67 / 92
藤の花の季節に君を想う
香袋と無力③
しおりを挟む
「おや、血が…ついてる…」
光義が暁の顔を覗きつつ、その指で頬をぬぐってくれた。
その指には真っ赤な血がついているが自分は怪我をしていない。その血が老人のものだと気づき光義の背後に倒れている老人の元に駆け寄った。
だが思うように足が動かず、もつれる様に老人の元に行った。よろよろと辿り着くと、そこには帯びたたしい血が大地へとしみていて、老人に触れればすでに冷たくなっていた。
その血と共に命の温もりが消えていた。
「うっ…うっ…おじいさん…」
老人の優しい手の温もりを思い出して、暁は声を上げて泣いた。
自分と同じ年頃の孫がいると言っていた
遊びに来ていいと言ってくれた
なのに…
自分は助けられなかった
それどころか老人に庇われて目の前でその命がなくなるのをただ黙ってみているしかなかった。
自分が迷子になったせいで
自分を庇ってくれたせいで
自分が弱いせいで
あの親切で暖かい老人を死なせてしまったのだ
もし自分が叔父のように強い陰陽師だったら、老人を助けられたのかもしれない。
そう思うと罪悪感と後悔が幼い暁の心を占めていく。その感情に飲み込まれそうで、また暁は泣くしかできなかった。
声を上げて泣く暁のそばにそっと光義が寄り添ってくれた。暁の頭を自分の胸に抱き、ポンポンと背をたたいてくれる。
居てもたってもいられずに光義にしがみついて更に泣いた。
「このご老人が助けてくれてんだね」
「うん…」
「いい老人だったんだね」
「うん…。」
「ご家族の元に運んであげようね…」
「うん…」
ひとしきり泣き、やがて少し落ち着いて嗚咽になった頃、光義は暁を立ち上がらせて老人の家に向かって歩き始めた。
喪失感と脱力感でその足取りは重かったが、なんとかして老人のことを家族に伝えなくてはという思いから、足を進める。
光義は人を頼りに老人の家を訪れて、今起こったことを説明していた。
大人が話していることは良く分からなかったが、光義の話を聞いた直後に男の人が家を飛び出し、女の人はその場に崩れ落ちて泣いた。
不意に…視線を感じてその方向を見ると、暁と同じくらいの男の子がこちらをじっと見ていた。
「あんたがおじいちゃんを殺したんだ!!」
男の子は怒りをあらわにして暁の元に詰め寄ってきたかと思うと、思い切り突き飛ばされた。
尻もちをついた部分が鈍く痛い。
男の子を見上げると、怒りのあまり男の子の顔が真っ赤になっている
(助けられなかった…自分が、殺した…)
男の子に突き飛ばされた衝撃よりも、その事実を突きつけられたようで、暁は俯いて小さく呟いた。
「ごめんなさい…」
その後どんな会話をしたのか、どうやって家に帰ったのかも分からない。
ただ気づけば家にいて、呆然と床を見つめていた。
「叔父さん…ちゃんとりっぱな陰陽師になりたい」
漏れるようにぽつり呟いた言葉。
もう二度と目の前で誰かが死なないように強くなろう。
そう思って言った一言だった。
◆ ◆ ◆
「!!」
気づくといつもの天井が視界いっぱいを占めている。
夢を見ていたと気づくと、現実に意識が引き戻された。
「私…泣いて…」
目じりにたまった涙が一滴落ちていくのに気づき、慌てて体を起こす。
(しばらく見ない夢だったのになぁ)
事件があってからは度々この夢に襲われて、夜泣きながら目を覚ますことも多かった。
その度に深夜でも駆けつける叔父と式神2人が心配そうに見つめ、あやしてくれた。
次第に夢は見なくなっていたが、やはり夢を見た後は辛い気持ちにはなってしまう。
陰陽師になったのは、老人への罪悪感か、贖罪か…
出会った頃に吉平にこんなことを聞かれた。
『そういう暁はどうして陰陽師に?』
その時、自分は内心ドキリとした。
老人を助けられなかったという罪悪感を見透かされたようだったから。
『できたらこの陰陽道の力で困っている人を救いたいって思うんだ。』
それは真実。
『本当の親は穢れによって命を落としたらしいし。穢れによって親を失って孤児となる人が少しでも減ればいいなぁって思っている。』
これは嘘。
本当の親のことは記憶があいまいで、ただ叔父にそう教えられたからそうなんだと思っている。
だから親が云々だとか、孤児が云々だとか。こんなのは建前だった。
老人を失った現実から逃げるための嘘で、真実を知った時に吉平に拒絶されないための嘘。
とはいっても、いつまでもそんな暗い思いにとらわれるわけにもいかない。
気持ちを切り替えるように暁は立ち上がり、身支度を整えようといつもの服に袖を通した。
「よし!!準備もOK!今日も頑張るぞ!!」
朝餉のために居間に向かおうとした暁の鼻腔を香しい匂いがくすぐった。
白檀の香に何か混ざっているようで、とてもいい香りだった。
(心が落ち着くなぁ)
吉平の顔が思い出される。
すっかり夢見が悪いことも吹っ切れた暁は、匂い袋をくれた吉平を思い出し、心の中でもう一度感謝の言葉を言った。
今から玉兎が朝餉を食べるように促す声が聞こえる。
暁は懐に匂い袋を入れて居間へと向かった。
光義が暁の顔を覗きつつ、その指で頬をぬぐってくれた。
その指には真っ赤な血がついているが自分は怪我をしていない。その血が老人のものだと気づき光義の背後に倒れている老人の元に駆け寄った。
だが思うように足が動かず、もつれる様に老人の元に行った。よろよろと辿り着くと、そこには帯びたたしい血が大地へとしみていて、老人に触れればすでに冷たくなっていた。
その血と共に命の温もりが消えていた。
「うっ…うっ…おじいさん…」
老人の優しい手の温もりを思い出して、暁は声を上げて泣いた。
自分と同じ年頃の孫がいると言っていた
遊びに来ていいと言ってくれた
なのに…
自分は助けられなかった
それどころか老人に庇われて目の前でその命がなくなるのをただ黙ってみているしかなかった。
自分が迷子になったせいで
自分を庇ってくれたせいで
自分が弱いせいで
あの親切で暖かい老人を死なせてしまったのだ
もし自分が叔父のように強い陰陽師だったら、老人を助けられたのかもしれない。
そう思うと罪悪感と後悔が幼い暁の心を占めていく。その感情に飲み込まれそうで、また暁は泣くしかできなかった。
声を上げて泣く暁のそばにそっと光義が寄り添ってくれた。暁の頭を自分の胸に抱き、ポンポンと背をたたいてくれる。
居てもたってもいられずに光義にしがみついて更に泣いた。
「このご老人が助けてくれてんだね」
「うん…」
「いい老人だったんだね」
「うん…。」
「ご家族の元に運んであげようね…」
「うん…」
ひとしきり泣き、やがて少し落ち着いて嗚咽になった頃、光義は暁を立ち上がらせて老人の家に向かって歩き始めた。
喪失感と脱力感でその足取りは重かったが、なんとかして老人のことを家族に伝えなくてはという思いから、足を進める。
光義は人を頼りに老人の家を訪れて、今起こったことを説明していた。
大人が話していることは良く分からなかったが、光義の話を聞いた直後に男の人が家を飛び出し、女の人はその場に崩れ落ちて泣いた。
不意に…視線を感じてその方向を見ると、暁と同じくらいの男の子がこちらをじっと見ていた。
「あんたがおじいちゃんを殺したんだ!!」
男の子は怒りをあらわにして暁の元に詰め寄ってきたかと思うと、思い切り突き飛ばされた。
尻もちをついた部分が鈍く痛い。
男の子を見上げると、怒りのあまり男の子の顔が真っ赤になっている
(助けられなかった…自分が、殺した…)
男の子に突き飛ばされた衝撃よりも、その事実を突きつけられたようで、暁は俯いて小さく呟いた。
「ごめんなさい…」
その後どんな会話をしたのか、どうやって家に帰ったのかも分からない。
ただ気づけば家にいて、呆然と床を見つめていた。
「叔父さん…ちゃんとりっぱな陰陽師になりたい」
漏れるようにぽつり呟いた言葉。
もう二度と目の前で誰かが死なないように強くなろう。
そう思って言った一言だった。
◆ ◆ ◆
「!!」
気づくといつもの天井が視界いっぱいを占めている。
夢を見ていたと気づくと、現実に意識が引き戻された。
「私…泣いて…」
目じりにたまった涙が一滴落ちていくのに気づき、慌てて体を起こす。
(しばらく見ない夢だったのになぁ)
事件があってからは度々この夢に襲われて、夜泣きながら目を覚ますことも多かった。
その度に深夜でも駆けつける叔父と式神2人が心配そうに見つめ、あやしてくれた。
次第に夢は見なくなっていたが、やはり夢を見た後は辛い気持ちにはなってしまう。
陰陽師になったのは、老人への罪悪感か、贖罪か…
出会った頃に吉平にこんなことを聞かれた。
『そういう暁はどうして陰陽師に?』
その時、自分は内心ドキリとした。
老人を助けられなかったという罪悪感を見透かされたようだったから。
『できたらこの陰陽道の力で困っている人を救いたいって思うんだ。』
それは真実。
『本当の親は穢れによって命を落としたらしいし。穢れによって親を失って孤児となる人が少しでも減ればいいなぁって思っている。』
これは嘘。
本当の親のことは記憶があいまいで、ただ叔父にそう教えられたからそうなんだと思っている。
だから親が云々だとか、孤児が云々だとか。こんなのは建前だった。
老人を失った現実から逃げるための嘘で、真実を知った時に吉平に拒絶されないための嘘。
とはいっても、いつまでもそんな暗い思いにとらわれるわけにもいかない。
気持ちを切り替えるように暁は立ち上がり、身支度を整えようといつもの服に袖を通した。
「よし!!準備もOK!今日も頑張るぞ!!」
朝餉のために居間に向かおうとした暁の鼻腔を香しい匂いがくすぐった。
白檀の香に何か混ざっているようで、とてもいい香りだった。
(心が落ち着くなぁ)
吉平の顔が思い出される。
すっかり夢見が悪いことも吹っ切れた暁は、匂い袋をくれた吉平を思い出し、心の中でもう一度感謝の言葉を言った。
今から玉兎が朝餉を食べるように促す声が聞こえる。
暁は懐に匂い袋を入れて居間へと向かった。
0
お気に入りに追加
123
あなたにおすすめの小説
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
水槽で出来た柩
猫宮乾
ホラー
軍人の亘理大尉は、帰宅して、戦禍の届かない場所にいる妹と通話をして一日を終える。日中、私腹を肥やす上司を手伝い悪事に手を染めていることを隠しながら。そんな亘理を邪魔だと思った森永少佐は、亘理の弱みを探ろうと試みる。※他サイトにも掲載しています。BLではないですが、設定上バイの人物が登場します。
鈴ノ宮恋愛奇譚
麻竹
ホラー
霊感少年と平凡な少女との涙と感動のホラーラブコメディー・・・・かも。
第一章【きっかけ】
容姿端麗、冷静沈着、学校内では人気NO.1の鈴宮 兇。彼がひょんな場所で出会ったのはクラスメートの那々瀬 北斗だった。しかし北斗は・・・・。
--------------------------------------------------------------------------------
恋愛要素多め、ホラー要素ありますが、作者がチキンなため大して怖くないです(汗)
他サイト様にも投稿されています。
毎週金曜、丑三つ時に更新予定。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる