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番外編

ルシアン視点:試される忍耐

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結果的に、ルシアンがダンテの屋敷に踏み込んだのは正解だった。

ルシアンが部屋に入るとそこにはべろんべろんに酔っぱらっていたリディがいて、にっこりと笑って出迎えた。
いつもより上機嫌で、テンションが高い。

その一方で、とろんとした目と気だるげな雰囲気が妙に色っぽくて、いつも明るく真っすぐな雰囲気とのギャップがあり、一目見ただけでドキリとしてしまった。

この様子を男が見たら放っておかないだろう。
この色気を醸し出しているリディを早くここから連れ出さなければ。

酒を飲んだことのないリディは自分の限界を知らなかったのだろう。
だからリディを責められないと思う。

それゆえ、ルシアンの怒りは酔わせた2人―ダンテとナルサスに向いた。

「これはどう言うことか?」
「いや…飲ませすぎてしまって…申し訳ありません」
「とりあえず、リディは連れて帰らせてもらう」

ルシアンはすぐさまリディを抱き上げて、バークレー邸へと急いで帰った。

馬車の中ではリディを横抱きにしてルシアンの膝に乗せる。
そのままリディはルシアンに体を預けて来た。

「ルシアン様…温かいですねぇ。ふふふ…ルシアン様の心臓、ドキドキしてますね~」

そう言いながらリディはルシアンの胸に甘えるようにすり寄って来た。

正直なところ、ルシアンは今まで他の女性にもこのようなことをされたこともある。
だがその時には嫌悪感しかなく、すげなく扱ったのだが、今はリディを抱きしめたい衝動を必死に堪えている。

これがリディが素面の時だったら、天にも昇る想いであるのだが…

(はぁ…キスしたい。抱きしめたい。これを我慢するなんて拷問だ…)

ルシアンの胸に頬を寄せるリディから、甘い香りが漂ってくる。
リディの熱と香りでルシアンはくらくらと眩暈がしそうだった。
忍耐力を試されているとしか思えない。

「私の心臓もドキドキしてますよ~」

ほらと言いながらリディはルシアンの手を取ると、自分の胸へと押し当てた。
リディの柔らかな胸の感触が手に伝わってくる。

(早く屋敷についてくれ!)

こみ上げてくる欲を必死に我慢しながらルシアンはその思考を逸らすべく、脳内でメシエ天体を呟いた。

そんな拷問のような時間を過ごして、何とか屋敷に着けば使用人にもリディの顔を見せたくなくて、ルシアンはそのままリディの部屋へと向かった。

壊れモノを扱うように優しくゆっくりとリディをベッドへと下ろして座らせた。

「ほら、靴を脱ぐといい。水を持ってこようか?」
「あれー?ルシアン様…私瞬間移動したみたいれす~」

これまでの拷問時間を全く覚えてないようだ。

相変わらず溶けるような眼差しでこちらを見ていて、首をコテンと倒せばいつもは白い首筋がほんのりと赤くなっているのが見えた。

(くそっ!こんな無防備な顔をあいつらが見たのか?というか、俺が迎えに行かなかったら…)

何か間違いが起こっていたかもしれないと思うとぞっとする。

更にリディは「暑いですねぇ…」と言いながらドレスの胸元の釦を一つ開けた。

いつもは見えない鎖骨が見えて、ドクンと心臓が鳴る。思わず生唾を飲んでしまった。

誘っているとしか思えないリディの行動に、ルシアンはキスしたい衝動に駆られたが、それをぐっと堪えた。

「本当に…!あんたって人は!男にそんな姿見せて、なんなんだよ」
「ルシアン様ぁなんで怒ってるんですか?」
「ほら、少し横になって酔いを覚ますといい」

そう言ったルシアンに突然リディが抱きついてきた。

突然の行動。
そして同時に、リディの体温が服越しに伝わってきて、ルシアンの気持ちが高ぶり、体がカッと熱くなった。
思わず息を呑んでしまう。

「ルシアン様ぁ行かないでください…」

至近距離に上気したリディの顔がある。
そして潤んだ大きな瞳でルシアンを見上げていた。

長い睫毛で縁どられた目は、ルシアンを捉えている。
いつもみたいに真っすぐに見るというよりは、男の欲情を掻き立てるような目だった。

ほんのりと赤くなった頬に、同じく赤く色づいた唇はぷっくりとしていて、ルシアンを誘っているようにも見えた。

これ以上は我慢の限界である。
気づけばルシアンはリディを押し倒していた。
リディの体がベッドへと沈み、ルシアンが圧し掛かるとベッドがぎしりと音を立てた。

「…んっ…」

リディの口を塞ぐ。
押し付けた唇からリディの熱と柔らかな感触がする。
それを堪能するようにして、やがてキスは深くなっていった。

「んっ…っ…」
「…ぁ…ん…」

ルシアンのキスに合わせるようにリディもまたそれを受け入れて応えるように唇を合わせてくれる。
繰り返すキスの合間に互いの吐息が洩れて部屋に響く。

胸の膨らみに触れて、その肌を暴きたい。
このままリディを抱きたいという欲が出てくる。

暴力的に渦巻いている欲が溢れて、ルシアンは唇を首筋へと動かした。

細い首筋に口を這わせて吸い付き、そのまま衝動に任せてリディの胸に手を伸ばして、その膨らみに触れようとした。

その寸前にルシアンの最後の理性がその手を止め、自分の犯した行為に気づいて弾かれるように身を起した。

(…やってしまった)

ルシアンは頭を抱えながらリディを見ると、首には先ほどの口づけの跡がくっきりと残っていた。

「ルシアン様ぁ?」

甘えるようにリディがルシアンの名を呼んだ。

「リディ、俺のこと好き?」
「ふふふ、好きですよ」

アルコール摂取後の眠気がリディを襲っているのだろう。
瞼を落としながら答えたリディの言葉に、ルシアンの心臓がドキリと鳴った。

まさかリディから「好き」という言葉が返ってくるとは思わなかったからだ。

その言葉を聞いて嬉しくて、思わず再びキスをしようとするが、それをしたらもう止められないだろう。

だから既に眠りに落ちて行ったリディの頬を撫でながら、ルシアンは微笑みかける。

「おやすみ、リディ」

幸せそうに眠るリディにそう声を掛けて、ルシアンはそっと部屋を出た。

だが、翌日、リディにはその記憶が全くないことが判明した。
五体投地しそうな勢いで頭を下げて謝罪するリディをルシアンは複雑な思いで見た。

衝動的にキスをして、あまつさえキスマークを付けてしまったという粗相はバレなかったことに安堵する一方で、キスを受け入れてくれたことも自分の告白に対してリディもまた好きだと言ってくれたことも忘れてしまっているのは悲しい。

そのことに、ルシアンは非常に微妙な気持ちになってしまう。

(もし素面の時に聞いたらどう答えてくれるか…)

だがリディからの答えを聞く前に、もう少しリディとの距離を詰め、自分の事を好きになってもらうことにしようとルシアンは思い直した。

だがこの30分後、リディへの求婚というナルサスの爆弾が投下されたことで、”リディに好きになってもらうまで待つ”などという悠長な事を言っている場合ではなくなってしまうのだった。
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