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番外編

ルシアン視点:早く、早く

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牢といっても貴人用の牢なのか、中は豪華な内装であった。

床はコーラルピンクの絨毯で、オークで出来た小さなライティングデスクがあるが、それさえも細かな装飾が施されている。

ベッドもふかふかと柔らかく、暮らすには不自由はなさそうだ。

ただ、石造りの壁にある小さな窓には鉄格子が嵌められ、入口の木製のドアも一見すると普通のドアの様に見えるが、鉄格子のあるのぞき窓と鍵がかかっていることからも、やはりここは牢なのだと分かる作りとなっていた。

(くそっ!こんなところで足止めされている場合じゃないのに!)

ルシアンがここに入れられて2日も経ってしまっていた。
だが早くここを出たいのに、その方法が思いつかない。

改心したように見せかけて牢を出てからリディを追いかけるということも考えたが、肝心のリディの行方が分からない。

今のところ打つ手がないという状況だった。
そして牢に入って2日目の夜が過ぎようとしていた。

どうすべきか冷静になろうとするのだが、リディの事を思うと気ばかりが急いてしまい妙案が浮かばない。

ベッドに座りながら膝に置いた組んだ手を見つめる。
自分の無力さを痛感し、思わず手に力が籠る。指先が赤く色づいた。

そんな時、突然入口のドアの鍵が開く金属の音がしたと思いそちらに視線を移すと、ギイという重い音をあげながらドアがゆっくりと開いた。

「いいざまだな、ルシアン」
「ナルサス…」

濃紺の髪を揺らし、目を細めながら薄く笑って入って来たのはナルサスだった。
その後ろに控えるようにしてダンテもやって来た。

「どうしてここに?」
「…リディのことは聞いた」

ルシアンの問いには答えずにナルサスはそう言ったが、その顔には先ほどの笑みは無かった。
厳しい表情を湛えて低い声で言う。

「なんとか助けようと国王と交渉してみたが断られた。すまない」
「いや、俺でさえ無理だったんだ。王族とは言え他国の人間にはどうしようもないだろう」

多分国内の問題に口を出すなということを言われたのだろう。
ナルサスは悔し気に眉間に皺を寄せたかと思うと、外の衛兵には聞こえないように声を潜めた。

「なんとか衛兵に”頼んで”ここに入れてもらえたが、あまり時間がない。お前をここから出してやる。…いや、出て行け」
「どうやって?」
「これから私が帰る時にを開ける。その隙をついて逃げろ」
「だが衛兵は?追ってくるだろう?」
「先ほど衛兵にはワインを差し入れた。そこに薬を入れている。眠っているか、意識が朦朧としているはずだ」

ナルサスの言葉に続けるようにダンテが言った。

「バークレー侯爵が馬を用意しています。そこまでお連れしますのでオレに付いてきてください」
「そんなことをして、バレたらあんたも罪人だぞ?」
「そこは、ナルサスの出番ですよ」

意味が分からず首を傾げたルシアンに、ナルサスが不敵に笑った。

「リディを助けたらお前はもうこの国には帰れないだろう。ギルシースに来るといい。ダンテもお前もリディもまとめて面倒見るぞ。ちょうど補佐官が欲しいと思っていたんだ」

「それは俺に補佐官になれということだな」
「リディの事を抜きにすれば、お前の能力は使える。礼だと思って働いてくれ」

唇の端に笑みを浮かべて言うナルサスの言葉は明るいもので、ルシアンもつられるように苦笑交じりに言った。

「恩にきる」
「チャンスは一度きりだ。気合入れて行ってくれ。そして…リディを頼む」
「あぁ、もちろんだ」

ルシアンが頷くと、ナルサスはゆっくりと扉を開ける。
そしてそれと同時にダンテと共に駆けだした。

背後で衛兵の声がしたが、薬の影響で呂律が回っておらず、言葉にもなっていないものであった。

ダンテとナルサスはよほど念入りに策を練ったのか、進む廊下では全く人と会わなかった。

そのまま裏手の林を突き抜けて行く。
冷たい風がルシアンの頬を掠めるように抜けていく。そして城の裏手に来ると暗闇の中にランプの明かりがぽつりと灯っているのが見えた。

「ルシアン!」

小さく、だがしっかりと名を呼ぶ声は、レイモンのものだ。
息を弾ませながら灯りまで近づくとそこにはレイモンの他に、カテリーヌとエリスも居た。

「母上、それにエリスも!…この度の事、勝手に決めてしまって申し訳ありません」

ルシアンは3人を見ながら頭を下げた。
怒られるだろうか?それとも泣かれるだろうか?
どんな反応をされるのかまったく予想がつかなかった。

「いやねぇ、ルシアン。頭を挙げて頂戴」
「母上…」
「ふふふ、よくやったわルシアン!」

カテリーヌはそう言って両手を胸の前で組んで誇らしげに笑った。
意外な反応にルシアンは戸惑ってしまい、思わず怪訝な表情を浮かべてしまった。

「だって、リディさんのためでしょ?運命の女性のために全てを投げうつのは当然よ!引き裂かれた二人。愛する人を救うために全てを捨てて駆けつける男。運命の二人は困難を超えて再会し、強く抱き合い、永遠の愛を誓い合う…あぁ…いいわぁ…ロマンチィックね!」

「そうだね。僕達みたいだ」
「私達も運命の相手ですものね」
「愛してるよ、僕の運命の女性」
「私も愛してるわ」

いつもの調子でレイモンとカテリーヌは2人の世界に入ってしまった。
それを半ば呆然として見ていたルシアンに、エリスが一歩近づいて声を掛けて来た。

「お兄様」
「エリス。重責を追わせてすまない」

「いいんですよ!お姉様のためですもの!私も侯爵家の人間ですし、それなりに勉強はしてきましたもの。お兄様みたいな素敵な旦那様を婿に迎えることだってできますわ。…だから絶対にお姉様を助けて差し上げて」

「エリス…。あぁ。絶対に助ける」

ルシアンは強く頷いた後、愛する3人の家族の顔を再び見る。
もう二度と会えないだろう。

今生の別れではあるが、3人が優しくほほ笑んでくれたことはルシアンにとって救いだった。
この顔を絶対に忘れない。
「そろそろ行かないとマズイです」

ダンテの言葉にハッとした様子でレイモンがルシアンを付いてくるように促した。

「馬を用意したよ。それで家にある妖精の文献を調べたところ、リディは「黒い森」にある妖精王オベロンが住むとされている古城に連れて行かれたようだ。この地図に城の場所を描いた。鍵も入手したからこれを使って古城を開けるんだ」

手渡された鍵は黒光りしていてずっしりと重い。
ルシアンはその鍵をぎゅっと握った。
これでリディを助けに行ける。

「ありがとうございます!」

ルシアンは用意されていた黒い馬にひらりと身を躍らせて跨った。

そしてもう一度ここにいる4人の顔を目に焼き付けるようにしっかりと見た。
みんなの思いに応えるためにも、絶対にリディを連れ戻す。
ルシアンはそれを皆に誓うように力強く頷くと、馬の腹を蹴った。

「いってらっしゃい」

カテリーヌの声に押されるようにしてルシアンを馬を走らせた。
小さく嘶きいた馬は闇の中を駆ける。

早く、早く、少しでも早くリディの元へ。

馬を全速力で走らせながら、ルシアンは頭の中で最後に聞いたリディの声を思い出していた。

『ルシアン様に妖精様の加護があるように、祈ってます。想い人とお幸せになってください。絶対に現れるはずですから!私の占い、信じてくださいね』

泣き笑いを浮かべたリディの顔が蘇る。

(想い人と幸せになれだと?その想い人はあんたなのに!リディが居なければ幸せになんてなれないだろ!)

ルシアンは心の中で叫びながら、暗闇を疾風のように駆け抜けた。
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