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飼い主探し① 改

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結論から言うと、飼い主探しは難航していた。

最初は川辺の周辺で聞き込みをしていたが情報は皆無。
聞けばカテリナもこの街は初めて訪れたとのことで、土地勘の無いイリアたちはどこを探すべきかも検討がつかなかった。

その結果、こうして街中を彷徨ってしまっているという状況である。

「目撃情報とかもう少しあるといいんですけどね」
「日暮れ前にはなんとか飼い主が見つかるといいが、疲れてはいないか?」
「大丈夫です! 鍛えてますから! 早くワンコちゃんの飼い主さん探さないとですし!」
 
その時、イリアのお腹が盛大に鳴った。
ぐぅ~きゅるきゅる

ガッツポーズまでして気合を見せたイリアだったが、妙にしまりがなくなってしまう。
しかも女性とはいえ、イケメンの隣で呑気にお腹を鳴らすというのは非常に恥ずかしい。

「……あははは」
「ははっ。空腹のようであればこの飴でも舐めているといい」
「あ、ありがとうございます」

その時、パンの焼けるいい香りが漂ってきた。

小麦の甘い香りとバターと合わさったなんとも香しい香りが鼻腔をくすぐる。

イリアにぴったりと寄り添うように歩いていた犬の鼻も、この香りに反応してかぴくぴくと動いている。
口が少し開き、何度も舌なめずりしている。

「パンならワンコちゃんも食べれますよね」
「あ? あぁ、大丈夫だと思うが」
「よし、ワンコちゃん! ご飯タイムにしましょ!」
「ワン!」

今まで首を下げてゆっくりと歩いていた犬も、イリアの言葉に答えるように吠え、イリアと共にダッシュでパン屋まで駆けた。

パン屋のショーケースには焦茶色で魅力的なパンが所狭しと並んでいる。

イリアは口の中でじゅるりと溢れた唾をごくりと飲み込むと、隣に鎮座するように座った犬も舌なめずりをした。

フランスパンにデニッシュ。バターロールにシナモンロールまである。

(うーん、甘い系のクリームパンがいいかな。でもウィンナーロールも捨てがたい……)

両方という選択肢もあるが、カロリー的な問題を考慮すると悩むところである。
ショーケースを前にうんうんと唸りながら考えていると、すっとイリアの横にカテリナが並んだ。

「こちらのパンと悩んでいるのかな。ならば両方買えばいい」
「いやぁ……ちょっと食べ過ぎになるかなぁと」
「ん? そなたは十分痩せている。むしろしっかり食べた方がいいだろう」

思わずお腹に手を当てて考える。
かなりの誘惑だ。
だが旅でカロリーを消費すると言い訳をして、最近食べ過ぎていることを実はカインに指摘されている。

そんなことを考えていると、カテリナはひょいひょいと持っていたトングでクリームパンとウィンナーロール、そして白パンをトレイに乗せると会計をした。

その行動は颯爽としておりあまりにも自然な行動だった。
カテリナはそのままイリアに腕を絡ませるようにして店の外に出ると、パン屋の横にある階段にイリアを座らせた。

「さぁ、食べるといい」
「えっ?」
「半分こしようじゃないか」

(イ、イケメンだ……)

元々中性的な顔立ちの美形で、イケメンボイス。
加えて紳士的な振る舞いでイリアをエスコートした上にこの気遣い。

(惚れてまうやろーー!)

と、脳内で前世で聞いたことのあるフレーズが頭に浮かんだ。

「ほら、そなたも食べるか」

カテリナはイリアの隣に腰掛け、白パンを一口大にちぎると犬の前に差し出した。

犬はクンクンと匂いを嗅いだかと思うと勢いよくそれに食いつき、もっと欲しいのか尻尾をパタパタさせた。

「わんわん」
「そうか、もっと食べるか。ほら、ゆっくりお食べ」

カテリナが差し出したパンをガツガツと食べる犬の様子から、かなりの空腹であったことが窺えた。

嬉しそうにパンを食べるワンコの頭を、カテリナがそっと撫でている。

その手つきは優しく、犬などの動物に慣れているようだった。

カテリナの手は長い指がとても綺麗だったが、右手の甲には痣のようなものが見えた。
それは紫色をしており、カテリナの白い肌に非常に目立ってしまっている。

(痣? いえ、何か火傷の跡みたいな感じ?)

しばし凝視してしまったイリアだったが、あまり不躾に人の傷口を見るのは失礼だと思い、犬に優しい眼差しを向けるカテリナにそっと視線を戻した。

「カテリナさんはやっぱり教皇を見に来たんですか?」
「まぁそんなところだ。そなたは?」
「私は旅の途中でたまたま」

「そうか。旅の途中で犬の飼い主探しをするなんてお人好しだな。犬が生きようと死のうとそなたには関係ないことだろう? 現に、この土地の人間はこの犬が石を投げられようと、川に投げ込まれようと無関心だった。旅人ならなおさらこのような面倒ごとに関わらなくてもいいのではないか?」

「えっ?! カテリナさんがそれ言っちゃいます? カテリナさんだっていい人ですよ?」
「我が?」
「だって、この子が溺れてるのを見て、すぐに飛び込んだじゃないですか」

あの時、川の流れは確かに早くはなかったが、水は冷たく、服を着たままでは自身も溺れる可能性もあった。

何よりあの短時間で川に飛び込んで犬を助けようという決断は難しいだろう。

それはひとえにカテリナが小さな命を救おうと必死だったことであり、彼女が優しい人物であるという証明だと思う。

カテリナはイリアの言葉を聞いて一瞬目を伏せた後、少し呆れたように言った。

「そんなに簡単に人を信じるものではない。例えば……我が悪い人間で、そなたを殺そうとしているかもしれないぞ」

「え? ……ふふ、それはないですよ。人を殺すような人がこんなに優しく犬を撫でたりしません。動物は賢いから悪い人と良い人の区別がつくと言いますし!」

カテリナは少し苦笑しながら老犬の柔らかな毛を撫で続けていた。
その様子を見て、不意にイリアはマシュのことを思い出した。

元々ふらりと現れる不思議な犬ではあったが、王都を追放されてからは姿を見ていない。

(今頃どこにいるのかしら……)

少しの懐かしさを覚えたイリアは、パンを食べ終えて満足そうな犬に、マシュにしていたように抱きつき、わしゃわしゃとその毛を撫でた。

犬は気持ち良さそうに目を細め、イリアの手を受け入れてくれている。

(飼い犬……にしては痩せすぎだわ)

イリアは犬を撫でたまま様子を見た。

(でも首輪は上等な革製のものだし……それにこれは小ぶりだけどサファイアだわ)

黒の首輪には小さなサファイアがあしらわれている。
飼い主は金持ちであることは確実だ。
老犬で食が細いから痩せているのかとも思ったが、パンの食べ方を見てそれは否定された。

ということは……

(食べ物を与えられてないのかもしれない)

それは虐待を意味する。

「さて、そろそろ飼い主探しを再開するか。今度は街の東側に行ってみようか?」
「それなんですけど……」

イリアは少し悩んだ。
犬が虐待されているのであれば、飼い主の元に戻すのは得策とは言えない。

だがこのまま犬を保護して連れ去るわけにもいかない。

「どうした?」

カテリナに虐待の可能性を告げようとした時だった。

「旦那様ぁ! おりましたぜ!」
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