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フラグ折りまくってます②

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アイリスがどこかの令嬢とぶつかったのだ。

「すみません!」
「ちょっとすみませんじゃないですわ」
「あの……急いでいて……本当に申し訳ありません。お召し物に汚れはありませんか?」

アイリスは恐縮しながらそう言った。そういえば胸に何か抱えているようだが何だろうか?
「あら、アイリスじゃない。私にぶつかっておきながら急ぎの用って何かしらね」

意地悪そうに女が言うと、その取り巻きと思われる女達もアイリスを責める言葉を口にした。

「まぁ、ルイーズ様の奇麗なドレスの裾がワインで汚れてしまいましたわ!ちょっとあなたハンカチを出して拭きなさいよ!」
「そうよそうよ!」

よく見ればセギュール子爵の娘――ルイーズだった。

以前の舞踏会で嫌味の応酬を繰り広げたので覚えている。

そして、アイリスを虐めている女だ。

今日も流行の赤のドレスに襟ぐりを大きく開け、ある意味金髪に縦ロールに映えている。

一方、アイリスは虐められているせいもあって、びくびくとしながら泣きそうになっている。

「ハンカチは……申し訳ありません。汚れておりまして……」
「はぁ?そんな言い訳通じると思っているのかしら?」

ルイーズは見下したような冷たい視線を投げかけ、意地悪くそう言った。

周りの取り巻き達はアイリスの動揺をくすくすと見て笑っている。

そうして合いの手を入れるように畳みかけていた。

「そんな見え透いた嘘をついて……ルイーズ様を陥れようとするなんて失礼よ!」
「そうよ。そんなにハンカチがないならあなたのドレスで拭きなさい」
「あぁ、それは名案ですわ」
「ドレス……ですか?」

意味が分からないという様にアイリスは呟く。

「そう、そのぼろいドレスなら裾くらい破いても誰も気にしないでしょ?」
「あぁ……それドレスでしたのね?地味すぎてメイド服でも来ているのかと思ってしまったわ」
「あ、失礼。男爵のご令嬢ではそのくらいのドレスしかご用意できないのですわね。失言だったわ」

そう言ってルイーズと取り巻き2人はアイリスを嘲笑した。

だが視線を廊下の方に向けながら少しソワソワしているアイリスを見て、ルイーズ達はさらに苛立ったようだ。

「ほら、早く拭きなさいよ!」

取り巻きがドンとアイリスを突き飛ばし、アイリスのドレスを破こうとしているではないか!

これにはさすがのアドリアーヌも止めに入った。

「ちょっと、言いがかりつけるのはおやめください」
「何よあなた……あ!あの時の!」

ルイーズは前回の舞踏会のことを思い出したようでギリギリと歯ぎしりしながら睨んでくる・

「ごきげんよう、ルイーズ様。覚えていただいていたようで光栄ですわ」
「くっ……田舎貴族が今度は何かようかしら?」
「失礼ながら、先ほどから拝見させていただいておりましたが、アイリス様への態度は行きすぎです。そんなにハンカチがほしいのであれば私のをお使いください」

「な、何よあなた。あなたには関係ないでしょ!?」
「関係なくても理不尽な言いがかり、見過ごせません。それにかかったのは白ワインのようですね。そんなに目立たないですよ」
「それでもシミになってしまったらどうするのよ!」

「あら、ルイーズ様はそのドレスしかお持ちじゃないのですか?それとも……前回も赤いドレスでしたが同じドレス……なんてことはないですよね」
「当たり前でしょ!この間とは違うドレスよ!」

アドリアーヌの冷静な態度が逆にルイーズを煽ったようで、ルイーズの怒りはエスカレートし、語気が荒くなっている。

たかがシミごときで怒り心頭なのは理解できない。

あまりの大人げなさにアドリアーヌはため息をつきながらシミ抜きの秘訣を教えることにした。

「まぁそんなにシミが気になるようでしたら、お塩をのっけて1時間程置けばワインが吸い取られて目立たなくなりますし、あとは炭酸水を浸してという手もありますよ」
「そういう問題じゃないわ!こんなに汚れてしまったら王太子殿下と踊れないじゃないの!」

(あぁ……そういえばクローディスのお妃候補を決めるための舞踏会とか言っていたわね……)

先ほどロベルトの言葉を思い出してそのことに気づいた。

もしここでクローディスと踊ったことを知ったらルイーズはどんな態度になるのだろう。

これ以上話をややこしくして欲しくないと思ったとき、ルイーズの取り巻きが余計なことを口にした。

「そういえばあなた王太子殿下と踊っていましたわね」
「なんですって!それは本当なの⁉」
「はい、……王太子殿下が最初に踊られていたので……ルイーズ様がちょうど席を外していたときだったかたと」
「そうですわね。お化粧を直すためと席を外されたときに……」

取り巻き二人が口にする事実にルイーズは顔を赤らめてそして怒りに震えながら言った。

「私だって踊れないというのに!この田舎貴族ごときが!」

ぱしゃりという音とともにアドリアーヌは頬に冷たいものを感じた。

一瞬何が起こったか分からなかった。

「ふん。そんなにワインの染み抜きをしたいならあなたがすればいいのですわ」

そういわれてアドリアーヌが自分が赤ワインを頭から被ったことに気づいた。

見ればルイーズの手には空のグラスが握られている。

これにはさすがのアドリアーヌも切れた。

「そうですか……そうですね。私は染み抜きは得意ですもの。じゃあ、これはどうでしょうかね!」

アドリアーヌはホールを彩っていた百合の花を花瓶から抜き取ると思いっきりルイーズにぶつけた。

「ふん、そんなの痛くもかゆくもないわ」
「そうですか。あぁ……奇麗な赤のドレスに黄色がよく映えます」
「え?な……何これ!」

アドリアーヌはルイーズのドレスに百合の花粉を付けたのだ。

百合の花粉は一度つくと二度と取れないほどの汚れになる。ルイーズは慌てて払おうとするがべったりとついた花粉は取れない。

赤のドレスということもあり花粉はかなり目立った。

「あぁ……さすがの私も百合の花粉の落とし方は分かりませんの」
「……あなた!なんてことを!」

キッとルイーズがアドリアーヌを睨んだ時、騒ぎを聞きつけたであろうリオネルがやってきた。

それに気づいたルイーズは分が悪いと踏んだのだろう。

慌てつつも、憎々し気に呟いて踵を返して場を離れようとした。

「この田舎貴族!今度会ったらただじゃないわよ!」

慌てた様子でそそくさと立ち去るルイーズを追って取り巻き二人も居なくなると、アドリアーヌはそれを鼻で笑って呟いた。

「おととい来やがれってもんよ」
「あ……あの……アドリアーヌ様……ですよね」
「え?そうよ。それよりアイリス様、大丈夫でした?」
「私は大丈夫です。申し訳ありません。私のせいでドレスが……」

おどおどとするアイリスを見て、アドリアーヌはおどけて言った。

「いいんですよ。先ほども言いました通り、私、染み抜きは得意なんです」
「アドリアーヌ、大丈夫か?」
「あぁ、リオネル様。ちょっとワインを被っただけなんで大丈夫ですよ。それに返り討ちに合わせたんで問題ないです。」
「すまない。ことの成り行きは遠目で見えていたのだが、殿下の元を離れられずにいた」
「いいえいいえ。お仕事ですからね」

にゃー

どこからともなくか細く猫の鳴き声がしたと思うとアイリスが動揺の声を上げた。

「大人しくしないと!」

見ればアイリスの手から子猫が顔を覗かせた。

「まぁ。子猫。どうしたの?」
「迷って舞踏会のホールにいたんです。親猫とはぐれてしまったようで、皆さまも気づかれないのか踏まれそうになっていてどうしても助けたくて。それに……」

子猫はアイリスのハンカチにくるまれるようにしていた。

そのハンカチが血で汚れている。

「怪我をしてしまったようで……早く助けたくて急いでいたのです。それで、ルイーズ様にぶつかってしまったのです」
「まぁ、そうなのね」

どうやらハンカチを出せとルイーズに言われても出せなかったのはこういう事情があったからだと察した。

「私のせいでアドリアーヌ様にご迷惑をかけてしまって。もっとちゃんと言い返せればよかったのですけど、怖くて何も言い返せなくて……」

「あの場面を見逃せなかったのは私が勝手にやってことだから気にしないで」
「でも、私が臆病なせいで。よくルイーズ様にも言われるのです。とろくて何をやってもダメな人間だって。本当にそうです……」

泣きそうなアイリスの手を取って、アドリアーヌはにっこりと笑って言った。

「アイリス様はダメな人間じゃないですよ。お優しいのですね。私のことも心配してくださって、子猫も助けられて。たくさんの人があの場にいたのに誰も子猫に見向きもしなかった。それだけ心が優しい証拠です。アイリス様は決してダメな人間じゃないです。とても優しい素敵な方です」

「アドリアーヌ様……」

アイリスに潤んだ瞳で見つめられて、思わずどきりとした。そしてアドリアーヌはなんだか照れくさくなった。

見つめるだけでこの破壊力……。さすがはヒロインだと思った。

(そうだ!この現場を見ればリオネルも何かを感じるはずだわ)

そう思ってアドリアーヌはリオネルに話を振った。

「ね、リオネル様もそう思いますでしょ?アイリス様はとても心が優しい方なのですよ」
「そうだな。あの場で猫のことなど気にする人間はいないだろう。それに子猫が暴れれば舞踏会自体に混乱があったかもしれない。感謝する」
「そんな……恐れ多いことです」

見つめる二人を見て、アドリアーヌはよしよしと心の中で思っていたがリオネルはすぐに視線をアドリアーヌに戻すと、そっと腰に手をやり、アドリアーヌをエスコートしようとした。

「それよりアドリアーヌ。このドレスでは舞踏会には戻れないだろう。私が壁になってドレスの汚れを見えないようにする。早く帰るとしよう」
「え?いや……リオネル様。アイリス様は?」
「アイリス嬢。人を呼ぶからそのものに子猫を介抱するように伝えよう」
「はい、ありがとうございます」

いい雰囲気になるかと思えば、話が変な方向に流れている。

リオネルはアイリスを気にする素振りもないし、アイリスも特に何も感じていないようでその様子を見て、アドリアーヌ達を見送る姿勢を取った。

「アドリアーヌ様、本当にありがとうございました」
「さぁ、アドリアーヌ。行こう」
「はぁ……」

リオネルに連行されるように歩き出し、アイリスの元から離れると、今度は前方からサイナスがやってきた。

「アドリアーヌ嬢……これはまたずいぶんな格好ですね」
「サイナス様……ははは……ちょっとトラブルがありまして」
「トラブルですか……?」

ルイーズのことを告げ口するような真似はしたくなく、曖昧に笑っているとリオネルが事のあらましを説明した。

するとサイナスは驚いた後に、何か企むように笑った。

「そうですか……セギュール子爵のご令嬢が。まぁ、近々子爵にも用事がありますし、その時にこの件について問い詰めてみるのもいいですね。いい口実ができました」
「はぁ……」

なんとなく言葉の意味が気になったが、サイナスのことにはあまり関わらないほうがいい気もする。

それに何かあればきっとアドリアーヌの仕事として詳細が明かされるだろう。

あまり聞きたくはないが……

「あ、それより。アイリス様の件をお願いします」

(そうだ、リオネルとは何も起こらなかったがサイナスとは何かイベントが起こるかもしれない!)

そう思いアドリアーヌはサイナスにアイリスの元に行くように言ったが、サイナスはそれをやんわり断ってきた。

「残念ながら私はクローディスの元に帰らなくてはならなくて。今来たのも彼があなたを気にしていたからなのです。何かトラブルが起こっているようだから見てきてくれと」

「えぇ⁉帰ってしまうんですか?でもアイリス様は心細そうでしたし……せめてサイナス様がついていてあげるといいと思うのですが……」

「あなたは優しい方ですね。アイリス嬢を庇ってワインまで浴びてしまって、更に彼女の心配ですか?それよりも僕のことも気にかけてくださると嬉しいのですが……」

サイナスの手がアドリアーヌの顎をくいっと持ち上げながら見つめてきた。

普通ならときめくシチュエーションだし、このような少女漫画的展開を自分がされるとは思ってもおらず、アドリアーヌは赤面する。

とにかく恥ずかしかった。

だが、それも一瞬のこと、サイナスの瞳には別の色が浮かんでいるように見えた。

(あぁ……これは「俺の仕事増やすんじゃねー。とっとと帰れ」っていうのが見える)

アドリアーヌのときめきの表情が一転して乾いた笑みに変わったのを見ると、サイナスは満足そうにして手を離した。

多分、アドリアーヌの反応を見て楽しんでいるのだろう。

(くぅ……このドSが!)

だがアドリアーヌの反応等どこ吹く風でサイナスはにこやかに微笑む。

「リオネル。アドリアーヌ嬢をよろしくお願いしますね」
「はい、承知しております」
「では、二人とも、気を付けて」

かくして、アドリアーヌはリオネルと共に家に帰ることとなった。

家に帰ったアドリアーヌはまずドレスの染み抜きをすることにした。

だいぶ時間が経ってしまい、リオネルに染み抜きができるか不安を言ったせいか、話を聞いたらしいクローディスからはメッセージが届いた。

『大丈夫だったか?災難だな。ドレスは今度新しいのを贈る。気にせず捨てろ』とのこと。
だが、さすがにいただいたものを捨てる気にもならず、アドリアーヌはせっせと染み抜き作業に勤しんだ。

「それにしても……ゲームでは確か舞踏会でイベントが起こったはずなんだけどなぁ……」

首を傾げてゲームのことを思い出す。

そして気づいた。

アイリスを悪役令嬢の言いがかりから庇うイベントはリオネルのフラグだと。

そしてアイリスを心配して「心優しいですね」と慰めの言葉をかけるのはサイナスのフラグだと。

「ああああああああ!私がフラグ折ってどうするんだあああああ」

あまりの事実に脱力し、アドリアーヌは思わずがっくりと項垂れた。

だが、女々しく過去を悔やむような人間ではないのがアドリアーヌだ。

「そうよ……まだロベルトのフラグが残っている!これにかけるしかない!絶対にフラグを成功させるわ!」

アドリアーヌは染み抜きのために握った布巾を握りしめてそう決意したのだった。
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