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第1部 護衛編
部屋割り
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ようやくグノックに着いたのはちょうど夜の帳が降り始める頃だった。
先鋒としてスカーレット達よりも一足早くグノックの街に向かっていたアルベルトは、宿屋を手配して街の中央広場で待っていた。
アルベルトが手配した宿屋は、中流のランクで一般的な旅人が泊まるようなもので、いわゆる普通の宿屋だった。
宿屋の中は外観同様にすっきりして清潔感があり、漆喰の壁にはヒビも汚れもなく、受付のカウンターには小さく花が活けてある程度には綺麗だった。
しかし、一国の王太子殿下が泊まるような宿屋ではない。
「アルベルト、本当にここに泊まるの?昨日の村とは違って、この街なら他にもいい宿屋があると思うんだけど」
昨日は小さな村の宿屋に泊まったが、それは選択肢がなかったからだ。
街道の中核都市で、他にも良い宿屋は沢山ある。
王太子であるレインフォードがいるのだから、もっとちゃんとした宿屋の方が良いのではないかとスカーレットは思った。
だが、スカーレットの言葉にアルベルトは頭を振った。
「僕達は商人一行として旅をしている。普通の商人が街で一番の高級ホテルに泊まるなんて不自然でしょ?」
「まぁ、そうだけど…」
アルベルトの言うことは一理あるが、王太子殿下がこのような中流ホテルで納得できるのか。念のためにレインフォードに視線を向けた。
「大丈夫だよ、アルベルト。君の言う通りだ。分かった。そうしよう」
「ありがとうございます」
アルベルトはそう答えた後、それぞれに鍵を配った。
「レインフォード様はこちらの部屋をお使いください。二人部屋なのでゆっくりできる広さはあるかと思います。で、僕とランとルイとリオンは同室にした。リオンを一人で寝せれないし」
確かに怪我をして現在意識のないリオンを一人部屋にするわけにはいかないだろう。
「あれ?ボクは?」
「あぁ、スカーはこっちの部屋ね」
渡された鍵に書かれていたのは312号室。
アルベルト達の部屋は303号室だった。
どうやら少し離れた部屋になってしまっているようだ。
「スカーの部屋は俺の隣か」
レインフォードにそう言われて鍵を見ると、そこには311号室の文字が書かれており、確かにレインフォードの隣の部屋になる。
レインフォードの311号室は2人部屋だというのだから、おそらく隣部屋もまた2人部屋なはずだ。
たぶん、着替えなどの問題があるため、アルベルトが男性陣と別の部屋をわざわざ手配してくれたのだろう。
(アル、ありがとう!)
アルベルトに感謝の意を込めて見つめると、アルベルトもその視線に気づいたようでにっこりと笑ってくれた。
「アルベルト、俺とスカーが相部屋にすればいいんじゃないのか?」
「へっ!?」
「!?」
レインフォードの予想外の言葉にスカーレットとアルベルトは思わず変な声を出してしまった。
「俺が2人部屋だということは、隣のスカーの部屋も2人部屋だろう?俺とスカーが相部屋になった方が、部屋代も節約できるだろ」
「えっ、えっと…」
スカーレットもアルベルトもレインフォードの提案に瞬時に反応できなかった。
確かに旅の途中であるスカー達の懐は決して潤沢とは言えない。
セキュリティーの問題から大金を持って旅をすることができないからだ。
中核都市にある金融ギルドでお金を下ろすことも可能だが、ギルドがあるのはだいぶ先の街になるので、節約できるのであれば節約するに越したことはないのだが…
だからレインフォードの言い分は至極まっとうだった。
スカーレットとアルベルトは互いに「どうする?」という視線を投げかけ合いながら、なんとか言い訳を振り絞り、たどたどしくスカーレットは答えた。
「いえ…、殿下はお一人のほうがゆっくり休めると思いますし」
「そんな気遣いは不要だ。スカーと一緒の部屋でも俺は気にしないし、一人部屋じゃなくても休めるさ」
(むしろあなたの気遣いが不要です)
スカーレットは心の中で突っ込んでしまった。
普通なら王太子が家臣と相部屋になることなど考えられないし、一人で悠々と部屋を使うのは当然だろう。
しかしそこは身分に奢ることがなく、気遣いができる性格のレインフォードらしい。
とはいうものの、現状のスカーレット的には、推しにこう言いたくはないが、今はその気遣いはありがた迷惑である。
何か…何か言い訳を考えなくては。
スカーレットは冷や汗をかきながら頭をフル回転させた。
これを言うのは女として非常に恥ずかしいが背に腹は代えられない。
スカーレットは顔を真っ赤にしながらもやけくそとばかりに叫ぶようにして言った。
「ね、寝言がうるさいのです!!」
半分涙目だ。
推しに対して恥ずかしすぎる。だがもうこれしか言い訳がないのだ。
羞恥で体を震わせ、涙目になっているスカーレットを見て、レインフォードはバツの悪そうな顔になった。
「そ、それは…。俺は気にしないが…まぁ、スカーとしては嫌だろうな。分かった、無理を言ったな」
レインフォードが気まずそうにしている一方で、ランが笑いを堪えているのが見えた。
その隣のルイは憐れむような目を向けてきた。
(もう、人の不幸を笑って!)
その微妙な空気を換えるように、スカーレットは咳ばらいを一つして話題を変えた。
「それより早く部屋に行ってリオンを寝かせてあげようよ」
リオンの怪我は打ち身と擦過傷だけのように見えたが、傷は外傷だけとは限らない。
骨折している可能性もあるし、内臓に損傷があるかもしれない。
「ボクは宿の受付でお医者様を紹介してもらうから、早くリオンを運んで寝せてあげて」
「分かった」
スカーレットは逃げるようにしてその場を離れ、宿の受付へと向かった。
そして心の中でがっくりと項垂れた。
(推しに…寝言が酷いと思われるなんて…やっぱりショックだわ)
だが、もう言ってしまった言葉は覆らない。
それよりも今はリオンの容態の方が重要だろう。早くお医者様を呼ばなければ。
スカーレットは気持ちを切り替えると、受付で医者を紹介してもらい、急いで呼びに行った。
先鋒としてスカーレット達よりも一足早くグノックの街に向かっていたアルベルトは、宿屋を手配して街の中央広場で待っていた。
アルベルトが手配した宿屋は、中流のランクで一般的な旅人が泊まるようなもので、いわゆる普通の宿屋だった。
宿屋の中は外観同様にすっきりして清潔感があり、漆喰の壁にはヒビも汚れもなく、受付のカウンターには小さく花が活けてある程度には綺麗だった。
しかし、一国の王太子殿下が泊まるような宿屋ではない。
「アルベルト、本当にここに泊まるの?昨日の村とは違って、この街なら他にもいい宿屋があると思うんだけど」
昨日は小さな村の宿屋に泊まったが、それは選択肢がなかったからだ。
街道の中核都市で、他にも良い宿屋は沢山ある。
王太子であるレインフォードがいるのだから、もっとちゃんとした宿屋の方が良いのではないかとスカーレットは思った。
だが、スカーレットの言葉にアルベルトは頭を振った。
「僕達は商人一行として旅をしている。普通の商人が街で一番の高級ホテルに泊まるなんて不自然でしょ?」
「まぁ、そうだけど…」
アルベルトの言うことは一理あるが、王太子殿下がこのような中流ホテルで納得できるのか。念のためにレインフォードに視線を向けた。
「大丈夫だよ、アルベルト。君の言う通りだ。分かった。そうしよう」
「ありがとうございます」
アルベルトはそう答えた後、それぞれに鍵を配った。
「レインフォード様はこちらの部屋をお使いください。二人部屋なのでゆっくりできる広さはあるかと思います。で、僕とランとルイとリオンは同室にした。リオンを一人で寝せれないし」
確かに怪我をして現在意識のないリオンを一人部屋にするわけにはいかないだろう。
「あれ?ボクは?」
「あぁ、スカーはこっちの部屋ね」
渡された鍵に書かれていたのは312号室。
アルベルト達の部屋は303号室だった。
どうやら少し離れた部屋になってしまっているようだ。
「スカーの部屋は俺の隣か」
レインフォードにそう言われて鍵を見ると、そこには311号室の文字が書かれており、確かにレインフォードの隣の部屋になる。
レインフォードの311号室は2人部屋だというのだから、おそらく隣部屋もまた2人部屋なはずだ。
たぶん、着替えなどの問題があるため、アルベルトが男性陣と別の部屋をわざわざ手配してくれたのだろう。
(アル、ありがとう!)
アルベルトに感謝の意を込めて見つめると、アルベルトもその視線に気づいたようでにっこりと笑ってくれた。
「アルベルト、俺とスカーが相部屋にすればいいんじゃないのか?」
「へっ!?」
「!?」
レインフォードの予想外の言葉にスカーレットとアルベルトは思わず変な声を出してしまった。
「俺が2人部屋だということは、隣のスカーの部屋も2人部屋だろう?俺とスカーが相部屋になった方が、部屋代も節約できるだろ」
「えっ、えっと…」
スカーレットもアルベルトもレインフォードの提案に瞬時に反応できなかった。
確かに旅の途中であるスカー達の懐は決して潤沢とは言えない。
セキュリティーの問題から大金を持って旅をすることができないからだ。
中核都市にある金融ギルドでお金を下ろすことも可能だが、ギルドがあるのはだいぶ先の街になるので、節約できるのであれば節約するに越したことはないのだが…
だからレインフォードの言い分は至極まっとうだった。
スカーレットとアルベルトは互いに「どうする?」という視線を投げかけ合いながら、なんとか言い訳を振り絞り、たどたどしくスカーレットは答えた。
「いえ…、殿下はお一人のほうがゆっくり休めると思いますし」
「そんな気遣いは不要だ。スカーと一緒の部屋でも俺は気にしないし、一人部屋じゃなくても休めるさ」
(むしろあなたの気遣いが不要です)
スカーレットは心の中で突っ込んでしまった。
普通なら王太子が家臣と相部屋になることなど考えられないし、一人で悠々と部屋を使うのは当然だろう。
しかしそこは身分に奢ることがなく、気遣いができる性格のレインフォードらしい。
とはいうものの、現状のスカーレット的には、推しにこう言いたくはないが、今はその気遣いはありがた迷惑である。
何か…何か言い訳を考えなくては。
スカーレットは冷や汗をかきながら頭をフル回転させた。
これを言うのは女として非常に恥ずかしいが背に腹は代えられない。
スカーレットは顔を真っ赤にしながらもやけくそとばかりに叫ぶようにして言った。
「ね、寝言がうるさいのです!!」
半分涙目だ。
推しに対して恥ずかしすぎる。だがもうこれしか言い訳がないのだ。
羞恥で体を震わせ、涙目になっているスカーレットを見て、レインフォードはバツの悪そうな顔になった。
「そ、それは…。俺は気にしないが…まぁ、スカーとしては嫌だろうな。分かった、無理を言ったな」
レインフォードが気まずそうにしている一方で、ランが笑いを堪えているのが見えた。
その隣のルイは憐れむような目を向けてきた。
(もう、人の不幸を笑って!)
その微妙な空気を換えるように、スカーレットは咳ばらいを一つして話題を変えた。
「それより早く部屋に行ってリオンを寝かせてあげようよ」
リオンの怪我は打ち身と擦過傷だけのように見えたが、傷は外傷だけとは限らない。
骨折している可能性もあるし、内臓に損傷があるかもしれない。
「ボクは宿の受付でお医者様を紹介してもらうから、早くリオンを運んで寝せてあげて」
「分かった」
スカーレットは逃げるようにしてその場を離れ、宿の受付へと向かった。
そして心の中でがっくりと項垂れた。
(推しに…寝言が酷いと思われるなんて…やっぱりショックだわ)
だが、もう言ってしまった言葉は覆らない。
それよりも今はリオンの容態の方が重要だろう。早くお医者様を呼ばなければ。
スカーレットは気持ちを切り替えると、受付で医者を紹介してもらい、急いで呼びに行った。
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