死にたくないので私を嫌う侯爵様と結婚しましたが実は溺愛されていたようです

イトカワジンカイ

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結婚することになりました③

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まずそこは野外だった。周囲を黒くて高く伸びた木立に囲まれている。
空を見上げれば黒とも紫ともつかない不気味な色で、地面もまた黒い。

何故自分がこんなところにいるのか、そもそもここはどこなのか。
何が何だか分からず周囲を見回して状況を確認しようとした。

「そ、そうだ夢よ!きっと仕事で疲れて寝ちゃってるんだわ」

べたではあるがエアリスは頬を抓ってみるのだが鋭い痛みが走る。

「夢じゃないってこと?」

この先に危険があるかもしれないという不安はあるものの、突っ立っていても仕方がないと思ったエアリスは周囲を確認すべく歩いてみようと足を踏み出した瞬間だった。

「何者だ!」
「きゃっ!」

鋭い声がして、反射的に顔を覆った右腕にジャラジャラという金属音と共に何かが巻き付いた。

見れば鎖だった。
ぐっと引っ張られてそのままバランスを崩して地面へと転がる。

右手首に巻き付いた鎖が肌に食い込み、引き摺られたせいで膝小僧を擦りむいたのかずきずきと痛んだ。

痛みから顔を歪めて思わず小さく叫ぶと、ぐいぐいと引っ張るその先から人が歩いて来たようだ。
一歩一歩と近づいてくるその人物の顔がはっきりと見えた時、エアリスは小さく息を呑んだ。

「不法侵入者め!…ってどうしてお前が」
「なんでライオネス様が?」

そう言ってライオネスもエアリスも動けないまま瞠目してお互いを見つめた。



ボルドーの深い赤色の壁紙に黒いカーテン、赤い蝋燭が部屋を煌々と照らしている。

ここはライオネスの屋敷の客間だ。
傷の手当てを受けたエアリスは椅子に座って困惑していた。
告げられたのは衝撃の内容だったからだ。

「えーっと、じゃあここは魔界でライオネス様はこの魔界の門番で、私はライオネス様の転移の宝玉を拾ってしまったせいで魔界に転移してしまった…と言うことですね」

「まぁ、端的に言うとそうだな。俺は天界や人間界から来る不法侵入者を殺す役目を負っているケルベロスの一族だ」

率直に言って信じられない。
夢を見ているんだと言われた方がまだ納得する。

「じゃあ私も殺されるってことですか?」
「いや、人間の場合は殺さない。放置しても死ぬからな」
「と、言いますと?」
「人間は魔界の空気を吸うと人間界に戻ると死んでしまう。かといって人間が魔族の跋扈するこの世界で生きれる訳もない」
「そんな…じゃあ私は野垂れ死にということですか…」

齢19歳で死ぬとは思わなかった。
あまりにショックすぎて言葉も出ない。

「お前恋人はいるか?」
「えっと、浮気されて昨日婚約破棄されました」
「…そ、そうか」

若干戸惑いつつもそう言ったライオネスは、その後逡巡の様子を見せると何か思いついたらしく、次の瞬間酷く真剣な顔エアリスに告げた。

「これは提案なのだが、俺と結婚しないか?」
「……はぁ!?」

「先ほど説明したが君はもう魔界で生きていくしかないし、一人で生きていくのは不可能だ。ただ俺が宝石を落とさなければ君が魔界に来ることもなかった。だから君を庇護したいと思っている。だがそれには建前が必要なんだ。よって君が私と結婚すれば私の妻ということで君を庇護することができる」

「た、確かに死ぬのは嫌ですけど、結婚なんてライオネスに迷惑が掛かってしまいます」
「いや、元は私のせいだ。宝石を落とした責任を取ろう」

責任を取って結婚してもらうというのは抵抗がある。
それにライオネスは自分の事が嫌いなのだ。そんな嫌いな相手と結婚してもらうなど申し訳なさすぎる。

(でもこのままじゃ私は死んじゃうし…)

「…嫌か?」

何故か不安そうな顔をしているライオネスの視線がエアリスに突き刺る。
そもそもエアリス自身はもう結婚の見込みはないので問題はないのだ。
そしてライオネスも結婚に合意はしてくれている。

それになにより命が掛かっている。
エアリスは覚悟を決めた。

「わ、分かりました!じゃあ申し訳ありませんが結婚してください!」
「あぁ」

その時ふわりと笑ったライオネスの表情を見て、エアリスは息を呑んだ。

今まで見たことのないほど優しげで花が綻ぶように、春の風のように温かく笑うので、今までしかめっ面しか見たことの無かったエアリスは驚いてしまった。

だがそれも一瞬の事、再びライオネスは厳しい顔つきとなった。

「じゃあ、君を迎える準備をしよう」

その時、エアリスの脳裏に一つの懸念が生まれた。

このまま魔界にいることになってしまったが、人間界にやり残したことがたくさんある。
いきなり自分が消えてしまったら皆がパニックになることは想像に難くない。

「あっあの!ライオネス様、一つお願いがあるのですが」
「なんだ?」

「今から引き継ぎ資料を作るので課のメンバーに渡してもらえないでしょうか?それと今日再提出になった書類ですがあと最終行だけ計算すれば終わるんですが…完成できずにすみません」

「君が気にするところは仕事か?まったく君は…」
「でも皆に迷惑はかけれません。仕事はきちんとしたいので」

「…実は人間界に一時的ではあるが戻る方法がある。ただ…その方法は君にできるかどうか」
「そうなんですか!なんだってします。何をすればいいんですか?」

そんな方法があるのなら最初から言って欲しい。
エアリスはそう思いながらライオネスに尋ねたのだが、それは意外な回答だった。

「キスだ」
「え?」
「だから私とキスをすることだ」
「ええ!?」
「無理だろう?」
「え、私は無理ではないです」
「ほ、本当か!?」
「はい」

ライオネスはエアリスの言葉に驚きながらがばりと近寄ったので、その勢いにエアリスは仰け反ってしまった。

エアリスとしてはイケメンとキスするのであるから問題はないが、むしろライオネスが無理なのではないか。

そう思っていたのだが、ライオネスは小さく咳払いをして真面目な顔をした。
なんとなく頬が赤い気がするのは気のせいだろうか?

「で、では。目を閉じてくれるか」
「は、はい!」

目を閉じるとエアリスは急に緊張してきた。
そもそもキスなど初めてするのだ。どうしていいのか分からず硬直してしまう。

全身の血が激しく体を渦巻き、どくどくという音が耳に響く。
思わず息を止めてしまっていると、衣擦れの音がしてふっとライオネスの動く気配がし、そしてエアリスの唇に柔らかいものが触れた。

触れた唇は温かく、そこだけ熱を持ったようも感じる。

「ん…」

ライオネスの唇が離れる瞬間に、エアリスの唇の感触を確かめるように優しく食んだので思わず声が漏れてしまい、意図せず出たその声に、恥ずかしさと緊張からどっと心臓が大きく音を立てた。

ゆっくりと体が離されて、エアリスが目を開ければライオネスが優しくほほ笑んでいた。
エアリスが今まで見たことのない笑みだった。

「これからよろしく頼む」
「は、はい!」

こうしてエアリスは意図せずにライオネスと結婚することになったのだった。
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