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見てはいけないものだった…③

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男はサイナスに後ろを取られた上に、刃が首に触れた男は微動だに動けないでいる。

「わ、分かった。確かにメイドは俺の女だ。でも……お前が金をくれるならもっと情報を探ってやってもいいんだぜ。実際あの女は役に立っただろう?悪い取引じゃないはずだぜ?」

「なるほど……このままではお前には後がないということか。だが俺は金で動く人間は信用できない。雇い主を売ろうとしている根性も好きじゃない」

そう言うサイナスの瞳は氷の様に冷たく、それと反対に顔には嘲るような表情が浮かんでいた。

それはアドリアーヌの知るサイナスとは全く違うものだった。

「悪いがこの取引は決裂だな」
「痛てっ!」

サイナスは男の首筋をサーベルで浅く切った。

血がジワりとにじむのを見ながらサイナスは薄く笑った。

「あぁ……そう言えば俺は力が弱い分毒には詳しい。このサーベルにも毒が塗ってある。今回はしびれ程度にしておくが、次に会った時には毒殺も持さないこと、その覚悟で挑んできな」
「くぅ……」

そのまま男は力なく倒れ、辺りにはどさりというくぐもった音が響いたのちに静寂が訪れた。

その男のみぞおちにサイナスは一発蹴りを入れてから、小さくため息をついて踵を返しアドリアーヌの元へと向かってきた。

(やばい!やばいやばいやばい!これって絶対に見てはいけないものだ‼)

そう思って逃げようとしたが一歩遅かった。

「お前……」
「えっと……えへへへへ……」

冷えた表情のままサイナスは近づいてきたと思うとアドリアーヌを壁際に追いやり、覆いかぶさるようにして一つ腕で壁を叩いた。

(これって……いわゆる壁ドン……。って全然ときめかないんですけど!)

むしろ命の危険さえ感じる。

「今見たよな……」
「いえ……私は何も見てない……ですよ……はははは」
「…………」

サイナスに無言で睨まれアドリアーヌは首をぐったり落としながら白状した。

「はい……見ました……」

これはやっぱり見ていけないものを見てしまったのだ。

断罪ルートか……はたまたいきなりのDEAD EDか……

正直泣きたい気持ちだったアドリアーヌの耳に突然ロベルトの明るい声が割り込んできた。

「サイナス様大丈夫?……あれ?お姫様?どうして?」
「ロベルトまで⁉」

ロルトが来てくれたのは天の助けか……。

だが先ほどの話だとロベルトもサイナスとグルのようだった。ということはピンチはピンチのままのようだ。

「ははは、とうとうサイナス様の化けの皮も剥がれたってわけだね」

この状況に動揺することもなく平然と笑いながら言うロベルトを一瞥したのち、サイナスは再びアドリアーヌに視線を移した。

「もう一度聞こう。お前……見たよな」
「見てないって言って信じては……くれないですよねぇ……」

サイナスは小さくため息をついたのち以前の様に耳に口元をつけて囁く。

以前はときめきが出るシチュエーションだったが、今日は違う意味でドキドキと動機が止まらない。

「お前が選ぶのは二つ。俺の元で働くという選択肢」
「嫌な予感しかないので聞きたくないですけど……もう一つは?」
「さっきも言っただろう?俺は毒が得意だ。なんの証拠もなく病死で片付けられる案件なんて山ほどやる」

それは言外に「お前殺すぞ」と言われているようなものだった。

さすがにそう言われてしまっては、アドリアーヌも了承しなくてはならない。

「働く……というのは具体的には?」
「話が早くて助かる。のこのここんなところまでついてきて現場を見るような馬鹿かと思ったが、案外脳みそは詰まっているんだな」
「それはどうも……一応少ないですけど脳みそはあります」

思わず憎まれ口を叩いてしまうのはもう性格だろう。

そうしてこのどうしようもない状況で、アドリアーヌも開き直った。

そんなアドリアーヌの態度に苛立ったのかサイナスは小さく舌打ちをしていった。

「ちっ……早々に開き直りやがって。もう少し怖がってろ。……働くというのは以前も言っただろう、王宮だ」
「王宮で?なんで……」
「お前がそれを知る必要はないだろ?立場、分かってんのか?」
「う……はい……」

「まぁ、一つ言うならばお前を監視するのが目的だな。俺の本性を言うことや今日のことを言うなんていう下手な行動しないように見張る」

「言わないって言っても」
「信用すると思ってんのか?」
「ですよねー」

アドリアーヌは泣きそうになりながらも一つ頷くと、サイナスを身を話してロベルトに言った。

「というわけだ。日中はなるべくこいつを監視する。ロベルト、お前も協力しろ」
「まぁ僕はお姫様と一緒に居れるならなんでもいいけど」

サイナスはぶっきらぼうに、ロベルトは楽しそうにアドリアーヌを見て笑って言った。

だがここで単純に従うようなか弱い女ではないのがアドリアーヌという女だ。

そもそも前世のアドリアーヌは社畜として働き、過労死したという過去を持つ。

アドリアーヌとしては現状の命の危険もだが、将来的な命の危険も回避したい。

だから条件を付けることにした。

「じょ、条件があるわ!」
「条件?」

サイナスの眉がピクリと動いた気がしたが、アドリアーヌは迷わず言った。

「そうよ。労働をするには条件が必要よ。働かされて死ぬのはもうごめんよ。そこで労働条件の協議を申し入れます!」
「はぁ?……なんだ?金ならそれなりに弾む」
「それもありますが……まずは一日の勤務は八時間、昼休憩は一時間でいいですね」
「……それだけ働いてもらえば問題ない」

「あと残業はしますが月五十時間までに抑えていただくことを要求します。それと残業代ももちろんお支払いください」
「……分かった。支払う」

「あと、この契約を永遠してもらうのは嫌です。ある程度私を信用してもらえたらこの労働契約は解除していただきたいです!」

「なんだと?立場……分かってるんだろうな?」

「それとこれとは話は別です!労働は慈善事業じゃないんですよ!」

アドリアーヌとしても永遠このような監視された一生を終えるのは嫌だ。

それになんとなくサイナスは何かの目的を持って動いているようだし、忠誠を誓わないような人物を長期間手元に置かない主義であるのは先ほどの男との交渉で感じた内容だった。

だからアドリアーヌが信用にたる人間で、かつサイナスの目的が達成されれば無事無罪放免になると推測したのだ。
それを伝えるとサイナスはため息をついた。今度は心底面倒くさそうなため息だった。

「チッ、分かった。契約解除も視野に入れる」

「雇用期間及び条件については一か月更新にしてください。一方的な更新の場合には私にも考えがあります!ということで更新及び労働条件については双方の合意の元で成り立つということで」

「……もう分かった。なんて女だ……クローディスが〝気の強くて口の減らないこざかしい女〟と言っていた理由がよく分かる」

サイナスは今度は呆れた顔でそう言った。

何かディスられたことは分かっているが、反論はしない。命は大事だ。

だからアドリアーヌはツッコむこともなく受け流した。

「ははは!本当お姫様って面白いね。サイナス様も形無しだ」
「ロベルト、うるさいぞ」
「まぁまぁ、あんたが執着していたお姫様が手に入ったんだから結果オーライってものじゃないですか?」

今度はロベルトが誉め言葉のようなニュアンスの言葉を口にしてくれたが、こちらに関しては本当どうでもいいので受け流しておく。

こうしてアドリアーヌはまた偶然とも必然ともとれる運命の流れによって攻略対象と関わることになってしまった。

アドリアーヌは自分の命の危機が去ったことより、こう強く思って泣きたくなった

(あぁ……さらば私のスローライフ……)

上を仰ぎ見ればもう夜の帳がおり、星だけがアドリアーヌに同情の目を向けていたのだった。
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