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第1部 護衛編
婚約破棄された悪役令嬢①
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白刃が光り、剣戟の鋭い金属音が蒼天の空に鳴り響いた。
そして一瞬の静寂の後、弾き飛ばされた剣が地面へと突き刺さる。
目の前にいる青年は赤い目を大きく見開き、その端整な顔に驚愕の色を浮かべると、絞り出すように言った。
「…参りました」
その言葉を聞いたスカーレット・バルサーは満面の笑みを浮かべると、持っていた剣を一振りしてから鞘に納めた。
一方青年は緊張をほどくと弾き飛ばされた剣を回収するために歩きながら、スカーレットに対して感嘆の声を上げる。
「相変わらず強いね、スカー義姉さんは」
「うふふ、ありがとう。アルベルト、貴方も腕を上げたわね」
「義姉さんほどじゃないよ」
義弟のアルベルトは柔らかくほほ笑んだ。
スカーレットの燃えるような赤い髪とは全く異なるホワイトブロンドの髪。
その髪を片方だけ耳に流し、アーモンド型の形の良い目の奥にはルビーのような赤の瞳が煌めいているこの青年はスカーレットの一歳年下の義弟だ。
父親の遠縁の子供であるのだが、早くに両親を亡くしたため彼が6歳の時にバルサー伯爵家に引き取られたのだ。
子供の頃から快活なスカーレットは物静かな義弟に木登りをしようとか、山奥にある花を取りに行こう、魚を捕まえようなどと言って、いつも振り回していた。
だが優しいアルベルトは苦笑しつつもいつも付き合ってくれる。
今も、久しぶりに剣の手合わせをしたいと言うスカーレットに嫌な顔せず付き合ってくれていた。
(久しぶりに剣を握ったから勘が鈍ったかと思ったけど、思ったよりも動けるわ。良かった…)
スカーレットはバルサー伯爵家の長女だ。
年の頃は花も恥じらう18歳。いや…恥じらうには若干年が上ではあるが。
とにかく一応年頃の令嬢であることには変わりはないのだが、スカーレットは剣術が大好きなのだ。
今も剣術の稽古のためスカーレットの恰好は黒のトラウザーに動きやすいようにゆとりのある白のシャツを着ていている。
しかも鮮やかな赤い髪は肩までの長さでそれを後ろに雑に括っており、一見すると男の恰好なのだ。とても普通の令嬢とは思えない恰好だろう。
アルベルトも父も剣術の稽古を辞めるよう言ったりはしないが一般的には好意的には受け入れられないということはスカーレットも理解している。
だからこそ、ずっと剣術を我慢し、つい最近まではお淑やかな淑女を演じていたのだ。
(でも、もう自分を押し殺す必要はないのよね)
何故ならスカーレットはこの間婚約破棄されたからだ。
バルサー伯爵家は歴代国の要職につく武門の名家だ。
だが、そもそもがそれほど裕福な貴族ではない中、スカーレットの母が重い病に倒れその治療費に多額のお金が必要になった。
またここ数年領地が不作に見舞われ税収が殆どないという不幸に見舞われ、すっかり財産が無くなってしまった。
その時、ラウダーデン子爵家の長男デニスから婚約を持ちかけられた。
ラウダーデン子爵家は最近商売が当たったとかで羽振りがいいと言われている新興の貴族だ。
だがなにぶん新興なだけあって名家ではない。
そこで名前だけは“名家”であるバルサー家の血筋が欲しいラウダーデン子爵家は資金援助を条件に婚約の申し込みをしてきた。
ちょうどアルベルトの進学で学費も必要になり、また領地経営の立て直しに先立つものが必要だったこともあり、スカーレットはこの話を受けた。
もちろん父バスティアンもアルベルトもスカーレットが身売りするような婚約に反対を示したが、それを押し切る形で婚約した。
だがそこで待っていたのは厳しい生活だった。
いざ婚約してみればデニスは最初こそスカーレットに興味を持ったものの、騎士道を重んじるスカーレットの性格に嫌気がさしたようで顔を合わせれば苦虫を噛み潰したような表情をする。
「君は口うるさい」「一緒に居ると息がつまるな」などと言い放ち、友人たちにもぼやいていた。
そのうちラウダーデン家のしきたりを教育するという名目で、スカーレットはラウダーデンの屋敷に住むことになり、義母の監視下に置かれて行儀やら作法やら、更には領地経営等あらゆることを叩き込まれた。
ヒステリー持ちの義母は些細な間違いや失敗でも金切声を上げてスカーレットを罵倒することもしばしばだった。
それだけではなく、理不尽に叩かれることもあったし、食事抜きもざらにあったため、スカーレットはみるみる痩せて行き、デニスからは「貧相な体だ」と言われて更に倦厭されるようになった。
だが一方でデニスの両親――特に義母からは「デニスの支えになるのが貴方の役目だ」「デニスに好かれるように努力しろ」「ラウダーデン家に恥をかかせたら資金援助は打ち切る」と言われてしまっていた。
それゆえスカーレットは苦手だった刺繍も頑張ったし、嫌な事を言われても微笑みでやり過ごしたり、どんなに理不尽なことがあっても彼の顔を立て、彼の一歩後ろを歩くような彼好みの慎ましやかな女性になるように頑張ったのだ。
そうやって自分を押し殺して、デニスに気に入られる女性になるよう努力したつもりだった。
それなのにデニスはミラ・ジルベスター伯爵令嬢に心変わりした。
目を瞑れば今でもあの婚約破棄を告げられた時の光景がまざまざと思い出される。
あの日、夜会会場に着いたと同時に、スカーレットは燕尾服に身を包んだデニスに人気のない場所に連れて行かれた。
そして一瞬の静寂の後、弾き飛ばされた剣が地面へと突き刺さる。
目の前にいる青年は赤い目を大きく見開き、その端整な顔に驚愕の色を浮かべると、絞り出すように言った。
「…参りました」
その言葉を聞いたスカーレット・バルサーは満面の笑みを浮かべると、持っていた剣を一振りしてから鞘に納めた。
一方青年は緊張をほどくと弾き飛ばされた剣を回収するために歩きながら、スカーレットに対して感嘆の声を上げる。
「相変わらず強いね、スカー義姉さんは」
「うふふ、ありがとう。アルベルト、貴方も腕を上げたわね」
「義姉さんほどじゃないよ」
義弟のアルベルトは柔らかくほほ笑んだ。
スカーレットの燃えるような赤い髪とは全く異なるホワイトブロンドの髪。
その髪を片方だけ耳に流し、アーモンド型の形の良い目の奥にはルビーのような赤の瞳が煌めいているこの青年はスカーレットの一歳年下の義弟だ。
父親の遠縁の子供であるのだが、早くに両親を亡くしたため彼が6歳の時にバルサー伯爵家に引き取られたのだ。
子供の頃から快活なスカーレットは物静かな義弟に木登りをしようとか、山奥にある花を取りに行こう、魚を捕まえようなどと言って、いつも振り回していた。
だが優しいアルベルトは苦笑しつつもいつも付き合ってくれる。
今も、久しぶりに剣の手合わせをしたいと言うスカーレットに嫌な顔せず付き合ってくれていた。
(久しぶりに剣を握ったから勘が鈍ったかと思ったけど、思ったよりも動けるわ。良かった…)
スカーレットはバルサー伯爵家の長女だ。
年の頃は花も恥じらう18歳。いや…恥じらうには若干年が上ではあるが。
とにかく一応年頃の令嬢であることには変わりはないのだが、スカーレットは剣術が大好きなのだ。
今も剣術の稽古のためスカーレットの恰好は黒のトラウザーに動きやすいようにゆとりのある白のシャツを着ていている。
しかも鮮やかな赤い髪は肩までの長さでそれを後ろに雑に括っており、一見すると男の恰好なのだ。とても普通の令嬢とは思えない恰好だろう。
アルベルトも父も剣術の稽古を辞めるよう言ったりはしないが一般的には好意的には受け入れられないということはスカーレットも理解している。
だからこそ、ずっと剣術を我慢し、つい最近まではお淑やかな淑女を演じていたのだ。
(でも、もう自分を押し殺す必要はないのよね)
何故ならスカーレットはこの間婚約破棄されたからだ。
バルサー伯爵家は歴代国の要職につく武門の名家だ。
だが、そもそもがそれほど裕福な貴族ではない中、スカーレットの母が重い病に倒れその治療費に多額のお金が必要になった。
またここ数年領地が不作に見舞われ税収が殆どないという不幸に見舞われ、すっかり財産が無くなってしまった。
その時、ラウダーデン子爵家の長男デニスから婚約を持ちかけられた。
ラウダーデン子爵家は最近商売が当たったとかで羽振りがいいと言われている新興の貴族だ。
だがなにぶん新興なだけあって名家ではない。
そこで名前だけは“名家”であるバルサー家の血筋が欲しいラウダーデン子爵家は資金援助を条件に婚約の申し込みをしてきた。
ちょうどアルベルトの進学で学費も必要になり、また領地経営の立て直しに先立つものが必要だったこともあり、スカーレットはこの話を受けた。
もちろん父バスティアンもアルベルトもスカーレットが身売りするような婚約に反対を示したが、それを押し切る形で婚約した。
だがそこで待っていたのは厳しい生活だった。
いざ婚約してみればデニスは最初こそスカーレットに興味を持ったものの、騎士道を重んじるスカーレットの性格に嫌気がさしたようで顔を合わせれば苦虫を噛み潰したような表情をする。
「君は口うるさい」「一緒に居ると息がつまるな」などと言い放ち、友人たちにもぼやいていた。
そのうちラウダーデン家のしきたりを教育するという名目で、スカーレットはラウダーデンの屋敷に住むことになり、義母の監視下に置かれて行儀やら作法やら、更には領地経営等あらゆることを叩き込まれた。
ヒステリー持ちの義母は些細な間違いや失敗でも金切声を上げてスカーレットを罵倒することもしばしばだった。
それだけではなく、理不尽に叩かれることもあったし、食事抜きもざらにあったため、スカーレットはみるみる痩せて行き、デニスからは「貧相な体だ」と言われて更に倦厭されるようになった。
だが一方でデニスの両親――特に義母からは「デニスの支えになるのが貴方の役目だ」「デニスに好かれるように努力しろ」「ラウダーデン家に恥をかかせたら資金援助は打ち切る」と言われてしまっていた。
それゆえスカーレットは苦手だった刺繍も頑張ったし、嫌な事を言われても微笑みでやり過ごしたり、どんなに理不尽なことがあっても彼の顔を立て、彼の一歩後ろを歩くような彼好みの慎ましやかな女性になるように頑張ったのだ。
そうやって自分を押し殺して、デニスに気に入られる女性になるよう努力したつもりだった。
それなのにデニスはミラ・ジルベスター伯爵令嬢に心変わりした。
目を瞑れば今でもあの婚約破棄を告げられた時の光景がまざまざと思い出される。
あの日、夜会会場に着いたと同時に、スカーレットは燕尾服に身を包んだデニスに人気のない場所に連れて行かれた。
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