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異議あり!逆転裁判はじめます③

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続いての審議が始まった。

今回の争点はただ一つ。アドリアーヌが武器の密売に関与していたかどうかだ。

「ダンピエール伯爵。武器の密売についてもう一度アドリアーヌ・ミスカルドが容疑を掛けられている根拠を示してくれ」
「はい、陛下。……この女、アドリアーヌは武器の密売現場にいるところを捕縛しました。それが何よりの証拠です」

「なるほどな。動かしようのない事実があるというわけか。これに対してアドリアーヌ、お前からの弁明はあるか?」
「まず、あの現場には私は攫われて連れ、目が覚めた時に騎士団員たちが来ました。つまり自分の意志であの現場に行ったわけではないということです」

アドリアーヌの言葉にダンピエール伯爵は鼻でせせら笑うように言った。

「ふん、苦し紛れな言い訳だな。誰がお前を攫うというのか?その証拠があるのだろうな?」
「誰が……ですか。それは証言者がいます」
「証言者だと?」

ダンピエール伯爵の顔が一瞬戸惑ったと思ったのち、入ってきた人物を見て冷や汗が一つ垂れていた。

「伝令役のサヴィです。証言してください、貴方が私を攫った人間ですね」
「……はい」
「誰の指示でそれを行ったのですか?」
「ダンピエール……伯爵の……指示です……」

サヴィの突然の告白に聴衆たちもざわめいた。だがその発言に驚いたのはダンピエール伯爵もだった。

「な……、で、でたらめだ!こいつ……!出まかせを言って!だいたい、なんで私がそんなことをしなくてはならないんだ!?この女を攫うことでなんのメリットがあるのか?身代金を取るほど金に困ってはいない!」

「身代金目的ではないからですよ」
「は……じゃあ何の目的で……」
「この断罪裁判を行うためですよ」
「言っている意味が分からないな」
「私はこの武器密売について、逆にダンピエール伯爵が行っていると提訴します!」
「なんだって……」

先ほどよりももっと大きなざわめきが広場で起こった。

それもそうだ。

アドリアーヌを断罪する場であるにもかかわらず、ダンピエール伯爵がこの件の犯人であると主張したのだから。

それを受けて動揺の表情を浮かべながらトリテオウス王が言った。

「待て。アドリアーヌ、お前は自分の無罪を主張し、伯爵が密売人であると。そう主張するのか?」
「はい。順を追ってその証拠を提示させていただきます」

アドリアーヌはそう言うと、つかつかとサヴィの方へと向かって歩き、その前で足を止めた。

「サヴィ様、この間はどうも。なかなか愉快なデートでしたよ」
「……」
「さて、今回貴方が私を誘拐したのは武器密売の犯人に仕立てるため。それを知っていましたか?」
「いや、知らなかった。俺は誘拐の手引をしただけで実行犯ではないし詳しい情報を持っていない」

「なるほど、もしこの密輸劇を知っていて加担していた場合には貴方も国家反逆罪になりますが……本当に知らなかったんですか?」

「本当だ、本当に俺は知らなかったんだ。ただ誘拐の手引をしろとだけ言われた。人目のつかない場所にアドリアーヌ様を連れて行き、来た男たちに引き渡しただけだ。だから俺は重罪にはならないはずだ!あくまで誘拐補助罪だ!」

サヴィはガタガタと震えながらそう訴えた。

この場に来る前によっぽど恐ろしい目に遭ったように必死で罪の軽減を求めて涙目になっていた。

「全てはこのダンピエール伯爵の指示だ。俺はアドリアーヌ様が密売の犯人で断罪されるなんて知らなかったんだ!」
「異議あり!このものの言う言葉は捏造だ!だいたいこの男と自分は何の関係もない」
「あら?サヴィ様と顔見知りではないのですか?」
「知らん。喋ったこともない」
「サヴィ様と関係はないと」
「そうだ」

ダンピエール伯爵の言葉にサヴィは訴えた。

「俺は嘘はついていない!!本当だ!信じてくれ!……伯爵は命じたじゃないですか!俺の借金を肩代わりする代わりに手足となって働けと!」
「そんな話をした覚えはない!」

サヴィは縋り付くように伯爵に訴えるが、ダンピエール伯爵は虫けらでも見る様にサヴィに一瞥をくれると、一刀両断にそう言った。

それを見ながらサイナスはゆっくりと確認の言葉をかける。

「伯爵、彼の借金を肩代わりした話はないと。それは本当ですね」
「もちろんだ。こんな知らない男の借金を肩代わりするなどありえん」
「ではこちらの証文は何でしょうか?陛下、こちらの資料を提出いたします」

サイナスはそう言って二つの書類を侍従に渡した。

侍従からそれを受け取ったトリテオウス王は中身の数字を追って首を傾げた。

「サヴィの借金の証文と、銀行口座の取引記録か?」

「はい、サヴィは先のセギュール子爵の一件で明らかにしましたが、子爵は様々な貴族を騙し借金をさせて差し押さえの形で財産を懐に入れていました。サヴィもまた子爵から多額の借金をしていたようです。それが一枚目の証文になります」

その言葉にダンピエール伯爵が唾を飛ばして抗議してきた。

「そんなはずはない!証文など聞いてないぞ!そんなものどこから出てきたんだ?」
「セギュール子爵邸からですよ。あそこの執事とは僕は仲良くさせていただいてましてね。少し頼んだら快く出してくれましたよ」
「でもだからと言ってこのサビィと私が関係あるという証拠にはならない」

ダンと机をたたいてダンピエール伯爵は言う。

「一見するとそうですが、私がサヴィ様に攫われたその日に、サヴィ様がセギュール子爵の銀行口座に振り込んでいます。つまり、そしてその借金額がサヴィ様の借金額と同一……。サヴィ様の証言と一致している証拠になるかと」

「そして子爵の執事の証言によると、サヴィの金銭はダンピエール伯爵から譲り受けたお金で返金されているという話です。そうですよね」

サイナスが促すと、後ろからアシンメトリーの髪の男が出てきた。

セギュール子爵の執事(だったという過去形がつくらしいが)の男だった。

「はい。返金するときにはダンピエール伯爵もご在席でした。子爵邸はご存じの通りもはや没落した家柄で、ダンピエール伯爵の後ろ盾が今の唯一の希望でもありました。ですからサヴィが持ってきたお金は資金力になると伯爵と子爵が喋っているのも聞いています」

「と言うことです。ダンピエール伯爵、これでサヴィと貴方が無関係ではない……むしろ誘拐教唆できる立場にあったという証明になりますね」

「子爵めが……最後まで私の足を引っ張るとは……」

だがダンピエール伯爵は尚も無罪を主張した。

汗をぬぐいながらも虎視眈々とこちらの主張の矛盾を付けないかと狙っているようだった。

「これで私が攫われてあの密輸現場に居合わせたことが分かりましたね」
「うむ。アドリアーヌが自ら密輸現場にいたわけではないことの証明は分かった。だが、ダンピエール伯爵が密輸に関与していた事実は証明できていない」

「陛下のおっしゃる通りだ!確かに百歩譲って私がお前を誘拐したとしよう。だが動機はなんだ?先ほども言ったが私は金に困っていない」
「それは密売の犯行を私に擦り付けるためです」
「だが、それを証明できるのか?そもそも私は密売などやっていない!」

今の状況からするとまだ全てのカードを出し切っていない。

確かにこれまでの答弁からは武器密売に関しての議論にはなっていないので当然だ。

だが、ここが正念場であるというのも事実だ。

ダンピエール伯爵がアドリアーヌを状況証拠で断罪したように、自分も証拠を積み重ねて弁明していくしか方法がないからだ。

(ここからが本気の勝負ね)

アドリアーヌは気を引き締める。

ゆっくりと周りに目を向ければ、聴衆たちが興味津々というように見守っている。

その好奇の目は、一回目の断罪を思い出してしまう。

だがあの頃は自分を庇ってくれる人間などいなかった。

だが、今は違う。
温かい眼差しの人間がいる。

サイナス、リオネル。ロベルト、アイリス。そして王の隣にいるクローディス。

これだけの人間に支えられてここまで来た。

だから……

(絶対に負けられない)

アドリアーヌは一つ息をついて、また前を向く。
ダンピエール伯爵との間に火花が散る。
次に口を開いたのはダンピエール伯爵だった。

「もしなんなら密売をしていた証人でも連れてくればいい!」
「確かに、私が密売現場で保護された……いえ、捕縛された時と言ったほうがいいでしょう。この時に取引相手は皆殺されてしまいました。よって証人は居ません」

「ほら、証人がいないなら私が取引を行っていたという証拠はないということだな」
「では、少し角度を変えて立証しましょう。リオネル様、証言してくださいますか?」

アドリアーヌが目を向けると、リオネルは小さく頷いて証言台へと進み出た。

「リオネル様、あの時私を捕縛するように命じられていましたか?」
「いや、俺は聞いていない」
「ではどうしてあの取引現場にいたのでしょうか?」
「アドリアーヌが攫われたと聞いた時、クローディス殿下の命を受けて砦へと向かった。そこで砦を守る騎士団と共に捜索をした」
「異議あり!これが私の罪状とは関係ない言葉だ!質問に意味はない!」

何かを隠そうとしているのは明らかなダンピエール伯爵がトリテオウス王へと訴えるがアドリアーヌはそれを強い言葉で遮った。

「これはリオネル様が……正確に言えば辺境の砦での指示命令系統に関する重要な証言になります。誰がそれを命じたのか……そこが問題なのです」
「アドリアーヌを支持しよう。続けろ」

「はい、陛下。ありがとうございます。……では砦を守る騎士団は誰の命令で動いていたのでしょうか?少なくともリオネル様が到着した際にはその指示は出されておらず、リオネル様はその指示を聞いていないと言います。」

その言葉を受けて、サイナスは一枚の命令書を出した。

「この命令書によると、ダンピエール伯爵のサインが記載されていた。よって伯爵の指示で砦の人間が動いていたのは明白であると私も思います」

そこには明確に取引現場の場所が指示されていた。そのうえ、密売人の生死は問わない。捕まえた際には王都へ移送しろとの指示も出ていたのだ。

「今回はたまたまリオネル様が先に私を見つけてくださいました。だから私は死ぬことなく、代わりに王都へ移送されたわけです。後の顛末はご存じの通り、密売現場にいたことで断罪され投獄されていたわけですが……」

「だが、密売現場にいた人間を処罰目的で殺しても文句は出まい。過剰な対応だが問題ないと思うが」

「陛下、確かに一見するとそう思いますね。ですが問題は〝何故取引現場が分かったのか〟です。あれだけ広大な場所を……リオネル様ならご存じだと思いますがすぐに見つけられるのでしょうか?」

「いや。現場の騎士が案内してくれなければ見当もつかなかっただろう」
「そうですね。犯人はあの現場で密売が行われていることを知っていた……つまりその指示を出したダンピエール伯爵はあの場所で取引が行われるのを知っていたということになります」

ここまでくれば聴衆たちの視線もダンピエール伯爵が黒であることを物語っている。

その無言の圧力でダンピエール伯爵は下を向き、拳を握りしめていた。

更にアドリアーヌは追撃を続ける。

「私が生き残ったのは伯爵にとっても予想外の事だったかもしれません。だから私に罪を擦り付け断罪することでこの密売に一旦の幕引きをしたのです」

トリテオウス王はしばし考える様に目を閉じた。

それはまだ伯爵の罪状が確定しきれておらず、判決についてまだ決断ができていない証拠でもあった。
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