死にたくないので私を嫌う侯爵様と結婚しましたが実は溺愛されていたようです

イトカワジンカイ

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結婚することになりました②

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その翌日は最悪だった。
まず、後輩が今日提出の書類の作成を失念していたのだ。

「エアリス先輩助けてください~」

と泣きつかれ、結局仕事の早いエアリスが代わりに作成することになった。

締め切り時間に慌てて財務長官のライオネスへと提出に行けば、いつものように眉間に皺を寄せこちらを睨んできた。

「遅くなりましてすみません」

エアリスがそう言うが、ライオネスはそれには答えず無言で手を差し出してきたのでエアリスは恐縮しながら書類を渡した。


エアリスが書類を渡せばライオネスがその場で確認を始める。その間にエアリスは改めてライオネスを見た。

黒い濡れ羽色の髪に、通った鼻梁、涼し気な目元で世に言うイケメンだ。
侯爵という立場ながら官吏として働いている変わり者でもある。
だがその爵位とこの顔で女性から絶大な人気を誇っていた。

基本的にライオネスは侯爵らしく威風堂々としているものの、人当たりは良いのだ。
なのに何故かエアリスは彼に嫌われており、顔を合わせば眉を顰められ、睨まれたりすることが多い。

(過去に私何かしたかしら?)

官吏として出会った時にはすでにこのような態度だったのだから、それ以前の話か。
だがこんなにイケメンと会っていれば覚えているはずだ。
敵意を向けられる謂れを考えるがやはり思い当たる節は無かった。

そんなことを考えていると、書類を見終わったらしいライオネスが大きなため息をついた。

「こことここ、それからここも間違えている。…こんな単純なミス、どうして分からなかったんだ?少し弛んでいるんじゃないのか?」

「申し訳ありません」

ライオネスがそのまま無言で書類を付き返してきたので、エアリスもまたそれを無言で受け取り、深いお辞儀をして部屋を退出した。

その後書類の再作成と膨大な量の税収報告書を必死に計算を行い、その合間に他の官吏が提出してきた資料をチェックする。

それを繰り返し、気づけば日はとっぷりと暮れていて、事務室にはエアリスしか残っていなかった。

普段なら残業している人間が何人かはいるのだが、今日は違う。
王太子殿下の誕生パーティーがあり、貴族は皆それに出席しているためだ。

もちろんエアリスも例にもれず夜会に参加する予定であったが、婚約破棄となった今、エスコートしてくれる人間もいない。

それに例の女性を伴って夜会に来るスタインと顔を合わせるのも今は辛い。結果、夜会は不参加にしたのだ。

「だいたい、女なのに官吏するのが生意気?自分が仕事できないからって僻むのは止めて欲しいわ!」

昨日のスタインのセリフを思い出してエアリスは急に腹が立って大声で言った。

貴族令嬢が官吏になるのは珍しい。

だがエアリスは貴族令嬢であることに胡坐をかいて、宝石やドレスを無条件に与えられ何の疑問も持たずに敷かれたレールを進むような人生は送りたくなかった。

自分の力で生きる。
だから必死に勉強して官吏として働くことが出来たし、それを誇りに思っているのだ。

なのに「女のくせに」なんて言う言葉はエアリスの一番嫌いな言葉だった。

「浮気男のくせにふざけるなああああ!…はぁ、あんな男のために時間を使うだけ無駄だわ。それより明日までにライオネス様に提出しないとまた嫌味を言われちゃう」

沸々と湧いてきた怒りを仕事にぶつけることにした。

そうでなくても頭の中でライオネスの嫌味な顔が思い浮かぶ。次こそは書類をすんなり受け取ってもらわなくてはならない。
エアリスは再び仕事に戻ることにした。

その時、カツンという硬質な音がしてその方向を振り向いたのだが、そこには誰もいなかった。
がらんとした事務室は薄暗く、エアリスの机だけが明るい。

「まさか…幽霊とか?」

そう言えば夜な夜な城を彷徨う幽霊を見たとか、突然人が消えたとか言う噂を聞いたことがある。

「ま、まさかね」

口元を引きつらせながらそう言いつつも、不安になったエアリスは廊下へと出て素早く左右を見回した。
すると視線の先に見知った後姿があった。

(あの後姿、ライオネス様?)

もしかして進捗状況を聞きに来たのだろうか?
だが夜会を抜け出してまで確認に来るのも不自然だ。

首を傾げていると廊下に何かがきらりと光った。

廊下の窓から差し込む月光に照らされて光る何かを拾いに行くと、それは金のチェーンに大きな赤い宝石が埋め込まれたアクセサリーであった。

「あれ?これって…」

このアクセサリーには見覚えがある。
ライオネスが腰に下げているアクセサリーだ。

きっと先程ここに来た時に落としてしまったのだろう。

明日会うのだしその時に返そうと思ったエアリスは、その真紅の美しい宝玉に触れた。

その時だった。
宝玉からまばゆい赤い光が発せられ周囲を真紅に染め上げた。

「な、なに!?」

あまりの眩しさにエアリスは目を瞑った。

やがて光が収まり、薄らと目を開けたエアリスは違和感を覚えた。
何故ならそこは城の廊下ではなかったからだ。

「ここ…どこ?」
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