上 下
13 / 80

恋人祭りのその後で③ 改

しおりを挟む
きょろきょろと周囲を見ていると、再び人にぶつかってしまった。

「あ、ごめんなさい」
「はぁ?」

ぶつかったのはいかにも柄が悪そうな男。
一言で言うならチンピラ風情の男だった。

薄っぺらいシャツをだらしなく着て、ぶかぶかのパンツを履いている。

チンピラがガンを飛ばしてきて、その鋭い視線とぶつかったが、イリアを認めた瞬間その表情がいびつに歪んだ。

「おい、あんた。一人?」
「え?いえ、連れがいますけど」
「でも一人じゃん。アンタも一人で寂しーだろ?オレと遊ばない?」
「いえ、結構です。ぶつかってすみません。では」

こういう輩とまともに取り合っても仕方がない。イリアはチンピラに小さく頭を下げてその横を通り過ぎようとした。

だが、チンピラがイリアの二の腕をガチリと掴んだのでイリアはたたらを踏んでしまう。

「離してください」
「透かした態度してんじゃねーよ。いいから付き合えよ」
「ちょっと、離して!」

今日は最悪だ。
ナンパ目的の相手とのこのこ祭りに来てしまっただけでなく、またナンパされてトラブルに遭うなんて。
なにか呪いでも受けているのだろうか?

「いい加減にしないと…ぶちのめすわよ」
「え…」

度重なる不運でイリアは少々切れ気味にそう言うと、チンピラに掴まれていないほうの拳に気をため始めた。

多少周囲に迷惑を書けるかもしれないが腹の虫が治まらない。
イリアがそう思って気を放とうとした時、チンピラが急に地面にぶっ倒れた。

「え?なんで?」
「汚い手で彼女に触るな!」

見ればリオが男を足蹴にしている。
その様子をみてチンピラをリオがぶちのめしたことを理解した。

「さっさと消えろ」

そうドスの聞いた声でリオがチンピラを見降ろしながらいうと、チンピラは逃げるように去って行った。

「はぁ…間に合ってよかったです」
「一度ならず二度までも助けていただいてすみません」
「いえ。急にいなくなってしまったので慌てましたが…無事に見つかって良かったです」

リオの額にはうっすらと汗が滲んでおり、呼吸も少々乱れていることから、リオが必死になって探してくれていたことが窺われた。

「探してくださったのですね」
「当たり前です。でもこうやって会えましたし…それに二人きりになれたので結果オーライです」
「あ…そうだ。それでですね、カインを見つけて帰ろうかと思います」
「急にどうしたんですか?あ、もしやお疲れになりましたか?ならばどこかの店に入りましょうか?」

そっとイリアの手を握りながら、悪びれもなく言ってくるリオにイリアはちょっと胡散臭いものを見る目になってしまった。

これがナンパの常套手口か。
さっきのチンピラは明らかなナンパで絶対警戒する感じだが、この男だとなまじ爽やか好青年に見えるので、普通の女なら警戒心が薄くなるのかもしれない。

ここははっきり言った方がいいだろう。
イリアは握られているリオの手をやんわりと外した後、背筋を伸ばして居住まいを直してリオに向かって言った。

「このお祭りのことを知らないで一緒に来てしまった私も悪いのですが、戯れのお相手にはなれないので失礼します」
「戯れ…?」
「では、私はカインを探しますので」

イリアは小さく会釈をして踵を返し、雑踏の中のカインを探そうと足を踏み出した。

「ちょ…ちょっと待ってください!」

肩をぎゅっと掴まれ、リオの方に回転させられる。
少しかがんだリオの顔がイリアの目の前に迫り、驚きのあまり一瞬息が止まった。

リオはというと焦ったような泣きそうな、そんな複雑な表情でこちらを見た。
空色の瞳がイリアを捕えるので、思わず足を止めてその顔をじっと見つめてしまう。

「それは…僕が戯れに誘ったと思っているんですか!」

「先ほどお店の方にこの祭りは〝恋人になりたい異性と来る〟と聞いたのですが、リオさんとは会ったばかりですしそういう意味ではお誘いくださったわけではないですよね?リオさんなら引く手あまたでしょうし、私みたいなのを相手にしなくても良いかと。それに私も女性をナンパするような方と一緒にいたいと思わないので」

「ち、違います!僕はそんな不純な動機で誘ったわけじゃないんだ!いや…不純というか、とにかく戯れとかナンパで誘ったわけじゃないんだ!」

若干リオの口調が変わったような気もしたが、多分こちらが素なのかもしれない。

最初は穏便にことを終わらせようとしたイリアだったが、だんだん面倒になってきて、思わず強い口調で言ってしまう。

「では何が目的ですか?残念ながら財産はないですよ?」
「…結婚してください!」
「!?」

言葉の意味が分からずイリアはぽかんと口を開けてしまった。
そして脳内でその言葉の意味を反芻した。

(結婚…結婚?えっ)

「結婚!?いや、私の話聞いてました?財産なんてないですよ?なんでそうなるんですか?」
「貴女のことが好きなんです!」
「いやいやいや、まだお会いしたの二回目ですよ?どこをどうしたらそうなるんです?!」
「…一目惚れだったんです!」

リオは顔を真っ赤にしてそう告白してくる。
その様子から揶揄っているようには見えない。
その後リオは何かに思い立ったかのようにはっとして言った。

「まさか!好きな人がいるんですか!?」
「いえ、そういった人はいないですけど…」
「じゃあ結婚してもいいってことですよね?」
「どうしてそうなるんですか!?」
「じゃあどうしたら結婚してくれるんですか!?」
「どうしたらって…一般的にはお互い好きになったら結婚を考えるのが普通じゃないでしょうか?」
「なるほど…」

何故かしばし考え込んだリオに納得してくれたのだとイリアは安堵した。
丁度前方から聞き馴染みのある声がしてイリアはそちらを見た。
人ごみをかきわけるようにしてカインがこちらへやって来る。

「…もう時間切れか…」
「え?」
「じゃあ結婚しましょう!」
「だからなにが〝じゃあ〟なんですか?」
「貴女に僕を好きなってもらいます!」
「は?」
「次に会うときには絶対に好きになってもらいますから!これ、バラです!」
「えっ?」

戸惑っているうちにリオに押し付けられるように一輪の青いバラの花を握らされる。

「すみません。せっかく二人きりになれたのに…もう時間が来てしまったんです。じゃあ、また!」
「ちょ、ちょっと!!」

リオは深々と礼をするとマントを翻して人ごみに紛れていく。
戸惑いながらもイリアはリオを目で追っていると、リオの知り合いらしい男がリオと話ながら歩いていくのが見えた。

リオの知り合いと思われる男が不意にこちらを見た。群青の長い髪を持つその男は、前髪だけが白く、それに対比するように双眸が赤い。

その視線に意味深なものを感じて一瞬戸惑いを覚えていたイリアだったが、名前を呼ばれてそちらに意識を向けた。

「心配したぞ」
「あ…か、カイン」
「リオは?」
「ちょうど入れ違いに帰っちゃった」
「はぁ?お前を置いていなくなったのか?」
「お知り合いが来たみたい」
「こんな人ごみにお前ひとりを置いておくなんて、やっぱり信用ない男だったな…って、なんだその花!?」

カインの視線がイリアの手に注がれている。
その時イリアは自分が花を握っていることに改めて気が付いた。

「あ…なんか…押し付けられた?的な?」

そう答えたイリアには特に返事もしないままカインは手を引いて人ごみを歩き始めた。
戸惑うイリアがカインの名を呼ぶがそれには答えないまま診療所まで戻ることになった。

「カイン…どうしたの?」

無言が怖い。
多分カインは怒っている。訳も分からない男と祭りに来たことも花を受け取ったことも。

謝ろうとイリアが口を開いた時だった。

謝罪の言葉を口にする前にすっとカインが手を伸ばしてくる。差し出されたのはピンクのガーベラが一本。

それをそっとイリアに握らせると、カインは転移装置へと消えて行った。
後に残されたイリアはどうしたらいいのか分からず、二本の花を見つめるのであった。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

【完結】本当の悪役令嬢とは

仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。 甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。 『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も 公爵家の本気というものを。 ※HOT最高1位!ありがとうございます!

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

処理中です...