上 下
51 / 92
藤の花の季節に君を想う

苦手な人物たち②

しおりを挟む
それは暁が疑問に思っていることだった。何度かそれを考えたがイマイチ分からない。
女であることがバレるかもしれない危険(リスク)を冒してまで、なぜ光義は暁を陰陽寮に引き入れたのか。
考え込んでいると、金烏は暁のつややかな髪をガシガシと乱暴に撫でて笑った。

「ちょっと…!!金烏何するの?」
「ま、あれだ。答えは自分で考えるこったな。それよりこの手紙、影平に届ければいいなんだな?」
「もちろん人間の姿になってね」
「あぁ分かってる。じゃあ、ちょっくら行ってくる」
「お願い。」

立ち上がり部屋を出ていこうとした金烏は振り向きざま暁を見る。

(今回の陰陽師見習いで何か変わるといいんだけどな)

たぶん光義が陰陽師見習いとして陰陽寮に引き込んだ目的の一つは暁が人というものに向き合うこと。もっと言えば自分の気持ちをさらけ出せる人間を作ることだと考えれる。
子供の頃の経験から人間との関りが最低限であり同世代の友人が皆無な暁に、もっと信頼できる人間を作りたかったのだろう。
それによって暁の世界はきっともっと色ずくはず。この世に執着も出てくるというものだろう。
そんなことを考えながら金烏は飛び上がった。すぐに背には漆黒の羽が顕現して夜空を翔る。影平の屋敷に着いたら人間の姿を取ればいいことだ。それに今は闇に紛れて人の判別もつかないだろう。
目撃される可能性は非常に低い。
金烏はばさりと羽をはばたかせて、影平の屋敷を目指した。

一方金烏を見送った暁は夕餉を取ることにした。さすがに一日仕事に集中していたためお腹がすいてきた。
さすがに今日はおかゆは嫌だなぁと考えていると夕餉の準備を終えた玉兎が膳を運んでくれた。
みればちゃんとした白米だった。それから雑魚だけど焼き魚がつき、具が入ったお味噌汁だった。

「暁、夕餉だぞ。」
「ありがとう。うーん、ちゃんと出汁が取れてて、やっぱり玉兎の作った夕飯は美味しいね!」
「…!!またか…」
「どうしたの?」

普段は実体を取っている玉兎が、にがにがしい表情を浮かべ急に姿を消した。怪訝に思って見ると見鬼の才がないと見れないような精神体になっている。
家にいる時には実体を取ることが多い式神が姿を隠しているというのは何故だろうかと首を捻ると同時に声がかけられた。
この声…聴いたことがある。想像通りの人物であれば何でこんなところにいるのか。そもそもここには認知の結界が張られていて人が入れば玉兎にも分かるはずだ。
混乱をよそにその人物は悠然とした様子で部屋へと入ってきた。

「暁君、いるならいるって言ってくれれば」
「…高遠殿、なんで家にいるんですか?ってか、自然に家に入り込んでこないでください!!」
「そりゃ先ぶれもなく来てしまったのは申し訳ないと思っているけど、何度か外で声をかけたんだよ。家にいるのは明白だったから入ってきたんだけど」

いつものように背景に花を散らすような笑顔を向けられて、暁は思わずため息をついた。
その華やかな笑顔の裏には悪戯が成功したような眼をしているところを見ると確信犯だろう。
一方で玉兎は渋い顔をして暁とのやり取りを見ていた。

『一度ならずとも二度までも…術が効かないなど…ありえん』

少々プライドを傷つけられてようだ。確かに金烏も玉兎もその辺の式神よりも力がすごい。だが、陰陽師としてはまだまだ力のない暁の配下になった時点でその能力はだいぶ落ちてしまっているのも事実だ。

『玉兎のせいじゃないよ。私の力のせいだよ』
『それにしても家の中なら光義の力もある。それなのに…』

ぶつぶつと小さく呟く玉兎との念話をしているとそれを知らない高遠はというと、暁が呆然としたと思ったのかクスクスと笑いながら、膳を興味深そうに覗いている。

「時に暁君…」
「なんですか?」
「君はやっぱり普段からこういう貧乏…いや質素な食事をしているのだね」
「嫌味を言いに来たんですか?」
「滅相もないよ。今日は少しばかり捜査の進展と何か手伝うことができないか相談に来たんだよ」
「ならば宮中でもできたのではないですか?」
「そう怒らないでおくれ。日中はお互い忙しい身だろう?それでも何度か陰陽寮まで行ったんだが君も吉平君も不在だったしね」

確かにバタバタしているのは事実だ。夜にしかゆっくり会えないという高遠の言い分は最もだった。
というものの、屋敷まで押し掛けるのは嫌がらせも半分入っているのでは…と穿った見方をしてしまう。相手が高遠だからだろうか。
暁はため息をつきながら事の顛末を話した。
失踪者3名が友人だったこと。兼雅が藤姫という姫を好きになり通っていたことなどをかいつまんで説明すると、高遠は扇子で優雅に口元を隠しながら何やら思案しているようだった。

「…というわけなんです。」
「なるほどね。藤姫…か。そんな魅力的な姫君を私が知らないのはちょっとショックだな。私もその藤姫を落としたくなった。万里小路と言ったね。」
「はい。結構京のはずれなので、そんなに身分の高い姫ではないと思うのですが、身持ちが固いとか」
「それは益々燃えるね。分かった、じゃあ藤姫の方は私の方で調べてみるよ。それほど魅惑的な姫君ならほかの公達も知っているかもしれないし。」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

水槽で出来た柩

猫宮乾
ホラー
 軍人の亘理大尉は、帰宅して、戦禍の届かない場所にいる妹と通話をして一日を終える。日中、私腹を肥やす上司を手伝い悪事に手を染めていることを隠しながら。そんな亘理を邪魔だと思った森永少佐は、亘理の弱みを探ろうと試みる。※他サイトにも掲載しています。BLではないですが、設定上バイの人物が登場します。

鈴ノ宮恋愛奇譚

麻竹
ホラー
霊感少年と平凡な少女との涙と感動のホラーラブコメディー・・・・かも。 第一章【きっかけ】 容姿端麗、冷静沈着、学校内では人気NO.1の鈴宮 兇。彼がひょんな場所で出会ったのはクラスメートの那々瀬 北斗だった。しかし北斗は・・・・。 -------------------------------------------------------------------------------- 恋愛要素多め、ホラー要素ありますが、作者がチキンなため大して怖くないです(汗) 他サイト様にも投稿されています。 毎週金曜、丑三つ時に更新予定。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

処理中です...