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ピンチです②
しおりを挟む「うーん、ルシアン様戦法が使えるといいんですけどね」
「俺の戦法?」
「ナルサスかルイスと婚約する前にソフィアナが婚約して公に発表しちゃえばいいんですよ!でもソフィアナの意志もあるので、誰かと無理に婚約させるわけにもいかないですし…」
「…リディはやっぱりこの婚約は無理矢理に感じてるよな」
「え?!そんなことはないですよ!私はルシアン様との婚約は無理矢理とは思ってないですし。…前世持ち同志で共犯ですからね!そこは本当に気にしないでください」
「ありがとう」
ルシアンはリディの言葉に安堵しているようだった。
だが次にルシアンは謝罪の言葉を口にした。
それには少しだけ後悔が滲んでいた。
「さっきは悪かったな。その…自分勝手な言い分を押しつけて。あんたにはあんたの気持ちがあるんだし…それを止める権利はないよな。あんたを縛るような事はもう言わないから」
「えっと…まぁ、誤解が解けたならいいです。こちらこそ不安にさせてしまってすみませんでした」
会場から連行された時のギスギス感も、その後の微妙な空気も今はもうない。
元通りのルシアンになっていたし、リディもようやく平静にルシアンの顔を見れた。
「そろそろ帰ろう」
「ですね」
「では、お手をどうぞ。お姫様」
甘く囁やかれ、そう優しく手を取られた。
そして二人並んで寄り添うように歩き出す。
(前言撤回!やっぱりドキドキする)
身を寄せた服越しの体温とルシアンの香りを感じ、リディの顔は再び熱を持った。
願わくば、この暗がりでそれがルシアンにバレないようにと祈った。
※ ※ ※
夜会からの翌日。
リディは朝食を終えて、ゆっくりと読書でもしようかというところで、差し出し人不明の手紙がリディの元に届いた。
薄ピンクのカードには花が添えられている。
(誰だろう?)
不思議に思いながらカードを開く。
するとそこには簡潔に一文だけが書かれていた。
――腹と脛が痛い。詫びに来れば不問にする――
そして、その簡潔な言葉の下に時間とカフェの名前だけが書かれていた。
(これって…絶対ナルサス様だよね)
昨日のルシアンの言葉が脳裏をよぎる。
『もし万が一彼に何があれば国際問題だ』
(…私のせいで国際問題!?え…私死罪とかなっちゃう?)
さぁとリディの顔色から血の気が引いた。
(ヤバいヤバいヤバい!!)
「あらお姉様、どうなさいました?」
廊下でカードを見たまま硬直しているリディにエリスが声をかけてきた。
その言葉に我に返ったリディは何と告げればいいのかと一瞬言葉に詰まった。
だが、正直に話してもナルサスって誰?となるだろうし、かと言って隣国ギルシースの王子が来ていることは極秘なのだ。
正直にそれを言うわけにはいかない。
「えっと…昔の友人からお茶のお誘いみたいなの。ちょっと行ってくるね」
「そうなのですか?」
「じゃあ、行って参ります!」
(エリスちゃんごめん!)
心の中で謝ると、リディは取るものもとりあえずバークレー邸を後にし、急いで指定のカフェへと向かった。
カフェに着いたのは指定時間ギリギリだった。
王都でも割と大きめのカフェで、貴族御用達というよりは大衆カフェに近いため、老若男女問わず様々な風態の人で賑わっている。
リディは、時間がないため着替えなどまともな外出準備をせずに屋敷を出てきたので、貴族のご令嬢と言うより、少しオシャレした街娘な服装だ。
そのため悪目立ちしない格好なのでリディは少し安心した。
店内は四人掛け席と二人掛け席がメインで、トータル百二十席ほど。そのほとんどが埋まっている。
(この中からナルサス様を探すのか…どこにいるのかし…ら?!)
これだけの人混みなのに、まるでそこだけが異空間のように優雅な時間が流れているように錯覚した。
大きな窓際の席に座るナルサスは降り注ぐ光がスポットライトのように見える。
(さすがは攻略対象…目立ちすぎる!)
周りの女性達もチラチラとナルサスを盗み見している。
隣の席の二人組の女の子が顔を寄せ合ってキャーキャーと小さく叫んでいた。
そんなナルサスを見て一瞬足を止めていたリディに、ナルサスの方が気づいた。
「おい、こっちだ」
軽く手を上げたナルサスの視線の先にいるリディに、周囲の女性達の注目が集まる。
そして「なんだ恋人がいたんだ」「でも地味ね」などとヒソヒソ話しているのが聞こえた。
(うううう…ルシアン様といいナルサス様といい…本当、攻略対象の側に居たくない…。モブキャラなのになんでこうも関わることになっちゃうんだろう…)
「早く来い」
「あ、はい!!」
リディは慌ててナルサスの元に駆け寄り、彼の前の席に座った。
ウェイターがオーダーを聞きに来たので、とりあえずミルクティーを注文する。
そして、ウェイターが立ち去るとリディはおずおずと口を開いた。
「えっと…その節は失礼しました」
「ふーん、私がギルシースの王太子と知っての暴挙…何をされても文句は言えないよな」
明らかに怒っている様子のナルサスにリディは恐縮しきりである。どう言い訳して許してもらえるのか見当がつかない。
「可能な限りで私がやれる事はやらせていただきます」
「ふーん…そうだな…。ならキスするのでどうだ」
「な…!」
意外な要求にリディはギョッとした。
まさかこのイケメンからキスしろなんていう要求がくるとは思わなかった。
だがナルサスは楽しそうに口元をニヤリと歪めて笑った。
「どうだ?キス一つでギルシース王太子への傷害罪を免除されるんだ。やれるよな」
「…あの」
「なんだ?」
「それってナルサス様のメリットになるんですか?」
「は?」
「だってですね。ナルサス様にとって、こんな地味顔のモブキャラ人間とキスすることになんか価値があるのかと思いまして。むしろそうなると罰ゲームはナルサス様の方になるんじゃないでしょうか?」
リディが絶世の美女ならキスの価値もあるだろうが、自分のような平凡人間とキスするのは、普通嫌がるのではないかと素朴な疑問だった。
「むしろ好きでもない私とキスなんて気持ち悪くないですか?」
その言葉を聞いたナルサスはポカンとした顔をした後に盛大に笑った。
「ははは!お前、やっぱり面白いな。普通の女ならキス一つで許されるならするだろう。むしろ、無理に唇を奪おうとする女が多いのにな」
「はぁ…イケメンは色々大変ですね…」
「まぁ、試すようなことをして悪かった。この間私の情けない秘密を知られたんだ。このくらいの意趣返しは勘弁しろ」
「あの…それでは…許していただけたということでしょうか?」
「まぁ、焦るな。お詫びというならばお前の時間をもらおう」
意味が分からずリディは首を傾げた。
それを見たナルサスは頬杖をつくと、ぐっとリディの顔に近づいて覗き込むようにこちらを見たので思わずリディが仰け反ってしまう。
そしてナルサスは言葉を続けた。
「お前ともっと話してみたくなって呼んだんだ。今日はつきあってもらうぞ、リディ・ラングレン」
捕食者のような不敵な笑みを浮かべてナルサスはそう言った。
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