14 / 75
お悩み相談
しおりを挟む
バークレー家には立派な図書室があった。
歴代の当主や家族が思い思いに本を買って集めたものらしく、かなり雑多なジャンルの蔵書が揃っている。
リディは前世では電子書籍を読むことが多かったが、紙の本も好きだ。
独特の手触りや香りも好きだったし、何かを探すときにはページをペラペラめくったほうが早かったりもするので、好きになった本は紙媒体で集めていた。
今回はこの国の伝説というか、神話というジャンルに括られるのかは定かではないが、妖精について書かれている本を読んでいた。
「うーん、妖精は見えてもなかなか具体的な知識は無かったから勉強になったわ。物語的にも面白かったし、続きあるかしら?」
もちろんフィクションの部分は多々あるが、妖精の見えるリディにとっては「あぁ、そうそう」とか「なるほど、こういう妖精もいるのね」的な勉強になる。
リディは続編を読むべく屋敷の図書室に向かっていると、前方からエリスがやって来た。
しかし、いつもは元気に飛び回り、ともすればこちらに敵意(といってもささやかな感じだが)を向けている守護妖精が今は心配そうにエリスの周りを浮遊していた。
そしてエリス自身も心なしかしょんぼりしているようだ。
「エリス様、こんにちは。…あの、エリス様、どうされたのですか?」
「…どうって?」
「元気がないようでしたので」
「べ、別にそんなことありませんわ」
エリスがふいっと目を逸らす。
その様子からも明らかに何かあったようだ。
「お困りならお力になりますよ」
「困りごとっていうか…」
エリスは今度は力なく項垂れてしまった。
(うーん、確かに最近来たばかりに人間に悩み事を言うのは気が引けるものよね…でもエリス様の意気消沈ぶりを見るとこのままにするのも忍びないし…)
そう考えていると、エリスの守護妖精がリディの元へと飛んできて囁いてきた。
『貴女、私達が見えるのよね?』
「あ、はい」
『じゃあ、力を貸しなさいよ』
「それは全然問題無いですよ?それでどうされたんですか?」
『実はね…』
小声で守護妖精と話すと、エリスの落ち込んでいる事情が分かった
そこでリディはいつも仕事でやっているように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
なるべく警戒心は抱かせないようにしながらも、信頼を得て話を引き出すためだ。
「エリス様が悩んでいること、当てましょうか?」
「は?そんなの無理ですわ」
鼻から期待してない声でエリスは言うがこの手の反応は慣れっこだ。
だからリディはいつもの調子で話を続けた。
「そうですね…エリス様が悩んでるのは人間関係ですね。お友達…赤髪の女性で共通の家庭教師から学んだことが縁で仲良くなった方…。その方と喧嘩してしまったかと」
「えっ?!えっ?!な、何故そのようなことが分かるんですの?!」
「ふふふ、実は私には不思議な力があるのです。良ければ詳しくお話ししませんか?解決法が分かるかもしれないですよ」
ただリディに貸しを作るのが嫌なのかエリスは一瞬逡巡したようだ。
そこでリディはもう一押しすることにした。
「エリス様。実はルシアン様から大量のクッキーが贈られてきたのです。でも私一人で食べるのも大変なのです。ほら…太ってしまうでしょ?だから少しでも消費するのにお手伝いしていただきたいのですがダメでしょうか?」
「…そ、そんなに懇願なさるのなら、う、受けてもよろしくてよ」
「ありがとうございます!」
リディはそうしてエリスを自室に招いた。
そして部屋にあるハーブティーのストックを見る。
リラックスしてもらえるハーブティーを選んだ。
「貴女が淹れるの?」
「はい、家では自分で淹れるのが普通だったので」
「変な家ね」
「ちょっと色々ありまして。はい、どうぞ。今日はカモミールティーにしました。リラックス効果があるんですよ」
「…ふーん、いただくわ」
エリスは丁寧な所作でティーカップを持って一口飲んだ。
それ一つとっても絵になる。
そして、エリスは前に出されたクッキーを食べるとリディに話を促した。
「それで?解決法って…なんですの?」
「実はですね、私は占いが得意なんです。仲直りのアドバイスができたらと思いまして」
「占い?そんなのあてになるのかしら?」
「でも、先ほどの指摘は当たりましたよね?」
「そ、そうね」
「当たるもの八卦、当たらぬも八卦とは言いますが…かなりの的中率だと自負しています」
「そんなに言うのでしたら、やっていただいても結構よ」
「ありがとうございます」
リディはそう言って、タロットカードを取り出した。
それを見たエリスは興味深そうに言った。
「不思議な模様のカードね。トランプとは違いますの?」
「まぁ、トランプの原点になったものだと聞いてます」
知っているかどうかは人それぞれではあるが、一般的にタロットカードと言えば「運命の輪」や「恋人」といったカードを思い浮かべる人は多いと思う。
これらのカードはタロットの中でも大アルカナと呼ばれるものである。
実はその他に小アルカナというカードがあり、金貨、聖杯、剣、棍棒のカードがそれぞれ十三枚あるのだ。
この小アルカナがトランプの起源とよばれ、金貨がダイヤ、聖杯がハート、剣がスペード、棍棒がクローバーに変化したと言われている。
まぁ、この世界ではタロットカード自体がないものなので、前世日本のようにトランプの根源になったかは不明ではあるが…
リディは前世の話は隠しつつ、少しばかりタロットの説明をしたのち、タロットカードをシャッフルし始めた。
そしてカードをめくる。
過去を見るとライバルの出現を示すソード(剣)のAの逆位置,嫉妬を示すペンタクル(金貨)の6の逆位置、その他いくつかのカードが出て来た。
「あら、お友達に別のお友達ができたという感じですね。そちらと仲がいいのでちょっと悔しい感じですね。お友達が取られてしまったと思っていらっしゃるのでしょう?」
リディの言葉は図星だったようで、エリスは一瞬はっとした後に、しょんぼりとした顔になった。
「そうなんですの…実は…ルイーズは昨日刺繍の本を貸してくれるって言ってたのに、それを他の女の子に貸してしまったのよ。私の方が先に約束していたのに。それに最近はその子とばかり遊ぶし、彼女を優先するのよ」
ルイーズと言うのが先ほど指摘した赤毛の友達なのだろう。
エリスは今度は堰を切ったように話を続けた。
「酷いと思いませんこと!親友と思っていましたのに!」
「確かに自分が蔑ろにされてしまった気持ちになりますね」
「そうなの。それで口論になってしまって、「ルイーズなんて大嫌い!」って言ってしまったのよ。そこからお互い連絡を取ってないわ。でもわたしは悪くないでしょ?」
「ですが、エリス様は罪悪感を持ってらっしゃるのですね。審判の正位置ですし…本当は仲直りしたいと思ってらっしゃるのですね」
リディの言葉に、エリスは小さく頷いた。
なるほど。
思春期のこの時期にはよくある人間関係のトラブルだ。
「わたし…もうルイーズと仲直りできないのかしら…」
少し涙声のエリスを見て、さらにリディはカードをシャッフルした。
結果としては「友情が育つ」という意味のカップ(聖杯)の2、
「トラブルの解決」というカップ(聖杯)の3、
「愛の復活」を示すカップ(聖杯)の5の逆位置が現れた。
「大丈夫です。ちゃんと仲直りできます。相手も謝りたいけどタイミングが掴まないようですね」
「じゃあどうすれば仲直りできるのかしら?」
「ペンタクル(金貨)のAですからプレゼントがいいかもしれないですね」
「プレゼント?」
その後もラッキープレイスを引くと太陽が出た。街角を意味するものである。
同時に時刻も占ってみた。
「明日の午後に買い物に出るといいと思います。彼女の好きなお菓子を買うといいですね。
偶然街角で会えると思うので公園でそれを一緒に食べようと誘ってください」
「そこで謝ればいいんですの?」
「はい、そうです」
「えっ…で、でも…でもできるかしら…。それにすっごく怒っていましたのよ!誘いに応じてくれるとは思えませんわ…」
いつも勝気な印象のあるエリスだったが、やはり人に負の感情を向けられるのは不安なのだろう。
ともすれば泣きそうな表情で小さく震えている。
そんなエリスの手を握ると、リディは真っすぐに目を見て話した。
「エリス様。占いは相談者の悩みに対するアドバイスはできます。ですがそれを実行するかは本人によるものなのです。例えば仲直りできるとカードが示しててもエリス様が勇気を出して声を掛けなければこのまま縁が切れてしまいます」
「それって占いは絶対じゃないってこと?」
「はい。人は『これは運命なのだ』と言いますが、運命というのはいくつもある選択肢のようなものです。それを選ぶのは自分自身なのですよ。占いはその中の選択肢を提示して、より良い方向を示すことはできます。ですがその選択をして結果を出すのは自分自身なのです。お友達を失いたくないなら勇気を出してみませんか?」
「分かったわ…あなたを信じて勇気を出してみるわ」
「はい!頑張ってください!エリス様ならできますよ」
翌日の午後。
リディはエリスを見送りにエントランスに居た。
「リディさん、わたし変じゃないかしら?おかしなところはない?」
「大丈夫です!いつも通り可愛いですよ」
「あ、ありがとう。では…行ってきますわ!」
「はい、ご武運をお祈りしてます」
「よし!」と小さく気合を入れると、エリスはいつものように背筋を伸ばし、ピンクのフリルのついた日傘を片手に屋敷を出て行った。
(どうか、エリス様がお友達と仲直りできますように。妖精様、お助けください)
リディはエリスの後姿を見てそう祈った。
それから数時間後の事だった。
夕暮れ時になりリディは刺繍の手を休め、時計を見た。
そろそろエリスも帰ってくる時間だ。
(いい結果だといいんだけど…)
占いは絶対ではない。
九割大丈夫だと思っていても一割の不安もある。
それにルシアンの事もあって少しだけ自信が揺らいでいる。
その時だった。
急に廊下が騒がしくなったかと思うと、いきなりドアが開いてエリスが飛び込んできた。
マナーを順守するエリスが珍しい。
よほど慌てていたのだろう。
部屋へと駆け込んできたエリスはそのままリディに向かってくると、いきなり抱き着いてきた。
「え、エリス様?」
「…ったの」
「え?」
「仲直りできたわ!リディさんのお陰よ!!本当にありがとう」
うれし泣きを始めるエリスを受け止め、リディはその髪を撫でた。
「良かったです。でも私のお陰ではないです。エリス様が勇気を出して掴み取った結果ですよ」
リディがそう言うと、がばりとエリスは顔を上げると高揚した様子で赤い顔で言った。
「うううん、貴女の後押しが無かったら絶対行動できなかったわ。リディさん、いえ、お姉様と呼ばせていただきます!!わたし、一生お姉様について行きます!」
再びぎゅーっと抱き着いてきたエリスにリディは少しだけ苦笑しつつも、美少女と仲良くなれたことを心から喜んだのだった。
だが、さすがはルシアンの妹であることを痛感することになるとはこの時のリディは知る由もなかった。
歴代の当主や家族が思い思いに本を買って集めたものらしく、かなり雑多なジャンルの蔵書が揃っている。
リディは前世では電子書籍を読むことが多かったが、紙の本も好きだ。
独特の手触りや香りも好きだったし、何かを探すときにはページをペラペラめくったほうが早かったりもするので、好きになった本は紙媒体で集めていた。
今回はこの国の伝説というか、神話というジャンルに括られるのかは定かではないが、妖精について書かれている本を読んでいた。
「うーん、妖精は見えてもなかなか具体的な知識は無かったから勉強になったわ。物語的にも面白かったし、続きあるかしら?」
もちろんフィクションの部分は多々あるが、妖精の見えるリディにとっては「あぁ、そうそう」とか「なるほど、こういう妖精もいるのね」的な勉強になる。
リディは続編を読むべく屋敷の図書室に向かっていると、前方からエリスがやって来た。
しかし、いつもは元気に飛び回り、ともすればこちらに敵意(といってもささやかな感じだが)を向けている守護妖精が今は心配そうにエリスの周りを浮遊していた。
そしてエリス自身も心なしかしょんぼりしているようだ。
「エリス様、こんにちは。…あの、エリス様、どうされたのですか?」
「…どうって?」
「元気がないようでしたので」
「べ、別にそんなことありませんわ」
エリスがふいっと目を逸らす。
その様子からも明らかに何かあったようだ。
「お困りならお力になりますよ」
「困りごとっていうか…」
エリスは今度は力なく項垂れてしまった。
(うーん、確かに最近来たばかりに人間に悩み事を言うのは気が引けるものよね…でもエリス様の意気消沈ぶりを見るとこのままにするのも忍びないし…)
そう考えていると、エリスの守護妖精がリディの元へと飛んできて囁いてきた。
『貴女、私達が見えるのよね?』
「あ、はい」
『じゃあ、力を貸しなさいよ』
「それは全然問題無いですよ?それでどうされたんですか?」
『実はね…』
小声で守護妖精と話すと、エリスの落ち込んでいる事情が分かった
そこでリディはいつも仕事でやっているように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
なるべく警戒心は抱かせないようにしながらも、信頼を得て話を引き出すためだ。
「エリス様が悩んでいること、当てましょうか?」
「は?そんなの無理ですわ」
鼻から期待してない声でエリスは言うがこの手の反応は慣れっこだ。
だからリディはいつもの調子で話を続けた。
「そうですね…エリス様が悩んでるのは人間関係ですね。お友達…赤髪の女性で共通の家庭教師から学んだことが縁で仲良くなった方…。その方と喧嘩してしまったかと」
「えっ?!えっ?!な、何故そのようなことが分かるんですの?!」
「ふふふ、実は私には不思議な力があるのです。良ければ詳しくお話ししませんか?解決法が分かるかもしれないですよ」
ただリディに貸しを作るのが嫌なのかエリスは一瞬逡巡したようだ。
そこでリディはもう一押しすることにした。
「エリス様。実はルシアン様から大量のクッキーが贈られてきたのです。でも私一人で食べるのも大変なのです。ほら…太ってしまうでしょ?だから少しでも消費するのにお手伝いしていただきたいのですがダメでしょうか?」
「…そ、そんなに懇願なさるのなら、う、受けてもよろしくてよ」
「ありがとうございます!」
リディはそうしてエリスを自室に招いた。
そして部屋にあるハーブティーのストックを見る。
リラックスしてもらえるハーブティーを選んだ。
「貴女が淹れるの?」
「はい、家では自分で淹れるのが普通だったので」
「変な家ね」
「ちょっと色々ありまして。はい、どうぞ。今日はカモミールティーにしました。リラックス効果があるんですよ」
「…ふーん、いただくわ」
エリスは丁寧な所作でティーカップを持って一口飲んだ。
それ一つとっても絵になる。
そして、エリスは前に出されたクッキーを食べるとリディに話を促した。
「それで?解決法って…なんですの?」
「実はですね、私は占いが得意なんです。仲直りのアドバイスができたらと思いまして」
「占い?そんなのあてになるのかしら?」
「でも、先ほどの指摘は当たりましたよね?」
「そ、そうね」
「当たるもの八卦、当たらぬも八卦とは言いますが…かなりの的中率だと自負しています」
「そんなに言うのでしたら、やっていただいても結構よ」
「ありがとうございます」
リディはそう言って、タロットカードを取り出した。
それを見たエリスは興味深そうに言った。
「不思議な模様のカードね。トランプとは違いますの?」
「まぁ、トランプの原点になったものだと聞いてます」
知っているかどうかは人それぞれではあるが、一般的にタロットカードと言えば「運命の輪」や「恋人」といったカードを思い浮かべる人は多いと思う。
これらのカードはタロットの中でも大アルカナと呼ばれるものである。
実はその他に小アルカナというカードがあり、金貨、聖杯、剣、棍棒のカードがそれぞれ十三枚あるのだ。
この小アルカナがトランプの起源とよばれ、金貨がダイヤ、聖杯がハート、剣がスペード、棍棒がクローバーに変化したと言われている。
まぁ、この世界ではタロットカード自体がないものなので、前世日本のようにトランプの根源になったかは不明ではあるが…
リディは前世の話は隠しつつ、少しばかりタロットの説明をしたのち、タロットカードをシャッフルし始めた。
そしてカードをめくる。
過去を見るとライバルの出現を示すソード(剣)のAの逆位置,嫉妬を示すペンタクル(金貨)の6の逆位置、その他いくつかのカードが出て来た。
「あら、お友達に別のお友達ができたという感じですね。そちらと仲がいいのでちょっと悔しい感じですね。お友達が取られてしまったと思っていらっしゃるのでしょう?」
リディの言葉は図星だったようで、エリスは一瞬はっとした後に、しょんぼりとした顔になった。
「そうなんですの…実は…ルイーズは昨日刺繍の本を貸してくれるって言ってたのに、それを他の女の子に貸してしまったのよ。私の方が先に約束していたのに。それに最近はその子とばかり遊ぶし、彼女を優先するのよ」
ルイーズと言うのが先ほど指摘した赤毛の友達なのだろう。
エリスは今度は堰を切ったように話を続けた。
「酷いと思いませんこと!親友と思っていましたのに!」
「確かに自分が蔑ろにされてしまった気持ちになりますね」
「そうなの。それで口論になってしまって、「ルイーズなんて大嫌い!」って言ってしまったのよ。そこからお互い連絡を取ってないわ。でもわたしは悪くないでしょ?」
「ですが、エリス様は罪悪感を持ってらっしゃるのですね。審判の正位置ですし…本当は仲直りしたいと思ってらっしゃるのですね」
リディの言葉に、エリスは小さく頷いた。
なるほど。
思春期のこの時期にはよくある人間関係のトラブルだ。
「わたし…もうルイーズと仲直りできないのかしら…」
少し涙声のエリスを見て、さらにリディはカードをシャッフルした。
結果としては「友情が育つ」という意味のカップ(聖杯)の2、
「トラブルの解決」というカップ(聖杯)の3、
「愛の復活」を示すカップ(聖杯)の5の逆位置が現れた。
「大丈夫です。ちゃんと仲直りできます。相手も謝りたいけどタイミングが掴まないようですね」
「じゃあどうすれば仲直りできるのかしら?」
「ペンタクル(金貨)のAですからプレゼントがいいかもしれないですね」
「プレゼント?」
その後もラッキープレイスを引くと太陽が出た。街角を意味するものである。
同時に時刻も占ってみた。
「明日の午後に買い物に出るといいと思います。彼女の好きなお菓子を買うといいですね。
偶然街角で会えると思うので公園でそれを一緒に食べようと誘ってください」
「そこで謝ればいいんですの?」
「はい、そうです」
「えっ…で、でも…でもできるかしら…。それにすっごく怒っていましたのよ!誘いに応じてくれるとは思えませんわ…」
いつも勝気な印象のあるエリスだったが、やはり人に負の感情を向けられるのは不安なのだろう。
ともすれば泣きそうな表情で小さく震えている。
そんなエリスの手を握ると、リディは真っすぐに目を見て話した。
「エリス様。占いは相談者の悩みに対するアドバイスはできます。ですがそれを実行するかは本人によるものなのです。例えば仲直りできるとカードが示しててもエリス様が勇気を出して声を掛けなければこのまま縁が切れてしまいます」
「それって占いは絶対じゃないってこと?」
「はい。人は『これは運命なのだ』と言いますが、運命というのはいくつもある選択肢のようなものです。それを選ぶのは自分自身なのですよ。占いはその中の選択肢を提示して、より良い方向を示すことはできます。ですがその選択をして結果を出すのは自分自身なのです。お友達を失いたくないなら勇気を出してみませんか?」
「分かったわ…あなたを信じて勇気を出してみるわ」
「はい!頑張ってください!エリス様ならできますよ」
翌日の午後。
リディはエリスを見送りにエントランスに居た。
「リディさん、わたし変じゃないかしら?おかしなところはない?」
「大丈夫です!いつも通り可愛いですよ」
「あ、ありがとう。では…行ってきますわ!」
「はい、ご武運をお祈りしてます」
「よし!」と小さく気合を入れると、エリスはいつものように背筋を伸ばし、ピンクのフリルのついた日傘を片手に屋敷を出て行った。
(どうか、エリス様がお友達と仲直りできますように。妖精様、お助けください)
リディはエリスの後姿を見てそう祈った。
それから数時間後の事だった。
夕暮れ時になりリディは刺繍の手を休め、時計を見た。
そろそろエリスも帰ってくる時間だ。
(いい結果だといいんだけど…)
占いは絶対ではない。
九割大丈夫だと思っていても一割の不安もある。
それにルシアンの事もあって少しだけ自信が揺らいでいる。
その時だった。
急に廊下が騒がしくなったかと思うと、いきなりドアが開いてエリスが飛び込んできた。
マナーを順守するエリスが珍しい。
よほど慌てていたのだろう。
部屋へと駆け込んできたエリスはそのままリディに向かってくると、いきなり抱き着いてきた。
「え、エリス様?」
「…ったの」
「え?」
「仲直りできたわ!リディさんのお陰よ!!本当にありがとう」
うれし泣きを始めるエリスを受け止め、リディはその髪を撫でた。
「良かったです。でも私のお陰ではないです。エリス様が勇気を出して掴み取った結果ですよ」
リディがそう言うと、がばりとエリスは顔を上げると高揚した様子で赤い顔で言った。
「うううん、貴女の後押しが無かったら絶対行動できなかったわ。リディさん、いえ、お姉様と呼ばせていただきます!!わたし、一生お姉様について行きます!」
再びぎゅーっと抱き着いてきたエリスにリディは少しだけ苦笑しつつも、美少女と仲良くなれたことを心から喜んだのだった。
だが、さすがはルシアンの妹であることを痛感することになるとはこの時のリディは知る由もなかった。
22
お気に入りに追加
2,066
あなたにおすすめの小説
全ルートで破滅予定の侯爵令嬢ですが、王子を好きになってもいいですか?
紅茶ガイデン
恋愛
「ライラ=コンスティ。貴様は許されざる大罪を犯した。聖女候補及び私の婚約者候補から除名され、重刑が下されるだろう」
……カッコイイ。
画面の中で冷ややかに断罪している第一王子、ルーク=ヴァレンタインに見惚れる石上佳奈。
彼女は乙女ゲーム『ガイディングガーディアン』のメインヒーローにリア恋している、ちょっと残念なアラサー会社員だ。
仕事の帰り道で不慮の事故に巻き込まれ、気が付けば乙女ゲームの悪役令嬢ライラとして生きていた。
十二歳のある朝、佳奈の記憶を取り戻したライラは自分の運命を思い出す。ヒロインが全てのどのエンディングを迎えても、必ずライラは悲惨な末路を辿るということを。
当然破滅の道の回避をしたいけれど、それにはルークの抱える秘密も関わってきてライラは頭を悩ませる。
十五歳を迎え、ゲームの舞台であるミリシア学園に通うことになったライラは、まずは自分の体制を整えることを目標にする。
そして二年目に転入してくるヒロインの登場におびえつつ、やがて起きるであろう全ての問題を解決するために、一つの決断を下すことになる。
※小説家になろう様にも掲載しています。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる