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それは太陽のような-Sideサイナス-④

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その夜だった。

セギュール子爵家の執事が襲ってきたのは。

サイナスは今回の子爵の捕縛劇について脱税の容疑でその身柄を確保、爵位のはく奪を狙った。

その証拠を押さえるためにセギュール子爵家の執事を騙し、書類を奪ったのだった。

いつもならロベルトが上手くやっていたが、今回は彼自身もアドリアーヌの手助けで手一杯ということもあった。

結果、サイナス自身が動くことになったが、執事が荒くれものに金を渡してまで襲撃してくるとは思わなかった。

何よりサイナスが焦ったのはアドリアーヌが一緒にいたことだ。

(ちっ、タイミングが悪ぃな)

サイナス一人であれば逃げることもかなう。

毒も持っているし、最悪サーベルの毒で弱らせた隙に反撃のチャンスを伺うこともできただろう。

それかアドリアーヌを逃がすことも可能だ。

だが、今回アドリアーヌはほろ酔い加減で、足元がふらついている状態だった。

この状態でアドリアーヌが逃げるのは難しいだろう。

(仕方ない、毒でどこまで戦えるか…………)

サイナスとてそれなりの荒事の場数を踏んでいる。

リオネルほどの剣の使い手でも武人でもないが、何とか踏ん張るしかない。

そう思って執事が雇った巨漢の男と対峙し、毒のついたサーベルで傷をつけるが体が大きいせいか毒の回りが遅い。

そうしている間にサイナスの鳩尾に一撃が入る。

(くっそ…………こんなところでやられてたまるか!)

だがそう思っても巨漢の男の拳を受け体が吹き飛ばされ、四肢に痛みが走るがそれ以上は動けない。

サイナスの呼吸が痛みで一瞬止まる。

(呼吸が苦しい…………まるで昔に戻ったようだ)

サイナスは幼少期、体の弱い子供だった。

喘息で天気の悪い日はそれが顕著だった。

運動ができない代わりに本を読み、そして勉学に勤しんだ。それは自然なことだったし、サイナスとしても特段嫌なことでもなかった。

その一方で、サイナスの気持ちとは関係なく周囲の大人たちは宰相の息子として見てくるし、大人たちは皆「非の打ち所がない」「神童」だともてはやした。

その顔の裏に宰相に取り入りたいという欲望が見え隠れしていることは分かっていた。

サイナスは最初こそ嫌悪感を露わにしていたが、父の宰相という立場を考えるとあまり得策ではないことが分かり、それ以降笑みを張り付けるようになった。

どういえば大人の自尊心をくすぐれるのか。
どうすれば宰相の息子の虚像を作れるのかを考え行動する。
それは自然な流れだったと思う。

「お前。そんなに笑って疲れないのか?」

ある日そう言われて驚いた。それを言ったのは幼少のクローディスだった。

その時クローディス九歳、サイナス十歳の時だった。

サイナスの能力を評価されクローディスの付き人に選ばれたのだ。

クローディスは我儘三昧で傍若無人だった。

頭の出来は決して悪くはないが、集中力に欠ける。

目を離すと突拍子もない行動をしてサイナスを振り回した。

その言動にサイナスはついていけ無かった。

だから内心ではクローディスの相手には辟易していたし、宰相の息子として仕えなくてはいけないのでその言動を我慢していたのだ。

「いえ、別に疲れませんよ。僕はこういう顔なので」

そう答えるが内心サイナスは焦った。王太子に不況を買ったのか?
それか本性に気づいたか?

「まぁなんかあれば言えよ!俺とお前は友達だからな!」
「そんな……恐れ多いです」

どうやら本性がばれたわけではないことに安堵した。

(友達……か)

サイナスには同年代の友人などいない。

神童と崇められるだけあって同年代の子供の様には振舞えないし話の次元が違いすぎるからだ。

だから友達という存在がどんなものかもわからないし欲しいとも思わない。

しかもクローディスは自分より身分の高い人間。対等なはずはない。

(俺を友人と思っている時点で馬鹿だな。俺たちは対等じゃない。そんなことも分からないとはさすがボンボンの温室育ちだ)

そう蔑む気持ちがあったがそれを隠していたある日のこと。

サイナスは誘拐されたのだ。

身代金目的と現政権に不満を持つ勢力が武力に訴えた結果だった。

単なる身代金ならいざ知らず、反勢力に屈するわけにはいかない。

結果サイナスは見捨てられた形になった。

「おい、こいつどうする?」
「仕方ねーだろ?こうなったら人質の意味もねー。殺すしかない!」

男たちがアジトにしている山小屋の中でそう言っているのを聞いて、サイナスは諦めの気持ちになった。

逃げようにも、両手両足は縄で縛られ、口にも猿轡をされてしまっている。

助けなど来ることは絶望的であったが、逆にサイナスは冷静に考えることができた。

別にこの世に未練などない。

なんでもできる神童として尊敬の念を持たれても、サイナス自身は勉強ができることなどたいした意味もない。

なぜなら努力しなくても大抵のことは出来てしまうからだ。

だから毎日暇で退屈で。
楽しいと思ったことは数えるほどしかなかった。

(まぁ、妥当な結果だな。親父の対応もこのごろつきたちの対応も)

いつの間にか雨が降り始めたようだった。

静かに小屋の屋根を雨が叩き、その雨特有の臭いがサイナスの鼻腔に届く。

雨音が何とも単調で、それに色を添えるかのように雷の音が鳴っていた。

稲妻が度々窓の外を鮮やかに染め、サイナスの目に焼き付いた。

死を覚悟した時だった。突然男たちが慌てだした。

「小屋に火が付いている!」
「なんだって!?」
「おい消火しろ!」
「そう言っても水はないぞ」
「くそ!逃げるぞ!」
「ガキは!?」
「ほっとけ。どうせ死ぬんだ」

そういって慌ただしく男たちは小屋から出て行った。

確かに火が放たれたようで、ぱちぱちと炎が木材でできた小屋を焼いている音がする。

自分は男たちに殺されると思っていたのに、まさか焼死するとは思わなかった。

その時だった。

ドンと小屋の扉が開く。最初は男たちが戻ってきたかと思った。

だがそこには意外な人物がいた。

(クローディス殿下!?)

目を見開いていると、クローディスはサイナスを認めて駆け寄り、その両手両足を縛っている縄を切った。

何が起こったか分からずにいるとサイナスの手を引いてクローディスは燃え盛る小屋から脱出したのだ。

「サイナス!逃げるぞ!」

どう走ったか分からない。
ただ街道に出たとことでクローディスは足を止め、乱れた呼吸を整えながら言ったのだ。

「サイナス、無事だったか」

聞けばサイナスの救援が行われないと知ったクローディスは一人でサイナスを救出にきたのだというのだ。

火を放って男たちを遠ざけたのも彼の仕業だった。

「あなたは!自分がどんな立場なのか分かっているんです⁉万が一にも共に焼死したらどうするんですか!」

そのサイナスの言葉にクローディスは笑いながら言ったのだ。

「友人一人守れずして王となれるか!」

そして続けて言った。無事で良かったと。
その笑顔にサイナスは緊張の糸が解け、そしてその場で気を失った。
遠のく意識の中で彼の笑顔は太陽のようだと思った。


浮上する意識の中でサイナスは現状を確認した。

(こんな時にあんな昔のことを思い出すなんてな)

うっすらと目を開けてみればアドリアーヌが巨漢の男を引き付けていて、サイナスへの罵詈雑言をぶつけながらも時間を稼いでいるようだった。

そうこうしているうちにサイナスも動くことが出来るようになり、そうして巨漢の男を倒し、セギュール子爵の執事を追い詰めることができた。

取り逃したが犯人は分かっている。
あとで生きるのが苦しいというほどの仕打ちを仕返そうと思った。

(あんな男に立ち向かっていくなんて……なんて女なんだ……。無鉄砲なのはクローディスと同じだな)

思わず笑みがこぼれる。
それにしてもと思う。

今回のことは自分が人を騙し、恨みを買ったから起こったことでアドリアーヌには申し訳ないことをしたと思っている。

思わず自虐的に、そのことを告げる。

だがアドリアーヌは人を騙すことは推奨できるものではないが、誰しも打算で人に近づくことはあるしそういう関係が普通だというのだ。

これにはサイナスも拍子抜けをしてしまった。

(本当に……この女は……頭に花でも詰まっているのか?)

そう思いながらも思わず純粋な思いで笑ってしまう。

自分の黒い部分も含めてアドリアーヌが認めてくれたのだ。

思わず張りつめていた心が緩んだ。

彼女は自分が信用されないから働かされていると思っている。

だけど本当は違う。信頼もしているし傍に置きたい。

それは能力的な意味でも女性として傍にいて欲しいという意味でもだった。

だから思ったのだ。もうアドリアーヌを利用することはやめようと。

「はははは。俺の負けだ。もう俺の仕事を手伝わなくてもいい」
「え?……それって」
「あぁ、思う存分スローライフというものを楽しむといい」

アドリアーヌは満面の笑みを浮かべる。

信用されたことに対しての笑みなのか、自由になったことへの笑みなのか。

サイナスには分からないがアドリアーヌのその時の笑顔は太陽のようでいて、そして自分を包むように温かい笑顔だとサイナスは思ったのだった。
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