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色々と問題が発生してます①
しおりを挟む先日あった舞踏会ではなんだかんだとトラブルが遭ったせいで、結局ムルム伯爵と一緒に来ると言っていたクリストファーと会うことができなかった。
そしてあの後二人に会ったと言うリオネルから、ムルム伯爵の調子があまり良くないという話を聞いた。
(先日のお詫びと伯爵のお見舞いに行こうかしら)
ちょうど溜まりに溜まった有給休暇もあり(労働条件の見直し時に追加で契約した)、アドリアーヌはまとまった休みを取ることができた。
時間もあるし、ムルム伯爵も今日は在宅だという返事ももらったので伯爵邸へと足を向けることにしたのだった。
(ファゴさんはちゃんと節約料理できているかしら?マーガレットは恋愛小説を読むのが趣味だし、遅くまで読んで体を壊していないといいのだけど……)
そんな心配をしながら伯爵達への差し入れを買おうとアドリアーヌは街によることにした。
ショーウィンドウをみれば遠くスライン王国から輸入したというチョコレートが並んでいる。
つやつやとした光沢のあるチョコレートの焦げ茶色は、とても魅惑的で甘いものが好きな伯爵へのお土産はこれにしようと決めた。
その店は因縁のあるセギュール子爵のものだった。
なるほど貿易商として輸出入を手広くやっていることもあり、珍しい物への着目は敵ながらというところであろう。
(くぅ……セギュール子爵の店なのは癪だけど……目新しいものだしなぁ……。しかもちょっとお高い……けど!恩義のあるムルム伯爵のためよ!)
そう腹を決めて、アドリアーヌはチョコレートを買うことにした。
執事のアレクセイからの定期便ではそれなりに伯爵家の財政は立て直っているものの、やはり高級品の購入は制限する現状で、伯爵も嗜好品のお菓子について結構我慢していると書いてあった。
チョコレートを購入後にムルム伯爵邸へと向かう辻馬車を探している時、アドリアーヌはセギュール子爵のことを考えて歩いていた。
(そういえば……スライン王国と子爵って結構取引があるっぽいわよねぇ……。スライン王国はグランディアス王国と仲が悪かったから、結構未知の領域だし。もう少し勉強しておこうかしら)
ぼうっとそんなことを考えていると後方からアドリアーヌを呼ぶ声がして、アドリアーヌは足を止めて振り返った。
するとそこにはアイリスがおり、息を切らしてこちらへと向かってきていた。
「アドリアーヌ様!」
「あら、アイリス様。ごきげんよう」
「ごきげんよう。……こんなところでお会いできるなんて、嬉しいです!」
少し顔を赤らめながらやってきているのは、小走りだったからだろうか?
「この間は助けてくださりありがとうございました!」
「いいえ。本当に気になさらないでください」
「私みたいなダメな人間に、あんな優しい言葉をかけてくださって……」
「そんな……この間も言ったじゃないですか。アイリス様はダメじゃないですよ」
どうしてこんなに自己肯定感が低いのか……。
アドリアーヌはちょっとゲームの設定を思い出していた。
たしか、アイリスの母親は亡くなり、後妻になった継母と義理の妹がアイリスを虐めぬいていたはず……
「妹にもアドリアーヌ様達に助けていただいたことを知られてしまい、とても怒られてしまいました」
「まぁ……そんな……」
「私が悪いんです。私の容姿が母に似てしまって……そのせいで家族にとっては違和感があるのですね。……あ!こんなことをアドリアーヌ様に言ってしまって、申し訳ありません!」
確かにゲームでもアイリスは容姿について妹に虐められていた。
というかアイリスが可愛いので妹は嫉妬しているという設定だ。
(本当に……そんな卑下しなくてもいいのになぁ)
アイリスが不憫に思えると共に、無性に腹がってきた。
(私の最推しに何たる仕打ち!)
「アイリス様は綺麗ですから、きっと妹さんは嫉妬なさっているんですよ!」
「えっ!?」
「アイリス様の金糸のような髪も素敵ですし、それにアイリス様って瞳が綺麗でしょ?日によってキラキラと色が変わるのね?ピンクなのに日の光によって紫に見えたり……素敵だわ」
「そんなこと……今まで言われたことないです」
アイリスが顔を赤らめて動揺しているのを見て、なんだか自分が口説いているようで恥ずかしくなった。
(口説くっていえば、ロベルトが街でアイリスに出会って口説くのよね……。確か……お花さんとか言ってきて)
「おや……綺麗なお花達と会えるなんて光栄だなぁ?」
(そうそうこんな風に……って)
「ってロベルト!」
「やあお姫様。この間は大変だったらしいね。僕が助けてあげられなくて残念だったよ」
「ちょうどいいところに!ロベルト、彼女はアイリスよ!」
「ん?あぁ、お花さん。君も可愛いね」
(おぉ……いい感じ。そして、ここで容姿を褒めるのよね!)
順調にゲームの流れになっており、アドリアーヌはしめしめと思った。
この間はフラグを折ってしまったが、今回は大丈夫そうだ。
だが、残念ながら流れがアドリアーヌの予想とは変わってきていった。
「で、お姫様とお花さんは何を話していたのかな?」
「実は、アドリアーヌ様に容姿を褒めていただいていたところなんです」
「へぇ?容姿を?」
「私……自分の容姿が嫌いで。でもアドリアーヌ様に綺麗と褒めていただいて少し勇気が出ました」
「あ……あぁなるほど。確かに君は十分魅力的な容姿だよね」
「あ、初めての方にこんな……でもとても嬉しくて!」
ロベルトにそう訴えてホクホクした顔をしているアイリスを見て、ロベルトは状況を飲み込めないかキョトンとしている。
というか、先ほどの一言でこんな風に喜ばれるのもアドリアーヌとしては驚きである。
「アドリアーヌ様は私の勇者です!」
アイリスがずずずいっとアドリアーヌに違づくので、アドリアーヌは逆に体をのけぞらせてしまった。
「え!?あ、ありがとう……」
「今日はアドリアーヌ様に会えて本当にいい日になりました!ちょっと色々あったんですけど……それでもアドリアーヌ様のお陰で前向きになれました。私、頑張りますね」
「えぇ……それはよかったわ」
「あの……本当に厚かましいお願いなんですけど……アドリアーヌ様を……お姉さまとお呼びしてもいいでしょうか?」
言っている意味が分からずアドリアーヌは一拍おいて反応してしまった。
「えっいやそれは……」
「嫌ですか……?」
ちょっとうるっとした表情を浮かべられてしまっては断りにくい。
「わ、分かりました」
「勇気を出して言ってよかったです。お姉さまも良ければ気軽にお話しくださいませ」
「う……うん、分かった」
「では、お姉さま。また……お話しできると嬉しいです」
「じゃあ、今度お茶でもしましょうね」
「はい!では、失礼します」
アイリスはペコリと丁寧に礼をすると、まるでスキップをするように軽やかな足取りで立ち去ってしまった。
「なるほど……お姫様が庇ったのは彼女か」
「うん。そうだけど……それより、アイリスは素敵でしょ?ほら……もっと口説きなさいよ!こういう時こそ本領発揮でしょ?」
「うーん、確かに魅力的だとは思うけど……でも俺言ったでしょ?『僕は彼女に本気だから』って」
「だから、そういうのはいいの!ロベルトはアイリスみたいな可愛い人が似合うって!」
「本当に信じてもらえなんて……一体いつになったら本気だって気づいてもらえるのかなぁ」
ぼやくロベルトをよそに、アドリアーヌの頭の中は混乱でいっぱいだった。
(なんで?なんでフラグ立たないの?というか……悪役令嬢の私が、ヒロインのアイリスと仲良くなって良かったのかしら……)
呆然とするアドリアーヌを見て、ロベルトが悪戯っぽくアドリアーヌの顔を覗き込んだ。
「勇者ってなかなかいい表現だよね」
「ん?」
「いやいや、こっちの話」
「ねぇロベルト。本当、私のことは気にしなくていいから、今からでも遅くないわ!アイリスを口説きに行きなさいよ!」
「はぁ?なんでそうなるんだい?お姫様こそなんで彼女に行くように仕向けるの?そんなに僕が嫌いなの?」
「そういうわけじゃないけど……」
「本気の女性を目の前にしてよそ見はしないよ」
「え?だってあなたそうやって誑かしてきたでしょ?」
「誑かす……まぁ……そうだけど。サイナス様が言っていた女性絡みの案件はもう受けないことにしたんだよ。だから以前の僕とは違うわけ。真っ当にお姫様に向き合おうと思ってね」
まさか自分が原因でロベルトが"その道"から足を洗ったとは思わなかった。
というかゲームでは、アイリスとの出会いでロベルトは改心しハニトラまがいのことはやめ、アイリスと向き合って愛を告げるのではなかったか?
「まぁ、そういうわけだから。今度は舞踏会ではちゃんと踊ってほしいな」
「あぁ……まぁ、機会があれば……」
「そんなつれないなぁ。じゃあ、約束ということでこの薔薇受け取って。お姫様の瞳と同じ色の薔薇をね。じゃあ。また!」
恭しく差し出されたバラを半ば反射的に受け取りながら、アドリアーヌはゲームとは違う流れになっていることに動揺を隠せないのであった。
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