上 下
40 / 74

色々と問題が発生してます①

しおりを挟む

先日あった舞踏会ではなんだかんだとトラブルが遭ったせいで、結局ムルム伯爵と一緒に来ると言っていたクリストファーと会うことができなかった。

そしてあの後二人に会ったと言うリオネルから、ムルム伯爵の調子があまり良くないという話を聞いた。

(先日のお詫びと伯爵のお見舞いに行こうかしら)

ちょうど溜まりに溜まった有給休暇もあり(労働条件の見直し時に追加で契約した)、アドリアーヌはまとまった休みを取ることができた。

時間もあるし、ムルム伯爵も今日は在宅だという返事ももらったので伯爵邸へと足を向けることにしたのだった。

(ファゴさんはちゃんと節約料理できているかしら?マーガレットは恋愛小説を読むのが趣味だし、遅くまで読んで体を壊していないといいのだけど……)

そんな心配をしながら伯爵達への差し入れを買おうとアドリアーヌは街によることにした。

ショーウィンドウをみれば遠くスライン王国から輸入したというチョコレートが並んでいる。

つやつやとした光沢のあるチョコレートの焦げ茶色は、とても魅惑的で甘いものが好きな伯爵へのお土産はこれにしようと決めた。

その店は因縁のあるセギュール子爵のものだった。

なるほど貿易商として輸出入を手広くやっていることもあり、珍しい物への着目は敵ながらというところであろう。

(くぅ……セギュール子爵の店なのは癪だけど……目新しいものだしなぁ……。しかもちょっとお高い……けど!恩義のあるムルム伯爵のためよ!)

そう腹を決めて、アドリアーヌはチョコレートを買うことにした。

執事のアレクセイからの定期便ではそれなりに伯爵家の財政は立て直っているものの、やはり高級品の購入は制限する現状で、伯爵も嗜好品のお菓子について結構我慢していると書いてあった。

チョコレートを購入後にムルム伯爵邸へと向かう辻馬車を探している時、アドリアーヌはセギュール子爵のことを考えて歩いていた。

(そういえば……スライン王国と子爵って結構取引があるっぽいわよねぇ……。スライン王国はグランディアス王国と仲が悪かったから、結構未知の領域だし。もう少し勉強しておこうかしら)

ぼうっとそんなことを考えていると後方からアドリアーヌを呼ぶ声がして、アドリアーヌは足を止めて振り返った。

するとそこにはアイリスがおり、息を切らしてこちらへと向かってきていた。

「アドリアーヌ様!」
「あら、アイリス様。ごきげんよう」
「ごきげんよう。……こんなところでお会いできるなんて、嬉しいです!」

少し顔を赤らめながらやってきているのは、小走りだったからだろうか?

「この間は助けてくださりありがとうございました!」
「いいえ。本当に気になさらないでください」
「私みたいなダメな人間に、あんな優しい言葉をかけてくださって……」
「そんな……この間も言ったじゃないですか。アイリス様はダメじゃないですよ」

どうしてこんなに自己肯定感が低いのか……。

アドリアーヌはちょっとゲームの設定を思い出していた。

たしか、アイリスの母親は亡くなり、後妻になった継母と義理の妹がアイリスを虐めぬいていたはず……

「妹にもアドリアーヌ様達に助けていただいたことを知られてしまい、とても怒られてしまいました」
「まぁ……そんな……」
「私が悪いんです。私の容姿が母に似てしまって……そのせいで家族にとっては違和感があるのですね。……あ!こんなことをアドリアーヌ様に言ってしまって、申し訳ありません!」

確かにゲームでもアイリスは容姿について妹に虐められていた。

というかアイリスが可愛いので妹は嫉妬しているという設定だ。

(本当に……そんな卑下しなくてもいいのになぁ)

アイリスが不憫に思えると共に、無性に腹がってきた。

(私の最推しに何たる仕打ち!)

「アイリス様は綺麗ですから、きっと妹さんは嫉妬なさっているんですよ!」
「えっ!?」

「アイリス様の金糸のような髪も素敵ですし、それにアイリス様って瞳が綺麗でしょ?日によってキラキラと色が変わるのね?ピンクなのに日の光によって紫に見えたり……素敵だわ」

「そんなこと……今まで言われたことないです」

アイリスが顔を赤らめて動揺しているのを見て、なんだか自分が口説いているようで恥ずかしくなった。

(口説くっていえば、ロベルトが街でアイリスに出会って口説くのよね……。確か……お花さんとか言ってきて)

「おや……綺麗なお花達と会えるなんて光栄だなぁ?」
(そうそうこんな風に……って)
「ってロベルト!」
「やあお姫様。この間は大変だったらしいね。僕が助けてあげられなくて残念だったよ」
「ちょうどいいところに!ロベルト、彼女はアイリスよ!」
「ん?あぁ、お花さん。君も可愛いね」

(おぉ……いい感じ。そして、ここで容姿を褒めるのよね!)

順調にゲームの流れになっており、アドリアーヌはしめしめと思った。

この間はフラグを折ってしまったが、今回は大丈夫そうだ。

だが、残念ながら流れがアドリアーヌの予想とは変わってきていった。

「で、お姫様とお花さんは何を話していたのかな?」
「実は、アドリアーヌ様に容姿を褒めていただいていたところなんです」
「へぇ?容姿を?」
「私……自分の容姿が嫌いで。でもアドリアーヌ様に綺麗と褒めていただいて少し勇気が出ました」
「あ……あぁなるほど。確かに君は十分魅力的な容姿だよね」
「あ、初めての方にこんな……でもとても嬉しくて!」

ロベルトにそう訴えてホクホクした顔をしているアイリスを見て、ロベルトは状況を飲み込めないかキョトンとしている。

というか、先ほどの一言でこんな風に喜ばれるのもアドリアーヌとしては驚きである。

「アドリアーヌ様は私の勇者です!」

アイリスがずずずいっとアドリアーヌに違づくので、アドリアーヌは逆に体をのけぞらせてしまった。

「え!?あ、ありがとう……」
「今日はアドリアーヌ様に会えて本当にいい日になりました!ちょっと色々あったんですけど……それでもアドリアーヌ様のお陰で前向きになれました。私、頑張りますね」

「えぇ……それはよかったわ」
「あの……本当に厚かましいお願いなんですけど……アドリアーヌ様を……お姉さまとお呼びしてもいいでしょうか?」

言っている意味が分からずアドリアーヌは一拍おいて反応してしまった。

「えっいやそれは……」
「嫌ですか……?」

ちょっとうるっとした表情を浮かべられてしまっては断りにくい。

「わ、分かりました」
「勇気を出して言ってよかったです。お姉さまも良ければ気軽にお話しくださいませ」
「う……うん、分かった」
「では、お姉さま。また……お話しできると嬉しいです」
「じゃあ、今度お茶でもしましょうね」
「はい!では、失礼します」

アイリスはペコリと丁寧に礼をすると、まるでスキップをするように軽やかな足取りで立ち去ってしまった。

「なるほど……お姫様が庇ったのは彼女か」
「うん。そうだけど……それより、アイリスは素敵でしょ?ほら……もっと口説きなさいよ!こういう時こそ本領発揮でしょ?」

「うーん、確かに魅力的だとは思うけど……でも俺言ったでしょ?『僕は彼女に本気だから』って」
「だから、そういうのはいいの!ロベルトはアイリスみたいな可愛い人が似合うって!」
「本当に信じてもらえなんて……一体いつになったら本気だって気づいてもらえるのかなぁ」

ぼやくロベルトをよそに、アドリアーヌの頭の中は混乱でいっぱいだった。

(なんで?なんでフラグ立たないの?というか……悪役令嬢の私が、ヒロインのアイリスと仲良くなって良かったのかしら……)

呆然とするアドリアーヌを見て、ロベルトが悪戯っぽくアドリアーヌの顔を覗き込んだ。

「勇者ってなかなかいい表現だよね」
「ん?」
「いやいや、こっちの話」
「ねぇロベルト。本当、私のことは気にしなくていいから、今からでも遅くないわ!アイリスを口説きに行きなさいよ!」

「はぁ?なんでそうなるんだい?お姫様こそなんで彼女に行くように仕向けるの?そんなに僕が嫌いなの?」
「そういうわけじゃないけど……」
「本気の女性を目の前にしてよそ見はしないよ」
「え?だってあなたそうやって誑かしてきたでしょ?」

「誑かす……まぁ……そうだけど。サイナス様が言っていた女性絡みの案件はもう受けないことにしたんだよ。だから以前の僕とは違うわけ。真っ当にお姫様に向き合おうと思ってね」

まさか自分が原因でロベルトが"その道"から足を洗ったとは思わなかった。

というかゲームでは、アイリスとの出会いでロベルトは改心しハニトラまがいのことはやめ、アイリスと向き合って愛を告げるのではなかったか?

「まぁ、そういうわけだから。今度は舞踏会ではちゃんと踊ってほしいな」
「あぁ……まぁ、機会があれば……」
「そんなつれないなぁ。じゃあ、約束ということでこの薔薇受け取って。お姫様の瞳と同じ色の薔薇をね。じゃあ。また!」

恭しく差し出されたバラを半ば反射的に受け取りながら、アドリアーヌはゲームとは違う流れになっていることに動揺を隠せないのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで

ひーにゃん
ファンタジー
 誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。  運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……  与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。  だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。  これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。  冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。  よろしくお願いします。  この作品は小説家になろう様にも掲載しています。

お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

木野ダック
恋愛
いよいよ食卓が茹でジャガイモ一色で飾られることになった日の朝。貧乏伯爵令嬢ミラ・オーフェルは、決意する。  恋人を作ろう!と。  そして、お金を恵んでもらおう!と。  ターゲットは、おあつらえむきに中庭で読書を楽しむ王子様。  捨て身になった私は、無謀にも無縁の王子様に告白する。勿論、ダメ元。無理だろうなぁって思ったその返事は、まさかの快諾で……?  聞けば、王子にも事情があるみたい!  それならWINWINな関係で丁度良いよね……って思ってたはずなのに!  まさかの狙いは私だった⁉︎  ちょっと浅薄な貧乏令嬢と、狂愛一途な完璧王子の追いかけっこ恋愛譚。  ※王子がストーカー気質なので、苦手な方はご注意いただければ幸いです。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

一番モテないヒロインに転生しましたが、なぜかモテてます

Teko
ファンタジー
ある日私は、男の子4人、女の子4人の幼なじみ達が出てくる乙女ゲームを買った。 魔法の世界が舞台のファンタジーゲームで、プレーヤーは4人の女の子の中から1人好きなヒロインを選ぶ事ができる。 ・可愛くて女の子らしい、守ってあげたくなるようなヒロイン「マイヤ」 ・スポーツ、勉強と何でもできるオールマイティーなヒロイン「セレス」 ・クールでキレイな顔立ち、笑顔でまわりを虜にしてしまうヒロイン「ルナ」 ・顔立ちは悪くないけど、他の3人が飛び抜けている所為か平凡に見られがちなヒロイン「アリア」 4人目のヒロイン「アリア」を選択する事はないな……と思っていたら、いつの間にか乙女ゲームの世界に転生していた! しかも、よりにもよって一番モテないヒロインの「アリア」に!! モテないキャラらしく恋愛なんて諦めて、魔法を使い楽しく生きよう! と割り切っていたら……? 本編の話が長くなってきました。 1話から読むのが大変……という方は、「子どもの頃(入学前)」編 、「中等部」編をすっと飛ばして「第1部まとめ」、「登場人物紹介」、「第2部まとめ」、「第3部まとめ」からどうぞ! ※「登場人物紹介」はイメージ画像ありがございます。 ※自分の中のイメージを大切にしたい方は、通常の「登場人物紹介」の主要キャラ、サブキャラのみご覧ください。 ※長期連載作品になります。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈 
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

処理中です...