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藤の花の季節に君を想う

藤に魅せられし者②

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彰光にかざしていた手がその穢れから発せられる見えない力に押される。暁の手も穢れがびりびりとして焼けるように熱くなってきた。

(…うっ…厳しい…か!?玉兎…力を貸して!)

吹き飛ばされそうになる右手を左手で押さえながら、暁は再び意識を集中させる。
白い式神の力を引き出して使うしかないだろう。暁は玉兎と意識を繋げると、玉兎より無言で承知の意思が流れ込んできた。
繋がった意識の下で、共に言葉を紡ぐ

「その言葉、穢れを祓うもの。急々如律令」

意識の向こうで玉兎と共に声を発すると、大きな爆風と共に穢れが霧散したが、同時に昇華できなかった穢れの片鱗が周りにいくつか飛んだ。
暁は息を飲み、飛び散った穢れの残骸を追おうとした。もしかして後ろにいた吉平達に飛んでしまったのではないか。
急いで後ろを見やると、光義が微動だにしないままに穢れを弾き昇華させた。
印も結ばず、九字も切らず、穢れを瞬時に祓う技量はさすがだと思うとともに、被害がないことを認めて暁はほっと息をついた。

「お疲れ様、暁」
「すみません。少し調伏を逃しました」
「いやいや、大丈夫だよ。とりあえずは合格だね。」
「合格?」
「一応最近の陰陽師としての技量のチェックだよ。裏の仕事を任せているんだし、力量以上の仕事はさすがにお願いできないし。でもまぁ、これが出来るのであれば、何とかなるかもね」
「はぁ…そうですか。」
「でも、最後の詰めが甘かったね。」

にこやかに厳しい指摘をされて暁は複雑な思いだった。
正直、こんなに強い穢れを祓わせたのは無茶ぶりだったし、祓えたのだって玉兎との意識のラインを繋げるタイミングがたまたま合っただけだった。
下手をすれば自分が穢れに飲み込まれていたのだ。
だが、詰めが甘かったのは事実で、暁は無茶ぶりに対する反論もせずにそれをぐっとこらえた。
一方で光義はちらりと後方の吉平のことを見やっていた。
それは一瞬で、すぐにまたにこやかで食えない満面の笑みを浮かべていった。

「ということで、吉平君。暁一人では心もとないし、君たちは2人でも0.8人前だから頑張ってね」
「は…い…」

吉平はさっき飛んできた穢れを目の当たりにして暫く硬直していたようだったが、何とか口を開いて答えていた。
ただ、少し俯いて視線を床に向けながらも、その手は膝の上で強く握られていることに暁は気づいた。
よほど怖かったのだろうか?

「吉平、大丈夫だった?怖かった?」
「大丈夫!!」
「そう?」
「うん…僕は…やっぱりだめだなぁ」
「え?何が?」
「なんでもないよ!!それより、彰光様の様子は?」

ぽつり呟いた吉平の言葉の意味が分からず、暁は問いかけたた吉平は慌ててごまかすばかりだった。
光義は彰光の元に近寄り声をかけると、彰光は小さく呻きながらもゆっくりと目を開けていった。最初は焦点の合わない目で、なにか現世(うつしよ)ではないどこかを見ているようだった。
少しの間視線をさまよわせていた彰光だったが、やがてそして暁達の存在に気づいてゆっくりと顔だけ動かして暁達を見た。

「ここは…」
「彰光殿、ここは貴方のお屋敷ですよ。分かりますか?」
「屋敷…帰ってこれた…?僕はどうしてここに…?」
「万里小路で倒れているところを見つけられたのです。」
「万里小路…」

彰光は光義の言葉を反芻したのち、何かを思い出したと同時に跳ねるように起き上がった。
自分の手を見て、青ざめて震えている。そして絞り出すように声を発した。

「僕は…助かった…んだ…。ハッ、実朝と兼雅はどうなってんですか?一緒に居ませんでしたか!?」
「彰光殿、落ち着いてください。万里小路には貴方しか倒れていませんでした。お二方が見つかったという報告もありませんよ」
「そんな…じゃあ、二人はまだあの屋敷に…?そんな…そんな…早く助けないと…!」

彰光は震えていたと思ったら、今度はどこかに行こうと立ち上がる。蒼白な顔色は幽鬼の様で恐ろしさも感じたが、更には焦点の合わない目でふらふらと立ち上がろうとする様子は更に尋常ではない精神状態であることも察せられた。そんな彰光を何とか光義が押しとどめると、がっくりと彰光は項垂れて黙り込んでしまった。
そんな彰光の様子を見ていると怪異のことを聞くのも酷な気もしたが暁は意を決して怪異の事を訪ねることにした。
先ほどの口ぶりから実朝と兼雅の身の危険があると察せら、一刻の猶予もないような予感がしたからだった。

「申し遅れました。私は賀茂暁。陰陽寮で働いています。今回の怪異の件を調査しているのですが、状況をお聞かせくださいませんか?」
「状況…」
「はい、私たちは今回の怪異に万里小路に住む藤姫という人物が関与していると思っています。貴方もそこに行って、そして戻ってきたのではないですか?」
「藤姫…」

暁が声をかけると光の刺さない虚ろな瞳が暁を捉える。その目からぽつりと涙がこぼれるのを暁は息を飲んで見守った。
そして、彰光はゆっくりと怪異に会った状況を説明し始めた。

「二人を…助けてください…」
「もちろんです。一刻も早く助けるために知っている情報を教えてください。藤姫とは、いったい何者なんですか?」
「藤姫は…万里小路に住む姫です。僕は実朝と兼雅に誘われて他の公達たちと藤の花を見に山に行くことにしたんです。本当は嫌だったんですけど、たまにはって2人に強引に連れられて。でも行かなきゃよかった…」
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