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姫というより勇者-Sideロベルトー①

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ロベルトがアドリアーヌのことを知ったのは街で偶然見かけたことがきっかけだった。

(なんだろう……あの子きょろきょろして……メモを取ってなんか書いているけど……記者か何かか?)

何気なく見ていると一生懸命店の人間と話をしたり、何か商品を物色するようにしてみては買うことなく次の店に移っていっている。

明らかに挙動不審だ。

何かネタを追いかけている記者かとも思ったが、そもそも女性がそのような職に就くのは稀だし、この街でそんな目立つ人間の話も聞かない。

しかも彼女は明らかに貴族の女性だ。

質素な身なりをしているが、その立ち振る舞いや姿勢を見ればその辺の下働きの女のそれではない。

少し釣り目のだがいわゆる美人系なのも目を引いた。

「あら~ロベルト」

花屋として荷台に腰を下ろしながら彼女を見ていると不意に甘ったるい声がしてそちらを見れば、いつぞや相手にした女だった。

その女は高級娼館で働いており、貴族の裏情報を豊富に持っていることから何かと情報を引き出している女だった。

(あぁ……面倒だ)

ロベルトは表向きは花屋。

そして裏家業としては貴族の汚点を探るような情報屋とも言える仕事を生業としていた。

諸事情があり、現在は宰相候補のサイナスの命に従って情報を集めている。

いわゆる影とも呼ばれる存在だ。

その仕事の一環で女と閨を共にすることも、相手をその気にさせて情報だけを得ることも多い。

「会いたかったわ。今度はいつ来てくれるの?」
「あぁ、君に会うための資金作りの真っ最中だよ。ほら、花はどうだい?君に似合う花だよ」
「うーん、それより早くもっと会いたいの」

女の甘い声を聞いて辟易する。

だがそういうノリは嫌いではないし、自分も楽しんでいる節もある。だがその反面女性を冷めた目で見ている自分もいる。

どうして自分のような男に心を許すのか?理解できない。

女はぎゅっと抱きしめてきたので、ロベルトも笑みを浮かべながらそれを受け入れ小さくキスをすると、女は満足したように帰っていく。

(っと、今度はあっちの子か。確か……)

今度は別の方向からまた違う女がやってきてロベルトに手を振る。

ロベルトは瞬時に頭で情報を整理した。

相手も自分も割り切った関係ではあるが、それでも最低限の礼儀として相手が何者でどんな会話をしたかくらいは覚えているし、それを他の女性と間違って接することはできない。

別の女からの誘いをうまく躱した時に、先ほどの貴族らしい正体不明の女と目が合った。

青い髪は絹の様に美しく、青い瞳は力強かった。

貴族の女性としてはロベルトがあったこともない類の女性でそれだけでもロベルトの興味はそそられていた。

その女性はロベルトを見る。ロベルトは愛想を浮かべていつものように女好きのする甘い微笑みを浮かべた。

が、その貴族の女性と思われる女はものすごい表情をした。

軽蔑とも毛虫を見るような感じとも、この世のものとは思えないようなものを見たような。

しいて言うなら彼女に吹き出しをつけて「ゲェ」と書いているであろう表情だった。

「そこのお姫様、お花はいかがですか?」

素通りする彼女を引き留めたくてそう声をかけるがスルーされる。

ロベルトは少し腹が立った。

貴族としてふんぞり返っている気位の高い女か。

だが彼女は心底不思議そうに言ったのだ

「何か御用ですか?」

そしてややあってから。

「お花なら買いませんよ?」

と、また普通に言った。

なんの感情もなく「お天気ですね」「そうですね」くらいの普通さで言うのでロベルトもなんで声をかけたのかよく分からずに戸惑ってしまった。

「え?あぁ、花……。いや、君みたいな可憐な女の子とお喋りしたいと思ってね」
「はぁ……」
「ねぇ、街は初めて?ずっと気になっていたんだよね、それ」

足早に行く彼女にくっついて歩いきながら今までの疑問をぶつけてみると、意外な答えが返ってきた。

「さっきから一生懸命何かメモをしていたけど、どうしたのかなぁって思っていてね。探し物なら一緒にお店を紹介してあげようか?」
「いえ、探し物じゃないんです。ちょっと底値を調査していて」
「底値?」

意味が分からない。

なぜ貴族のご令嬢と思われる人間が底値を知りたいのか。

一瞬底値の意味を脳内で反芻するくらいだった。

「え?だって君貴族のお嬢さんでしょ?なんでまたそんな事しているのさ」
「初対面の人にそんな事を言う必要は感じないですけど」
「まぁまぁ、そんなに警戒しないで。僕は割と情報通だから、この街のことならある程度分かるよ。……底値だね。じゃあ、そのお店に連れて行ってあげるよ」

今度はものすごく胡散臭いものを見るように自分を見るので、ロベルトは再び貴族の女に興味を惹かれた。

あまりに執拗について行ったせいか、今度は女は自分の言葉をスルーするようになった。

とりあえず言葉巧みに彼女についていくことにして、調べているという底値の店に連れて行くと、今度は彼女の顔が輝く笑顔に変わった。

目がキラキラしている。

先ほどロベルトを胡散臭そうに見ていた表情とは全く別の表情がそこにあった。

そしてなんとその場で値切り交渉を始めたではないか! 

(えっえっ?値切ってる?それに俺の微笑みより野菜の方が魅力的なのか⁉)

あまりの展開にロベルトは心の中で爆笑してしまう。ひと段落交渉成立したのちに、おずおずと言いにくそうに彼女は言った。

「あの……それで……何か見返りとか……必要ですよね……お金あんまり持ってないのですけど……」
「あはは、本当に気にしないで!言ったろ?趣味みたいなものだよって」
「私で何かできることならある程度なら力になりますけど」
「じゃあさ……君が欲しいものを教えてもらえるかな?」
「私が欲しいもの……ですか?」
「うん」

本当は見返りなんてどうでもいい。

だが貴族なのに貴族らしくない様子と底値を知り更に値段交渉するという意味不明な行動、そしてくるくる変わる表情を見ていたら、何故かもっと彼女を知りたいと思う気持ちが出てきた。

さながら久しぶりに楽しいおもちゃを見つけたような感覚だった。

何が欲しいか聞いてみる。

宝石か、ドレスか。はたまたロベルト自身か。

大抵の女はそういうのを要求してくるのだが、彼女は更に斜め上を行く回答をしてきた。

「野菜の苗が欲しいです」
「苗?」
「はい。えっと……これでお礼になってますでしょうか」

本気で言っているのか一瞬疑う。だが目の前の女は真剣そのものだ。

また心の中で大爆笑してしまう。こんなに愉快な気分なのは久しぶりだ。だが、これで彼女との繋がりができた。

「ははは……本当に面白い子だな。しばらくは退屈しなさそうだし。……彼女のこと調べてみようかなぁ」

彼女を見送ったのち、ロベルトは思わずつぶやいていた。

彼女を逃す手はない。調べてその身元を割る価値はある。ロベルトはそう思うと早速に情報収集を始めた。


※   ※   ※


女はアドリアーヌ・ミスカルドという女性だと判明した。

元はグランディアス王国の公爵令嬢で、今はムルム伯爵の元に身を寄せているという。早く会いたい……などという
不思議な感覚に襲われながら野菜の苗を手に入れてアドリアーヌの元を訪れた。

この時期に植物の苗を手に入れるのは少し困難だと思われるだろうが顔の広いロベルトには野菜の苗の入手など朝飯前のことだ。

「やぁ、お姫様。約束の品を献上しに参上しましたよ」

その時のアドリアーヌの顔はまた見ものだった。

明らかにロベルトの出現にとまどい一瞬固まったのが手に取る様に分かった。

そしてなぜ自分がこの屋敷にいるのかをぶつけてきたので種明かしをすると、今度は少し絶望といった表情を浮かべる。

(いや……なんでそんなに俺を避けるんだろう?何かしたかな?)

思わず不安になってしまうくらいにはアドリアーヌの絶望が見て取れた。

だが、アドリアーヌが野菜の苗に目を向けた次の瞬間、その顔が破顔した。

「ありがとう。まさか本当にもらえるとは思えなかったからすっごく嬉しい!」
「喜んでもらえてよかったよ」

(まさか本当に苗を喜んでくれるなんて……嘘だろ?)

しかも高価なものだと分かったようで今度は金を払うと言ってくる。

単に提案すると言うより、手持ちがないと泣きそうになって言ってくるのだ。

正直苗にそこまで感謝されるとは思ってないし、本気でお金がなくて困っているようだった。

「そっかぁ……お金……ねぇ。貴族のお姫様の趣味ならば苗なんて簡単に手に入るよね……?」
「まぁ、事情があるのよ。で、お代はいくら?出世払いにしてもらえるとありがたいのだけど」
「お金はいらないよ。言っただろう?女の子の喜ぶ顔が見たいって。でもどうしてもっていうなら……何をくれるかい?例えばデート……でもいいんだけど」

(今度は食いついてくるかな?さすがにこれだけ動揺してなんでもしたいと言ってくるんだ。デートなら簡単だし、すぐに乗ってくるはずだ)

もしデートの誘いに乗ってくればその程度の女で興ざめだ。

それならそれでもいい。ロベルト自身も女には執着するようなタイプでもないからだ。

だが、アドリアーヌはまたしてもロベルトの斜め上を行く提案をしてきた

「デートはできないけど、ちゃんとお代に見合ったものは差し出すわ」
「へぇ、それは何だい?」
「貴方のお花の売り上げを現在の三倍にしてあげるわ」

あまりの言葉にロベルトはまた何を言われているか少々脳内で処理をした後、今度は思わず盛大に笑ってしまった。

「……は……ははははは!お姫様、本当面白いね!そうきたか!」

ツボに入ってしまい、お腹を抱えながらひーひー言いながら笑った。

自分がこんなに笑うのはいつぶりだろうか。

笑いすぎて涙が出てくるほどだ。

まさかお礼が売り上げの3倍にするという提案だと誰が思うだろうか?

「はぁ……久しぶりに笑ったよ。うん、やっぱりお姫様は面白いね。」
「本気で言っているのに……」
「うん、わかってるよ。じゃあ、それをお代にしてもらおうかな。」

ここで断って縁が切れるのも勿体ない。

それにどんなふうに売り上げを三倍にするなどと言うことを言うのか、そちらにも興味を引かれた。

「計画書は追って作るわね。今はリオネル様の対応で忙しいから……」
「リオネル様?あぁ、王太子様付きの近衛兵の騎士様か」
「知っているの?」
「まぁ、ね」

そこでリオネルの名前が出るのは意外だった。

確かにリオネルとムルム伯爵は親交がある。だが、それがアドリアーヌとなんの関係があるのか?

(リオネル様の対応……なんだろう?それにしても……本当お姫様は俺を飽きさせないなあ)

少し調べてみようと思うことにしてロベルトは今日のところは退散することにした。

帰り道はなんだか満たされた気持ちになって足取りも軽い。

次はどんな反応を見せてくれるのか……そうわくわくした気持ちになるのは与えられた目新しいおもちゃを遊ぶような感覚だ。

(次に会う時は何を持っていけば驚いてくれるだろうか?お姫様を落とすためにはどうしたらいいかなぁ)

そんなことをあれこれ思いながらロベルトは街へと戻るのだったが、まさかあれほどの塩対応をされるとは、この時のロベルト自身には知らぬことだった。

そしてアドリアーヌに対する考えが変わっていくとも、この時のロベルトには予想もつかないことだったのだ。
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