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あの日の約束
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それは10年以上前の事だった。
エアリスが訪れた避暑地には魔物が出るという噂の森があり、エアリスが肝試しに行った時、狼が突然飛び掛かって来たのだ。
「きゃああ…ってあれ?どうしたの!?」
だがその狼はエアリスに牙を突き立てる前に目の前で力なく倒れてしまった。
慌てて駆け寄って声を掛けると、狼が苦しげな声で答えた。
「魔力…くれ」
「ま、魔力?くれって言われてもどうしたらいいの?」
「撫でてくれ」
エアリスが狼の毛を撫でる。
月明かりに照らされた毛は銀色に光り、さらさらと柔らかかった。
優しく触れているとエアリスの手から何かが吸い取られる感覚がして、そして目の前が真っ暗になった。
気づくと先ほどの狼がエアリスの顔を覗いていた。
「悪いな、生気をとっちまった」
狼は自らを魔物だと言い、人間界に迷い込んだうえ魔力を切らしてしまったとの事だった。
魔界に帰るための魔力を溜めるまで森にいると言うので、エアリスはその狼を「ラー君」と呼び、夜な夜な別荘を抜け出しては遊んだ。
珍しい木の実を取りに行ったり、魚を捕まえたり、野山を駆けたり、じゃれ合ったり…共に楽しい時間を過ごした。
「お前、オレが怖くないのか?普通、魔物なんて怖いだろ?」
「え?魔物でもラー君は優しいし」
「でも普通会った時に逃げないか?」
「レアキャラと出会えるってなかなかないでしょ?折角だから仲良くなりたいし」
「ははは変な奴」
そしてとうとう狼は魔力が戻り魔界へと帰ることになった。
最後の夜には狼に湖畔へと連れられ、並んで流星を見た。
「じゃ、帰るな」
「…ずっと一緒に居れないの?」
「俺は魔族だからな。いつまでも人間界に居れない」
少しだけ泣きそうになるエアリスの前で突然狼は一人の人間の姿になった。
それは狼と同じ銀髪に金の髪の少年だった。
「ラー君?」
「エアリス、また会おうぜ。そしてもしお前が大きくなったら、結婚しないか?俺、お前とずっと一緒にいたい」
「ケッコン?よく分からないけど、私もずっと一緒にいたい!」
「そうか!じゃあ、目を瞑って」
エアリスが目を閉じると唇が触れあう。
そして目を開けると闇に溶けていくように消えていく少年の姿があった。
「じゃあな!また」
そう最後に言って少年―ラー君は消えて行った。
※ ※
「あの…ラー君、だよね」
「ああ」
「全然気づかなかったです」
「私は気づいていた。だから傍に居たくて君のいる財務長官になった」
「え…言ってくれれば良かったのに」
「でも君は覚えてないかもしれないと思ったんだ。だから覚えていてくれて嬉しい」
「私の方こそ、会えて本当に嬉しいです」
エアリスがほほ笑むと、ライオネスの顔がうっすらと赤くなった気がした。
「約束…覚えてるか?」
「もちろんです」
そう言ってからあれは結婚の約束だったと思い出してなんだか照れてしまう。
だからそれを誤魔化すように言った。
「えっと、嘘から出た真と言いますか、まさか形式だけですけど結婚するとは思わなかったです。一応約束が果たされたってことですよね」
「私は本気だ。君と本当の夫婦になりたい。君のことが、好きだ」
「え?私を嫌いなんじゃないですか?いつも睨んでましたし、不機嫌そうで」
「それはその…気を緩めると顔が緩んでしまうんだ。誤魔化すために」
「えっ!でも魅力が無いから初夜をしなかったのでは?」
「あれは君があまりにも可愛すぎて…押し倒したら自分を押さえられなくて君を傷つけるかもしれないと思って」
その言葉で嬉しいやら恥ずかしいやらで赤面してしまっているのに、目の前のライオネスもまた顔を赤くしているのを見て、更に顔が朱に染まっていく。
「で、だな。その…君の答えは?」
「私も好きです。ライオネス様といるとドキドキしてそわそわして、でもそれが心地良くて。だから一緒にいたい。ちゃんと夫婦になりたいです」
「こんな化け物の姿でもか?」
「もちろんですよ。ほら、それに魔族と結婚だなんてレアじゃないですか?むしろラッキーですよ!」
「君は初めて会った時もそう言ったな。驚かない人間がいてこっちが驚いた」
「それより私の方こそ可愛げがない女なのに、いいんですか?」
ライオネスは侯爵で、美形で、女性達の憧れの的な存在である。
一方自分は平凡な容姿だし、勝気な性格で可愛げがないのは自覚している。
現に不釣り合いだとスタインにも言われている。
「君は自分の容姿が分かってないんだ」
「前にも容姿の話がありましたが…やっぱり不釣り合いですよね」
「何を言ってるんだ!頑張り屋で努力家で中身も素敵なのに、その上可愛くて、財務の男共が君を狙っていて牽制するのが大変だった」
「そんなことは無いと思うのですが」
流石にそれは言い過ぎだろう。思わず苦笑しているとライオネスがエアリスを見つめた。
その目には真摯なものであると同時に焦がれるような愛情が浮かんでいる。
「口づけても?」
「は、はい」
「エアリス、愛してる」
触れあう唇はいつも転移する時と同じもの。だがその意味は全く異なる。
あの時は死にたくないから結婚した。
だけど今は違う。共に生きたいから結婚する。
夫婦としての交わす口づけはやがて深く深く、溶け合うようなものとなった。
エアリスの目裏にはあの流星が煌めいて見えた。
エアリスが訪れた避暑地には魔物が出るという噂の森があり、エアリスが肝試しに行った時、狼が突然飛び掛かって来たのだ。
「きゃああ…ってあれ?どうしたの!?」
だがその狼はエアリスに牙を突き立てる前に目の前で力なく倒れてしまった。
慌てて駆け寄って声を掛けると、狼が苦しげな声で答えた。
「魔力…くれ」
「ま、魔力?くれって言われてもどうしたらいいの?」
「撫でてくれ」
エアリスが狼の毛を撫でる。
月明かりに照らされた毛は銀色に光り、さらさらと柔らかかった。
優しく触れているとエアリスの手から何かが吸い取られる感覚がして、そして目の前が真っ暗になった。
気づくと先ほどの狼がエアリスの顔を覗いていた。
「悪いな、生気をとっちまった」
狼は自らを魔物だと言い、人間界に迷い込んだうえ魔力を切らしてしまったとの事だった。
魔界に帰るための魔力を溜めるまで森にいると言うので、エアリスはその狼を「ラー君」と呼び、夜な夜な別荘を抜け出しては遊んだ。
珍しい木の実を取りに行ったり、魚を捕まえたり、野山を駆けたり、じゃれ合ったり…共に楽しい時間を過ごした。
「お前、オレが怖くないのか?普通、魔物なんて怖いだろ?」
「え?魔物でもラー君は優しいし」
「でも普通会った時に逃げないか?」
「レアキャラと出会えるってなかなかないでしょ?折角だから仲良くなりたいし」
「ははは変な奴」
そしてとうとう狼は魔力が戻り魔界へと帰ることになった。
最後の夜には狼に湖畔へと連れられ、並んで流星を見た。
「じゃ、帰るな」
「…ずっと一緒に居れないの?」
「俺は魔族だからな。いつまでも人間界に居れない」
少しだけ泣きそうになるエアリスの前で突然狼は一人の人間の姿になった。
それは狼と同じ銀髪に金の髪の少年だった。
「ラー君?」
「エアリス、また会おうぜ。そしてもしお前が大きくなったら、結婚しないか?俺、お前とずっと一緒にいたい」
「ケッコン?よく分からないけど、私もずっと一緒にいたい!」
「そうか!じゃあ、目を瞑って」
エアリスが目を閉じると唇が触れあう。
そして目を開けると闇に溶けていくように消えていく少年の姿があった。
「じゃあな!また」
そう最後に言って少年―ラー君は消えて行った。
※ ※
「あの…ラー君、だよね」
「ああ」
「全然気づかなかったです」
「私は気づいていた。だから傍に居たくて君のいる財務長官になった」
「え…言ってくれれば良かったのに」
「でも君は覚えてないかもしれないと思ったんだ。だから覚えていてくれて嬉しい」
「私の方こそ、会えて本当に嬉しいです」
エアリスがほほ笑むと、ライオネスの顔がうっすらと赤くなった気がした。
「約束…覚えてるか?」
「もちろんです」
そう言ってからあれは結婚の約束だったと思い出してなんだか照れてしまう。
だからそれを誤魔化すように言った。
「えっと、嘘から出た真と言いますか、まさか形式だけですけど結婚するとは思わなかったです。一応約束が果たされたってことですよね」
「私は本気だ。君と本当の夫婦になりたい。君のことが、好きだ」
「え?私を嫌いなんじゃないですか?いつも睨んでましたし、不機嫌そうで」
「それはその…気を緩めると顔が緩んでしまうんだ。誤魔化すために」
「えっ!でも魅力が無いから初夜をしなかったのでは?」
「あれは君があまりにも可愛すぎて…押し倒したら自分を押さえられなくて君を傷つけるかもしれないと思って」
その言葉で嬉しいやら恥ずかしいやらで赤面してしまっているのに、目の前のライオネスもまた顔を赤くしているのを見て、更に顔が朱に染まっていく。
「で、だな。その…君の答えは?」
「私も好きです。ライオネス様といるとドキドキしてそわそわして、でもそれが心地良くて。だから一緒にいたい。ちゃんと夫婦になりたいです」
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「もちろんですよ。ほら、それに魔族と結婚だなんてレアじゃないですか?むしろラッキーですよ!」
「君は初めて会った時もそう言ったな。驚かない人間がいてこっちが驚いた」
「それより私の方こそ可愛げがない女なのに、いいんですか?」
ライオネスは侯爵で、美形で、女性達の憧れの的な存在である。
一方自分は平凡な容姿だし、勝気な性格で可愛げがないのは自覚している。
現に不釣り合いだとスタインにも言われている。
「君は自分の容姿が分かってないんだ」
「前にも容姿の話がありましたが…やっぱり不釣り合いですよね」
「何を言ってるんだ!頑張り屋で努力家で中身も素敵なのに、その上可愛くて、財務の男共が君を狙っていて牽制するのが大変だった」
「そんなことは無いと思うのですが」
流石にそれは言い過ぎだろう。思わず苦笑しているとライオネスがエアリスを見つめた。
その目には真摯なものであると同時に焦がれるような愛情が浮かんでいる。
「口づけても?」
「は、はい」
「エアリス、愛してる」
触れあう唇はいつも転移する時と同じもの。だがその意味は全く異なる。
あの時は死にたくないから結婚した。
だけど今は違う。共に生きたいから結婚する。
夫婦としての交わす口づけはやがて深く深く、溶け合うようなものとなった。
エアリスの目裏にはあの流星が煌めいて見えた。
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