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エピソード2:父親を待つ男の場合
向き合う②
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「それで、お前は何をしているんだ?」
「今は…フリーランスでWEBライターをしている。旅行サイトの一記事を任されてる」
再びの沈黙。
親父は再び酒をお猪口に注いだ。
だがすぐにはそれに口を付けずにいた。
そしてぽつりと言った。
「父さんも、銀行員になりたかったわけじゃない」
昔、俺の部屋でくだを巻きながらそう言っていたのを思い出した。
「そうだったね」
「父さんは、機械設計士になりたかったんだ。だけど父さんの家は貧乏だったろう?早く独立して家計を支えなくてはと思ってな。浪人なんてできないから大学行かないで就職したんだ」
やりたいことがやれず、我慢して就職した親父の心情を考えれば、好きなことをしたいと言って会社を辞めた俺のことは、きっと堪え性の無い男だと思っているだろう。
「だから、お前がやりたいことをやると言い」
「えっ?でも、あの時反対したじゃないか」
「それは安定した職を捨てるというんだ。親ならば将来を考えて怒りもするだろう」
「じゃあ、辞めたこと、怒ってないのか?」
それには答えず、親父は小さく笑った。
「お前は言い出したら聞かないからな。大学だって「そんな難関大学受かるわけない」と思っていたのに、入学してしまったからな」
そう言えば、大学進学の時にも親父と揉めた。
俺の高校は大学の付属高校だったから、そのまま上の大学に進学できたのだ。
だが、俺はやりたい学科がないと言って、他大学を受験した。
多分その時反対したのも、今回と同じ理由だろう。
苦労させたくなかったのだと、今なら分かる。
「はは、そう言えば俺が大学受けるとき、「あの大学に受かったら町内を逆立ちして歩いてやる」って言わなかったか?」
「そうだったか?」
親父は嘯いて、にんまりと笑った。
いつもは表情を崩さない親父であるが、たまにこうしていたずら小僧のような表情をする。
そうして、ふっと表情を緩めて俺を見た。
「だからお前は、大丈夫だと思っている」
ぽんと肩を叩かれると、俺はぐっと歯を食いしばって俯いた。
親父の男泣きは見たくないと思っていたのに、俺が泣きそうだった。
「心配といえば、あとは嫁さんだな」
「…うっせーよ」
俺は鼻をぐずぐずと鳴らしながら、ビールを飲んだ。
いままで飲んだどのビールの味よりも美味く感じだ。
「そう言えば父さんのiphoeはどうした?」
「最初は母さんが使ってたけど、古くなったから機種編した」
「新しいiPhoenが出たのか?」
「あぁ。ちなみにiPadも買ってみた」
「なんだそれは」
親父は興味津々で聞いてくる。
親父は新しもの好きで、電化製品が好きだった。用もないのに大型電気ショップに行っては最新の電化製品を眺めていた。
電化製品を見る親父の目は、キラキラと輝き、表情も少年のようだったのだが、その理由が先ほど分かった。
そこからはたわいもない話をいくつかした。
最新の電化製品の話やスマホのアプリの事。
好きだったジャイアンツの勝率や親父のお気に入りのゴルフ選手が引退した話など。
昔話を交えながら、親父と話す時間はとても楽しく感じだ。
わだかまりが消え、対等に語り合える喜びは、今まで親父に対して感じたことのないもので、もっと早くに勇気を出して親父にぶつかれば良かったのではないかという考えが頭を過ぎった。
「おや、そろそろ帰る時間ではないですか?」
マスターにそう声をかけられて、俺ははっとした。
そうか、もう時間切れなのか。
もう少しだけ親父と語らっていたかった。
離れていた七年分…いや、関係に溝ができたそれ以前の分も語り合いたかった。
動けない俺に親父は俺の背中をドンと叩いた。
「父さんも帰るからな。お前も帰れ。またいつか飲めるさ」
「分かったよ。じゃあ、先帰るわ。今度は上等な日本酒奢ってやるからな」
「ははは、期待して待ってるよ」
俺は踏ん切りをつけるようにして、残ったビールをぐいと煽り、空にした。
「マスター、ご馳走様」
「ありがとうございます。お気をつけてお帰りください」
俺はマスターに声を掛けた後、親父に向かって手を上げると、そのまま店を出た。
心は軽く、ようやく新たな人生を胸を張って歩き出せるような気がした。
「今は…フリーランスでWEBライターをしている。旅行サイトの一記事を任されてる」
再びの沈黙。
親父は再び酒をお猪口に注いだ。
だがすぐにはそれに口を付けずにいた。
そしてぽつりと言った。
「父さんも、銀行員になりたかったわけじゃない」
昔、俺の部屋でくだを巻きながらそう言っていたのを思い出した。
「そうだったね」
「父さんは、機械設計士になりたかったんだ。だけど父さんの家は貧乏だったろう?早く独立して家計を支えなくてはと思ってな。浪人なんてできないから大学行かないで就職したんだ」
やりたいことがやれず、我慢して就職した親父の心情を考えれば、好きなことをしたいと言って会社を辞めた俺のことは、きっと堪え性の無い男だと思っているだろう。
「だから、お前がやりたいことをやると言い」
「えっ?でも、あの時反対したじゃないか」
「それは安定した職を捨てるというんだ。親ならば将来を考えて怒りもするだろう」
「じゃあ、辞めたこと、怒ってないのか?」
それには答えず、親父は小さく笑った。
「お前は言い出したら聞かないからな。大学だって「そんな難関大学受かるわけない」と思っていたのに、入学してしまったからな」
そう言えば、大学進学の時にも親父と揉めた。
俺の高校は大学の付属高校だったから、そのまま上の大学に進学できたのだ。
だが、俺はやりたい学科がないと言って、他大学を受験した。
多分その時反対したのも、今回と同じ理由だろう。
苦労させたくなかったのだと、今なら分かる。
「はは、そう言えば俺が大学受けるとき、「あの大学に受かったら町内を逆立ちして歩いてやる」って言わなかったか?」
「そうだったか?」
親父は嘯いて、にんまりと笑った。
いつもは表情を崩さない親父であるが、たまにこうしていたずら小僧のような表情をする。
そうして、ふっと表情を緩めて俺を見た。
「だからお前は、大丈夫だと思っている」
ぽんと肩を叩かれると、俺はぐっと歯を食いしばって俯いた。
親父の男泣きは見たくないと思っていたのに、俺が泣きそうだった。
「心配といえば、あとは嫁さんだな」
「…うっせーよ」
俺は鼻をぐずぐずと鳴らしながら、ビールを飲んだ。
いままで飲んだどのビールの味よりも美味く感じだ。
「そう言えば父さんのiphoeはどうした?」
「最初は母さんが使ってたけど、古くなったから機種編した」
「新しいiPhoenが出たのか?」
「あぁ。ちなみにiPadも買ってみた」
「なんだそれは」
親父は興味津々で聞いてくる。
親父は新しもの好きで、電化製品が好きだった。用もないのに大型電気ショップに行っては最新の電化製品を眺めていた。
電化製品を見る親父の目は、キラキラと輝き、表情も少年のようだったのだが、その理由が先ほど分かった。
そこからはたわいもない話をいくつかした。
最新の電化製品の話やスマホのアプリの事。
好きだったジャイアンツの勝率や親父のお気に入りのゴルフ選手が引退した話など。
昔話を交えながら、親父と話す時間はとても楽しく感じだ。
わだかまりが消え、対等に語り合える喜びは、今まで親父に対して感じたことのないもので、もっと早くに勇気を出して親父にぶつかれば良かったのではないかという考えが頭を過ぎった。
「おや、そろそろ帰る時間ではないですか?」
マスターにそう声をかけられて、俺ははっとした。
そうか、もう時間切れなのか。
もう少しだけ親父と語らっていたかった。
離れていた七年分…いや、関係に溝ができたそれ以前の分も語り合いたかった。
動けない俺に親父は俺の背中をドンと叩いた。
「父さんも帰るからな。お前も帰れ。またいつか飲めるさ」
「分かったよ。じゃあ、先帰るわ。今度は上等な日本酒奢ってやるからな」
「ははは、期待して待ってるよ」
俺は踏ん切りをつけるようにして、残ったビールをぐいと煽り、空にした。
「マスター、ご馳走様」
「ありがとうございます。お気をつけてお帰りください」
俺はマスターに声を掛けた後、親父に向かって手を上げると、そのまま店を出た。
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