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姫というより勇者-Sideロベルトー②
しおりを挟むその後もロベルトはアドリアーヌを落とすべく色々と理由をつけてはムルム伯爵邸へと通っていた。
確かに最初の目的は「アドリアーヌをどうしたら落とせるか」が目的であったが、徐々にアドリアーヌとの穏やかな時間が楽しく、ほぼ日課のように訪れるようになっていった。
最初、アドリアーヌもロベルトが会いに行く度に固まっていた。
アドリアーヌはロベルトと顔を会わせたくないようで、居留守を使われたり仕事の都合で手が離せない等と言い訳されて面会を断られる。
しかし、そんな時はアドリアーヌの同僚であるマーガレットというメイドに切なげにアドリアーヌに会わせて欲しいと懇願すれば、彼女自身「アドリアーヌ様には幸せになって欲しいのです!私がお手伝いします!」と恋のキューピッドよろしく何故か意気揚々と引き合わせてくれた。
その言葉だけでもアドリアーヌがいかに使用人たちに慕われているのかが窺い知れる。
キッチンからほかの使用人……確かファゴと言ったか、そういった仲間達とも楽しそうにお喋りをしていることも度々であった。
その表情があまりに自然体でロベルトはますますアドリアーヌを気に入った。
(久しぶりにあんな風に屈託なく笑う女性の顔を見たなぁ)
ロベルトの周りには自分に色恋を期待した目で見るものは絶えない。
金髪碧眼。
王子とも称される自分の容姿は情報を得るために活用できるものであったが同時に女性からは恋愛を期待させるようなもので、女たちは媚を売る視線しか寄こさない。
だからこそアドリアーヌの純粋な心からの笑顔は新鮮に映ったのだった。
また食べ物……特に野菜や果物を持って行った時の目の輝きはロベルトを楽しませる一つだった。
だが半面、会う度にアドリアーヌの塩対応が加速していくのは気のせいだろうか?
最初は固まったのちなんとか引きつった笑みを浮かべていたアドリアーヌだったが、最近では明らかに「うげっ」という表情を浮かべる。
それも面白かったのだが、次には
「ロベルトさんって……暇なんですか?」
と呆れ顔で言われる。
更に
「私思ったんですけど、コンサルなんてしなくてもロベルトさんが普通に働けば売り上げ三倍になりますよね?」
とか
「時間は有限ですからもっと有効に使うべきですよ」
等と生活指導もされるのだ。
貢ぎ物という名の野菜の差し入れをして
「君に会うために使う時間は有効だと思うよ」
と甘い言葉を囁けば
「あぁ……そういうの、私本当に結構ですから。そういうのはもっと違う人に言ってください」
とか
「精神的に疲れますので……そろそろ無理に来なくてもいいですよ……。コンサルはちゃんとやるので」
などとつれないことを言う始末だ。
(本当……こんなにつれないと……逆に腹も立たないものだな)
すがすがしいまでの塩対応に、思わず心の中で賞賛にも似た思いを抱いてしまう程だ。
例え塩対応だとしてもアドリアーヌに会いたくなる。
その理由の一つにはアドリアーヌの作る魅惑の料理の効果も高いかもしれない。
差し入れをすれば必ず「等価交換ですから!」と言って差し入れのものを使った料理を振る舞ってくれる。
それがまた美味しくて、時には珍しい菓子なども作ってくれる。
そんな飴と鞭のようなアドリアーヌ態度に翻弄されながらもそんな自分も悪くないと思うようになっていったのだ。
最近では引きこもりだと聞いていたムルム伯爵の孫であるクリストファーもロベルトの邪魔をしてくるようになった。
調べたところでは、クリストファーもアドリアーヌの行動によって引きこもりを脱したようだった。
(それにしても気位の高い貴族って感じじゃないんだよな。ムルム伯爵家の使用人とも仲がいいようだし……)
そんなことを思いながら今日も独占欲バリバリのクリストファーと思わず大人げなくもアドリアーヌをめぐって静かなバトルを繰り広げた。
(独占欲ってわけじゃないんだけど……なんかお姫様を取られるような気がするんだよなぁ)
不思議な感覚に襲われながらそう思っていると、アドリアーヌは我関せずという感じで暢気にリンゴの皮をむき始めた。
あまりに鮮やかな手つきなのでロベルトは思わずその理由をアドリアーヌに聞いていた。
「お姫様、包丁捌きが綺麗だね。お姫様は貴族なのに、なんでそんなことができるんだい?」
「うーん……そうですね。まぁ、趣味が高じてみたいなものですね」
「へぇ……趣味ねぇ」
(趣味ってレベルか?なんか更に突っ込めば面白いことが聞けるかも)
ロベルトの好奇心がうずく。
「でも、貴族のお姫様が使用人の真似事って……ムルム伯爵は何も言わないのかい?貴族のお姫様なら大人しくしていた方がいいんじゃないの?」
「それは……」
ちょっと歯切れ悪く言ったアドリアーヌの言葉に、ロベルトは再び大笑いをすることになる。
アドリアーヌは言葉を濁していたが、ムルム伯爵の台所事情についてはロベルトは情報網から入ってきていたので知っていた。
つまりは貧乏なムルム伯爵の経済を立て直すという賭けをリオネルとしたというのだ。
その一環でメイドの真似事……と言うには本格的すぎるが、メイドとして働いてリオネルに認めてもらうということだった。
(なるほどね……貴族のお嬢さんっぽくないけど、プライドはあるんだなぁ。と言うか……負けず嫌いなのかな?)
理由は分かってもそういう賭けをしようという発想も、メイドをする発想も、やはり型破りでしかない。
これを笑わずしていられるだろうか?
その後判断基準を決めていないとか成果物の納入には等意味不明なことを言っては青ざめている様子を見てロベルトは慰めの言葉をかけていた。
「もし仕事がなくなっても俺が養ってあげるよ」
だが、「はぁ?」という怪訝な表情を浮かべてアドリアーヌは声高らかに言った
「男の人に養っていただかなくても自立できるので大丈夫です。ってか男の人が女を養おうっていう発想が嫌いですね。男女は平等であるべきです」
「はぁ……そんなもののかい?」
「えっ?支えあって生きるのが結婚だし家族だと思うのですけど……」
違うんですか?と首を傾げる様子にロベルトの価値観は完全に崩壊し、脱帽しかなかった。
(これは……多分賭けはリオネル様の負けだね。これだけの価値観の違いと規格外の行動と素直さを見せられたら、正直でまっすぐな性根のリオネル様なら受け入れるだろうからなぁ)
そして、ロベルトの予想通りアドリアーヌはリオネルとの賭けに勝った。
アドリアーヌは今度はロベルトとの約束を果たそうと売り上げ三倍計画へと着手してくれた。
売り上げ向上計画書と銘打たれた資料を見て、あまりの真っ当さと少しの意外性のある提案にロベルトは舌を巻くしかなかった。
(想像してたけど……結構完璧だ……)
不意にこの間サイナスが言ってきた一言を思い出した。
―――
彼はロベルトにアドリアーヌについて調査して欲しいと言ってきたのだ。
「なんでですか?」
「これを」
そこに出されたのは綺麗な文字で綿密に練られた何かの計画書だった。
内容を読めばすぐに分かった。ムルム家の財政立て直しの計画書だ。
「これは……お姫様が書いたものですか?」
「お姫様……はっ、確かに世間知らずのお姫様というところだな。でもこの能力、使わない手はないだろう?」
サイナスは嘲るように言った。
その様子にロベルトはらしくもなく腹が立った。
サイナスは彼女の何を知っているのだろうか?
屈託なく笑うアドリアーヌの笑顔がロベルトの頭をよぎった。
「……まさかですが、彼女を巻き込むつもりですか?」
「まぁ……駒の一つにはなるだろ?それよりこれは契約に基づく依頼だ」
「……分かりました。調べてみますよ」
―――
そしてロベルトは再び意識をアドリアーヌに戻した。
アドリアーヌは鼻息も荒く、プレゼンをしたのちにどんとテーブルを叩いて言った。
「それで売り上げは三倍にはなると思う」
「まぁ、確かに完璧な計画だね」
「あなたがもっと真面目に仕事すれば売り上げは五倍に跳ね上がるわよ」
冗談めかして言うアドリアーヌにまたもロベルトは自然に笑みを浮かべてしまう。
ここで関係を終わらせるのはもったいない。
今までは頑なにロベルトを拒否して苦虫を噛みつぶしたような表情しか浮かべなかったアドリアーヌとの関係はかなり良好となり、今では軽口を言ってくれるようになった。
(もう一手必要かな?)
だからロベルトはこう提案してみた。
「これを実践したいけど、具体的にどうすればいいか僕には理解できないから、一緒に教えてくれないかな?」
「げっ……」
「何その反応……俺と居るのは嫌?」
「うーん、嫌かなぁ」
「……ずいぶんはっきりと言うね……」
「だってあなた、真面目に話聞いてくれそうにないもの」
「信用ないなぁ」
「あなたの行動のどこを取れば信用できるの?」
手ひどい仕打ちも面白いと感じてしまうのだから自分はだいぶおかしくなってきている。
このまま断られては困るのでロベルトは先手を打った。
「だって売り上げを三倍にしてくれるんでしょ?……それとも計画だけ立てて未達ってことでいいの?」
これはアドリアーヌの真面目で責任感が強い性格を鑑みての言葉だった。
アドリアーヌはロベルトの思惑通り頷いて了承した。
「くぅ……卑怯よ」
「俺は真っ当な要求をしただけだよ」
「えーえー分かったわよ!!みっちり仕込むから覚悟しなさい!」
最後には人差し指を突き付けられてそう宣言されてしまったが……。
(それに、サイナス様の依頼もあるしね)
これまで自分は人に執着してこなかった。
他人に依存することも関わることもしたくない。
心の一線を越えたくなかった。
誰かに心を明け渡して、また裏切られるかもしれない。
裏切られるくらいなら裏切る方がましだ。
そう思っていたロベルトにとって、アドリアーヌに執着し始めている自分の心に戸惑いを覚えていた。
だから隠そうと思った。
サイナスの依頼によってアドリアーヌという人物を調査するのだと。
(本当は一緒の時間をもっと過ごしたいなんて……俺は思っているはずはないよな)
翌日からアドリアーヌは精力的に売り上げ三倍計画に取り組んでいた。
フラワーアレンジメントを導入し、少し珍しい花も仕入れる。
〝特別な花束を作ります〟のキャッチフレーズは老若男女問わず受け入れられ、客層も増えた。
水揚げなどの花の管理も仕込まれ、廃棄する花も減った。
(これまでまともに花売りしてなかったからなぁ……なんか新鮮かも)
ロベルトにとっては花売りは仮の姿だったし、女の興味を引くための一つの小道具に過ぎなかった。
だが、この生業が楽しいと思うくらいにはアドリアーヌに感化されていると言えた。
「お姫様に来てもらえて売り上げも上々だよ」
「それはよかった。といことで、私もそろそろお役御免でいいわよね?」
「それは嫌だなぁ。お姫様と離れたくないって言ったら本当だと思ってくれる?」
「そう言う冗談は他の女性客に言って。そう言う冗談をあなたが言うから私が刺されそうになるのよ」
ロベルトは半分本気で言っているのだが、これまでの所業を考えると彼女には届いていないのは明らかだった。
「僕は彼女に本気だから、お誘いは今度にね。ごめんね」と女たちの誘いを断って真面目に働いているつもりだが、その誠意はアドリアーヌには伝わらないようだ。
「うーん、本気なんだけどなぁ。どうしたら信じてもらえる?」
「そういう軽口を言うところが本気じゃない証拠じゃない。いいから仕事して。ほら、あなたの常連さんが来ているわよ」
「仕方ないなぁ」
アドリアーヌはいつも通りの塩対応ののち、再び花売りの仕事に戻ってしまう。
仕方ないなぁという言葉は本心だった。最近では女の対応も面倒に思うようになっていた。
これまでも面倒だとは思っていたが、アドリアーヌとの時間を邪魔されると言うだけで不愉快にも思う。
今日声をかけて来たのはサリィという男爵令嬢だ。
この間セギュール子爵という人物の周辺を洗うため、彼女から情報を引き出すために付き合ったのだ。
「ロベルト、私に会う花は何?」
「そうだね……君は一番可愛いものが似合うよ。君だけに特別いいのを選んであげるよ」
微笑みを張り付けて適当に花を選ぶ。
笑うサリィを見てロベルトは思った。
(俺の心はここにないのに。そんな熱っぽい目で見て……哀れだな)
だが、と不意に思った。
アドリアーヌの心は自分にはない。だが、それでもアドリアーヌの姿を目で追ってしまう。
だから少しだけサリィの報われない気持ちに同情を覚えた。
「ほら、やっぱり君は可愛いものが一番似合うよ」
同情を込めて満面の笑みを浮かべてからそっと手を握り、去って行くサリィを見送ったロベルトは何かわからない虚しさを感じてその後ろ姿を見るともなしに眺めていた。
するとアドリアーヌの叫びにも似た言葉でそちらを振り向く。
「リ……リオネル様?」
「アドリアーヌ……どうして君が……?」
そこには動揺しているリオネルとやはり同様の色を浮かべるアドリアーヌがいた。
そしてその傍らにはいつもながらに何かを企んでいるような、そしてそれを感じさせない王子のような笑みを浮かべるサイナスの姿がある
(サイナス様……なぜここに?)
平静を装ってサイナス達に近づけばサイナスは何食わぬ顔でこう言ってきた
「あぁ、ロベルト。久しぶりだね。評判の花屋を見に来たら君の店だったんだね」
「そうなんだ。どう?フラワーアレンジとかいいアイディアだろ?ラッピングもこだわっているんだ」
「確かにいいアイディアだと思うよ。それで……まさかあなたが発案したんじゃないよね?」
「ご明察通り。彼女が僕のコンサルタントだよ」
アドリアーヌのことは報告済みだったが、敢えて知らないふりをしているのは何か企んでいるに違いない。
最後にはアドリアーヌに何か話があるとムルム邸へと連れて行こうとする。
その時にロベルトの中に焦燥感が生まれた。
独占欲と言ってもいいかもしれない。
「じゃあ、そういうことで、伯爵邸に向かうとしよう。あぁ、ロベルト、彼女は今日は上がってもらうけどいいかな」
「ん?分かりました。これは貸しですよ。僕から僕のお姫様との時間を取り上げるんだからね」
思わずそう強調すれば、サイナスは一瞬驚いた表情を浮かべ、そして何かを察したように答えた。
「はは。『僕の』とは……またずいぶん大きく出ましたね。あなたが本気になるのを見るのも楽しそうですが、それはいずれまた」
それは牽制でもあったかもしれない。
だがサイナスとの〝契約〟がある限り、彼の思惑を崩すことはできない。
(はぁ……何か嫌な予感もするけど……今は見守るだけ……かな)
何かもやもやとする気持ちを抱えながらロベルトは少しだけ自分の中に芽生えた焦燥感を隠しつつ、アドリアーヌが
連れて行かれるのを黙って見るしかなかった。
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