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番外編
ルシアン視点:ルシアンの悩み
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ルシアンは手紙を読むと、大きく息を吐いてそれを机に投げ捨てた。
そして天井を仰ぎ見ると目を閉じてその内容を反芻した。
(王太子補佐官…か)
放りだされた手紙は先日王宮から届いたもので、そこにはルシアンにルイス王太子の補佐官を打診する内容が書かれていた。
先日書いた論文が評価されたとのことが打診の決め手だったようだ。
だが、それを素直に喜んで補佐官になるべきか、ルシアンは決めかねていた。
ルシアンはため息をつきながら窓へと近づいて外を見た。
そしてガラスに映る自分の顔を見つめる。
8歳の時に前世の記憶を思い出してから10年が経っていた。
大人になったルシアンの顔は、ゲームの中のルシアン・バークレーのキャラデザと全く同じものになっていた。
王太子補佐官という役職は宰相となることが約束されたようなもので、普通の貴族ならば一も二も言わずにこの打診を受けるだろう。
だが、ルシアンはそれを素直に受けることができない。
その理由は自分が転生者であることで、この世界が「セレントキス」の世界であることが分かっているからだ。
今回補佐官に任命された理由はこの間書いた論文が評価されてのものだ。
その論文はかなり苦心して書いたもので、正直それを評価されたのは嬉しい。
だがこのままルシアンが補佐官になってしまえば、ゲームの中のルシアンが辿るものと同じになる。
そのことに抵抗があるのだ。
理由の一つはソフィアナの断罪だ。
子供の頃のお茶会のあと、同じ侯爵家ということもあってソフィアナと顔を合わせる機会が多くなり、今ではいい友人となっていた。
大人になったソフィアナは侯爵令嬢としての誇りを持ち、曲がったことが嫌いで正義感の強い女性であった。
だがゲームの通りならばソフィアナは絶対に断罪されてしまう。
そしてルシアンルートならば、その断罪を自分が行うかもしれない。
友人を手にかけるような未来があるかと思うと、ルシアンの心が恐怖ですっと冷えていく。
断罪されるような人間ではないソフィアナをゲームの強制力のような訳の分からない力によって、人の命を奪うことになるのが怖いのだ。
(いや、ヒロインが自分が選ばれるとは限らない)
だがヒロインがルシアンルートを選んだ時にはヒロインと恋に落ちてソフィアナを断罪する可能性は捨てきれない。
でもそれは本当に恋なのだろうか?
ゲームの既定ルートに従って、ヒロインが正しい選択肢を選べば好感度判定で好感度が上がり、それが積み重なって結ばれる。そこにはルシアンの意思はない。
自分は生きているはずなのに、訳も分からない力によって自分の意思が奪われて生きるかもしれない事を考えるとぞっとした。
自分は何のために生きているのだろうか?
そもそも自分は生きていると言えるのだろうか?
そう思うと形のない不安が心を占め、気持ちが塞いでいく。
そしてこのことがルシアンが補佐官を素直に受けれないもう一つの理由だ。
少年時代は「神童」と呼ばれて努力することもなく過ごした。
だが、大人になるにつれて知識を吸収すべく様々な書物を読み、科学に関する論文や経済学の論文を書いた。
それはかなりの努力を要するものであった。
しかし今回論文が評価されたこともゲームの設定どおりに補佐官になるためもので、自分の努力など無てもそのルートになったのではないか?
ならば、自分の努力は自分の力ではないのか?
そんな思いが頭を過ぎる。
ではゲームの設定に逆らって補佐官の打診を一蹴できるかというとすんなりそれをできる状況でもない。
国王直々に相談があったからだ。
陛下からは「あの愚息を補佐できるのはお前しかいない」と言われている。
更に陛下からは「そうしてもう一つの理由はわかるな。遠縁と言えどもそなたは王位継承権を持っている。万が一ということもある。国政の中枢にいて欲しい」とも告げられていた。
ちょっと複雑なのだが、ルシアンの父レイモンの父親、つまりルシアンの祖父は国王の父親の兄にあたる。
ルシアン自体混乱する家柄なのだが、国王の叔父の孫がルシアンなのだ。
つまりルシアンには王家の血が流れていて、事情があって王位継承権を有している。
そしてあのバカ王子のことだから、今後を考えると王子の後見人として、そして万が一の時には王位を継がせるなんている腹積もりもあるのかもしれない。
(流石にそれはないと思いたいが…)
ルシアンは考えを打ち消した。
とにかくあのバカ王子の補佐は必要ということで白羽の矢が立ったのだろう。
こうした経緯からこの打診を無下にはできない。
結果、どうしていいのか、ルシアン自体も決めかねているのだ。
(それもゲームの強制力なのか?自分の行動の結果が補佐官を打診さえているのか、そうじゃないのか…。そもそも俺には自我があるのか?)
そんなことを考えるとだんだんルシアンの思考は迷宮の中に入ったかのようになっていき、最終的には夜眠れない状態に陥ってしまった。
精神的に追い詰められ、ちょっとした鬱状態になったのだ。
身だしなみにも構わず、伸びた髪を雑に括り、櫛も入れないのでぼさぼさだ。
眠れないため目の下にはくっきりとした隈もできている。
そんな悲惨な状態のルシアンを見て、家族は大いに心配した。
「あんまり思い詰めてもダメよ」
「そうだよ。ちょっとは気分転換でもしたらどうかい?」
「そうだわ。確か公園のライラックが見ごろだし。行ってみたらどうかしら。きっと気分も晴れるわ」
「うん、太陽の光を浴びるといい。さぁ、行っておいで!」
公園に行くのも面倒だ。
太陽なんて浴びたくないし、体は重くてしんどい。
だが両親があまりにも強く勧めてくるので断り切れなかった。
(ただでさえ迷惑をかけているのだから、行ってみよう)
ルシアンは心の中でため息をつきながら公園へと向かった。
そして、ルシアンは出会ったのだ。
ルシアンを闇の底から引き上げるような強い光を持つ瞳の少女。
希望となる少女に。
そして天井を仰ぎ見ると目を閉じてその内容を反芻した。
(王太子補佐官…か)
放りだされた手紙は先日王宮から届いたもので、そこにはルシアンにルイス王太子の補佐官を打診する内容が書かれていた。
先日書いた論文が評価されたとのことが打診の決め手だったようだ。
だが、それを素直に喜んで補佐官になるべきか、ルシアンは決めかねていた。
ルシアンはため息をつきながら窓へと近づいて外を見た。
そしてガラスに映る自分の顔を見つめる。
8歳の時に前世の記憶を思い出してから10年が経っていた。
大人になったルシアンの顔は、ゲームの中のルシアン・バークレーのキャラデザと全く同じものになっていた。
王太子補佐官という役職は宰相となることが約束されたようなもので、普通の貴族ならば一も二も言わずにこの打診を受けるだろう。
だが、ルシアンはそれを素直に受けることができない。
その理由は自分が転生者であることで、この世界が「セレントキス」の世界であることが分かっているからだ。
今回補佐官に任命された理由はこの間書いた論文が評価されてのものだ。
その論文はかなり苦心して書いたもので、正直それを評価されたのは嬉しい。
だがこのままルシアンが補佐官になってしまえば、ゲームの中のルシアンが辿るものと同じになる。
そのことに抵抗があるのだ。
理由の一つはソフィアナの断罪だ。
子供の頃のお茶会のあと、同じ侯爵家ということもあってソフィアナと顔を合わせる機会が多くなり、今ではいい友人となっていた。
大人になったソフィアナは侯爵令嬢としての誇りを持ち、曲がったことが嫌いで正義感の強い女性であった。
だがゲームの通りならばソフィアナは絶対に断罪されてしまう。
そしてルシアンルートならば、その断罪を自分が行うかもしれない。
友人を手にかけるような未来があるかと思うと、ルシアンの心が恐怖ですっと冷えていく。
断罪されるような人間ではないソフィアナをゲームの強制力のような訳の分からない力によって、人の命を奪うことになるのが怖いのだ。
(いや、ヒロインが自分が選ばれるとは限らない)
だがヒロインがルシアンルートを選んだ時にはヒロインと恋に落ちてソフィアナを断罪する可能性は捨てきれない。
でもそれは本当に恋なのだろうか?
ゲームの既定ルートに従って、ヒロインが正しい選択肢を選べば好感度判定で好感度が上がり、それが積み重なって結ばれる。そこにはルシアンの意思はない。
自分は生きているはずなのに、訳も分からない力によって自分の意思が奪われて生きるかもしれない事を考えるとぞっとした。
自分は何のために生きているのだろうか?
そもそも自分は生きていると言えるのだろうか?
そう思うと形のない不安が心を占め、気持ちが塞いでいく。
そしてこのことがルシアンが補佐官を素直に受けれないもう一つの理由だ。
少年時代は「神童」と呼ばれて努力することもなく過ごした。
だが、大人になるにつれて知識を吸収すべく様々な書物を読み、科学に関する論文や経済学の論文を書いた。
それはかなりの努力を要するものであった。
しかし今回論文が評価されたこともゲームの設定どおりに補佐官になるためもので、自分の努力など無てもそのルートになったのではないか?
ならば、自分の努力は自分の力ではないのか?
そんな思いが頭を過ぎる。
ではゲームの設定に逆らって補佐官の打診を一蹴できるかというとすんなりそれをできる状況でもない。
国王直々に相談があったからだ。
陛下からは「あの愚息を補佐できるのはお前しかいない」と言われている。
更に陛下からは「そうしてもう一つの理由はわかるな。遠縁と言えどもそなたは王位継承権を持っている。万が一ということもある。国政の中枢にいて欲しい」とも告げられていた。
ちょっと複雑なのだが、ルシアンの父レイモンの父親、つまりルシアンの祖父は国王の父親の兄にあたる。
ルシアン自体混乱する家柄なのだが、国王の叔父の孫がルシアンなのだ。
つまりルシアンには王家の血が流れていて、事情があって王位継承権を有している。
そしてあのバカ王子のことだから、今後を考えると王子の後見人として、そして万が一の時には王位を継がせるなんている腹積もりもあるのかもしれない。
(流石にそれはないと思いたいが…)
ルシアンは考えを打ち消した。
とにかくあのバカ王子の補佐は必要ということで白羽の矢が立ったのだろう。
こうした経緯からこの打診を無下にはできない。
結果、どうしていいのか、ルシアン自体も決めかねているのだ。
(それもゲームの強制力なのか?自分の行動の結果が補佐官を打診さえているのか、そうじゃないのか…。そもそも俺には自我があるのか?)
そんなことを考えるとだんだんルシアンの思考は迷宮の中に入ったかのようになっていき、最終的には夜眠れない状態に陥ってしまった。
精神的に追い詰められ、ちょっとした鬱状態になったのだ。
身だしなみにも構わず、伸びた髪を雑に括り、櫛も入れないのでぼさぼさだ。
眠れないため目の下にはくっきりとした隈もできている。
そんな悲惨な状態のルシアンを見て、家族は大いに心配した。
「あんまり思い詰めてもダメよ」
「そうだよ。ちょっとは気分転換でもしたらどうかい?」
「そうだわ。確か公園のライラックが見ごろだし。行ってみたらどうかしら。きっと気分も晴れるわ」
「うん、太陽の光を浴びるといい。さぁ、行っておいで!」
公園に行くのも面倒だ。
太陽なんて浴びたくないし、体は重くてしんどい。
だが両親があまりにも強く勧めてくるので断り切れなかった。
(ただでさえ迷惑をかけているのだから、行ってみよう)
ルシアンは心の中でため息をつきながら公園へと向かった。
そして、ルシアンは出会ったのだ。
ルシアンを闇の底から引き上げるような強い光を持つ瞳の少女。
希望となる少女に。
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