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お前が教えてくれた-Sideクローディス-②

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アドリアーヌと過ごして3日ほど経ったある日、アドリアーヌはコンサルの仕事ということでヘイズという商人のもとに行くとこのとだった。そこでクローディスもついていくことにした。

ヘイズ商会は商社を生業としており、今回は装飾品について輸入及び普及を考えているようだった。
しかし資金が足りないとかで、販売戦略を練り直しているという段であることが察せられた。
そこでクローディスは最近導入した融資制度について助言をし、販売戦略について思っていることを口にした。

「店舗を構えなくても上流階級の口コミは恐ろしいぞ。オーダーでいくらでも品が入る。オーダーが入れば店舗などなくても売れる。上流階級ではやれば中流階級に低ブランドとしてものも売れる。その分新規の商品を考案しなくてはならないというデメリットもあるがな」

だがこの案はアドリアーヌも思わないものだったらしく、ヘイズ商会からの帰り道で言われたのは賞賛の言葉だった。
この意外過ぎる反応に思わず目を丸くしてしまう。

「あなた…すごいのね…!!あの発想はなかったわ!」
「このくらいのことは誰にでもできるだろう?」
「いいや。少なくとも私にはできない!この間の言葉は撤回するわ。」
「この間の言葉?」
「えぇ、"こんな男たちがのさばる国家に未来などないわ"って言ったことよ」
「あぁ、そんなこともあったな。ついでに"そんな器量が狭い男が一国の政治を担おうだなんて片腹痛い"というのも撤回してもらえると俺は気持ちがいいがな」
「ふふふ、そうね。まぁ…この調子なら大丈夫かもね」

心の底からの賞賛のようで、そんな言葉を掛けられたことのないクローディスは居心地が悪くなってしまった。そこで自分は褒められた人間ではないことを口にしてしまうと、アドリアーヌはまた意外な言葉を口にした。

「俺は暗記とか苦手なんだ。努力してもなかなか覚えられん」
「それは人それぞれの能力には種類があるから。今回みたいに暗記だけではなんとのならないことだって多いもの。それに政って特にそういうのが多いわ。暗記が大切なんじゃなくてそれをどう使うかが問題よ」
「そんなものか?」
「そんなものよ!!むしろ私はそういう発想力があるあなたはすごいと思うわ!」
「俺が…すごい…か。」


その素直な言葉が嬉しかった。
劣等感しか感じてなかった自分に向けられた賞賛。
王太子だからという理由で表面的に向けられる誉め言葉ではなく、心からの言葉だと分かった。

そして人それぞれの能力があり、それを比較する必要はないことに気づいた。

”人それぞれの能力には種類がある”
”暗記が大切なんじゃなくてそれをどう使うかが問題”

初めて人として認められたと思う瞬間だった。

(そうか…俺は…無理にサイナスの様にならなくても、俺の能力を生かせるようにすればいいのか)

それまで父王に認められること、周囲に認められることを第一に努力を重ねてきたが、そうアドリアーヌに言われて何か気持ちがすとんと落ち、そして方の力が一気に抜けた。

それをきっかけにクローディスの中でアドリアーヌの位置づけが一気に変わった。

どう変わったかはクローディス自身でもよくわからないが、どうしても一緒にいたいと何故か思ってしまった。

帰路に着いてもう少しでアドリアーヌの屋敷に着く。
このままもっとアドリアーヌと一緒にいたい。そのためにはどうすればいいのか。
クローディスは考えた。

「でも俺は…お前と一緒に…」

一緒にいたいから城に来てほしい。
そう思った。ちょうどサイナスがアドリアーヌを政務官として城に向かえようとしていることも知っていた。ちょうどいいのではないか。

まぁ、その言葉を紡ぐ前に鬼の形相のサイナスに城へと強制連行されてしまったのだが…。
その後改めてサイナスからアドリアーヌが王宮で働くことを打診された時には一も二にもなく即座にOKを出した。

(いや…人手不足だし…まぁ、あのコンサルの仕事ぶりは問題なかったし…いや決してアドリアーヌと居たいわけではない!!)

それでも執務室に共にいるとどうしてもアドリアーヌの一挙手一投足が気になる。
たまにぞんざいに扱われるような瞬間があると気持ちがふさぐ。

(俺と居るのが嫌なのか…?)

執務室にはリオネルとサイナス、そして時折サイナスの部下となっているロベルト(本人は隠しているが暗部部隊の人間だろう)もいることが多くなった。
皆、それなりにアドリアーヌに気を許している。いや、それ以上の気持ちを持っているように見える。

リオネルはなんだかんだとアドリアーヌを手伝っているし、ロベルトは堂々と口説いてる。サイナスさえアドリアーヌを気にかけてるし、何よりも資料を2人で見るときの距離が近い。

そんなことが気になって執務がおろそかになりそうになっている自分に気づく。
アドリアーヌのことを気になっている自分の気持ちは自覚している。もう自分の心に気づかないふりはできない。

そしてできたらアドリアーヌにも自分を一番に考えてほしいという欲求が頭をよぎるようになった。

そんな時お妃を探すなんて言う馬鹿げた舞踏会が開かれることになった。
最初は夜会への参加を渋っていたアドリアーヌだったがなんだかんだでアドリアーヌが参加してくれることに心が躍ってしまい、同時に気づいた。

(あいつ…ドレスなんて持っているのか?仕方ない、贈ってやるか。いや…深い意味ではないぞ、あいつがみすぼらしい恰好で来たら可哀そうだという同情心だ!)

と思いつつも、クローディスはいつも身に着けている薄紫色のワンピースを贈ることにした。あの色はアドリアーヌの水色の髪に映えている。

(別に、自分の瞳と同じ紫のドレスを贈るわけじゃない!たまたまだ!!…けど、俺の色をまとったアドリアーヌの姿は…きっと特別に見えるのかもな)。

そういう想像(妄想?)をしていると思わず口元が緩む。
当日見たアドリアーヌのドレス姿に思わず見とれる。
それは他に参加している男性もその美しさに気づいたせいか、彼女に視線が集まっている。

(可愛い…。あぁ…あれはダトール男爵か?意味ありげに微笑みやがって!!あとで嫌味の一つでも言ってやる!!…というか、なぜ挨拶に来ないんだ!?)

アドリアーヌが挨拶に来ればすぐに男どもなど牽制できるのに、待てど暮らせどアドリアーヌは挨拶どころか食事に夢中な様子だった。

まぁその幸せそうに食べている姿も可愛いのだが、問題はそこではない。
アドリアーヌを見るぶしつけな視線をさっさと追っ払ってしまいたい。

ダンスが始まり、一番に踊りたいと思っているのに、それをあろうことかロベルトがアドリアーヌと踊ろうとしているのを見たら発作的にその手を防いでいた。

「悪いがこいつと踊るのは俺だ」

驚くアドリアーヌをよそに無理やり連れて行くようにダンスを踊る。
周囲の視線が自分たちに向けられている。
それはそうだ。ファーストダンスを踊っているのだから。

「いや、俺が選んだドレスを着て欲しかったんだ…なかなか悪くないぞ」

本当は「奇麗だ」「素敵だ」「ドレスが似合っている」言いたい言葉は山ほどあったが、クローディスが言えたのはそれだけだった。
それでも共に踊れる時間は心躍るもので、あっという間に時間が過ぎていく。

このまま2度3度と踊りたいし、なんならこのまま会場を離れたいとは思うが、生憎と王太子のお妃を決めるという暗黙の状態の夜会で、主役が場を離れるわけにもいかない。


「いいか、これで変な奴は近寄ってこないとは思うが、くれぐれも変な男には引っかかるなよ。」
「うううう…分かりました。」
「俺は公務があるから行く。…気を付けろよ。これ以上ライバルが増えるのは困る」
「ライバル?」
「じゃあな!」

同時に場を離れながらもクローディスは自分の心に戸惑っていた。


(なんなんだ…俺は…)


アドリアーヌにそっけない態度を取ってしまう。だが気になる。
話したいけど話したくない。
でも話しかけられると嬉しい。

初めての感情に戸惑ってしまう。
そしてその思いを自覚する出来事が起こった。

「セギュール子爵をぶっ潰します!!」

夜会からしばらく立った日、アドリアーヌはそう息巻いて執務室にやってきた。
余りの形相に一瞬引いたが、話を聞いていれば、セギュール子爵にアドリアーヌの大切な人物たち-ムルム伯爵や友人というアイリスとかいう女、以前コンサルタントの仕事で出会ったヘイズ商店達-達が騙され虐げられているということだった。

リオネルはムルム伯爵に恩がある点や、サイナスは以前からセギュール子爵に対して何やら脱税の件で目を付けていたということで協力をすることになった。

クローディス自身はアドリアーヌに協力したいという思いから、その手伝いをすることにした。

その後アドリアーヌはこれまで以上に政務に打ち込んでいた。
通常の政務もこなしつつも、セギュール子爵を断罪すべく色々な調査をして、昼夜問わず働いていた。

自分のことではないのに大切なものたちを守ろうと必死になっている。

おせっかいというか、人がいいというか。正直他人のために心血を注いでいるのは理解できない部分もあったが、人のために尽くそうとする姿はある意味アドリアーヌらしいとも思えた。

元公爵令嬢なのに偉ぶるところもなく、人のために必死になる。おせっかい。でも優しい。

政務でも能力があるものを重用し、残業が多い部署や騎士団で疲れているものには自分で作った差し入れをする。人に気を配れる人物だった。

(最初は高慢ちきな女だと思っていたのにな…)

始めた会った時には自分の知識をひけらかすいけ好かない女だと思っていたが、共に仕事をして、そういう女ではないことは十分に理解できた。

打てば響くような歯切れのよい会話も心地よく感じ、その行動も、考え方も、明らかに他の令嬢と違っていた。

気づけば確実にアドリアーヌに惹かれている。
だがそれをどう表現していいか分からない。

自分の気持ちを持て余しながら、クローディスはアドリアーヌの子爵ぶっつぶす作戦を手伝っているのだった。
アドリアーヌが子爵をぶっ潰すと宣言してからしばらくした夜、クローディスは会議を終えて執務室に戻った。するとアドリアーヌは余りの激務からか夜に執務室で寝ていた。

(眠っているのか…まぁあれだけの激務だしな。起こすのもかわいそうだ)

思わずその寝顔をじっと見た。長いまつげがライトに照らされて白い肌に影を落としている。少しやせたのかもしれない。華奢な体が更に華奢に見えた。

眠るアドリアーヌにそっと傍らに落ちていたショールをかけ、クローディスは自分の執務机に戻った。

「はぁ…」

思わずため息が漏れる。

その日は朝から会議があり、クローディスは一つの案を議会で提示していた。

それは"地方都市における衛生面の向上と上下水路の確保について"という議案だった。これはかねてよりクローディスが考えていた案だったが、己が私腹を肥やそうとすることしか頭にない貴族には、公共事業の重要性が理解できないようで、案の定反対意見を食らった。

草案を机の上に投げて、クローディスは深くため息をついた。

「ん…」

アドリアーヌが身じろぎをして目を覚ました時、たまたまその草案を見られてしまった。

アドリアーヌも馬鹿にするだろうか?このような戯言を。
だが、アドリアーヌはその草案に目を通したのちふむふむと頷きながら言った。

「いい案だと思いますよ」
「まだまだだ。父王にも却下されたしな。サイナスとは違って俺みたいな人間の戯言など…所詮暇つぶしというやつだ」

満を持して持っていた草案は貴族だけではなく、父であるトリテオウス王にもにべもなく却下された。

『凡庸なお前の浅はかな考えなど考慮する必要もない。お前は余計なことをせずサイナスに全て任せておけ』

冷たく突き放される言葉は、何度聞いても苦しくて辛くなる。

以前アドリアーヌの賞賛された時には、サイナスの様にならずとも自分らしく仕事をすればいいと思っていた。

だから、サイナスが得意としている税収や財政など算術が必要な仕事ではなく、民の暮らしという観点で自分ができることを探した。

土木に関しての知識を身に着け、サイナスとは違う観点から国を変えたいと願った。
だが…結果は何も変わらない。

「俺のする努力など…虚しいものだ」

思わず愚痴が漏れる。

(アドリアーヌにこんなことを言って、俺は馬鹿か!?)

はっと我に返ってそう思うと同時に、羞恥から誤魔化そうするが、意外にもアドリアーヌは真摯に自分の目を見つめて言ってきた。

そこには微塵にも同情や憐みは愚か馬鹿にした様子も何もなく、まっすぐにクローディス自身を見ているようだった。

「あのね、クローディス殿下。私は努力は必ず報われるなんて言葉は嘘だと思ってる」
「お前がか?これだけ努力して我武者羅にやっているお前でも思うのか?」
「もちろんよ。これまでだっていっぱい努力してもどうしようもないこともたくさんあったわ」

アドリアーヌはクローディスの目からすると努力すると同時に、それを必ず成功させ、挫折など知らない人間だと思っていた。
サイナスと同様に完璧な人間。

疲労困憊の様子ではあるが、いつもキラキラとしていたし、不明点があっても新しいことに挑戦する姿勢が見て取れた。
そのアドリアーヌが努力してもどうしようもないことがあると言ったのが意外だった。
そしてアドリアーヌは言葉を続ける。

「だけど、それに向かってやったことは誇ればいい。無駄かもしれないけど、きっとそれはあなたの力になる。何年後かにそれが芽吹くかもしれない。だからその…貴方は…自分が頑張っていることを誇ってもいいわ。誰でもないあなた自身がそれを分かってるでしょ?」

どんなに無様でも、努力が実らなくても、それは誇れることだと、アドリアーヌは言った。

彼女自身も挫折を知っていて、それでも努力して前を向いているのだと初めて理解した。

だからこそ、アドリアーヌという女性は輝いて見えるし、惹かれずにはいられないのだとも。

(あぁ…俺はこいつが好きなんだ…)

そう認めたらなんとなく自分の気持ちがすとんと落ちた。
どうしてアドリアーヌが特別に思えるのか、自分を見てほしいと思うのか、常に目で追ってしまうのか。

この日クローディスは初めて自分の気持ちを理解したのだった。

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