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誘拐されてしまいました②
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仮定1
相手は貴族と勘違いして私を誘拐した
つまり身代金目的
そう考えたが、すぐさまこの考えは否定できた。
何故ならばここに連れてきたのは伝令役のサヴィだ。
彼はアドリアーヌが貴族ではないことを知っている。
つまり身代金を要求しても対応できる人間はいないということを理解している。
それにサヴィの後ろにダンピエール伯爵がいる場合には、お金に困っていることもないだろうから身代金目的の誘拐ではないことは想像に難くない。
仮定2
誘拐がアンジェリカ・ラスターの指示によるものだった
つまり復讐
これは仮定1よりも現実味はある。ダムはどっかの伯爵家の依頼だったと言っていたからだ。
だがこの仮定も否定できる。
彼女はすでに王太子妃の位が約束されている。今更ながら個人的な復讐のために動くとは思えない。
同様にグランディアス王国がアドリアーヌ個人を狙う理由はない。
追放した相手を誘拐しても何も利がないからだ。
ということは、少なくとも国と国が絡むようなものではないため、ある程度アドリアーヌが動いても即戦争とはならなそうだ。
そう考えるだけでもだいぶ自分が動きやすいことに気づく。
動いてもせいぜい自分が死ぬだけで戦争によってクローディス達に害が及ぶことは回避できるだろう。
(といっても私も死ぬのは嫌だから……もうちょっと考えましょ)
仮定3
誘拐はアンジェリカ・ラスター個人のものではなくラスター家の画策だった
これは少し可能性がある。
先ほども考えたがダンピエール伯爵が両国に戦争を起こそうとしているのであれば敵国であるラスター家と繋がっているのかもしれない。
だがダンピエール伯爵家がラスター家と繋がっていたとしても双方に利があるのだろうか?
ただこの仮定が僥倖である理由としてはこれも国家間の策略ではないことだ。
アドリアーヌがどう動いても国家間に亀裂が入ることはないだろう。
グランディアス王国としては国外追放した女だし、メルナードとしては一介の平民だ。
(じゃあなんで私なんだろう?まだ目的が見えないなぁ……)
サヴィは誘拐する際にはアドリアーヌが火薬のことに気づいたから誘拐したというようなことを口にしていた。
ということは口封じか?
ならばすぐに殺せばよかったのにわざわざ誘拐した。その時アドリアーヌはサムの言動を思い出した。
『こいつを運んでこの荷を相手に渡すだけ』
『間もなく迎えが来るはずだ』
荷とは何のことか。
アドリアーヌが部屋を見回すと確かにいくつかの箱が置かれていることに気づいた。
これが荷と言っていたものだろうか?
近くに寄ってみるとその箱は少し蓋が開いている。
アドリアーヌは扉を見て誰も来ないことを確認すると素早くその中身を空けた。
「!!」
そこには大砲の弾とたくさんの槍、剣などの武器が入っていたのだ。
この箱全てがそれらの武器だとすればかなりの量だ。
それに火薬はこの世界ではまだまだレアアイテムだ。
この量だけでもかなりの金額になるだろう。
クローディスがダンピエール伯爵はスライン国と繋がっており、武器輸出をしているのはほぼ確定だと言っていたことを思い出した。
そして同時にダンピエール伯爵はラスター家と繋がっている事実。大量の武器。
「ダンピエール伯爵は死の商人だわ……」
グランディアス王国は今スライン王国と開戦状態に陥っている。
その両方に武器を流せばダンピエールの懐は潤うのだ。
そして自国もそれに参加すれば武器はさらに三国にいきわたり更に売れるだろう。
だからダンピエール伯爵は戦争強硬派だったのだ。
全てに合点がいくと同時に、自分はとんでもないことに巻き込まれていることが分かった。
まだ犯人……ダンピエール伯爵かラスター家かは分からないが、彼らが自分を誘拐した理由が見えない。
そうこうしているうちに足音がしたのでアドリアーヌが急いで箱から離れて何食わぬ顔でパンを頬張った。
「おい、迎えがきた。そこに立ってろ」
サムがそういって指示してきたのは部屋の隅の方だった。
驚き戸惑っているとダムがアドリアーヌの腕をつかんで隅に寄せる。そして暴れないように腕をぐっと掴まれた。
「な、何?」
「お迎えが来たんだよ。これで金が手に入る……まずは肉を食うぞ~」
ダムがにんまり笑いながら何か妄想をしている。
どたどたと五人くらいの兵士と思われる人間がやってきた。隊長のような人間が残りの手下に荷を改めるように指示を出したのち、アドリアーヌに近づいてくる。
そしていきなり頬を掴まれ上に向かされる。
隊長と思しき人間が懐から姿絵を取り出してアドリアーヌとそれを見比べた。
「確かに……アドリアーヌ・ミスカルドだな」
アドリアーヌは乱暴に投げ出されたので、隊長をぎっと睨んだ。
簡素な身なりだが的確な指示の出し方や他の兵たちの動きからして傭兵崩れではなく、貴族の私兵であることが察せられた。
それよりもアドリアーヌが一番目についたのは、その胸元の留め具だった。
(あの留め具……どこかの貴族の騎士かしら……。あの家紋は確か……)
留め具にある家紋をよく見ようと目を凝らすが暗がりでよく見えない。
反応のないアドリアーヌに苛立った男が再び怒鳴りながら問てきたので意識をそちらに戻した。
「おいどうなんだ!アドリアーヌ・ミスカルドなのか?」
「そうよ。そう言うあなた達は何者?私を誘拐してどうするの?」
「そんなことをお前に言う必要はない」
冷たく一瞥されてアドリアーヌは身を縮こまらせた。
色々と思考を巡らせていた時には必死であまり実感はなかったが、こうして訳の分からない男たちに囲まれ睨まれてしまっては否が応でも自分の身に降りかかるかもしれない事に恐怖を感じる。
最悪は死という事も……。
不安で泣きそうだった。
どうしてこうなったのだろうか?自分は平穏な生活を夢見ているだけなのに。
ただそう嘆いても仕方ないこともアドリアーヌは知っていた。なるべく情報を集めようと男たちの様子を見ている。
(この人たち……グランディアス王国の人間だわ)
アドリアーヌは確信した。
男たちは荷を外に運び出そうとしているときに無言ではなくいくつか言葉を発している。
指示を出している隊長もそうだが、言葉にグランディアス王国で特徴的な発音をしているのだ。
いわゆる訛りというものだろう。
そしてそれがラスター領のある地域のものであることからも、やはりダンピエール伯爵とラスター家が通じていることの確信を持った。
「ほら、外に出ろ」
そんなことを考えていると隊長にそう促されてアドリアーヌは小屋の外に出るよう指示された。
隙を見て逃げようとも考えたが、ダムにがっちりと後ろ手に手首を握られてしまっており、自由に動くこともままならない。
体を折り曲げながらも足を動かすことが精いっぱいだった。
外に出るともう夜の帳がおり、松明が荷馬車を照らし出していた。
「俺達も女に手荒なことはしたくない。だが逃げた瞬間にこの剣がお前の首を刎ねる。まぁ、どのみちあのお方の元に連れて行けば殺されるかもしれないが。死に急ぎたいなら話は別だがな」
隊長はそういって剣をアドリアーヌに突き付けた。
アドリアーヌは先ほど水を飲んだばかりだというのに喉がからからになっているのを自覚した。そして乾いた喉に力を込めて何とか返事をするだけで精いっぱいだった。
その言葉を聞いて隊長はダムに指示をするとダムがアドリアーヌの手を緩めた。
そして隊長のもとへ突き飛ばされた。
「荷と女は確かに渡したぜ」
「あぁ、ここに金がある。持っていけ。くれぐれも……」
「もちろん口外はしねーよ」
「うへへ……肉……」
肉への妄想をたぎらせて涎を垂らしているダムとは対照的に、サムは冷静にそういうと地面に投げられるように置かれた金貨の入った袋を取り上げようとした。
その時だった。
街道の方から声がする。
そして複数人の足音。
一瞬にしてその場に緊張が走った。
「いたぞ!」
「捕らえろ!」
「殺しても構わん!」
遠くからの足音共にそんな声も聞こえた。
何が起こったか分からずにアドリアーヌは恐怖からその場にしゃがみこんだ。
幾つかの怒号。
剣のぶつかり合う音。
叫ばれる断末魔の声。
アドリアーヌはこの状況が理解できずにただ頭の中が真っ白になっていた。
心臓の音がバクバクとしている。
近くで「う……」という呻き声が聞こえ、そしてばたりと何か鈍い音がして、足元に誰かが倒れこんだ気配がした。
そして薄っすらと目を開けるとそこには隊長が血を流して倒れていた。
「あ!」
手を伸ばした瞬間、別の男が隊長の背中に剣を刺した。
そして隊長はアドリアーヌの目の前で絶命した。
「ひっ」
思わず息をのむアドリアーヌ。
「大丈夫ですか?」
声の方を見ると隊長以下ラスター家の兵は皆制圧され、一人も残っていなかった。
隊長に最後のとどめを刺した男は騎士の身なりをしている。
黒い詰襟の服に赤いマント。
そしてマントの留め具にはメイナードの刻印が押されていた。
リオネルと同じ格好をしていることから、彼がメルナードの騎士であることが分かりアドリアーヌは少し気が抜けた。
(助かった……の?)
兵はにこやかに手を差し伸べて来るのでアドリアーヌはおずおずとその手を取った。
思ったよりも恐怖を感じたようで、上手く立ち上がることができず、アドリアーヌは必死で足に力を入れて立ち上がろうとする。
「怖い思いをしましたね。大丈夫ですからゆっくりと立ち上がってください」
メルナードの騎士が優しくそういってくれるのでアドリアーヌは男の助力を得ながらゆっくりと立ち上がった。
息を整えて周囲を見渡せば、ラスター兵たちはことごとく地に伏しており、そしてすぐにこと切れている事が分かった。
「あの人たちは……」
「もう鎮圧しました。敵は殲滅せよとの命令だったので一人残らず倒すことができて良かったです」
だが騎士話を最後まで聞くことができない。
アドリアーヌは猛烈な吐き気を催した。
男たちの体臭を嗅いだ時とはまた違い、初めて躯を見た時の衝撃から来る吐き気だった。
思わず口元を押さえてしまっていると聞き慣れた声がしてその方向に顔を向けた。
「アドリアーヌ!」
「……リオネル様……!」
柄にもなく泣きそうになっていると、近づいてきたリオネルがしっかりとアドリアーヌを抱きしめた。
最初は動揺で戸惑っていたが、その体温を感じていると気が緩んだのか涙が溢れ、アドリアーヌはリオネルに縋り付くようにして涙を流してしまった。
「遅くなった、大丈夫か?」
「リオネル様……うぅうっ……」
「無事で良かった……」
リオネルもぎゅっとアドリアーヌを抱きしめてくれてしばらく落ち着くまでそうしていた。
涙と先ほどの乱闘で埃で汚れた顔はぐちゃぐちゃだ。
リオネルの服を汚してしまったと気づいて慌てて体を離すとアドリアーヌは我に返って慌ててリオネルに礼を言った。
「す、すみません!リオネル様、お恥ずかしいところをお見せしました!」
「顔を見れて安心した。君が誘拐されたと聞いた時には肝が冷えたが……」
「お手数をおかけしました」
「じゃあ王都に戻ろうか。殿下も心配している」
珍しく柔らく微笑むリオネルの顔を見たらなんとなくほっとして、伸ばされたその手をアドリアーヌが取った時だった。
「リオネル団長!お疲れ様です」
駆け寄ってきたのはまだ若い騎士だった。
リオネルの配下の人間だろうか?
「団長、この方が?」
「あぁ、誘拐されていたアドリアーヌだ。これから砦に戻った後に王都へと彼女を連れて行く」
「承知いたしました。それでは牢の準備をいたします」
牢……とはどういうことだろうか?
状況が分からずにアドリアーヌがリオネルを見上げるとリオネルの顔にも困惑の表情が現れていた。
「牢とはどういう意味だ?」
「は、先ほど王都の使いが参りまして、謀反人アドリアーヌを捕らえたのち護送しろと……」
「なんだって?」
元々目つきの悪いリオネルの目が鋭く若い騎士団員を射貫くように睨みつけた。
団員もヒッと息をのむように叫んだ後おずおずと状況を説明し始めた。
「今回は武器の違法取引の現場を取り押さえたのですよね?犯人となるアドリアーヌ・ミスカルドを移送するのでは……?」
「私はそのようなことは聞いていないが」
「団長が討伐に向かって間もなくです。王都より使いが来てこの文書を」
そこには確かに記されていた。
〝武器密売の犯人であるアドリアーヌ・ミスカルドを捕縛し、王都へ護送せよ〟
王命を示す印と共に……。
相手は貴族と勘違いして私を誘拐した
つまり身代金目的
そう考えたが、すぐさまこの考えは否定できた。
何故ならばここに連れてきたのは伝令役のサヴィだ。
彼はアドリアーヌが貴族ではないことを知っている。
つまり身代金を要求しても対応できる人間はいないということを理解している。
それにサヴィの後ろにダンピエール伯爵がいる場合には、お金に困っていることもないだろうから身代金目的の誘拐ではないことは想像に難くない。
仮定2
誘拐がアンジェリカ・ラスターの指示によるものだった
つまり復讐
これは仮定1よりも現実味はある。ダムはどっかの伯爵家の依頼だったと言っていたからだ。
だがこの仮定も否定できる。
彼女はすでに王太子妃の位が約束されている。今更ながら個人的な復讐のために動くとは思えない。
同様にグランディアス王国がアドリアーヌ個人を狙う理由はない。
追放した相手を誘拐しても何も利がないからだ。
ということは、少なくとも国と国が絡むようなものではないため、ある程度アドリアーヌが動いても即戦争とはならなそうだ。
そう考えるだけでもだいぶ自分が動きやすいことに気づく。
動いてもせいぜい自分が死ぬだけで戦争によってクローディス達に害が及ぶことは回避できるだろう。
(といっても私も死ぬのは嫌だから……もうちょっと考えましょ)
仮定3
誘拐はアンジェリカ・ラスター個人のものではなくラスター家の画策だった
これは少し可能性がある。
先ほども考えたがダンピエール伯爵が両国に戦争を起こそうとしているのであれば敵国であるラスター家と繋がっているのかもしれない。
だがダンピエール伯爵家がラスター家と繋がっていたとしても双方に利があるのだろうか?
ただこの仮定が僥倖である理由としてはこれも国家間の策略ではないことだ。
アドリアーヌがどう動いても国家間に亀裂が入ることはないだろう。
グランディアス王国としては国外追放した女だし、メルナードとしては一介の平民だ。
(じゃあなんで私なんだろう?まだ目的が見えないなぁ……)
サヴィは誘拐する際にはアドリアーヌが火薬のことに気づいたから誘拐したというようなことを口にしていた。
ということは口封じか?
ならばすぐに殺せばよかったのにわざわざ誘拐した。その時アドリアーヌはサムの言動を思い出した。
『こいつを運んでこの荷を相手に渡すだけ』
『間もなく迎えが来るはずだ』
荷とは何のことか。
アドリアーヌが部屋を見回すと確かにいくつかの箱が置かれていることに気づいた。
これが荷と言っていたものだろうか?
近くに寄ってみるとその箱は少し蓋が開いている。
アドリアーヌは扉を見て誰も来ないことを確認すると素早くその中身を空けた。
「!!」
そこには大砲の弾とたくさんの槍、剣などの武器が入っていたのだ。
この箱全てがそれらの武器だとすればかなりの量だ。
それに火薬はこの世界ではまだまだレアアイテムだ。
この量だけでもかなりの金額になるだろう。
クローディスがダンピエール伯爵はスライン国と繋がっており、武器輸出をしているのはほぼ確定だと言っていたことを思い出した。
そして同時にダンピエール伯爵はラスター家と繋がっている事実。大量の武器。
「ダンピエール伯爵は死の商人だわ……」
グランディアス王国は今スライン王国と開戦状態に陥っている。
その両方に武器を流せばダンピエールの懐は潤うのだ。
そして自国もそれに参加すれば武器はさらに三国にいきわたり更に売れるだろう。
だからダンピエール伯爵は戦争強硬派だったのだ。
全てに合点がいくと同時に、自分はとんでもないことに巻き込まれていることが分かった。
まだ犯人……ダンピエール伯爵かラスター家かは分からないが、彼らが自分を誘拐した理由が見えない。
そうこうしているうちに足音がしたのでアドリアーヌが急いで箱から離れて何食わぬ顔でパンを頬張った。
「おい、迎えがきた。そこに立ってろ」
サムがそういって指示してきたのは部屋の隅の方だった。
驚き戸惑っているとダムがアドリアーヌの腕をつかんで隅に寄せる。そして暴れないように腕をぐっと掴まれた。
「な、何?」
「お迎えが来たんだよ。これで金が手に入る……まずは肉を食うぞ~」
ダムがにんまり笑いながら何か妄想をしている。
どたどたと五人くらいの兵士と思われる人間がやってきた。隊長のような人間が残りの手下に荷を改めるように指示を出したのち、アドリアーヌに近づいてくる。
そしていきなり頬を掴まれ上に向かされる。
隊長と思しき人間が懐から姿絵を取り出してアドリアーヌとそれを見比べた。
「確かに……アドリアーヌ・ミスカルドだな」
アドリアーヌは乱暴に投げ出されたので、隊長をぎっと睨んだ。
簡素な身なりだが的確な指示の出し方や他の兵たちの動きからして傭兵崩れではなく、貴族の私兵であることが察せられた。
それよりもアドリアーヌが一番目についたのは、その胸元の留め具だった。
(あの留め具……どこかの貴族の騎士かしら……。あの家紋は確か……)
留め具にある家紋をよく見ようと目を凝らすが暗がりでよく見えない。
反応のないアドリアーヌに苛立った男が再び怒鳴りながら問てきたので意識をそちらに戻した。
「おいどうなんだ!アドリアーヌ・ミスカルドなのか?」
「そうよ。そう言うあなた達は何者?私を誘拐してどうするの?」
「そんなことをお前に言う必要はない」
冷たく一瞥されてアドリアーヌは身を縮こまらせた。
色々と思考を巡らせていた時には必死であまり実感はなかったが、こうして訳の分からない男たちに囲まれ睨まれてしまっては否が応でも自分の身に降りかかるかもしれない事に恐怖を感じる。
最悪は死という事も……。
不安で泣きそうだった。
どうしてこうなったのだろうか?自分は平穏な生活を夢見ているだけなのに。
ただそう嘆いても仕方ないこともアドリアーヌは知っていた。なるべく情報を集めようと男たちの様子を見ている。
(この人たち……グランディアス王国の人間だわ)
アドリアーヌは確信した。
男たちは荷を外に運び出そうとしているときに無言ではなくいくつか言葉を発している。
指示を出している隊長もそうだが、言葉にグランディアス王国で特徴的な発音をしているのだ。
いわゆる訛りというものだろう。
そしてそれがラスター領のある地域のものであることからも、やはりダンピエール伯爵とラスター家が通じていることの確信を持った。
「ほら、外に出ろ」
そんなことを考えていると隊長にそう促されてアドリアーヌは小屋の外に出るよう指示された。
隙を見て逃げようとも考えたが、ダムにがっちりと後ろ手に手首を握られてしまっており、自由に動くこともままならない。
体を折り曲げながらも足を動かすことが精いっぱいだった。
外に出るともう夜の帳がおり、松明が荷馬車を照らし出していた。
「俺達も女に手荒なことはしたくない。だが逃げた瞬間にこの剣がお前の首を刎ねる。まぁ、どのみちあのお方の元に連れて行けば殺されるかもしれないが。死に急ぎたいなら話は別だがな」
隊長はそういって剣をアドリアーヌに突き付けた。
アドリアーヌは先ほど水を飲んだばかりだというのに喉がからからになっているのを自覚した。そして乾いた喉に力を込めて何とか返事をするだけで精いっぱいだった。
その言葉を聞いて隊長はダムに指示をするとダムがアドリアーヌの手を緩めた。
そして隊長のもとへ突き飛ばされた。
「荷と女は確かに渡したぜ」
「あぁ、ここに金がある。持っていけ。くれぐれも……」
「もちろん口外はしねーよ」
「うへへ……肉……」
肉への妄想をたぎらせて涎を垂らしているダムとは対照的に、サムは冷静にそういうと地面に投げられるように置かれた金貨の入った袋を取り上げようとした。
その時だった。
街道の方から声がする。
そして複数人の足音。
一瞬にしてその場に緊張が走った。
「いたぞ!」
「捕らえろ!」
「殺しても構わん!」
遠くからの足音共にそんな声も聞こえた。
何が起こったか分からずにアドリアーヌは恐怖からその場にしゃがみこんだ。
幾つかの怒号。
剣のぶつかり合う音。
叫ばれる断末魔の声。
アドリアーヌはこの状況が理解できずにただ頭の中が真っ白になっていた。
心臓の音がバクバクとしている。
近くで「う……」という呻き声が聞こえ、そしてばたりと何か鈍い音がして、足元に誰かが倒れこんだ気配がした。
そして薄っすらと目を開けるとそこには隊長が血を流して倒れていた。
「あ!」
手を伸ばした瞬間、別の男が隊長の背中に剣を刺した。
そして隊長はアドリアーヌの目の前で絶命した。
「ひっ」
思わず息をのむアドリアーヌ。
「大丈夫ですか?」
声の方を見ると隊長以下ラスター家の兵は皆制圧され、一人も残っていなかった。
隊長に最後のとどめを刺した男は騎士の身なりをしている。
黒い詰襟の服に赤いマント。
そしてマントの留め具にはメイナードの刻印が押されていた。
リオネルと同じ格好をしていることから、彼がメルナードの騎士であることが分かりアドリアーヌは少し気が抜けた。
(助かった……の?)
兵はにこやかに手を差し伸べて来るのでアドリアーヌはおずおずとその手を取った。
思ったよりも恐怖を感じたようで、上手く立ち上がることができず、アドリアーヌは必死で足に力を入れて立ち上がろうとする。
「怖い思いをしましたね。大丈夫ですからゆっくりと立ち上がってください」
メルナードの騎士が優しくそういってくれるのでアドリアーヌは男の助力を得ながらゆっくりと立ち上がった。
息を整えて周囲を見渡せば、ラスター兵たちはことごとく地に伏しており、そしてすぐにこと切れている事が分かった。
「あの人たちは……」
「もう鎮圧しました。敵は殲滅せよとの命令だったので一人残らず倒すことができて良かったです」
だが騎士話を最後まで聞くことができない。
アドリアーヌは猛烈な吐き気を催した。
男たちの体臭を嗅いだ時とはまた違い、初めて躯を見た時の衝撃から来る吐き気だった。
思わず口元を押さえてしまっていると聞き慣れた声がしてその方向に顔を向けた。
「アドリアーヌ!」
「……リオネル様……!」
柄にもなく泣きそうになっていると、近づいてきたリオネルがしっかりとアドリアーヌを抱きしめた。
最初は動揺で戸惑っていたが、その体温を感じていると気が緩んだのか涙が溢れ、アドリアーヌはリオネルに縋り付くようにして涙を流してしまった。
「遅くなった、大丈夫か?」
「リオネル様……うぅうっ……」
「無事で良かった……」
リオネルもぎゅっとアドリアーヌを抱きしめてくれてしばらく落ち着くまでそうしていた。
涙と先ほどの乱闘で埃で汚れた顔はぐちゃぐちゃだ。
リオネルの服を汚してしまったと気づいて慌てて体を離すとアドリアーヌは我に返って慌ててリオネルに礼を言った。
「す、すみません!リオネル様、お恥ずかしいところをお見せしました!」
「顔を見れて安心した。君が誘拐されたと聞いた時には肝が冷えたが……」
「お手数をおかけしました」
「じゃあ王都に戻ろうか。殿下も心配している」
珍しく柔らく微笑むリオネルの顔を見たらなんとなくほっとして、伸ばされたその手をアドリアーヌが取った時だった。
「リオネル団長!お疲れ様です」
駆け寄ってきたのはまだ若い騎士だった。
リオネルの配下の人間だろうか?
「団長、この方が?」
「あぁ、誘拐されていたアドリアーヌだ。これから砦に戻った後に王都へと彼女を連れて行く」
「承知いたしました。それでは牢の準備をいたします」
牢……とはどういうことだろうか?
状況が分からずにアドリアーヌがリオネルを見上げるとリオネルの顔にも困惑の表情が現れていた。
「牢とはどういう意味だ?」
「は、先ほど王都の使いが参りまして、謀反人アドリアーヌを捕らえたのち護送しろと……」
「なんだって?」
元々目つきの悪いリオネルの目が鋭く若い騎士団員を射貫くように睨みつけた。
団員もヒッと息をのむように叫んだ後おずおずと状況を説明し始めた。
「今回は武器の違法取引の現場を取り押さえたのですよね?犯人となるアドリアーヌ・ミスカルドを移送するのでは……?」
「私はそのようなことは聞いていないが」
「団長が討伐に向かって間もなくです。王都より使いが来てこの文書を」
そこには確かに記されていた。
〝武器密売の犯人であるアドリアーヌ・ミスカルドを捕縛し、王都へ護送せよ〟
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