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謎の騎士 改
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突然の乱入者に酔っ払いの男の顔が瞬時に不機嫌そうに歪んだ。
「はぁ? なんだよ貴様。痛い目見たくないならどけやがれ!」
「悪いが女性に乱暴を働く輩を見過ごすほどいい人間じゃないのでね。それに飯がまずくなる。不愉快だからさっさと出て行った方が身のためだ」
マントの青年は冷静に男を見据えながら話す。
青年の後ろに庇われるように立っているイリアからは、青年の顔をはっきりと見えないが、斜め後ろから見える顔はすっきりとしている。
優しいテノールの声だが、凛とした口調だったので声を荒げていないのに威圧感がある。酔っ払いの男もその雰囲気に気圧されている。
同時に、青年の佇まいも背筋がピンと伸びて静寂の中に威厳のようなものを感じさせていた。
「くそ! 女の前だからって恰好つけやがって! どうしても痛い目見たいみたいだな!」
酔っ払いは酒臭い息を吐いて気合を入れ、拳をぎゅっと握ると青年に向かって殴りかかった。
がっちりとした体格の酔っ払いの拳は見るからに威力がある。
一方、マントの青年はすらりとした体躯で、筋力という点ではどうしても酔っ払いの方に分がある。
イリアは青年が殴られるのではないかと、瞬間目を瞑った。
がしゃん
コップの割れる音がして、そのあとに何かが投げ出される鈍い音がした。
青年が殴り飛ばされたのではないかとすぐに顔を上げた。
もし怪我をしていたら助けなければと思ったのだ。
だが、イリアの目に映ったのは、デミグラスソースを頭から被り、こぼれた赤ワインの海に尻をついている酔っ払いの姿だった。
「あぁ……あまり手荒な真似はしたくなかったが……店内を汚してしまった」
イリアが目を丸くしてその様子を見ていると、青年はくるりとイリアの方に向き直ってにこやかな笑みを浮かべた。
「大変な目に遭いましたね。お怪我はないですか?」
「え? あぁ、私は問題ないですよ」
「良かったです。もっと早く助ければ良かったのですが……一瞬出遅れてしまいました」
「こちらこそ申し訳ありません。騒ぎに巻き込んでしまいまして……。もっと上手く立ち回れれば良かったのですが……」
イリアが魔法で酔っ払いを軽くいなせれば良かったのだが、いかんせん戦闘には慣れていないため加減が分からず、魔法を躊躇してしまったのが原因だ。
もしくはすぐにナディアを呼んでくれば事が大きくならなかったかもしれない。
判断が遅れたイリアにも非があるだろう。
申し訳なく思っていると、青年の背後で酔っ払いが動いたのが見えた。
「くそがぁ!」
酔っ払いは最後の悪あがきとばかりに近くにあったワインの瓶をイリア達に投げつけた。
瓶は中のワインを振りまきながらこちらへと飛んでくる。
だが青年の背後から飛んできたにも関わらず、青年は右手でイリアの腰を掴み覆いかぶさるように立つと、左手でその瓶をはねのけた。
「まだいたのか……もっと痛い目を見たいようだな。今度は剣の錆にでもしてやろうか?」
先ほどイリアに向けた眼差しとは全く異なる絶対零度の表情だった。
その表情に今度こそ恐れをなした酔っ払いの男は、酒で赤くなっていた顔色を真っ青に変えて逃げるように店から出て行った。
「さて……これで邪魔者はいなくなったね」
「ありがとうございます。……あ!」
青年の腕の中から解放されたイリアがお辞儀をしたとき、そのマントを見て思わず声を上げてしまった。
マントは先ほど跳ねのけたワインボトルから飛び出した酒で染みができている。
多分イリアを庇ったせいだろう。
「マント! 濡れてます! どうしましょう、このハンカチで落ちるかしら?」
イリアは慌ててハンカチを取り出し、青年のマントへと押し当てる。
処置が早ければ染みにならないかもしれない。だが焦るイリアに、青年はほほ笑みながら言った。
「マントくらい問題ありません。貴方にかかったほうが大変だった」
「でも……」
先ほどは急だったためによく見てはいなかったが、マントは質素ながら上質の生地だった。
一見すると単なる深緑のマントであったが、詳細な文様が濃い緑の糸で精巧に縫われている。
とにかく、染みになることだけは避けたいと思ったイリアが一生懸命ハンカチでワインを拭っていると、奥からナディアがやってきた。
「イリア先生! 大丈夫だったかい? 気づくのが遅くなって悪かったね」
ナディアが申し訳なさそうに足早に近づいてくる。
それを見た青年が懐をごそごそと探り、金貨を二枚取り出してナディアへと差し出した。
「申し訳ない、テーブルと食器を壊してしまった。これで弁償代になるだろうか?」
「いや! そんなのいらないよ! むしろイリアさんとウチの子を庇ってくれてありがとうね」
「そんなのは気にしなくていい。彼女を助けたいと思っただけだから」
青年はイリアを見て柔和な笑みを浮かべた。
見も知らない青年にそんな笑みを向けられ、なんとなくイリアはドキドキとしてしまった。
「本当にいいって。今日はゆっくりってわけには行かないけど、今度ゆっくり来ておくれ。食事はタダにするからさ!」
「すまない。ではまた来させてもらう」
青年の言葉にナディアはうんうんと頷き、次にイリアへと視線を向けた。
「イリア先生も申し訳なかったね。夕飯ご馳走しようとしてたのに、逆にこんな騒ぎに巻き込んじまって」
「大丈夫です。それより……あなたは大丈夫だった? 怪我はない?」
ナディアの後ろにはウェイトレスの少女が青い顔をして立っている。
イリアの言葉に俯いていた顔を上げ、震える声で答えた。
「は……はい……ありがとうございます……」
「打ち身とかだと後で痛みとか出るかもしれないから、何かあったら診療所に来てくださいね」
少女は一つ頷く。
それを見てイリアは小さく笑みを返したが、ふと気づけばだいぶ時間が過ぎている。
夜、あまり遅いと過保護なカインが心配してしまう。
「ナディアさん。片づけを手伝いたいのですけど、そろそろ帰らなくちゃならなくて」
「あぁ、そんなの心配しないでいいよ!」
「じゃあ、失礼しますね。えっと……良かったらこのハンカチどうぞ」
イリアは店を出ようとナディアに会釈をした後、青年にハンカチを差し出した。
しかし青年はやんわりとそれをイリアへ返すと、逆に声をかけてくれた。
「診療所まで送っていこう」
「いいえ大丈夫ですよ。そこまでお世話になれません」
「いいんです。女性を一人で帰らせるなど騎士道に反しますから。なにかあったら大変だ。……むしろ送らせてください」
騎士道……ということはこの青年は騎士なのだろうか。
確かにザクレは治安はいいが、先ほどの酔っ払いの件もある。ここはおとなしく騎士の好意に甘えることにした。
とりあえず二人で街を歩き出したところでイリアは気づいた。
彼の名前を聞いていない。
「今日はありがとうございました。よろしければお名前をお聞きしてもいいでしょうか?」
「エリオ……」
「??」
青年は何かを言いかけたが、一瞬言葉を詰まらせたのち、強い口調で名を名乗った。
「リオです!」
「リオさんですね。騎士様ということは領主様にお仕えしているのですか?」
「まぁそんなところです」
そう言いながら他愛もない話をいくつかしながら診療所へ歩いていたのだが、イリアはふと疑問が浮かんでリオに尋ねた。
というのも、あまりにも自然に診療所へと歩いていくからだ。
「リオさん、私の行先をご存じなんですか?」
「え……!? えーと……ほら、店主が貴女をイリア先生と呼んでいたので、診療所の先生かと」
「あぁなるほど」
確かに街によく来るとなればイリアの診療所を知っていてもおかしくはないだろう。
なるほど、と納得しながらイリアはリオと並んで歩いた。
リオはイリアの頭一個分よりも大きい。そのリオを見上げながら会話を続ける。
リオの赤茶色の髪が街灯に照らされて金にも茜色にも見える。
そこから覗く双眸は青。
透き通った空を思わせる綺麗な青色だった。
柔らかな目元は決してたれ目というわけではなく、アーモンド形で形の良いもので、薄い唇は凛々しく、鼻梁が通っている。
(乙女ゲーとかに出てくる王子キャラみたいね)
それにリオの声は聴いていて心地いい。
イリアの好きな声優の宮野健次郎のような声だった。
宮野健次郎はイリアの前世で絶大な人気を誇る声優で、あるときはアイドルの成長を描いた作品でクールなアイドルを演じ、さらには歌まで出す。
かと思えば、新選組を舞台にしたゲームで渋い鬼の棟梁の役を演じていたり……とにかく多彩な声を持つ人物だ。
こっそりリオを観察しながら会話を楽しんでいるとあっという間に診療所に到着した。
「診療所まで送ってもらってしまって……重ね重ねすみません」
「いえ、貴女と話せてとても楽しかったです。役得ですね」
「そう思っていただけたなら光栄です」
「あ、そうだ。先ほどハンカチを汚してしまったので、良ければ洗濯をして返させてくれないでしょうか?」
「ハンカチ……ですか? いえ、安物ですし、お気になさらず。それよりもマントの方が……私でよければ洗濯してお返しします」
「では、このマント、お願いしてもいいですか?」
お互いハンカチを洗うかマントを洗うかで譲り合っていたが、最終的にリオが折れる形になった。
「では今度の休み、丁度祭りがあるんです。良ければ一緒に行っていただけませんか? その時に返していただければ」
「祭り……ですか?」
そういえばカインが祭りという言葉を口にしていたような気がしていたが、このことだったのか。
根っからの研究バカなので、休みの日にはディボの研究を手伝ってラボに籠ることが多いイリアだったが、せっかくの誘いなので受けることにした。
「分かりました。私でよければ是非」
「本当ですか!!」
「え……えぇ」
あまりの喜びようにイリアは一瞬戸惑ってしまったものの、自分が祭りに行く程度で喜んでくれるのであれば安いものだと思った。
「じゃあ、祭りの日に迎えに来ます。診療所で良いですか?」
「はい。お待ちしてます」
「では、失礼しますね。祭り、楽しみにしています」
歩き出したリオの背を見送ったイリアは、ほっと一つ息をついて診療所の扉を開けた。
その時ふと思ったのだ。
(それにしても……なんかあの人、どこかで見たことがある気がするんだけど……どこだったかしら?)
診療所に来るあの年頃の男性を思い浮かべたが、該当する人物は思い至らない。
(気のせいかな? まぁ、デジャビュみたいなものあるだろうし。さて……それじゃあ帰ろうっと)
イリアはそう思い直し、転移の魔法を施した床へと立って一言発した。
「転移・開始!(リビデント)」
イリアが唱え、光の粒子に身を任せる。
そして次に目を開けた時には山奥のディボのログハウスの前だ。
「ただいま!」
いつものような一日で、いつもとは違う出来事があった一日。
断罪の恐怖から逃げて掴んだ平穏な暮らしを噛み締めて、イリアはまた一日を終えるのだった。
「はぁ? なんだよ貴様。痛い目見たくないならどけやがれ!」
「悪いが女性に乱暴を働く輩を見過ごすほどいい人間じゃないのでね。それに飯がまずくなる。不愉快だからさっさと出て行った方が身のためだ」
マントの青年は冷静に男を見据えながら話す。
青年の後ろに庇われるように立っているイリアからは、青年の顔をはっきりと見えないが、斜め後ろから見える顔はすっきりとしている。
優しいテノールの声だが、凛とした口調だったので声を荒げていないのに威圧感がある。酔っ払いの男もその雰囲気に気圧されている。
同時に、青年の佇まいも背筋がピンと伸びて静寂の中に威厳のようなものを感じさせていた。
「くそ! 女の前だからって恰好つけやがって! どうしても痛い目見たいみたいだな!」
酔っ払いは酒臭い息を吐いて気合を入れ、拳をぎゅっと握ると青年に向かって殴りかかった。
がっちりとした体格の酔っ払いの拳は見るからに威力がある。
一方、マントの青年はすらりとした体躯で、筋力という点ではどうしても酔っ払いの方に分がある。
イリアは青年が殴られるのではないかと、瞬間目を瞑った。
がしゃん
コップの割れる音がして、そのあとに何かが投げ出される鈍い音がした。
青年が殴り飛ばされたのではないかとすぐに顔を上げた。
もし怪我をしていたら助けなければと思ったのだ。
だが、イリアの目に映ったのは、デミグラスソースを頭から被り、こぼれた赤ワインの海に尻をついている酔っ払いの姿だった。
「あぁ……あまり手荒な真似はしたくなかったが……店内を汚してしまった」
イリアが目を丸くしてその様子を見ていると、青年はくるりとイリアの方に向き直ってにこやかな笑みを浮かべた。
「大変な目に遭いましたね。お怪我はないですか?」
「え? あぁ、私は問題ないですよ」
「良かったです。もっと早く助ければ良かったのですが……一瞬出遅れてしまいました」
「こちらこそ申し訳ありません。騒ぎに巻き込んでしまいまして……。もっと上手く立ち回れれば良かったのですが……」
イリアが魔法で酔っ払いを軽くいなせれば良かったのだが、いかんせん戦闘には慣れていないため加減が分からず、魔法を躊躇してしまったのが原因だ。
もしくはすぐにナディアを呼んでくれば事が大きくならなかったかもしれない。
判断が遅れたイリアにも非があるだろう。
申し訳なく思っていると、青年の背後で酔っ払いが動いたのが見えた。
「くそがぁ!」
酔っ払いは最後の悪あがきとばかりに近くにあったワインの瓶をイリア達に投げつけた。
瓶は中のワインを振りまきながらこちらへと飛んでくる。
だが青年の背後から飛んできたにも関わらず、青年は右手でイリアの腰を掴み覆いかぶさるように立つと、左手でその瓶をはねのけた。
「まだいたのか……もっと痛い目を見たいようだな。今度は剣の錆にでもしてやろうか?」
先ほどイリアに向けた眼差しとは全く異なる絶対零度の表情だった。
その表情に今度こそ恐れをなした酔っ払いの男は、酒で赤くなっていた顔色を真っ青に変えて逃げるように店から出て行った。
「さて……これで邪魔者はいなくなったね」
「ありがとうございます。……あ!」
青年の腕の中から解放されたイリアがお辞儀をしたとき、そのマントを見て思わず声を上げてしまった。
マントは先ほど跳ねのけたワインボトルから飛び出した酒で染みができている。
多分イリアを庇ったせいだろう。
「マント! 濡れてます! どうしましょう、このハンカチで落ちるかしら?」
イリアは慌ててハンカチを取り出し、青年のマントへと押し当てる。
処置が早ければ染みにならないかもしれない。だが焦るイリアに、青年はほほ笑みながら言った。
「マントくらい問題ありません。貴方にかかったほうが大変だった」
「でも……」
先ほどは急だったためによく見てはいなかったが、マントは質素ながら上質の生地だった。
一見すると単なる深緑のマントであったが、詳細な文様が濃い緑の糸で精巧に縫われている。
とにかく、染みになることだけは避けたいと思ったイリアが一生懸命ハンカチでワインを拭っていると、奥からナディアがやってきた。
「イリア先生! 大丈夫だったかい? 気づくのが遅くなって悪かったね」
ナディアが申し訳なさそうに足早に近づいてくる。
それを見た青年が懐をごそごそと探り、金貨を二枚取り出してナディアへと差し出した。
「申し訳ない、テーブルと食器を壊してしまった。これで弁償代になるだろうか?」
「いや! そんなのいらないよ! むしろイリアさんとウチの子を庇ってくれてありがとうね」
「そんなのは気にしなくていい。彼女を助けたいと思っただけだから」
青年はイリアを見て柔和な笑みを浮かべた。
見も知らない青年にそんな笑みを向けられ、なんとなくイリアはドキドキとしてしまった。
「本当にいいって。今日はゆっくりってわけには行かないけど、今度ゆっくり来ておくれ。食事はタダにするからさ!」
「すまない。ではまた来させてもらう」
青年の言葉にナディアはうんうんと頷き、次にイリアへと視線を向けた。
「イリア先生も申し訳なかったね。夕飯ご馳走しようとしてたのに、逆にこんな騒ぎに巻き込んじまって」
「大丈夫です。それより……あなたは大丈夫だった? 怪我はない?」
ナディアの後ろにはウェイトレスの少女が青い顔をして立っている。
イリアの言葉に俯いていた顔を上げ、震える声で答えた。
「は……はい……ありがとうございます……」
「打ち身とかだと後で痛みとか出るかもしれないから、何かあったら診療所に来てくださいね」
少女は一つ頷く。
それを見てイリアは小さく笑みを返したが、ふと気づけばだいぶ時間が過ぎている。
夜、あまり遅いと過保護なカインが心配してしまう。
「ナディアさん。片づけを手伝いたいのですけど、そろそろ帰らなくちゃならなくて」
「あぁ、そんなの心配しないでいいよ!」
「じゃあ、失礼しますね。えっと……良かったらこのハンカチどうぞ」
イリアは店を出ようとナディアに会釈をした後、青年にハンカチを差し出した。
しかし青年はやんわりとそれをイリアへ返すと、逆に声をかけてくれた。
「診療所まで送っていこう」
「いいえ大丈夫ですよ。そこまでお世話になれません」
「いいんです。女性を一人で帰らせるなど騎士道に反しますから。なにかあったら大変だ。……むしろ送らせてください」
騎士道……ということはこの青年は騎士なのだろうか。
確かにザクレは治安はいいが、先ほどの酔っ払いの件もある。ここはおとなしく騎士の好意に甘えることにした。
とりあえず二人で街を歩き出したところでイリアは気づいた。
彼の名前を聞いていない。
「今日はありがとうございました。よろしければお名前をお聞きしてもいいでしょうか?」
「エリオ……」
「??」
青年は何かを言いかけたが、一瞬言葉を詰まらせたのち、強い口調で名を名乗った。
「リオです!」
「リオさんですね。騎士様ということは領主様にお仕えしているのですか?」
「まぁそんなところです」
そう言いながら他愛もない話をいくつかしながら診療所へ歩いていたのだが、イリアはふと疑問が浮かんでリオに尋ねた。
というのも、あまりにも自然に診療所へと歩いていくからだ。
「リオさん、私の行先をご存じなんですか?」
「え……!? えーと……ほら、店主が貴女をイリア先生と呼んでいたので、診療所の先生かと」
「あぁなるほど」
確かに街によく来るとなればイリアの診療所を知っていてもおかしくはないだろう。
なるほど、と納得しながらイリアはリオと並んで歩いた。
リオはイリアの頭一個分よりも大きい。そのリオを見上げながら会話を続ける。
リオの赤茶色の髪が街灯に照らされて金にも茜色にも見える。
そこから覗く双眸は青。
透き通った空を思わせる綺麗な青色だった。
柔らかな目元は決してたれ目というわけではなく、アーモンド形で形の良いもので、薄い唇は凛々しく、鼻梁が通っている。
(乙女ゲーとかに出てくる王子キャラみたいね)
それにリオの声は聴いていて心地いい。
イリアの好きな声優の宮野健次郎のような声だった。
宮野健次郎はイリアの前世で絶大な人気を誇る声優で、あるときはアイドルの成長を描いた作品でクールなアイドルを演じ、さらには歌まで出す。
かと思えば、新選組を舞台にしたゲームで渋い鬼の棟梁の役を演じていたり……とにかく多彩な声を持つ人物だ。
こっそりリオを観察しながら会話を楽しんでいるとあっという間に診療所に到着した。
「診療所まで送ってもらってしまって……重ね重ねすみません」
「いえ、貴女と話せてとても楽しかったです。役得ですね」
「そう思っていただけたなら光栄です」
「あ、そうだ。先ほどハンカチを汚してしまったので、良ければ洗濯をして返させてくれないでしょうか?」
「ハンカチ……ですか? いえ、安物ですし、お気になさらず。それよりもマントの方が……私でよければ洗濯してお返しします」
「では、このマント、お願いしてもいいですか?」
お互いハンカチを洗うかマントを洗うかで譲り合っていたが、最終的にリオが折れる形になった。
「では今度の休み、丁度祭りがあるんです。良ければ一緒に行っていただけませんか? その時に返していただければ」
「祭り……ですか?」
そういえばカインが祭りという言葉を口にしていたような気がしていたが、このことだったのか。
根っからの研究バカなので、休みの日にはディボの研究を手伝ってラボに籠ることが多いイリアだったが、せっかくの誘いなので受けることにした。
「分かりました。私でよければ是非」
「本当ですか!!」
「え……えぇ」
あまりの喜びようにイリアは一瞬戸惑ってしまったものの、自分が祭りに行く程度で喜んでくれるのであれば安いものだと思った。
「じゃあ、祭りの日に迎えに来ます。診療所で良いですか?」
「はい。お待ちしてます」
「では、失礼しますね。祭り、楽しみにしています」
歩き出したリオの背を見送ったイリアは、ほっと一つ息をついて診療所の扉を開けた。
その時ふと思ったのだ。
(それにしても……なんかあの人、どこかで見たことがある気がするんだけど……どこだったかしら?)
診療所に来るあの年頃の男性を思い浮かべたが、該当する人物は思い至らない。
(気のせいかな? まぁ、デジャビュみたいなものあるだろうし。さて……それじゃあ帰ろうっと)
イリアはそう思い直し、転移の魔法を施した床へと立って一言発した。
「転移・開始!(リビデント)」
イリアが唱え、光の粒子に身を任せる。
そして次に目を開けた時には山奥のディボのログハウスの前だ。
「ただいま!」
いつものような一日で、いつもとは違う出来事があった一日。
断罪の恐怖から逃げて掴んだ平穏な暮らしを噛み締めて、イリアはまた一日を終えるのだった。
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