、スカーレットに呆れた顔を向けた。

「なんでもない。でもレインフォード殿下の様子からすると気づいた様子はなかったから大丈夫だと思うけど」
「確かに。髪の毛に気を取られていたみたいだから大丈夫かもしれないわね」
「とにかく、気を付けて」
「ええ、分かったわ。今回はありがとう」

今回のことで僅かな気の緩みも女だとバレる危険性があることを痛感したスカーレットは思わず項垂れてしまう。
次回からはもっと気を引き締めて行動しよう。

「まぁ、そのために僕が付いてきたんだからいいんだけどね。義姉さんは抜けてるところがあるから。というか、女だとバレるとか言う前に、あんな露もない姿で歩かないでよ。害虫が寄って来るじゃないか」

「害虫?分かったわ。虫よけを塗っておくわね」
「…そう言う意味じゃないんだけどな。まぁ、義姉さんに言っても仕方ない。僕が目を光らせておくか」

アルベルトはそうため息交じりに言った。
後半部分はよく分からないが、要は気を引き締めて行動しろということだろう。

「じゃあ、そういうことで。」
「うん」

アルベルトはそう言って部屋を出て行った。
不意に先程のレインフォードとの会話が思い浮かんだ。

もっと気軽に話して欲しいと、旅仲間だと言ってくれた。
レインフォードとの距離が少し近くなったようでなんとなく嬉しい。

(そういえばレインフォード様ってゲームでは女嫌いなんて設定なかったし…あれだけ気さくな人なんだから、女の人はちょっと苦手って感じなのかしらね)

現在は、レインフォードが女性嫌いだというから男装して護衛をしているが、もしかして女だと分かってもそこまで拒否されないかもしれない。

だが、父親との約束は絶対だし、レインフォードとしても苦手な女性だと意識して旅を続けるのは精神的に苦痛だろう。
ここはやはり女だとはバレるわけには行かない。

「よし、そろそろ時間ね」

スカーレットは窓に映った自分の姿を見て、再度身だしなみをチェックする。
首元までしっかりボタンは締めているし、体つきを誤魔化すベストもちゃんと来ているので、女には見えない。

問題ない。スカーレットはそうして待ち合わせ場所へと向かった。
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