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お前が教えてくれた-Sideクローディス-③
しおりを挟むアドリアーヌの活躍により、セギュール子爵の悪事が暴かれ、彼は爵位と全財産を失うことになった。
それを逆恨みしたセギュール子爵の娘(…何という名前か忘れたがエルサ?ルイザ?だか)が、あろうことかアドリアーヌを刺した。力なく倒れるアドリアーヌを、まるでスローモーションでも見るかのように見ていた。
流される鮮血。
「医者を呼べ!!そして衛兵、この女をとらえろ!…大丈夫か?アドリアーヌ、しっかりしろ!!」
抱き上げるとぐったりとしてアドリアーヌの体が徐々に体温が失われていくのを感じる。
このまま失うと感じた時には恐怖で身がすくんだ。
そのまま医務院に連れて行こうとクローディスが抱き上げた時、アドリアーヌの手をアイリスという少女が握って叫んだ。
「お姉さま!!お姉さま、しっかしなさって。死なないでください!」
「おい、医務院に運ぶぞ!邪魔だ!」
アドリアーヌの手を離さない少女を一喝したが、アイリスはアドリアーヌの手をきつく握ったままはなさい。
そして次の瞬間、信じられないような奇跡が起こった。
淡い桜色が入った金の光がアイリスから発せられ、握られたアドリアーヌへと移っていく。
「な…これは!?」
アドリアーヌの体も金色の粒子に囲まれ、幻想的でそれでいて神々しくもあるように見えた。
やがてその光が収まると同時にアイリスはその場に崩れ落ちていく。
「お前!何があったんだ!?」
「ん…」
「アドリアーヌ!?大丈夫か!?しっかりしろ!」
とりあえず倒れたアイリスを衛兵に運ばせ、クローディスも急いで医務院に向かった。
そして分かったのはアドリアーヌの傷は全くなかったという事実だった。
最初は何があったか理解できなかった。確かに見たのだ。あの女がアドリアーヌの腹部にナイフを突きつける瞬間も、そこで流された鮮血も。
だが、一つその可能性をサイナスが示した。
「これは…聖女の力だと思います」
「聖女?あの伝説のか?」
「伝説と呼ぶほど昔のことでもないですよ。殿下なら分かっているでしょ?100年前には聖女がいた。あなたの曾祖母ですよ」
聞いたことはあったがまさか本当に聖女がいるとは思わなかった。
だが、今はそれは問題ではない。アドリアーヌを助けてくれたのが聖女でも悪魔でもよかったのだ。
とりあえず助かった。それだけでも安堵だった。
「セギュール子爵の娘は捕らえたのか?」
「もちろん」
「では、四肢を切り落して牢獄に入れろ!」
「いくら何でも…」
「相手は人を殺そうとした。情けは無用だ」
アドリアーヌは聖女の力で一命をとりとめたが、それでもあのままではアドリアーヌは死んでいた。
人を殺そうとして幽閉の身で納めるなど、クローディスにできなかった。それほどまでに怒り心頭だった。
「これは…またずいぶん」
クローディスの言葉に絶句だったサイナスだったが、今まで見たことのないクローディスの厳しい表情に次の言葉を飲み込まざるを得なかった。
優しいがゆえに貴族に軽んぜられるところもあったクローディスだったが、この厳しい処分は貴族を震え上がらせた。
後にクローディスが王太子としての権威を取り戻すきっかけになった事件でもあった。
聖女の誕生で城はハチの巣をつついたような大騒ぎになった。
そのこと自体は特に問題はなかった。聖女の久しぶりの誕生は、この国の希望にもなり、また場合によってはその力によって近隣諸国にメイナードの力を誇示できるからだ。
聖女によってアドリアーヌが助けられたのはいいがクローディスにとっては頭の痛い問題が起こった。
それは聖女アイリスとの結婚話だ。
聖女は王族と必ず結婚する必要はないが、現在王族よりも貴族の方が権力を持ち始めている今、どこかの貴族との婚姻は貴族間のパワーバランスを崩しかねない。
その点聖女との婚姻は無益な権力闘争を避けることにもなるし、王族の求心力を再び持つことにも有益だ。
だがアドリアーヌを求めるクローディスはその意見を却下した。
先だってセギュール子爵の娘ルイーズの処分を知っている貴族院は強く出ることはできず、一旦保留になっていたのだが…
「歴代聖女は王家に嫁ぐから殿下がアイリスと結婚するって」
アドリアーヌからそう言われた時には心臓が飛び出そうに驚いた。
なぜそうなっているのだろう?
「はぁ…それは先代の聖女だけだ」
確かに聖女との婚約話が出ているのは事実だが、クローディスとしては好きな女からそんなことを言われれば動揺してしまう。
後ろ暗いことはないし、聖女アイリスとはある意味恋のライバルなのだ。そういうことになるわけはないが、余計なことを吹き込むんだとサヴィに怒りがわく。
(あの男も四肢をもいでやろうか!?)
そんな物騒なことを考えているのを知ってか知らずか、アドリアーヌはクローディスとアイリスの結婚に関しては特段気にした様子はない。
変な誤解はされていないと思うと安堵するが、一方で何とも思われていないというのもまた悲しい。複雑な男心である。
一応この間告白はしたものの返答ももらえず、クローディスは悶々とした気持ちを抱えてもいた。
堂々と口説いているロベルトはもとより、鍛錬時の差し入れのお礼と称してバレッタを贈ったりさりげなく仕事を手伝うリオネルも脅威だ。
女を口説くのが趣味みたいなロベルトよりも普段寡黙で実直な印象のリオネルの動向は予想外だった。
そうやってライバルたちの動向を見守る一方で、どうしたらアドリアーヌの心をこちらに向けさせればいいのかは一向に考えつかなかった。
何かロベルトの様に口説ければいいのだがどうしてもアドリアーヌを前にすると余計なことを口走ってしまい、素直に気持ちを表現できないのも問題だ。
今のところアドリアーヌにとってはクローディスはただの同僚に過ぎない。
(はぁ…どうしたらいいんだ…)
途方に暮れながらも毎日執務室でアドリアーヌと顔を合わせてる度なるべく平静を装っているが、告白して以降さらにアドリアーヌが可愛く見えてしまうから重症だ。
このまま連れ去って部屋に閉じ込めてしまいたいなどという欲求もあったりするが、さすがにそれはまずいだろう。
そんな不埒なことを考えなくもないが、そのたびに挙動不審になるので最近ではサイナスにも「クローディス、疲れているのなら、アドリアーヌ嬢と休暇でも取っては?」と余計なこともいう。
(だいたいなんでアドリアーヌと共に休暇を取らなければならないんだ)
明らかに自分の気持ちを知っているのだろう。
まさか執務室にいる全員がクローディスがアドリアーヌに告白したことを察しているとは思わず、周囲の生暖かい視線に気づかないまま日々が過ぎて言っていたある日のことだった。
以前、アドリアーヌが進言していた小麦の輸入量の増加の件で進展があった。
結論から言うと、ダンピエール伯爵がスライン国とグランディアス王国の戦争への介入ー引いて言えばメイナードを巻き込んだ戦争を引き起こそうとしているのではという疑惑が出てきた。
小麦を買い入れて籠城の構えを見せているだけでは容疑は軽いが、アドリアーヌと議論を重ねていくなかで、ダンピエール伯爵領で爆弾の製造がなされ、それを輸出している可能性が高かった。
これは重大な国家反逆に値する。
すぐにでも諮問会議を開こうという矢先にアドリアーヌが失踪した。
いや、誘拐されたというほうが正しいかもしれない。
その知らせは夕刻にもたらされていた。
「アドリアーヌが行方不明!?」
「正確には誘拐の可能性が極めて高いです。」
「アドリアーヌ嬢は15時にはアイリス嬢の見舞いに行くといって執務室を出たんですよね」
「あぁ。焼いたタルトを持っていくと言っていたな」
クローディスはそのことを思い出しながら答えた。
だがサイナスの後ろに控えていたアイリスが心配そうな顔をして立ち尽くしながら言った。
「でも私のところには来てらっしゃらないんです。お約束していた時間を過ぎてもいらっしゃらないのでちょうど城を探したのですが…」
「その最中に私と会って事情をきいたんですよ。」
「…城内はくまなく探したのか?」
「心当たりは。城内はおろか家にも帰ってません。少なくとも5時間は経っています」
あのアドリアーヌがなんの断りもなくどこかに出かけるなど性格上ありえない。
「どうして最初に報告しなかった!!」
真っ先に報告を受けていれば衛兵を使って城を、町中をくまなく探せたというのに。
「その時点ではまだ行方不明と決まってなかったので。ですが…後手に回りました。」
「最後に見たのは?」
「サヴィと歩いている様子が見られました。医務院の方に向かったと」
「でも、あいつは医務院にはいっていないと」
「はい」
「ですがその時の目撃情報で気になる点が」
「なんだ?」
「城内でアドリアーヌを目撃した人物の情報だと、最後に見た時にはサヴィとアドリアーヌが執務室から裏庭に行く回廊のところでした」
サヴィは確か伝令役の少年だ。
何人かいる伝令役の中でも気さくな人物で、アドリアーヌは良く彼にお菓子を配っては談笑していたことを覚えている(そこに若干の嫉妬心があったために覚えていたとは言えないが…)。
「まずおかしいのはなぜ裏庭に行かねばならなかったかです。それとさらに15時ころに衛兵が裏庭で何か女性の叫びのようなものを聞いたというのです。
駆けつけたところ、サヴィ一人がいたという証言があります。
「サヴィを呼べ!状況的にあいつが何かを知っているに決まっているだろう!」
呼ばれたサヴィは若干青ざめた表情で、クローディスの前に立っている。
その表情からクローディスのサヴィへの疑惑は確実なものとなった。
「お前が最後にアドリアーヌと共にいたという証言は得ている。お前は…何か知っていないのか?」
今どこにいるのか?
こうしている間にもアドリアーヌに危険が及んでいるのではないか?
それだけがクローディスの頭を占め、焦燥感に掻き立てられる。
前置きもせずにクローディスはサヴィに詰め寄った。
「存じ上げません。途中で別れたので…」
「それは15時くらいか?」
「ちょうど3時半くらいかと」
「裏庭にいたという証言がある。なぜそこに?」
「き、気分転換に…」
クローディスの怒気に押されるようにサヴィはしどろもどろになりながら答える。
「いい加減なことを言うな!最後にアドリアーヌと一緒にいたのを見ているものがいるんだ。早く答えろ!アドリアーヌはどこにいる!!」
「まぁまぁ、クローディス」
サイナスがクローディスをなだめる様にいうが、その目にはクローディスと同じよう剣呑な影があった。
「サヴィ。君は僕を議場まで迎えに来てくれましたね。あれは16時くらい。そこまで何をしていましたか?」
「執務をしておりました…」
「おかしいですね…。あなたが僕を迎えに行くといって席を立ったのは15時少し前。ですが僕と君が出会ったのは16時。さぁ、この矛盾をどう説明しますか?」
ガタガタと震えながらも答えようとしないサヴィに対し、とうとうクローディスの焦りと怒りが頂点に達した。
「サヴィ答えろ!!アドリアーヌはどこにいる」
シュンと音と共にサヴィの頬に傷ができ赤い血が流れだした。
「隠し立てすると容赦はない。ダンピエール伯爵と癒着しているのは知っている。おとなしく答えなければお前の首と胴体は切り離されても知らんぞ
俺は本気だ。お前も隠し立てすればセギュール子爵の娘と同じ末路をたどらせてもいいんだぞ」
その言葉にサヴィは観念したように言った。
「…辺境の砦に…」
「リオネル!いけ!」
「は!!」
「こいつは牢につないでおけ。まだ聞きたいことはある」
「御意」
連行されるサヴィを見送ったクローディスは自分もまた砦に行こうマントを羽織る。
それをサイナスが察して止めた。
「まさかアドリアーヌを見つけに行こうとしているのですか?」
「当り前だ。こうしている間にもあいつがひどい目に合っているかもしれないんだぞ!」
「王太子であるあなたが行ったら余計な混乱を招きます」
「だが、…俺はあいつが助かるときに傍にいてやりたい」
「…気持ちは分かります。それよりもこの事件の黒幕を洗いましょう。セギュール子爵の残党か…」
「ダンピエール伯爵の手のものだな」
サイナスは小さく頷いた。
(あいつをこの件に巻き込んだのは俺だ)
その時クローディスの脳裏には今回の戦争回避に向けてアドリアーヌに助力を願った自分の言葉があった。
戦争回避の行動を起こすとき、自分は一瞬ひるんだ。
戦争推進派のダンピエール伯爵の言いなりになっている国王に対してクローディスは無理ではないかと一瞬思ってしまったのだ。
だけどアドリアーヌは笑いながら言った。
「国王を納得させられるだろうか?」
「私たちが納得させますよ!」
「…では、頼む。皆の力を貸してくれ」
そう、あの時アドリアーヌに助力を求めなければこうはならなかったかもしれない。
だが結果起こってしまったことは仕方がない。
(頼む無事でいてくれ…)
切実な思いを抱えながらクローディスは自分ができる最大級のことをしようと心に決め、ダンピエール伯爵がこの誘拐劇に関わっている証拠を集めることにした。
かくして、アドリアーヌが無事に保護された知らせはクローディスの元に届いた。そのクローディスの願いはかなったのだ。
だが、予想外の出来事が起こった。
武器の密輸現場にアドリアーヌがおり、彼女にグランディアスとの武器取引の嫌疑がかかったのだ。
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