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伝えたいこと

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夜会が終わり、リディは今シャルロッテに用意された城の一室で一息ついていた。

城の客室と言っても室内は質素であった。
多分そこまで身分の高くない来客――例えばナルサスの側近くらいの客用なのだと思う。

(まぁ、変にゴージャスだと、それはそれで落ち着かないけどね…)

リディはそう思いつつ、ソファに腰を下ろした。
急に城に泊まることになり、きっとバークレー家の皆は驚いているだろう。

それにルシアンも想定外の事が立て続けに起こり、大変な思いをしているかもしれない。

(一応ルシアン様には一報入れておいたけど、びっくりしているだろうなぁ)

それにしても、とリディは思った。
夜会の最後に話があると言っていたが、これでは話すことは不可能だろう。

明日だとバークレー家に戻り、婚約解消を告げ、すぐに引っ越しとなるとゆっくり礼を伝えることもできないだろうから、ダンスの際にこれまでの事について礼を言えたので良かったと思った。

そんな事を考えつつ、リディはドレスから用意されていたワンピースドレスに着替えた。

髪を解けばプラチナブロンドの髪がいつものように緩いウェーブを描いて滑り落ちた。

さっと化粧を直し、王太子妃になったシャルロッテに会っても問題ないくらいの身だしなみを整えたところで、コンコンとドアがノックされた。

(シャルロッテね。準備が終わったタイミングで良かったわ)

待たせればドアの前で癇癪を起すかもしれないからだ。
リディはそう思い、返事をして入室の許可を出した。

だが入ってきた人物を見てリディは思わず大きな声を出して驚いてしまった。

「ルシアン様!?どうしてここに?」
「使いの者から話を聞いた。夜会が終わってから時間を作ってくれる約束だっただろう?」

「そうでしたね。でもお会い出来て良かったです。もうゆっくり話もできないと思っていたので。あ、でもシャルロッテが来るらしいのであまりゆっくりも話できないかもしれません」

「そうか。残念だが俺もあまりゆっくりする時間がないんだ。ルイスが突然婚約発表したせいで色々と対応に追われてる」

「突然でしたものね。でもどうして急に婚約発表だなんて」
「実は、シャルロッテと馬鹿が婚約することに決まったのはつい昨日のことらしいんだ」

「え!?そんなに急なんですか?」

「あぁ。シャルロッテが、馬鹿王子の子を身籠っていることが判明してさ。さっさと婚約発表をしてこの事実を隠したいらしい」

まぁ確かに、王太子に結婚前に子供ができたとなれば色々と問題がある。
ある意味醜聞ともなる。
それを急遽隠す必要があったのだろう。

「だから結婚までの時間もあまりない。異例中の異例の対応が必要になって…はぁあのバカ王子が」

憎々し気にルシアンが言う。
リディとしてもあの頭の弱いシャルロッテが王太子妃になるのというのは甚だ不安ではある。

(まぁ、ゲームの既定路線だったのかもしれないわね)

リディがルシアンルートとナルサスルートを潰したのだ。結果残るのはルイスルートだったのだろう。

そこまで話をして、リディは自分もルシアンも時間がないのを思い出した。

「それで、お話と言うのはなんでしょうか」

リディが話を切り出すと、ルシアンはちょっとだけ息を詰まらせた。

「そうだったな…」

だがそこまで言ってルシアンは黙ってしまった。
よほど言いにくいことなのだろうか。
ルシアンは緊張しているのか顔が強張っている。
その緊張がリディにも伝わってきて、つられて緊張してしまう。

(よっぽど言いにくいことなのね)

リディは固唾を呑んでルシアンの言葉を待った。
少しだけ沈黙が部屋を支配する。

「あの…」

沈黙に耐えきれず口を開いたリディの言葉を遮って、ルシアンが喋った。

「今言う」

そして目を瞑ると意を決したようにルシアンは顔を上げ、真剣な眼差しをリディに寄越した。
それを見てリディも居住いを正す。

「あんたに伝えたいことがあるんだ」
「はい、なんでしょう」

「俺の我儘であんたを巻き込んだ。なのにそのままずるずるとした関係のままでこのことを言うのは嫌だったんだ。だからケジメをつけてからあんたに言おうと思ったんだ」

「はぁ」

ルシアンの言いたいことが漠然としていていまいち意図が伝わない。

(私…何か粗相をしたかしら。だからクレーム?もしくはあの贈り物のお金を払えとか?)

「あの…すみません…支払えるお金がないんです。もちろんいただいたものは置いていきますので」
「何を言ってるんだ?」
「贈り物のお金を払えという話しかなと」

「どこをどうしたらそうなるんだ。あれはあんたにあげたものだ。むしろ持って行って欲しい。いや、持って行っては欲しくないが」

結局持っていって欲しいのか欲しくないのか分からない。

「そうじゃなくて、俺の気持ちを伝えさせてくれ。俺はあんたのことが…」

ようやく本題を言おうとしたルシアンの言葉をかき消すようにドアがノックされた。

そしてリディが入室の許可を出す前にガチャリと勝手にドアを開けて入ってきたのはシャルロッテだった。

「お義姉様、失礼しますわ。…あら、ルシアン様もいらっしゃったの」

ルシアンもリディも突然の乱入者を驚きの表情で見た。

「ああ」
「お話中でした?でもお話の続きは明日なさってくださいませ」
「いや、だが…」

「ルシアン様、私の言うことが聞けないんですの?私はもう王太子妃になる身ですのよ。身分を弁えていただかないと」

王太子妃を前面に出されてしまってはルシアンも食い下がれない。

「分かりました。…リディ。明日もう一度ゆっくり話そう」
「は、はい」
「では、シャルロッテ様。失礼します」

ルシアンは渋面になりながら部屋を出ていった。
ぱたりとドアが閉まる。

ルシアンと入れ替わりに女官が入ってきて、紅茶を淹れ始めた。

シャルロッテは我がもの顔で、リディの勧めもないままソファへとゆっくりと座ったので、リディもまたその向かい側に座った。

出された紅茶を口にした後に、シャルロッテはルシアンが消えたドアを見ながら笑った。

「そう言えばルシアン様はあの程度のお顔だったかしら。昔は格好良く見えてましたけど、ルイス殿下を見てしまうと全く冴えない方ですわね」

ルシアンの事を言われてリディはムッとした。

ルシアンは相変わらずカッコいいし、何も変わらない。
親友としても元婚約者としてもシャルロッテの発言は不愉快だ。

「ルシアン様は素敵な方です」

本当は「目先の快楽にしか興味のないバカ殿下よりよっぽど頭も良いし、顔だってルイスはゲームのキャラデザをベースにしているはずなのに、頭の悪そうなぼへーっとした顔になってるじゃないの!どこをどうしたらルシアン様が冴えないって言うのよ!」と怒りに任せて言いたかった。

だがそう言ってしまえば、またルイスの前で泣くそぶりをし、リディが虐めたと訴えるはずだ。

明日平民となったリディは侮辱罪で捕らえられるだけではなく、下手をしたら処刑。元婚約者でもあったルシアンの宮中での立場も危うくなるだろう。

それだけは避けたかった。
だからグッと堪える。

「ふふふ、まぁ冴えないリディお義姉様とお似合いですわ。ルシアン様とは運命と錯覚しましたが、私の運命の人はルイス殿下でしたわ。あの侯爵程度の方と婚約しなくて正解でしたわ」

シャルロッテはリディの心中が知ってか知らずか、嫌味を更に続ける。

「でも本当、ルシアン様の目は節穴ですわね。こんなみすぼらしい容姿のお義姉様を選ぶなんて。でもそのおかげで私は殿下と結ばれたので、感謝しなくてはならないかしら」

そこまで言うと、薄く笑いながらシャルロッテは紅茶をまた一口飲んだ。

「あら、カップが空になってしまったわ。紅茶を淹れて頂戴。家ではあなたの仕事だったでしょ」

いつものようなシャルロッテの気まぐれに、心の中でため息をついてはリディは立ち上がると、カートに乗せられているティーセットまで向かった。

「それにしても城にこんな粗末な客室があったのは知らなかったわ。でもお義姉様には過ぎた部屋よね。まぁ、調度品はそこそこかしら」

「どうぞ」
「ありがとう」

だがシャルロッテはリディの淹れたお茶を飲んだかと思うと、突然怒り出した。

「なんなのよこれ!お湯が温いじゃない!すぐに変えて!」

どう考えても温くはない。
熱湯では茶葉の渋みが出てしまうので、この温度が最適なはずだ。

だが反論しようとする前にシャルロッテが癇癪を起こした。

「さっさとお湯を取り替えてちょうだい!本当にのろまの鈍感ね!」

(またいつもの癇癪。この調子じゃお付きの女官達は大変だわね)

こうなったら手が付けられない。
リディは小さくため息をついて部屋を出た。

外に控えていた女官の一人に事の顛末を話すと、調理場までの道を教えてくれた。

(うーん、こっちだったかしら)

リディは迷いつつなんとか調理場まで行き、お湯を調達して部屋へと戻ると、リディを見たシャルロッテはすくりと立ち上がった。

そして部屋を出て行こうとするのをリディは慌てて引きためた。

「えっ!どこに行くの?紅茶は…」
「もう飲みたくなくなったわ。話すこともないし、部屋へ戻ります」

シャルロッテはドアの前まで歩くと、顔を少しだけリディの方に向ける。
そして嘲笑うように言った。

「あぁ、お義姉様が来ると辛気臭くなるから茶会も夜会も呼ぶ気はないわ。だからもう会う事もないでしょう。では帰るわ」

シャルロッテが部屋を出ていくと、また静寂が部屋を支配する。
嵐が去った後という比喩がぴったりだ。
リディは深くため息をついた。

(まぁ明日から私は平民だし、本当に会うことはないけどね…)

シャルロッテからも解放されるかと思うと早く平民になりたい。
だがバークレーのみんなと別れるのは寂しい。
少しだけ、複雑な気持ちになった。

(疲れた…すっごく、疲れた…)

リディはぽすんとベッドに座ると、そのまま倒れ込んだ。

最後の夜会でもあり、今日はいつもより緊張していた。それに加えてシャルロッテの件だ。

肉体的にも精神的にも疲労がやばい。

(そういえばルシアン様…何を言いたかったのかな)

そんなことを考えているうちにリディの瞼は重くなり、そしてそのまま眠りについた。
その安眠をすさまじい音が壊す。

(な、何?!)

窓を見ればもう朝だ。
と言ってもまだ早朝の部類ではある。
こんな時間に誰がやって来たのか。

そんなことを考える余裕もないくらいにドアのノック音が激しくなるので、リディは慌ててカーディガンを羽織って扉を開けた。

するとガシャガシャという甲冑の金属音を鳴らしながらバタバタと人が乱入して来る。

「失礼。部屋を改めさせてもらう」
「えっ?!どういうことですか?」

見れば数人の甲冑をつけた衛兵が部屋を物色し始めている。

乱暴にクローゼットを開けたり、チェストの引き出しを次々に開けた。
リディの服も引っ張り出されて乱雑に投げ捨てられた。

「ちょ、ちょっと止めてください」
「動くな」

鋭い声にリディは呼吸が止まる、そのまま動けなくなった。
何か悪いことが起こっている。それだけは分かった。
その時、一人の近衛兵の男がベッドサイドから何かを取り出して、叫んだ。

「あったぞ!」
「やはりか」

事情が飲み込めずリディは恐る恐る衛兵に尋ねた。

「何があったのですか?」

だが男は、それには応えず一言言った。

「リディ・ラングレン。宝剣強奪の罪より、逮捕する」
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