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番外編

ルシアン視点:凄腕の占い師

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困った。
それが今のルシアンの状態だった。

夜会が行われている会場を離れ、ルシアンはベランダの手すりに体を預けて渋い顔をしていた。

大きな窓からはシャンデリアの明るい光が会場から洩れてルシアンの足元を照らす一方で、ルシアンは暗闇に溶けるように佇んだ。

「ルシアン、暗い顔してどうしたの?」

声の方を見れば、瞳と同じ菫色のイブニングドレスを身に着けたソフィアナがシャンパングラスを片手にこちらへとやって来た。

ソフィアナは「セレントキス」のキャラデザの通り、水色の髪に菫色の瞳。少し釣り目だが一般的に言う所の「クール系美女」らしい。

だが実際の中身は「白馬の王子様と出会いたい」などと夢見る少女なのである。
そんなソフィアナはルシアンの横に並ぶように立って心配そうに眉をひそめて言った。

「実は、俺に恋人が出来たという噂が流れてしまってるんだ」
「あぁ、そう言えばそんな話も聞いたわ」

以前は社交界の中ではソフィアナと恋人なのではないかという噂が流れていたが、ルシアンもソフィアナもそれを放置していた。

噂は貴族の暇つぶしの一つだ。
いわゆるゴシップで、面白おかしく話して楽しむコンテンツの一つに過ぎない。

それに対していちいち対応していたら身が持たないというもので、ルシアン達は「勝手に言ってれば?」的な感じで放置していた。

だがその噂を上書きするように「最近ルシアン様はシャルロッテ嬢と恋仲になった。婚約まで秒読みだ」などと言う噂が流れるようになったのだ。

根拠としては図書館で一緒にいたことを見られたり、カフェで勉強を教えるということで会っていたところを見られていたようだ。

その後も偶然が重なり、シャルロッテと顔を合わせることが多かった。

完全に無視するわけにもいかず、少しばかり話したりしていたのだが、どうやらそのせいで周囲の人間からシャルロッテとの関係を特別なものと思われ始めてしまったようだ。

そしてとどめは旧友に誘われて遠乗りに行った時だ。
何故かそこに示し合わせたようにシャルロッテが居たのだ。

「ルシアン様とこんなにお会いするなんて運命ですね」
などと言ってきたが、あえて素っ気ない態度をして挨拶程度で別れた。

それなのに、シャルロッテは突然「キャー!」という叫び声をあげたのだ。

シャルロッテの声に驚いた馬が、嘶きと共に両足を上げて飛び跳ねる。そして気づけばルシアンの腕の中にはシャルロッテが居て、しがみついてきていた。

あまりにも一瞬の事で、しがみついてきたシャルロッテを反射的に抱きかかえるようになってしまったのだが、旧友やその部下、従者を始め、その他たまたまピクニックに来ていた貴族方々がその状況を目にした。

そう言った流れで、シャルロッテとルシアンの噂は次第に大きくなり、最初はソフィアナとの噂と同様に放置をしようとしていたルシアンだったが、シャルロッテ本人が「ルシアン様とは特別な関係だ」などと吹聴し始めた。

結果、「2人は付き合っている」という確証めいた言い振りで噂が流れ、中には部下のダートの様に本気でそう思ってきた人間もいて「おめでとうございます」などと言われた時には比喩ではなく頭が痛くなった。

(外堀を埋められたようにも感じるんだが…)

思わずため息を漏らすと、ソフィアナもその噂を耳にしていたようで、首を傾げながら尋ねてきた。

「あら、でも逢引した後、幸せそうな笑顔を浮かべていたってもっぱらの噂だけど」

そんな記憶は全くない。

どうしてあんな頭の悪い、くねくねと男に媚びを売るような態度で甘ったるい声を上げるような女と別れたあとに幸せそうな笑みなど浮かべるだろうか。

「折角だからお付き合いしてみるというのは?」
「無理だ。ビジュアルも性格も気持ちが悪い。…はぁ本当、勘弁してほしい」

「だいぶ参っているみたいね。うーん、それならば別にちゃんと恋人がいるって言って断れればいいと思うのだけど。こういうのは出会いだから難しいかしらね」

それは確かに妙案だ。
あのシャルロッテから逃げれるに他にちゃんと恋人がいると示すのが一番効果的でかつ、噂も払拭できる。

(恋人…か)

その時、ルシアンの脳裏には真っ先のあの少女が思い浮かんだ。
だがもう会うことはない少女だ。
ルシアンは少女の事を頭から追いやった。

「じゃあ誰かに恋人のフリを頼むとかはどうしかしら?」

「仮とはいえ気持ちもないのに恋人のフリを頼むのは申し訳ない。そのほかにも色々問題もあるしな…」

相手の令嬢に本当に恋人が出来たときに、いらない問題となりかねないし、逆にルシアンに本気で惚れてしまう可能性もある。

ルシアンは攻略対象のキャラデザなので見目はそれなりにいい上に、将来はバークレー侯爵家を継ぎ侯爵となる。

その上将来は宰相となるだろう王太子補佐官となれば、女性はその地位と財産に目がくらみ、本当の恋人になろうとするかもしれない。

そう考えると、迂闊に恋人のフリを頼むことはできない。

一瞬気心の知れたソフィアナだったら…とも考えたら、そうなれば断罪ルートが発生する可能性もあるし、先に行ったように、彼女が本当に愛する人が出来た時に色々と面倒なことが起るだろう。

正直、八方塞がりという状態だ。

「確かに、恋人になるのであれば運命の相手がいいわよね」

うーんと言いながらソフィアナもまた案を出そうと悩んでくれていた。
運命の相手など、さすが白馬の王子様を待っているソフィアナらしい考えだ。
その時、ソフィアナが思い出したように声を上げた。

「ああ、そうだわ。じゃあどうしたら運命の相手と出会えるか占って貰ったらどうかしら?」
「占い?」

「ええ。貴族の間で評判の占い師がいるのよ。恋愛相談や健康について、金運や商売運、それに失せもの探しもしてくれるのよ。とある伯爵はその占いのお陰で領地改革が上手くいって収益がアップしたらしいわよ」

正直胡散臭いことこの上ない。

占いなど、科学的根拠もない。相談者との会話から相手の気持ちを引き出してそれらしいことを言うに過ぎないだろう。

「失せもの探しができるのだもの。きっと運命の相手についても占ってくれて、出会うようにアドバイスをくれると思うわ。紹介してあげるから一度行ってみてはどうかしら?なんでもやってみるのが良いと思わ」

確かにソフィアナの言うことも一理ある。
それにルシアンとしてもシャルロッテから逃げるためには藁をも縋る思いなのだ。

こうしてルシアンはソフィアナから紹介された占い師に占ってもらうことにしたのだった。


※ ※


果たしてルシアンは今白いドアの前に立っていた。
この奥に占い師がいる。

ソフィアナに紹介された占い師の店は下町の路地をずっと奥に行った建物の最上階にあった。

占いなんて信じられない気持ちはあるが、参考にできる部分もあるかもしれない。

(シャルロッテから逃れられるのならもう占いでも何でもいい…)

ルシアンはそう思ってドアをノックした。
すると直ぐに中から答えが返って来た。

「はい、どうぞ」

その声は溌剌としたものだが、柔らかさも含んでいて何故か耳に心地よい。

入室すればすぐに何の種類かは分からないがアロマのいい香りが鼻腔をくすぐる。
真っ白に統一された部屋の中央に占い師が机の前に立ってルシアンを迎えてくれた。

だが真っ白な部屋に反して占い師は真っ黒だった。
黒に近いグレーのワンピースに、黒いロングの髪、そして大きな黒縁の眼鏡。

不気味な雰囲気に一瞬たじろいでしまう。
だがルシアンが驚いたのは占い師の恰好だけではなかった。

(女の子?…それにどう見ても俺より年下だよな)

占い師と言うから、皺しわの顔の老婆がローブでも被って水晶玉を撫でながら占うというイメージであった。

だからこのような少女が占い師であることに驚くと共に、不信感も抱いた。

本当にこの少女の占いが当たるのだろうか?
そんな不信感を抱きながら見ていると、何故か少女も驚いた顔をしている。
そして何かぽつりと呟いた。

「嘘…こ、攻略対象…⁉」
「…何か言いましたか?」

少女の声が正直あまりにも小さかったのでよく聞き取れなかった。

「あ、いいえ!なんでもございませんわ。ようこそいらっしゃいました。さて…本日はどのようなことをご相談ですか?」

そして早速占いの段になって、この土壇場に来てルシアンはやはり占ってもらうことを躊躇してしまった。

(こんな女の子に俺の片思いの話をしなくてはならないのか?そもそも当たるかも分からないのになぜそんな暴露をしなくてはならいんだ?)

やっぱり辞めようかという考えが浮かんだ時、占い師は空中を見つめたあと、ルシアンの朝食についてズバリ当てたのだ。

今朝の朝食など調べられる訳もない。
唖然としていると、占い師はにっこりと笑った。

「少しばかり占わせていただきました」

素直に凄いと思った。
まさかここまで的中させるとは。

これならばもしかして彼女を見つけられるかもしれない。
そう思いながらルシアンは口を開いた。

「実は…人を探してほしいのだ」

シャルロッテから逃れるために恋人が必要だ。

そしてその恋人として思い浮かぶのはただ一人――ボルドーの瞳の少女だった。

ソフィアナはこの占い師は失せ物探しができると言っていたので、人探しもできるかもしれない。
そう考えての相談だった。

ルシアンは状況を説明すると、占い師はそれを聞いて、テーブルの上にタロットカードを広げた。

水晶玉を覗くのだと思っていたルシアンとしてはタロットカードが出て来たことに驚いてしまった。
だがらついポロリとそれを口にしていた。

「へぇー、タロットカードで占うのか」
「えっ?!」
「えっ?!」

ルシアンの言葉に占い師は驚きの声を上げたのでルシアンもまた驚きの声を上げた。
何か変な事でも言ったのだろうか。

気を取り直るようにして占い師はぺらぺらとカードをめくって説明を始めた。

少女とは出会った時に助言を貰らい、それをきっかけに片想いをすることになったこと
その少女と最終的には結婚をしたいと思っていること

それをピタリと当てられてしまった。

自分の心の内も晒しているようで少々気恥ずかしかったが、占いの結果としては「近くに居て会える」とのことだった。

その対策としては周囲に話すと新しい情報が入って再会のチャンスがあるとのことだったので、これから積極的に話をして情報を集めることにしよう。

(あの時期に出店した店で場所もこの辺の下町、プラチナブロンドの女性…では少し情報は少ないが、もしかして聞き込みをすれば僅かでも情報が得られるかもしれない)

やるべきことが分かったルシアンは、この店に来た時よりも気持ちが軽くなっていた。

「なるほど。わかった。少し周囲に話を聞いてみることにする。あぁ、代金は、これでよいか?」
「はい、大丈夫です。貴方に妖精の加護がありますように」

その時不意にボルドーの瞳の少女の声と占い師の声が重なった様な気がした。
助言を受けた時、確か別れ際に少女はこんな言葉を言ってくれた。

『いえいえ、どういたしまして!貴女に妖精様のご加護がありますように!』

占い師が彼女と同じ文言を言ったのでルシアンは驚いてしまった。

占い師という職業の人間は皆このような事を口にするのだろうか。
ならばあの少女も占いを仕事にしている…?

そんな疑問を持ちながらもルシアンは店を後にした。
だが、階段を下りて建物を出た時に、被って来た帽子を忘れてきたことに気づいた。

「すまない。こちらに帽子を忘れてしまい」

慌てて店に帰ると、占い師は昼食を食べていたようだ。

食事を中断させたことで申し訳ない気持ちでいっぱいになり、謝罪の言葉を口にしながらも、つい占い師が食べていた食事に目が行ってしまった。

「…おにぎり?」

この世界におにぎりなどない。
しかも一緒に置いてあるのは確実に弁当箱でその中には唐揚げと卵焼きが入っている。

どれもこの世界ではお目に掛かれない料理である。
その時ルシアンの頭に一つの可能性が浮かんだ。

(いや、ありえない。でも、可能性はある。もしかして…)

「「転生者!?」」

そして占い師とルシアンの声がハモったのだった。
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