29 / 74
波乱の幕開ってやつですね③
しおりを挟むアドリアーヌはこれまで集めて資料をまとめてヘイズの店に対して今後の方針を詰めていく。
「やはり価格帯を見ると妥当な路線ですね。もう少し下げても差別化を図るにはいいとは思います」
今考えているのは帽子の素材で使うレースや刺繍類である。
最近は大ぶりの帽子も人気でそれにあしらう装飾品としてレースやフリルリボン、刺繍も人気である。
地方で制作された少し凝ったデザインのものをあしらって帽子を売りたいのだが、どうしても価格が高くなってしまう。
「ですが、これ以上は原価もギリギリで……やはりもっと安価な素材に変えたほうがいいでしょうか?」
「素材の質を下げる問うことですよね。でもせっかくようやくブランド化が出てきているのでそれで質を下げるのは良案とは言えないでしょう。価格を下げるといったんは売れますが長続きはしないでしょうし、次に価格を上げづらくなる。他社でもさらに粗悪で安価な商品が出てきてしまう原因にもなりますし」
「そうですか……」
「せめて資金面で持ちこたえられるだけの店の体力がもう少しあれば話は変わるのですが。ここはもう中流層にターゲットを絞ってしまい、既製品を量産するのも手かと……」
アドリアーヌが提案するが確かにそれが最善策だとは思っていない。
ヘイズがこだわっているのは地方伝統のこだわりのレースを使って広めたいという思いだ。
既製品のレースだとヘイズが思っている伝統手法のこだわりのレースを簡素化してしまう。
素材を売るだけならまだしも伝統文化を残したいとも考えるヘイズの理念には反してしまう。
かと言って、売れるまで収入がないという事態は、お金の余裕がないヘイズ商会には厳しい。
うーんとアドリアーヌが唸っていると、それまで黙っていたクローディスがおもむろに口を開いた。
「この商品だったら上流貴族をターゲットにすればいい」
「それは私も考えたけど、実際には無理よ。ヘイズ氏の店はまだ新規参入した商社よ。中流階級層にようやくネームブランドとして根づくかどうかの瀬戸際なのよ」
「そこだ。別にターゲットを絞らず二種類のブランドで売ればいい」
確かに某ファストファッション会社に見られるように、安価な一般ブランドの他に、それよりもハイクラスの別ブランドを立ち上げることもある。
二つのターゲット層の顧客を獲得できるので有効な方法ではなるが……
「でも資金繰りが問題よ。せめて軌道に乗るための半年までの資金の目途があれば……。融資っていうのがあればいいんですけど……」
アドリアーヌが脳内で算段を考えているとまたしてもクローディスが提案してきた。
「融資なら方法はあるぞ。商会ギルドの一部でそれを導入しているところがある」
「本当!?」
「あぁ、この会社の規模だと……そうだなぁ。このあたりに店舗があるから担保になるかもな?むしろ売却してもいい」
「売却?そんなことしたら販路が狭まっちゃうじゃない?それにこの店舗はメインストリートからだいぶ遠いから担保として有効かしら?」
「このあたりは少し外れてはいるが、上流階級でも話題の店が立ち並んでいる。メジャーな店ではないが隠れ家的な店が多いと聞いている」
メイナードに来て日が浅くいアドリアーヌにとっては意外なネタでもあった。
一応調査は行ったが上流階級の流行りについての情報を得るのは現在のアドリアーヌの身分からは無理なことでもある。
「店舗を構えなくても上流階級の口コミは恐ろしいぞ。オーダーでいくらでも品が入る。オーダーが入れば店舗などなくても売れる。上流階級で流行れば中流階級に低ブランドとしてものも売れる。その分新規の商品を考案しなくてはならないというデメリットもあるがな」
クローディスの提案にヘイズは身を乗り出して言った。
「新規商品ならいくらでも作ります!逆にその方が使用するレースの種類が増えて可能性が広がるというものです!」
「口コミについては……頼めるクチもあるから紹介しよう。お前の奥方でも入れるお茶会などがいいだろう」
「はい是非!」
この案についてもクローディスの案が受け入れられた。
ここにきて手詰まりだと思っていた案件がクローディスによって鮮やかに解決する様子を目の当たりにしてアドリアーヌは言葉を失わざるを得なかった。
(本当に、地理とか詩をちんぷんかんぷんに覚えていた人と同一人物?この発想……凄い……)
とりあえずはクローディスの案を少し深める形で合意し、アドリアーヌ達はヘイズの元を後にした。
開口一番、アドリアーヌは興奮した気持ちでクローディスに賞賛の言葉を口にした。
「あなた……凄いのね……!あの発想はなかったわ!」
「このくらいのことは誰にでもできるだろう?」
「いいえ。少なくとも私にはできない!この間の言葉は撤回するわ」
「この間の言葉?」
「えぇ、〝こんな男たちがのさばる国家に未来などないわ〟って言ったことよ」
「あぁ、そんなこともあったな。ついでに〝そんな器量が狭い男が一国の政治を担おうだなんて片腹痛い〟というのも撤回してもらえると俺は気持ちがいいがな」
「ふふふ、そうね。まぁ……この調子なら大丈夫かもしれないですね」
ストレートなアドリアーヌの賞賛に少し照れたように言うクローディスに、アドリアーヌも少し茶目っ気を出してそう答えた。
「俺は暗記とか苦手なんだ。努力してもなかなか覚えられん」
少し暗い顔をしてクローディスは空を見上げながら呟く。
それに対し、アドリアーヌは何を言っているのかと逆に疑問を持った。
「それは人それぞれの能力には種類があるから。今回みたいに暗記だけではなんとのならないことだって多いもの。それに政って特にそういうのが多いわ。暗記が大切なんじゃなくてそれをどう使うかが問題よ」
「そんなものか?」
「そんなものよ!むしろ私はそういう発想力があるあなたは凄いと思うわ!」
「俺が……凄い……か」
一瞬アドリアーヌの言葉にクローディスの表情が悲し気になった気もしたが、それはすぐに消え、いつもの尊大なクローディスに戻っていた。
「まぁ、俺が本気を出せばこんなもんだな」
「はいはい。今日は突っ込まないであげますよ!あー、何か食べたいものとかあれば作りますよ?まぁ、世間知らずのボンボンの口に合うものは作れないかもしれないけど」
「もう世間知らずではない。ジャガイモも剥けるようになったし、食器もちゃんと片付けられるようになった」
そんな軽口を言い合いながらアドリアーヌ達は帰路についた。
初夏になり、だいぶ日が長くなった。見上げた空は青とオレンジの自然特有の色合いになり、あちこちの家からは
夕食のいい香りがしている。
そんな光景を見ながらアドリアーヌは呟いた。
「本当、あなたみたいな優秀な人間がいるのに、なんでったってサイナス様は私を王宮で働かせたいのかしら……」
「あぁ、そう言えばそんな話もあったな。もしお前と一緒に政務をすることになったらうるさくて息が詰まるだろうな」
「でしょでしょ?でもサイナス様はあなたが反対しているって言ってたから、きっと諦めてくれると思うのよね」
「でも、まぁ、べ……別にお前がどうしても働きたいと言うなら……その……考えなくもない」
「え……別に働きたくないですけど」
その一刀両断ともいえるアドリアーヌの言葉に、クローディスの動きがぎこちなくなったことなど気づかず、アドリアーヌはようやく自宅の庭のバラのアーチの門(アドリアーヌはこれがお気に入りだ)をくぐった。
その時だった、ふいにクローディスが足を止めた。
「でも俺は……お前と一緒に……」
「え?」
クローディスがアドリアーヌの言葉に何かを言おうとした瞬間だった。
玄関に人影があることに気づいたと同時にその人物は冷たい声で言い放った。
「お待ちしてましたよ、クローディス殿下」
そこには冷笑を浮かべ仁王立ちのサイナスの姿があった……。
28
お気に入りに追加
953
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
一番モテないヒロインに転生しましたが、なぜかモテてます
Teko
ファンタジー
ある日私は、男の子4人、女の子4人の幼なじみ達が出てくる乙女ゲームを買った。
魔法の世界が舞台のファンタジーゲームで、プレーヤーは4人の女の子の中から1人好きなヒロインを選ぶ事ができる。
・可愛くて女の子らしい、守ってあげたくなるようなヒロイン「マイヤ」
・スポーツ、勉強と何でもできるオールマイティーなヒロイン「セレス」
・クールでキレイな顔立ち、笑顔でまわりを虜にしてしまうヒロイン「ルナ」
・顔立ちは悪くないけど、他の3人が飛び抜けている所為か平凡に見られがちなヒロイン「アリア」
4人目のヒロイン「アリア」を選択する事はないな……と思っていたら、いつの間にか乙女ゲームの世界に転生していた!
しかも、よりにもよって一番モテないヒロインの「アリア」に!!
モテないキャラらしく恋愛なんて諦めて、魔法を使い楽しく生きよう! と割り切っていたら……?
本編の話が長くなってきました。
1話から読むのが大変……という方は、「子どもの頃(入学前)」編 、「中等部」編をすっと飛ばして「第1部まとめ」、「登場人物紹介」、「第2部まとめ」、「第3部まとめ」からどうぞ!
※「登場人物紹介」はイメージ画像ありがございます。
※自分の中のイメージを大切にしたい方は、通常の「登場人物紹介」の主要キャラ、サブキャラのみご覧ください。
※長期連載作品になります。
魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで
ひーにゃん
ファンタジー
誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。
運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……
与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。
だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。
これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。
冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。
よろしくお願いします。
この作品は小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】転生令嬢は推しキャラのために…!!
森ノ宮 明
恋愛
その日、貧乏子爵令嬢のセルディ(十二歳)は不思議な夢を見た。
人が殺される、悲しい悲しい物語。
その物語を映す不思議な絵を前に、涙する女性。
――もし、自分がこの世界に存在出来るのなら、こんな結末には絶対させない!!
そしてセルディは、夢で殺された男と出会う。
推しキャラと出会った事で、前世の記憶を垣間見たセルディは、自身の領地が戦火に巻き込まれる可能性があること、推しキャラがその戦いで死んでしまう事に気づいた。
動揺するセルディを前に、陛下に爵位を返上しようとする父。
セルディは思わず声を出した。
「私が領地を立て直します!!」
こうしてセルディは、推しキャラを助けるために、領地開拓から始めることにした。
※※※
ストーリー重視なので、恋愛要素は王都編まで薄いです
推しキャラは~は、ヒーロー側の話(重複は基本しません)
※マークのある場所は主人公が少し乱暴されるシーンがあります
苦手な方は嫌な予感がしたら読み飛ばして下さい
○小説家になろう、カクヨムにも掲載しています
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……
木野ダック
恋愛
いよいよ食卓が茹でジャガイモ一色で飾られることになった日の朝。貧乏伯爵令嬢ミラ・オーフェルは、決意する。
恋人を作ろう!と。
そして、お金を恵んでもらおう!と。
ターゲットは、おあつらえむきに中庭で読書を楽しむ王子様。
捨て身になった私は、無謀にも無縁の王子様に告白する。勿論、ダメ元。無理だろうなぁって思ったその返事は、まさかの快諾で……?
聞けば、王子にも事情があるみたい!
それならWINWINな関係で丁度良いよね……って思ってたはずなのに!
まさかの狙いは私だった⁉︎
ちょっと浅薄な貧乏令嬢と、狂愛一途な完璧王子の追いかけっこ恋愛譚。
※王子がストーカー気質なので、苦手な方はご注意いただければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる