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誘拐されてしまいました①

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アドリアーヌが目を覚ますと、そこは見知らぬ小屋の中のようだった。

〝ようだった〟というのは周りが薄暗くよく見えないからだったが、転がされた床が木材でできており、なんとなくすさんだ香りがしたからだ。

耳を澄ませば木の葉のさざめきが聞こえ、聞こえてくる鳥のさえずりも野鳥のものだった。

どれくらいの時間ここに転がされているのかは分からないが、閉められた窓から漏れる光は確認できた。

色から察するに西日だろうか?

(くっ……手が痛い……。口にも猿ぐつわ……完全に誘拐よね)

まさかサヴィが裏切りだとは思わなかったから完全に油断していた。

サヴィの口からダンピエール伯爵の名が出てきたということは、サヴィはそちらの派閥の人間なのだろう。

(油断してたわ……)

サヴィならば執務室に出入りすることも自然だし、扉から話を漏れ聞くことも可能だ。

とは言うものの、今はそれどころではない。
自分はどうなるのだろうか。途端に不安になった。

ここはどこなのかも分からないし、誘拐された目的も分からない。

(やっぱり殺される?でもなんで?私なんて殺してもメリットなんてないのに……)

ふと見れば足は自由だった。

女だから足を縛らなくてもどうってことはないという犯人側の余裕の表れかもしれない。

アドリアーヌは何とか体を起こして扉に向かおうとした。
と、運が悪いことに古い木材の床が軋んだ。

「おや……お目覚めかい、お嬢ちゃん」

扉を開けて入ってきたのは男だった。

顎には立派な髭が蓄えており、見るからに柄が悪い。

もう一人の男はやせ型で目だけがぎょろぎょろしている三白眼の男だった。

そして……二人とも臭い。

(うううう……私、臭いには敏感なのよね。体臭の臭い……気持ち悪い……)

思わずえずきそうになるのを必死に耐えると、思わず涙目になっていることに気づいた。

それを男達は恐怖で涙目になっていると思ったようで下卑た笑いを浮かべて近づいてくる。

これ以上臭いを嗅ぎたくないので一歩下がる。男は一歩近づく。

「うーうーうー!」

息を止めたいが口を塞がれていては必然的に鼻呼吸しかできない。

正直辛い。

「うるさい!大人しくしろ!大人しくすれば今のところ危害は加えねーよ」

アドリアーヌは一も二もなくコクコクと頷くと、男は猿ぐつわを取ってくれた。

その瞬間アドリアーヌは大きく息をついた。

だが同時に臭いが来てしまい、思わずその場で「げぇ……」と息を吐いた。

それを見た男が心配そうに覗いてくる。

「だ、大丈夫か?まさか頭を打って気分が悪くなったとか?」
「ひほひがだへなんへす」
「は?」
「臭いがダメなんです!お願いですからちょっと体を拭いてください!」
「に、臭い!?」

涙目になって訴えると、男たちは驚いたようなショックを受けたような顔をして固まった。

だが、すぐに立ち直ったようにはっとして、再びすごみ始めた。

「おーおー、お嬢ちゃんよ。お前に俺たちを指図するな。立場分かってるのか⁉」
「でも……うえええええええ」

余りの気持ち悪さで倒れる寸前であることを察した男たちは一歩離れてくれた。

「これでいいか?」
「ありがとうございます……」
「さすがお貴族様だな。すさんだ男の臭いはだめなんだな」
「すみません……そもそも臭いに敏感なんです。前の職場の人にもデオドラントシートでせめて顔だけでも拭いてほしいと頼んだくらいなんです」

前世でも激務の中で二、三日家に帰れない時も確かにあった。

ただ自分は女性だし都内で働いていたので、システムリリース前のどうしても徹夜の時以外は漫画喫茶に行ってシャワーだけは浴びていた。

同じく男性でもよっぽどがない限りは洗面所で顔を洗ってくれていた……。

だが一度だけデスマーチな仕事があったとき、さすがに男性陣は臭くなり、デオドラントシートで首回りを拭いてくれと泣いて頼んだ記憶がある。

「デオデラ……なんだ」
「あー、簡易タオルといいますが。ハッカとか入っていたりして夏はスースーして気持ちいい代物なんです。不潔にしていると体がかゆくなったりしません?」

「まぁ……痒い時はあるな」
「ですよね?そんな時には水でもいいのでタオルにハッカとかのハーブを擦って体を拭くだけでも全然違うんでやってみてください」

「ほーそうなのか……って違う!お前人質なんだぞ!分かってるのか?」
「!!」

そうだった。余りの臭さに一瞬現実逃避をしていたがそれどころではなかったのだ。

気を取り直して尋ねてみた。

「こほん。えっと私を誘拐してどうするの?身代金なんてないわよ」
「おいおい、お貴族様なんだ。そのくらい出してくれるだろ?」
「勘違いしてるようですけど、私は貴族じゃないです」

「は?じゃあなんだよ!伯爵のやろーの依頼だっていうしそんな身なりだ。貴族じゃなきゃなんで攫うんだ!?」
「それは私が聞きたいわよ!」

思わず叫ぶと髭の男も混乱したように首を傾げた。
それをみた三白眼の男はため息をついた。

「ダム。それ以上言うな。俺たちの仕事はこいつを運んでこの荷を相手に渡すだけだ」
「相手?荷?」
「それ以上はお前に言う必要はない」

ダムと呼ばれた髭の男よりはこの三白眼の男の方は冷静かもしれない。

「人質は丁重に扱えと言われている。あんた、腹は減っているか?」

問われればかなり空腹であることに気づく。

「はい……空いてます」
「じゃあこいつでも食ってろ。間もなく迎えが来るはずだ」
「迎え?何者なのそいつ……」
「なんだったか……ラス……ラスラ?ラス……。サム、覚えているか?」

ダムがそれを言うとサムと呼ばれた三白眼の男がダムを睨んだ。

「だから余計なことを言うな!お前は本当に頭が悪いな。……お嬢さん、これ以上聞いたら二度と口がきけない状態になる。俺たちもそれは避けたい。依頼主は丁重に扱えと言っていたからな」

そうしてアドリアーヌの前にパンと水が一つ差し出された。

「最後の晩餐にしては味気ねーと思うが我慢しろよ。あと何か抵抗をすれば容赦なく切るぜ」

サムはそう睨み短刀をアドリアーヌの喉元に突き付ける。

アドリアーヌは息を止めつつコクコクとまた頷いた。

そういって閉じられたドアを見て、アドリアーヌはため息をついた。

どうやらすぐには殺されることはないだろう。

サムに言われたせいか、アドリアーヌは空腹を覚えてパンを取った。

固くぱさぱさしたパンを口にしながらアドリアーヌは思考を巡らせた。

(ラスラ……ラス……)

アドリアーヌはパンをかじりながらダムが言った言葉を反芻する。

ラスがつくもの。ラスト、ライラ、ライド、……知りうる人の名前を必死に考えて一つの考えに至った。

(ラスター……アンジェリカ・ラスター……)

その名を思い浮かべてはっとする。

それはアドリアーヌ断罪の発端となり、グランディアス王国から追放した女の名前だった。

そういえばラスター領はメルナードに隣接していた場所だ。

リオネルが砦と言っていただけだったし、メルナードの地理にも疎いからと聞き流していたが、もしかしてここはラスター領と接している地域かもしれない。

「ということは……今回の件はラスター家が絡んでる?……待って、今回の誘拐はダンピエール伯爵が絡んでいる。そしてスライン国への銃の輸出……重ねてグランディアス王国との繋がり……」

思い至った考えが余りにも壮大過ぎてアドリアーヌは混乱した。

この事実から示唆されるのはダンピエール伯爵がラスター家と繋がっているという事実。

そしてスライン国へは武器を輸出している事実。

ダンピエール伯爵を核としてなにか途方もないことが起こっていることだけは分かった。

(ダンピエール伯爵はもしかしてスライン国とグランディアス王国の両方と繋がり戦争を引き起こそうとしてるんじゃ……)

この事実をクローディスたちに伝えてダンピエール伯爵を止めなくては、この国は戦火に巻き込まれる。

もしこの国が……一応祖国でもあるグランディアス王国とが戦争となれば、自分の大切な人たちも傷つくだろう。

まずは求心力として祭り上げられるアイリス、クローディスも軍を束ねる総帥であるから必然的に戦場に行くことになる。

サイナスは参謀としていくだろうし、近衛兵であるリオネルもそうだ。

ロベルトは直接的に戦には関わらないかもしれないが、現在王家の影として色々と暗躍している立場だ。敵国に赴いて情報を集めるという役を担うだろう。

(皆が死ぬなんて嫌だ!)

誘拐されて自分の命がどうのよりも彼らの命が失われるかもしれないという恐怖の方が勝った。

でも今捕らわれているこの状況ではどうすることもできない。

ラスター家が単独で動いているのか、グランディアス王国の指示で動いているのかも分からない。

(落ち着いて考えるのよ。思考を整理して状況を考えて)

アドリアーヌは状況を整理すべく腕を組んで考え始めた。
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