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月下に浮かびし桜の花は

貧乏暇なし②

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「叔父上!!叔父上!!」


屋敷中に響く声を上げて暁は光義の書斎の扉を開けた。

「なんだい、暁」
「"なんだい、暁"じゃないですよ!!またお給金これだけですか?」


そう、光義が暁に渡した禄は一か月の生活費を考えるにはあまりに少ない内容だった。

それに怒り心頭なのはこれがいつもの事だったからだ。暁は今にも殺しにかかるようなさっきをもって光義を睨んだ。

「仕方ないだろう?ちょっと使ってしまったんだから。」
「…それで。今回は何に使ったんですか?」
「宋からいい漢文の本が手に入ってね。」
「で?あとは?」
「…物乞いの少年に上げちゃった。」


ニコニコと悪びれもない光義の様子にひきつる。

この男はボンボン育ちのせいか、金銭感覚が狂っているのだ。

そして困っている人を見ると我が身を顧みず助けようとするのだ。

そのおかげで暁も助けられたのだから強くは言えない。

言えないのだが…再び暁のお腹が鳴った。


「あのですね、叔父上。お仕事の都合上色々入り用なのはわかります。そして困っている人を助けるのも立派だと思います。」
「うんうん。でしょでしょ?」
「ですが!!我が家の家計も火の車。我が家の事も考えてください。共に路頭に迷ったらどうするんですか!」
「まぁ、いいんじゃない?その時はその時だよ。一緒に物乞いでもして暮らせばいいんだよ。」
「…はぁ…。もういいです」


悪びれもせずのんびりとした口調の光義をみて諦めのため息が漏れる。怒るだけ体力の無駄だろう。

今月は粟を食べる羽目になるのだろうか。そう思って暁は腹をくくることにした。

泣きたいのをぐっとこらえ、暁は光義の部屋を後にした。


「おい、暁。外に誰か来ているぞ」


傷心のまま自室に向かおうとしたところで玉兎が暁に声をかけた。


「あ、玉兎。ありがとう。誰だろう?」
「直垂(ひたたれ)姿だからどこかの町人のようだと思うが。」

一応陰陽師の家柄の賀茂家ではあるが見ての通りの財政難のため手伝いなど召使がいない。

その代わりいくつかの式神が家事を取り仕切っている。

今回は不審な気配を玉兎が感知して教えてくれたのだ。


「とりあえず声かけてみるよ。」


暁はそう言って外の築地(ついじ)まで行ってみることにした。

館の外の築地まで行ってみると、そこにソワソワしながら中をのぞいている男がいた。

身なりから考えてどこかの町人だろうか?

歳の頃は50代だろう。少しくたびれた様子が見て取れた。


「もし、何か御用ですか?」
「あぁ、怪しいもんじゃありません!こちらに高名な陰陽師がいらっしゃると聞いて。」


高名な陰陽師…というのは光義の事だろうかと暁は首をひねった。

確かに客観的に見れば陰陽寮では一番の位であるが、あのボンボンで抜けている感じを知っている暁としては"高名"というのは似つかわしくないと思いクスりと笑ってしっまった。


「なにかおかしいことでも?」
「あ、いえ…それで確かにこの館の主は陰陽師ですが…それが?」
「実は村で困ったことがあって…相談に来たのです。」


陰陽師と言っても宮中に仕える陰陽師は公の仕事しかできず、一般の人の案件は受けれない決まりになっている。


「生憎、叔父の賀茂義光は陰陽寮に使える身ですので、民間陰陽師のように仕事を引き受けるわけにはいかないのです…」


それを聞いてがっくりとうなだれる町人。申し訳ない思いもありつつ決まりであるから仕方ない。

以前は暁もちょこちょこ依頼は受けていたが、現在陰陽寮で働くことになってしまい気軽には受けれないだろう。

その時、男は何かを思い出したように顔を上げると、暁にすがって言った。


「そ、そうだ!!葛葉殿のご紹介で来たのです!」
「葛葉の?」


ほほほと笑う葛葉の顔が暁の脳裏をよぎった。

葛葉とは暁の幼馴染で光義・金烏・玉兎以外の人間で唯一暁が女だと知っている女性である。

何かと世話になっている分、賀茂家の人間は葛葉に頭が上がらない。

そんな葛葉の紹介とあっては無下に断れない。

暁は今日何度目かのため息をついて、男を屋敷に招くことにした。


「分かりました。陰陽師修行中の身の私でしたら、お力になれるかもしれません。」
「ありがとうございます!」


町人の男はさっきの絶望として表情から一転し、嬉々として暁の招きを受けて賀茂家の門をくぐるのだった。
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