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お酒はほどほどに①

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それは本当に何気ないキッカケだった。

ダンテの家で晩餐をいただくことになったのだが、その料理はとても美味しいものだった。

確かにバークレー侯爵家よりは質素かも知れなかったが、それでも伯爵家だ。

急に人数が増えてコックは大変だったのかもしれないが、十分なフルコースが出て来た。

前菜にスープ、魚料理にソルベ、肉料理。そしてデザートにはリディの好物であるプリンが出た。

「うあー!プリン!久しぶりに食べる!」
「お前好きだっただろう?ちなみにこれ、いつものリンネ菓子店のだぜ」

リンネ菓子店は王都にある庶民派なケーキ屋である。

貴族が食べる卵たっぷりの滑らか高級プリンとはまた違った、卵より少しゼラチンが多いような安っぽい味なのだが(実際かなり安い)、前世で食べる某大手会社のプリン(道頓堀で両手と片足を上げた男性が描かれている看板の会社)の味がして懐かしい気持ちになる。

リディが子供の頃、ダンテがラングレン家に遊びに来るとこっそり差し入れてくれて以来、リディの好物だ。
だが最近は占いの店の出店や仕事等バタバタしていたため暫く食べていない。

そんなプリンに久しぶりにお目にかかることができ、リディはテンションが上がった。

「覚えててくれたのね!」
「当たり前だろ?お前これが好きで一ヶ月ぶっ続けで食べてたじゃないか。最後には俺の分も食べて気持ち悪くなったよな」 
「えっと…そんなこともあったわね」

ダンテが好物を覚えていてくれて嬉しいが、できればそれは忘れて欲しい記憶だ。

「まぁ、食えよ」
「いただきます!」

プルプルしたカスタードの部分にスプーンを入れる。
そして一口頬張れば懐かしい味がした。
思わず笑みが零れてしまう。

「ふん、間抜け面して、いつもより二割増しで弛んだ顔だな」

ナルサスはリディにそんなことを言いながら、自分はというとブランデーを持って来て、それをロックグラスに注いだ。

とくとくと音を立てながら注がれた琥珀色の液体が、氷に反射して宝石のように見える。

「綺麗…」
「なんだ、ブランデーが珍しいか」
「そうですね、今まで身近には無かったです」

ラングレン家では当たり前ながら酒宴の席に同席することは無かったし、夜会も行ったことがなかった。

最近ルシアンと行くパーティーでもリディはお酒はあまり飲まないし、見かけるのもシャンパンとワインだ。
バークレー家の皆もお酒を嗜むがやはりワインが多い。

「お前、飲める口か」
「えっ?どうでしょう?そもそもお酒を嗜む機会が無かったですし」
「なら飲んでみろ。上手いぞ」

そう言ってナルサスはリディの前にダイヤモンドカットされた綺麗なグラスを置くと、琥珀の液を入れる。

「では…失礼して…苦?!」

一口目の感想はそれだった。
アルコールで口がカッと熱く感じる。
その上独特の香りと苦味にも似た味でリディは咽てしまった。
正直これを美味しいと思う感覚が分からない。

「アルコール…強いですね」
「ははは!お子ちゃま口には合わなかったか。なら…これを食べながらならどうだ?」

ナルサスが差し出したのはチョコレートだ。
これを食べてからウイスキーを飲んだとして、どうなるのか想像がつかない。
だが、せっかくの好意だし、どんな味になるのかと好奇心が出た。

リディはチョコレートを一つ摘んで口に放り込み、その甘みを感じるとブランデーを口にした。

「美味しい…」

今までの口の中の苦さが無くなりまろやかな味になる。
アルコールもチョコの甘さに緩和されてか、そこまで強いとは感じなくなっていた。

「だろ?ほら、もう一杯飲んでみろ。酒の相手など最近はしけた顔の男しか居なかったからな。たまには女と飲むのも悪くない」

「それってオレのことだよな。お前があまり出歩けないからオレが付き合ってるんだ、感謝して欲しいよ」

なんだかんだ仲の良い二人を見て、リディはまた一口チョコを食べると、ブランデーを飲んだ。

チョコ→ブランデー→チョコ→ブランデーを繰り返しながら、リディは三人で会話を楽しんだ。

隣国ギルシースの話は興味深かったし、ダンテの異国での失敗談やいかにナルサスに振り回されているのかという熱弁も面白い。

もちろんリディの話題にもなり、占いの解説や妖精の話も二人は興味津々に聞く。

そのうちカードゲームでもするかということなり、ゲームに盛り上がっていると、ついついお酒が進んでしまった。

気づけばブランデーのボトルが一瓶空いてしまっており、その時点でリディはかなり酔っ払ってしまった。

ふらふらと視線が定まらず、体が熱くなる。パタパタとハンカチで顔を仰ぐが熱は引かない。
だが気分は良い。
楽しくて、今までの悩みや苦労など頭から消え失せて幸福感に包まれた。

「リディ、大丈夫か?飲み過ぎじゃないか?」
「ぜんぜーん酔ってないからー大丈夫だよー」
「酔ってない人間はそう言うんだよ。ほら、水飲んで」
「えー、ブランデーがいいー!ふふふ…なんでダンテは深刻な顔してるのー?ダンテも飲もーよー」
「おい、絡むなよ。とにかく、もう酒はストップな」

折角気分がいいのに水など飲んだら醒めてしまう。
それにこの口の中のまろやかさが消えてしまうのも惜しい。
そんなリディとダンテのやり取りを、ナルサスは笑いながら見つめていた。

「いいじゃないか。これからどうなるか見ものだ」
「ナルサス、リディで遊ぶなよ。…リディ、馬車を用意するからちょっと待ってろよ」
「えー帰りたくなーい!」

もっと三人で飲みたいし、色々語りたいのだ。
帰るなんて寂しいことを言わないで欲しい。

体を自力で支えることができず、寄りかかっていたダンテが急に立ち上がるのでリディはそのまま横に倒れそうになる。

それをダンテが押さえながら立ち上がろうとした時、ドアがノックされて、このタウンハウスの執事が入ってきた。

「ご主人様、お客様が」
「分かった、今行く。ほら、リディは水飲んで。ナルサス、リディに変なことするなよ」
「ふん、キスの一つでもと思ったが…我が悪友の言うことをたまには聞いてやる」
「ったく、マジで面倒なことはするなよ!」

そう言って部屋から消えたダンテだったが、ものの三十秒もしないうちに戻ってきた。

バンと音がしてドアが開かれる。
そして慌てた表情をしたダンテと共に入ってきたのは、憤怒の表情をしたルシアンだった。

「あれ?ルシアン様~。いつのまに三人になったんれすか?ふふふ…イケメンが3人もいる…すごい圧巻…」
「リディ!!?」

べろんべろんのリディを見たルシアンは絶句した後、ぎろりとダンテを睨み状況の説明を求めた。

「これはどう言うことか?」
「いや…飲ませすぎてしまって…申し訳ありません」
「とりあえず、リディは連れて帰らせてもらう」

そう言ったルシアンにリディは抱き上げられた。
ふわりという浮遊感。
そしていつもより高い視点は新鮮だ。
ルシアンの顔も近く感じる。

(お肌がすべすべ…化粧水使ってるのかな?まつ毛も長いし…さすが攻略対象…美の塊だわ)

ふわふわした意識の中でそんなことを思っていると、瞼が重くなってくる。

一瞬の暗転の後、次に意識が浮上した時にはリディは自分の部屋にいた。
ぽすりとベッドに座らされる。

「あれー?ルシアン様…私瞬間移動したみたいれす~」
「本当に…!あんたって人は!男にそんな姿見せて、なんなんだよ」
「ルシアン様ぁなんで怒ってるんですか?」
「ほら、少し横になって酔いを覚ますといい」

そう言って離れようとするダンテの熱が無くなり、リディは急に寂しくなった。
だから反射的にルシアンの首に手を回して離れないように縋った。

「ルシアン様ぁ行かないでください…」

その腕に飛び込めば、ルシアンの香水の香りがした。
柑橘系の爽やかで、上品な香りに包まれると安心する。

「ふふふ…ルシアン様の香り…好きです」
「リディ…そんな風に煽らないでくれ」
「ルシアン様も赤い顔~、ルシアン様もお酒飲んだんれす?」

ぎゅっと抱きしめるとルシアンの心臓の音がする。
いつもより少し早い鼓動だった。

「ドキドキですね。私と一緒です。ルシアン様といると安心して楽しくてドキドキして…ふふふ…ルシアン様」
「あーもう!」

苛立ったようなルシアンの声がしたと思ったら、ぽふんと背中に柔らかい感触がした。

気づけばルシアンが覆いかぶさるようして、自分を見ている。
その瞳があまりに綺麗でずっと見ていたい。
なのにその目が閉じてゆく。

もっとサファイアの瞳を見ていたいのに、それが閉じてしまうのが残念だと思っていると、唇に柔らかいものが触れた。

(気持ちいい)

思わず目を閉じると、今度は少しだけ角度を変えられた。

(なんだかんだかキスしてるみたい。ありえないけど。でも…嫌じゃない)

そうして何度か角度を変え深くなっていくが、不意にその熱が失われた。
そしてチリリとした痛みが首筋に走った。
先程の傷がまた痛くなったのかもしれない。

だがもう、瞼を開けれないほど眠い。

「リディ、俺のこと好き?」

薄れいく意識の中で、そんな声が聞こえたが、リディはもう答えることが出来ず眠りに落ちで行った。
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