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チャンスの神様 改

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街中から続く石畳の道路から、徐々に雑草が生えるような道へと変化していく。

天候がいいので歩くと少し汗ばむ陽気ではあったが、吹き抜ける風が心地よく、不快な感覚はなかった。

「はぁ…今日の飯代…稼げなかったな…」

がっくり肩を落としながら言ったレオンの言葉に、イリアは呆れてしまった。

「レオン、…あなたさっきのこと反省してないの?危ない目に遭ったばかりでしょ?」
「確かにさっきはヘマしたけど…次はちゃんとする」
「ちゃんとするとこはそこじゃないと思うけど?」
「でも…俺はそうしてでしか生きられないから」

こんなに小さな子供なのに、その目にはすでに諦めのようなものを感じた。
貧困にあえぐ少年にはスリしか道はないのだろうか?

「ねぇ、レオンの孤児院はそんなに貧乏なの?」
「まぁ一日一食ってのが普通。やっぱり腹空くし…」

「確かに…それはお腹が空くわね。今一番食べてしっかり体を作る時期でもあるしねぇ…。でもスリは悪いことだわ。なにかほかの方法で稼げないかしらね」

「そんな方法あるのか?」
「レオンは得意なことってないの?」

「得意かぁ…そうだな。結構体力あるし、喧嘩も強いな。あと足は速いぜ!今回はヘマしたけど、いつもは巻けるんだぜ」

「うーん、スリでその得意分野を活かすのはどうかと思うけど…」
「喧嘩が強いのなら騎士見習いならどうだろうか?」

リオが提案してくるが、レオンはいまいちピンとこないようで首を傾げる。

「騎士?俺が?そんなのできるわけねーよ」
「なんでだい?」
「騎士なんてお貴族様がなるものだろ?俺なんて孤児だぜ。伝手だってないしさ」
「平民でなっている人間もいっぱいいるよ。孤児だからって可能性を否定することはないよ」

「…じゃあ、どうすればいいんだよ」
「そうだな、いきなり騎士は無理でも、騎士見習いなら入れると思う。さっき街を見た時に募集があったし、僕が口添えすれば確実に入れるはずだよ」

「騎士見習いかぁ…俺にできると思う?」

「あぁ、見習いなら君くらいの子もいるし、なにより体力勝負だしね。荒事の多い仕事でもあるから喧嘩が強いなら猶更いいはずだ」

「でも…」

不安気に言い淀むレオンだったが、イリアはこの話を聞いておおっと感動してしまった。
そんな手があるのか。

「自信がないの?」

「うん…俺、読み書きもできないし。それに一生貧乏なままで…スリとかしないと生きていけないって思ってたから。そんなまともな仕事できるか不安で…ちょっと戸惑っているつーか」

「レオン、いいこと。よく聞いて」
「う…うん?」

「これはチャンスよ。目の前に可能性が提示されているのであれば、それは絶対に掴まなくちゃダメ!悩んでいても仕方ないし、やってみないと分からないこともある!」

「お…おう…」
「リオが口添えして入れるならそのチャンスを生かしなさい!私が知っている言葉で〝チャンスの神は前髪しかない〟って言葉があるの」

「チャンスの神?俺が知ってる神様にはそんなのいないよ」

「遠い遠い世界の神様の話。で、チャンスの神には前髪しかないから、それが来たらすかさず捕えろ、過ぎ去った後では掴むことができないって意味なの。今はその時なのよ」

レオンは歩いていた足を止め、決意を込めたようにイリアを見た。

自然、イリアもリオも歩みを止め、レオンをじっと見つめる。
レオンの目に輝きが生まれたように見えた。

「俺…やってみる。騎士見習いになって、騎士を目指して…そして孤児院の皆を助ける!」
「そうよ!頑張って!」
「うん!」

間もなくして、とんがり屋根の家が見えた。

薄黄色のレンガを積み上げたその家は貴族の別宅という程度の大きさはあり、その特殊な形から教会であることが分かった。

教会が孤児院を兼ねていることがあるので、それは割と普通のことかもしれない。
その証拠に孤児院の玄関で一人の司祭が立っているのが見えた。

「レオン!どこに行っていたんだい!?」
「あ…カリオス先生」
「心配したんだよ!…えっと、この方たちは?」
「ちょっと…街でチンピラに絡まれていたところを助けてもらったんだ」
「そうでしたか。それは大変お世話になりました」

カリオスと呼ばれた司祭は、眼鏡の奥からこちらに糸目を覗かせる。

一瞬、単にチンピラに絡まれただけではないことを告げようかとも思ったが、先ほど騎士になると宣言したレオンの気持ちを考えると再犯の可能性は低いかもしれない。

(まぁ、あとでもう一回スリはしないように釘をさせばいいかしら)

イリアはそう考え、微妙なほほ笑みを浮かべて、チラリとレオンを見れば、レオンもそれを察したようで小さく頷いた。

「レオンお兄ちゃん!!!」
「お帰り!」
「どこ行ってたの?」

後ろの教会の扉が開いたかと思うと、バタバタと数人の子供たちが出てきてレオンを囲んだ。
ある子供はその胸に飛びついたり、ある子供はレオンの手を握ってぶらぶらと揺らしている。

「レオンは人気者ね」
「まぁ…俺はこいつらの兄貴だからな!」

少し照れたように、でも自慢げに胸をそらすレオンが年相応に見えてイリアはほほ笑んだ。

すると、その子供達がイリアの存在に気づき、そのつぶらな目を向けた。

「おねーさん、お客さん?」
「え?…どうだろう?旅の人…かしら?」
「旅の人!!お話聞かせて」
「僕も聞きたい!」
「あたしも!」

いきなりの子供の好奇心旺盛な攻撃にイリアは一瞬たじろいでしまった。
話すのはいいのだが、宿ではカイン達が待っている。

だが、この子供達の無垢な笑顔を無下にはできない。

「今日は…ちょっと難しいかしら」
「えええー」
「つまんない」
「じゃあ…こうしましょう!明日また来るから、その時にお話ししましょ!」
「やったー!!」
「わーい!!」

と、思い付きで言ってしまったあとで、自分が王命を受けて旅をしていることに気が付いた。
王太子が病気ということは急ぎの旅だろう。

はっとしてリオを見ればにっこりと微笑んでくれた。

「大丈夫だよ。一日くらい」
「本当?王太子様のご病気、悪くならないかしら?」
「まぁ…すぐ死ぬ病気じゃないし…というか、僕は一日でも長くイリアと一緒に居れるから全然問題ないよ」

「いや、リオの気持ちはともかく、本当に大丈夫かしら?」
「大丈夫大丈夫!僕に任せて!」
「そう?良かった!ありがとう、リオ!」

リオの言葉にほっとしたところで、カリオスが申し訳なさそうに頭を下げた。

「申し訳ありません。急ぎの旅でしょうに…」
「いえ、レオンとも話たいですし」
「ならお言葉に甘えまして」

その様子を見ていた女の子が口元に人差し指を当てながらコテリ首を曲げてリオの持つ荷物を指さした。

「ねー、お兄ちゃん、このリンゴ、おいしそう。欲しい!」
「あ!こら!…すみません、気にしないでください」

真っ赤なリンゴはつやつやしているのでとても美味しそうに見えるのだろう。
その少女のおねだりにカリオスは更に恐縮して頭を下げた。

先ほどよりも深くお辞儀をするので、もう五体投地になるのではないかと一瞬心配になったほどだ。

ここでリンゴをあげてもいいが、せっかく携帯食のビスコッティを作るのだ。

「じゃあ、明日このリンゴを使ってビスコッティを作ってきてあげる」
「それ、食べたことない!食べてみたい!約束!」
「うん、約束…さて、と」

イリアは少女と指切りしたのちに、立ち上がり、その場を失礼することにした。
レオン達に見送られて帰路についた…のだが…

「ねぇ…リオ。なんか近くない?」
「そうかな?暗くなるし、エスコートしているだけだよ?何かあったら危ないからね」

肩が触れそうなほどリオとの距離が近い。
なんとなく意識するというか落ち着かなくなってしまう。

「それとも手を繋ぐ?」
「えぇ!?」
「旅程を変更するのに色々手続きがあるしね…そのくらいご褒美欲しいなぁって」
「えっ!?さっきはそんなこと言ってなかったじゃない!」
「うん、僕に任せてって言ったでしょ」
「…確かに、言ってたわよね」
「あーあ、結構手続き面倒なんだ…手をつないでくれたら頑張れるのに…」

わざとらしく言うリオに対して、イリアは混乱していた。
確かに面倒をかけている自覚はある。だけど手をつなぐのは正直ハードルは高い。

たかだか手を繋ぐだけ…なはずだがやはり異性と手をつないで歩くのにはまだ抵抗がある。

「じゃあ、僕の腕に手を添えてくれる…くらいで手を打たない?」
「…分かったわ」

なんとなくリオのペースに巻き込まれてしまった感はあるが、手をつないで街を歩くよりはハードルは低くなった。

イリアは差し出されたリオの腕に手をかけて歩き出すことになってしまったのだった。
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