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番外編
ルシアン視点:リディのために
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屋敷に入れば、シャルロッテと義母のラミネらしき女が脳天から出しているのではないかと言うほど甲高い声でルシアンを迎えた。
咽返るような甘く下品な香水を振りまき、露出の多い安っぽいデザインのドレスを身に纏っている。
その醜悪な姿にルシアンは思わず顔を顰めた。
満面の笑みでルシアンを迎える一方で、リディに目を留めたラミネが一転して穢れたものを見るような目を向けて言った。
「リディ、居たの?さっさと部屋に戻りなさい。辛気臭いお前がいたら、ルシアン様のお目汚しになるでしょ」
なるほど。リディはこの家でこのような扱いをされていたのか。
それが分かり、ルシアンの胸が痛んだ。
どれほど辛いを思いをしたのかが、この一言で察せられた。
その後もなにを勘違いしているのかシャルロッテは顔を赤らめながら、ラミネは下心のある笑みを浮かびながら、べらべらと喋っている。
どうやらルシアンが婚約を申し込んだのがリディではなくシャルロッテに変換されているようだ。
何をどうしてそうなったのか…とルシアンは心の中でため息をついた。
「勘違いしているようなので言うが、私が求婚しているのは、彼女、リディだ」
「何かの間違いですよねえ!?シャルロッテの方がこんなにも可愛いですのよ?リディのような醜い女をルシアン様が選ばれるのなんてありえませんわ…?!」
ルシアンの言葉に半分悲鳴を上げるようにラミネが叫ぶ。
ふざけるな。
このバカ女のどこが可愛いのか?
リディの方が100万倍可愛いのにお前たちの目は節穴か?
思い切りそう怒鳴りたい気持ちをぐっと押し止めたもののルシアンの内心は業腹だった。
どうしてこのような勘違いをしたのかと問えばラングレン伯爵曰く、
「いや、ルシアン様がリディとシャルロッテを勘違いされていると思いまして。どう考えてもルシアン様が結婚なさるというならシャルロッテの方かと」
とのこと。
仕舞いにはシャルロッテもラミネもルシアンがリディに騙されているなど喚き始める。
(こんな風に嘘をでっち上げてリディの婚約者だった…ジル伯爵だかに吹聴したわけだな)
そのせいでリディは婚約破棄されたわけだ。
リディを貶めたことには腹が立ったが、リディが婚約破棄されなければこうしてルシアンはリディと婚約できなかったことを考えると複雑な気持ちだが。
しばらくは何とか平静を装っていたのが、次々とリディを侮辱することがが絶え間なく出てくるので、ルシアンは我慢の限界であった。
そして仕舞いにはラミネがルシアンの目の前でリディを殴ろうとしたのだ。
これに対しては看過できない。
素早くラミネの腕を掴み、思わず怒気を含んだ声で静止する。
「私の婚約者を殴るというのか?いくら義母だとしても看過できない」
自分で思うよりも、怒りで声が低くなったので、一瞬ラミネが怯んだように見えた。
伯爵に対して形式的に行う挨拶は既に終わっている。
さっさとこの不愉快な屋敷を出てリディを侯爵家へと連れて帰ることにして、ルシアンはリディを促して部屋を出た。
荷物を取るためにリディの部屋へと共に行けば、更に壮絶な光景にルシアンは絶句した。
リディの部屋はルシアンの予想よりも悲惨な部屋であった。
バークレー邸の物置よりも小さな部屋に、もやは何色なのか分からなくうす汚れた壁紙。
床は板張りで、ぼろぼろになっていた。
窓もあるにはあるが、殆ど日は差し込まないため部屋は日中にも関わらず薄暗かった。
(こんな劣悪な状態にいたのか…)
先程のなんのためらいもなく手を挙げたラミネの様子からも、あのような暴力は日常的に行われているのは明白であったし、このような劣悪な部屋を見て、虐待の事実を目の当たりにした気持ちだった。
もし2年前に勇気を出してリディに声を掛ければこんな部屋からすぐにでも連れ出してあげられたかと思うと、後悔してもしきれない。
だが過去を悔いても仕方がない。
これからはリディを甘やかし、そして幸せにする。
ルシアンはそう改めて誓った。
部屋に帰ったリディは素早く身の回りの物を纏めた。
リディの持ち物はほとんどなく、鞄一つで収まってしまった。
「さっさと屋敷に戻ろう」
「はい、そうですね」
リディと連れ立ってエントランスに戻れば、先ほどと同様シャルロッテとラミネが鬼の形相で待ち構えていた。
だがラミネはルシアンを見ると急に微笑みを浮かべ猫なで声でそう言ってきた。
「ルシアン様、最後にリディと少しよろしいですか?」
明らかに何かを仕掛けようとしている様子だった。
できたらリディの半径2m以内に入ってほしくない。ルシアンを追いやってリディだけにして話をしようなど言語道断だ。
それにリディだけを残して帰れば、確実に2人は何かをしでかすだろうことは安易に想像がつき、リディが傷つけられるのは明白だった。
ラミネの依頼を一蹴するつもりで口を開こうとしたルシアンにリディはこっそりと耳打ちして心配不要と笑った。
「大丈夫ですよ。ほら、今は中身は望美ですし。むしろ、ちょっと一言言い返してやろうかと」
何かを企むように悪戯っぽく笑うリディは本当に平気そうだ。
確かにこの機会にガツンと言ってやると言うような気概さえ感じる。
守られるだけではないその逞しさに、ルシアンはまた惚れ直してしまった。
「さすがはリディだな。じゃあ、馬車で待ってる」
「はい!」
力強く笑ったリディにルシアンも小さく笑い返し、馬車へと戻ろうと玄関を出た。
だが、気にならないと言ったら嘘になる。
リディを信じていないわけではないが、リディを残した結果やはり傷つけられる可能性もある。
だからルシアンは玄関ドアに耳を当てて、こっそりと中の様子を聞くことにした。
「ドブネズミはドブネズミらしく、あの湿った部屋がお似合いなのよ!」」
案の定、このようにラミネとシャルロットはリディを罵りながら、ルシアンとの婚約を辞退するように促している。
だがリディはひるむことなく対峙し、逆に2人の秘密を暴露し、最後に堂々と言い放った。
「沈みゆく船はドブネズミも見捨てるようですから。では、ごきげんよう」
声しか聞いてないが声音からリディが勝ち誇ったように笑う顔が目に浮かぶ。
ルシアンもまたスカッとするような気持ちになった。
(おっと、これ以上ここに居たら見つかってしまうな)
こちらへと向かってくるリディの気配を感じたルシアンは急いで馬車へと乗り込み、何食わぬ顔でリディを迎えた。
リディの顔は晴れやかで、全ての柵を断ち切ったようにすっきりとしていた。
そしてルシアンとリディは事実上婚約したことになり、ルシアンの念願叶ってリディと共に生活することになったのだった。
※
あれだけ苦労したのだから、もう辛い思いはして欲しくない。
ルシアンは自分が出来ることは全てリディにしてあげようと心に決めた。
それは2年前に勇気を出さなかったためにリディを虐待から救い出せなかった負い目からでもあったし、単純に愛する人の喜ぶ顔が見たいというのもあった。
リディ花を贈れば、驚きの後に柔らかい春の日差しのような笑みを浮かべて礼を言ってくれるし、ハンカチを贈ればそれを慈しむように撫でて春に咲いた花の如く優しい笑顔を見せてくれる。
お菓子を贈れば目を輝かせて幸せいっぱいにそれを食べてくれる。
(リディが望むなら世界征服もできそうな気がするな。…というかまずはあのバカ息子を葬ってリディと過ごす時間を取るのが先か…って、それは駄目だな)
馬鹿ルイス王子の執務も実質上兼務してしまっているルシアンは、疲れすぎて変な方向に考えが行ってしまうのを首を振って我に返った。
だが、実際ルシアンは多忙で折角リディと同じ屋根の下で暮らしているのに、なかなか会えない。
もっと一緒に居たいし、叶うなら一日中リディの顔を眺めていたいのに…何という苦行だろう。
心の中でため息をつきながら、ルシアンは僅かな休憩時間で街を歩いていた。
気が利く部下達がまた休憩時間を捻出してくれたのだ。
(何かリディに贈り物をしたいな)
物色するように街を歩いていると、ふとドレスショップが視界に入った。
そういえば、リディは「特に持って行くものは無いんです」と言って、本当に鞄一つでバークレー邸にやって来た。
何度かドレスやアクセサリーを欲しくないかと聞いたのだが「私みたいなモブ人間にドレスを買っていただくなんて滅相もないです!」と言って恐縮して断られてしまった。
それ故、ささやかながら花束等を贈っていたのだが…やっぱりドレスは必要だ。
ここは無理にでも受け取ってもらうことにしよう。
そう考えてルシアンはドレスショップのドアを開けた。
カウベルの音と共に店内に入ると、直ぐに店主がやってきてルシアンを出迎えた。
「いらっしゃいませ。…まぁバークレー様!?今日はお母さまや妹様とご一緒ではないのですか?」
「あぁ。実は婚約者のためにドレスを買いたくて」
「まぁまぁ婚約ですか!?それはまた!おめでとうございます!」
深緑色の服を身に纏った小太りの女店主は、胸のところで手を組んで目を輝かせて祝福してくれた。
「どのようなお色がよろしいでしょうか?」
「どんな色…か?」
周囲を見回すとこんなにも色があるのかというほどのカラフルなドレスが衣装棚に吊るされている。
(リディに似合う色…)
瞳に合わせるのであれば落ち着いた赤が良いだろう。
だがプラチナブロンドの髪を考えると青も捨てがたい。
だが妖精のような雰囲気を考えるとエメラルドグリーンも素敵だ。
脳内でリディを思い浮かべて考えるが、考えれば考える程、全てが似合うし、可愛い。
「どの色も似合うのだが…」
「まぁ、そうなのですね。ではデザインはいかがしますか?クラシカルなデザインがよろしいですか?それとも…こちらなどは最近の流行を取り入れておりますわ」
そう言って小太りの女店主は店の中をくるくると回って流れるような所作でドレスをいくつか選ぶとルシアンの前に置いた。
今までドレスのデザインなど気にしたこともなかったが、こう見ると多種多様だと初めて気づいた。
だが脳内でリディをイメージすると、やはりどれもリディに似合う。可愛い。
(決められない!…もうこうなったら奥の手を使おう)
ルシアンはそう思って、最強の言葉を口にした。
「…ここからここまでのドレスと、あとここからここまでのドレスをくれ」
結局、ルシアンは前世でもやったことのない大人買いをすることにした。
女店主は目を零れんばかりに見開いて、一瞬硬直した様子であったが、数秒後に意識を取り戻した。
ルシアンはドレスを屋敷に運ぶように依頼して、ドレスショップを後にした。
(これでドレスは良いとして…次はアクセサリーか)
そう思って宝飾店へと向かうと、馴染みの店員がルシアンに気づいて話しかけて来た。
「おや、バークレー様。いらっしゃいませ。今日は何をお求めでしょうか?」
尋ねられてまたルシアンは悩んでしまった。
ネックレス、指輪、イヤリング、ブレスレット…
どれを渡せばいいのか決めかねる。
しかも宝石の色もデザインもありすぎて選べない。
結局、リディのイメージに合うような繊細な細工の物を中心に、いくつかを選んで購入すると、〝外を歩いていていい物を見つけた。ささやかだがプレゼントだ。受け取ってくれ〟というメッセージカードと共に屋敷へ運ぶように依頼して店を後にした。
(喜んでくれるだろうか?)
贈ったドレスとアクセサリーを身に着けたリディはさぞかし美しいだろう。
ドレスを身に纏ったリディが喜ぶ顔を想像しながらルシアンはまた城へと戻った。
まさか、これらを受け取ったリディが悲鳴を上げるとは思わずに…。
咽返るような甘く下品な香水を振りまき、露出の多い安っぽいデザインのドレスを身に纏っている。
その醜悪な姿にルシアンは思わず顔を顰めた。
満面の笑みでルシアンを迎える一方で、リディに目を留めたラミネが一転して穢れたものを見るような目を向けて言った。
「リディ、居たの?さっさと部屋に戻りなさい。辛気臭いお前がいたら、ルシアン様のお目汚しになるでしょ」
なるほど。リディはこの家でこのような扱いをされていたのか。
それが分かり、ルシアンの胸が痛んだ。
どれほど辛いを思いをしたのかが、この一言で察せられた。
その後もなにを勘違いしているのかシャルロッテは顔を赤らめながら、ラミネは下心のある笑みを浮かびながら、べらべらと喋っている。
どうやらルシアンが婚約を申し込んだのがリディではなくシャルロッテに変換されているようだ。
何をどうしてそうなったのか…とルシアンは心の中でため息をついた。
「勘違いしているようなので言うが、私が求婚しているのは、彼女、リディだ」
「何かの間違いですよねえ!?シャルロッテの方がこんなにも可愛いですのよ?リディのような醜い女をルシアン様が選ばれるのなんてありえませんわ…?!」
ルシアンの言葉に半分悲鳴を上げるようにラミネが叫ぶ。
ふざけるな。
このバカ女のどこが可愛いのか?
リディの方が100万倍可愛いのにお前たちの目は節穴か?
思い切りそう怒鳴りたい気持ちをぐっと押し止めたもののルシアンの内心は業腹だった。
どうしてこのような勘違いをしたのかと問えばラングレン伯爵曰く、
「いや、ルシアン様がリディとシャルロッテを勘違いされていると思いまして。どう考えてもルシアン様が結婚なさるというならシャルロッテの方かと」
とのこと。
仕舞いにはシャルロッテもラミネもルシアンがリディに騙されているなど喚き始める。
(こんな風に嘘をでっち上げてリディの婚約者だった…ジル伯爵だかに吹聴したわけだな)
そのせいでリディは婚約破棄されたわけだ。
リディを貶めたことには腹が立ったが、リディが婚約破棄されなければこうしてルシアンはリディと婚約できなかったことを考えると複雑な気持ちだが。
しばらくは何とか平静を装っていたのが、次々とリディを侮辱することがが絶え間なく出てくるので、ルシアンは我慢の限界であった。
そして仕舞いにはラミネがルシアンの目の前でリディを殴ろうとしたのだ。
これに対しては看過できない。
素早くラミネの腕を掴み、思わず怒気を含んだ声で静止する。
「私の婚約者を殴るというのか?いくら義母だとしても看過できない」
自分で思うよりも、怒りで声が低くなったので、一瞬ラミネが怯んだように見えた。
伯爵に対して形式的に行う挨拶は既に終わっている。
さっさとこの不愉快な屋敷を出てリディを侯爵家へと連れて帰ることにして、ルシアンはリディを促して部屋を出た。
荷物を取るためにリディの部屋へと共に行けば、更に壮絶な光景にルシアンは絶句した。
リディの部屋はルシアンの予想よりも悲惨な部屋であった。
バークレー邸の物置よりも小さな部屋に、もやは何色なのか分からなくうす汚れた壁紙。
床は板張りで、ぼろぼろになっていた。
窓もあるにはあるが、殆ど日は差し込まないため部屋は日中にも関わらず薄暗かった。
(こんな劣悪な状態にいたのか…)
先程のなんのためらいもなく手を挙げたラミネの様子からも、あのような暴力は日常的に行われているのは明白であったし、このような劣悪な部屋を見て、虐待の事実を目の当たりにした気持ちだった。
もし2年前に勇気を出してリディに声を掛ければこんな部屋からすぐにでも連れ出してあげられたかと思うと、後悔してもしきれない。
だが過去を悔いても仕方がない。
これからはリディを甘やかし、そして幸せにする。
ルシアンはそう改めて誓った。
部屋に帰ったリディは素早く身の回りの物を纏めた。
リディの持ち物はほとんどなく、鞄一つで収まってしまった。
「さっさと屋敷に戻ろう」
「はい、そうですね」
リディと連れ立ってエントランスに戻れば、先ほどと同様シャルロッテとラミネが鬼の形相で待ち構えていた。
だがラミネはルシアンを見ると急に微笑みを浮かべ猫なで声でそう言ってきた。
「ルシアン様、最後にリディと少しよろしいですか?」
明らかに何かを仕掛けようとしている様子だった。
できたらリディの半径2m以内に入ってほしくない。ルシアンを追いやってリディだけにして話をしようなど言語道断だ。
それにリディだけを残して帰れば、確実に2人は何かをしでかすだろうことは安易に想像がつき、リディが傷つけられるのは明白だった。
ラミネの依頼を一蹴するつもりで口を開こうとしたルシアンにリディはこっそりと耳打ちして心配不要と笑った。
「大丈夫ですよ。ほら、今は中身は望美ですし。むしろ、ちょっと一言言い返してやろうかと」
何かを企むように悪戯っぽく笑うリディは本当に平気そうだ。
確かにこの機会にガツンと言ってやると言うような気概さえ感じる。
守られるだけではないその逞しさに、ルシアンはまた惚れ直してしまった。
「さすがはリディだな。じゃあ、馬車で待ってる」
「はい!」
力強く笑ったリディにルシアンも小さく笑い返し、馬車へと戻ろうと玄関を出た。
だが、気にならないと言ったら嘘になる。
リディを信じていないわけではないが、リディを残した結果やはり傷つけられる可能性もある。
だからルシアンは玄関ドアに耳を当てて、こっそりと中の様子を聞くことにした。
「ドブネズミはドブネズミらしく、あの湿った部屋がお似合いなのよ!」」
案の定、このようにラミネとシャルロットはリディを罵りながら、ルシアンとの婚約を辞退するように促している。
だがリディはひるむことなく対峙し、逆に2人の秘密を暴露し、最後に堂々と言い放った。
「沈みゆく船はドブネズミも見捨てるようですから。では、ごきげんよう」
声しか聞いてないが声音からリディが勝ち誇ったように笑う顔が目に浮かぶ。
ルシアンもまたスカッとするような気持ちになった。
(おっと、これ以上ここに居たら見つかってしまうな)
こちらへと向かってくるリディの気配を感じたルシアンは急いで馬車へと乗り込み、何食わぬ顔でリディを迎えた。
リディの顔は晴れやかで、全ての柵を断ち切ったようにすっきりとしていた。
そしてルシアンとリディは事実上婚約したことになり、ルシアンの念願叶ってリディと共に生活することになったのだった。
※
あれだけ苦労したのだから、もう辛い思いはして欲しくない。
ルシアンは自分が出来ることは全てリディにしてあげようと心に決めた。
それは2年前に勇気を出さなかったためにリディを虐待から救い出せなかった負い目からでもあったし、単純に愛する人の喜ぶ顔が見たいというのもあった。
リディ花を贈れば、驚きの後に柔らかい春の日差しのような笑みを浮かべて礼を言ってくれるし、ハンカチを贈ればそれを慈しむように撫でて春に咲いた花の如く優しい笑顔を見せてくれる。
お菓子を贈れば目を輝かせて幸せいっぱいにそれを食べてくれる。
(リディが望むなら世界征服もできそうな気がするな。…というかまずはあのバカ息子を葬ってリディと過ごす時間を取るのが先か…って、それは駄目だな)
馬鹿ルイス王子の執務も実質上兼務してしまっているルシアンは、疲れすぎて変な方向に考えが行ってしまうのを首を振って我に返った。
だが、実際ルシアンは多忙で折角リディと同じ屋根の下で暮らしているのに、なかなか会えない。
もっと一緒に居たいし、叶うなら一日中リディの顔を眺めていたいのに…何という苦行だろう。
心の中でため息をつきながら、ルシアンは僅かな休憩時間で街を歩いていた。
気が利く部下達がまた休憩時間を捻出してくれたのだ。
(何かリディに贈り物をしたいな)
物色するように街を歩いていると、ふとドレスショップが視界に入った。
そういえば、リディは「特に持って行くものは無いんです」と言って、本当に鞄一つでバークレー邸にやって来た。
何度かドレスやアクセサリーを欲しくないかと聞いたのだが「私みたいなモブ人間にドレスを買っていただくなんて滅相もないです!」と言って恐縮して断られてしまった。
それ故、ささやかながら花束等を贈っていたのだが…やっぱりドレスは必要だ。
ここは無理にでも受け取ってもらうことにしよう。
そう考えてルシアンはドレスショップのドアを開けた。
カウベルの音と共に店内に入ると、直ぐに店主がやってきてルシアンを出迎えた。
「いらっしゃいませ。…まぁバークレー様!?今日はお母さまや妹様とご一緒ではないのですか?」
「あぁ。実は婚約者のためにドレスを買いたくて」
「まぁまぁ婚約ですか!?それはまた!おめでとうございます!」
深緑色の服を身に纏った小太りの女店主は、胸のところで手を組んで目を輝かせて祝福してくれた。
「どのようなお色がよろしいでしょうか?」
「どんな色…か?」
周囲を見回すとこんなにも色があるのかというほどのカラフルなドレスが衣装棚に吊るされている。
(リディに似合う色…)
瞳に合わせるのであれば落ち着いた赤が良いだろう。
だがプラチナブロンドの髪を考えると青も捨てがたい。
だが妖精のような雰囲気を考えるとエメラルドグリーンも素敵だ。
脳内でリディを思い浮かべて考えるが、考えれば考える程、全てが似合うし、可愛い。
「どの色も似合うのだが…」
「まぁ、そうなのですね。ではデザインはいかがしますか?クラシカルなデザインがよろしいですか?それとも…こちらなどは最近の流行を取り入れておりますわ」
そう言って小太りの女店主は店の中をくるくると回って流れるような所作でドレスをいくつか選ぶとルシアンの前に置いた。
今までドレスのデザインなど気にしたこともなかったが、こう見ると多種多様だと初めて気づいた。
だが脳内でリディをイメージすると、やはりどれもリディに似合う。可愛い。
(決められない!…もうこうなったら奥の手を使おう)
ルシアンはそう思って、最強の言葉を口にした。
「…ここからここまでのドレスと、あとここからここまでのドレスをくれ」
結局、ルシアンは前世でもやったことのない大人買いをすることにした。
女店主は目を零れんばかりに見開いて、一瞬硬直した様子であったが、数秒後に意識を取り戻した。
ルシアンはドレスを屋敷に運ぶように依頼して、ドレスショップを後にした。
(これでドレスは良いとして…次はアクセサリーか)
そう思って宝飾店へと向かうと、馴染みの店員がルシアンに気づいて話しかけて来た。
「おや、バークレー様。いらっしゃいませ。今日は何をお求めでしょうか?」
尋ねられてまたルシアンは悩んでしまった。
ネックレス、指輪、イヤリング、ブレスレット…
どれを渡せばいいのか決めかねる。
しかも宝石の色もデザインもありすぎて選べない。
結局、リディのイメージに合うような繊細な細工の物を中心に、いくつかを選んで購入すると、〝外を歩いていていい物を見つけた。ささやかだがプレゼントだ。受け取ってくれ〟というメッセージカードと共に屋敷へ運ぶように依頼して店を後にした。
(喜んでくれるだろうか?)
贈ったドレスとアクセサリーを身に着けたリディはさぞかし美しいだろう。
ドレスを身に纏ったリディが喜ぶ顔を想像しながらルシアンはまた城へと戻った。
まさか、これらを受け取ったリディが悲鳴を上げるとは思わずに…。
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