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波乱の幕開ってやつですね③
しおりを挟むアドリアーヌはこれまで集めて資料をまとめてヘイズの店に対して今後の方針を詰めていく。
「やはり価格帯を見ると妥当な路線ですね。もう少し下げても差別化を図るにはいいとは思います」
今考えているのは帽子の素材で使うレースや刺繍類である。
最近は大ぶりの帽子も人気でそれにあしらう装飾品としてレースやフリルリボン、刺繍も人気である。
地方で制作された少し凝ったデザインのものをあしらって帽子を売りたいのだが、どうしても価格が高くなってしまう。
「ですが、これ以上は原価もギリギリで……やはりもっと安価な素材に変えたほうがいいでしょうか?」
「素材の質を下げる問うことですよね。でもせっかくようやくブランド化が出てきているのでそれで質を下げるのは良案とは言えないでしょう。価格を下げるといったんは売れますが長続きはしないでしょうし、次に価格を上げづらくなる。他社でもさらに粗悪で安価な商品が出てきてしまう原因にもなりますし」
「そうですか……」
「せめて資金面で持ちこたえられるだけの店の体力がもう少しあれば話は変わるのですが。ここはもう中流層にターゲットを絞ってしまい、既製品を量産するのも手かと……」
アドリアーヌが提案するが確かにそれが最善策だとは思っていない。
ヘイズがこだわっているのは地方伝統のこだわりのレースを使って広めたいという思いだ。
既製品のレースだとヘイズが思っている伝統手法のこだわりのレースを簡素化してしまう。
素材を売るだけならまだしも伝統文化を残したいとも考えるヘイズの理念には反してしまう。
かと言って、売れるまで収入がないという事態は、お金の余裕がないヘイズ商会には厳しい。
うーんとアドリアーヌが唸っていると、それまで黙っていたクローディスがおもむろに口を開いた。
「この商品だったら上流貴族をターゲットにすればいい」
「それは私も考えたけど、実際には無理よ。ヘイズ氏の店はまだ新規参入した商社よ。中流階級層にようやくネームブランドとして根づくかどうかの瀬戸際なのよ」
「そこだ。別にターゲットを絞らず二種類のブランドで売ればいい」
確かに某ファストファッション会社に見られるように、安価な一般ブランドの他に、それよりもハイクラスの別ブランドを立ち上げることもある。
二つのターゲット層の顧客を獲得できるので有効な方法ではなるが……
「でも資金繰りが問題よ。せめて軌道に乗るための半年までの資金の目途があれば……。融資っていうのがあればいいんですけど……」
アドリアーヌが脳内で算段を考えているとまたしてもクローディスが提案してきた。
「融資なら方法はあるぞ。商会ギルドの一部でそれを導入しているところがある」
「本当!?」
「あぁ、この会社の規模だと……そうだなぁ。このあたりに店舗があるから担保になるかもな?むしろ売却してもいい」
「売却?そんなことしたら販路が狭まっちゃうじゃない?それにこの店舗はメインストリートからだいぶ遠いから担保として有効かしら?」
「このあたりは少し外れてはいるが、上流階級でも話題の店が立ち並んでいる。メジャーな店ではないが隠れ家的な店が多いと聞いている」
メイナードに来て日が浅くいアドリアーヌにとっては意外なネタでもあった。
一応調査は行ったが上流階級の流行りについての情報を得るのは現在のアドリアーヌの身分からは無理なことでもある。
「店舗を構えなくても上流階級の口コミは恐ろしいぞ。オーダーでいくらでも品が入る。オーダーが入れば店舗などなくても売れる。上流階級で流行れば中流階級に低ブランドとしてものも売れる。その分新規の商品を考案しなくてはならないというデメリットもあるがな」
クローディスの提案にヘイズは身を乗り出して言った。
「新規商品ならいくらでも作ります!逆にその方が使用するレースの種類が増えて可能性が広がるというものです!」
「口コミについては……頼めるクチもあるから紹介しよう。お前の奥方でも入れるお茶会などがいいだろう」
「はい是非!」
この案についてもクローディスの案が受け入れられた。
ここにきて手詰まりだと思っていた案件がクローディスによって鮮やかに解決する様子を目の当たりにしてアドリアーヌは言葉を失わざるを得なかった。
(本当に、地理とか詩をちんぷんかんぷんに覚えていた人と同一人物?この発想……凄い……)
とりあえずはクローディスの案を少し深める形で合意し、アドリアーヌ達はヘイズの元を後にした。
開口一番、アドリアーヌは興奮した気持ちでクローディスに賞賛の言葉を口にした。
「あなた……凄いのね……!あの発想はなかったわ!」
「このくらいのことは誰にでもできるだろう?」
「いいえ。少なくとも私にはできない!この間の言葉は撤回するわ」
「この間の言葉?」
「えぇ、〝こんな男たちがのさばる国家に未来などないわ〟って言ったことよ」
「あぁ、そんなこともあったな。ついでに〝そんな器量が狭い男が一国の政治を担おうだなんて片腹痛い〟というのも撤回してもらえると俺は気持ちがいいがな」
「ふふふ、そうね。まぁ……この調子なら大丈夫かもしれないですね」
ストレートなアドリアーヌの賞賛に少し照れたように言うクローディスに、アドリアーヌも少し茶目っ気を出してそう答えた。
「俺は暗記とか苦手なんだ。努力してもなかなか覚えられん」
少し暗い顔をしてクローディスは空を見上げながら呟く。
それに対し、アドリアーヌは何を言っているのかと逆に疑問を持った。
「それは人それぞれの能力には種類があるから。今回みたいに暗記だけではなんとのならないことだって多いもの。それに政って特にそういうのが多いわ。暗記が大切なんじゃなくてそれをどう使うかが問題よ」
「そんなものか?」
「そんなものよ!むしろ私はそういう発想力があるあなたは凄いと思うわ!」
「俺が……凄い……か」
一瞬アドリアーヌの言葉にクローディスの表情が悲し気になった気もしたが、それはすぐに消え、いつもの尊大なクローディスに戻っていた。
「まぁ、俺が本気を出せばこんなもんだな」
「はいはい。今日は突っ込まないであげますよ!あー、何か食べたいものとかあれば作りますよ?まぁ、世間知らずのボンボンの口に合うものは作れないかもしれないけど」
「もう世間知らずではない。ジャガイモも剥けるようになったし、食器もちゃんと片付けられるようになった」
そんな軽口を言い合いながらアドリアーヌ達は帰路についた。
初夏になり、だいぶ日が長くなった。見上げた空は青とオレンジの自然特有の色合いになり、あちこちの家からは
夕食のいい香りがしている。
そんな光景を見ながらアドリアーヌは呟いた。
「本当、あなたみたいな優秀な人間がいるのに、なんでったってサイナス様は私を王宮で働かせたいのかしら……」
「あぁ、そう言えばそんな話もあったな。もしお前と一緒に政務をすることになったらうるさくて息が詰まるだろうな」
「でしょでしょ?でもサイナス様はあなたが反対しているって言ってたから、きっと諦めてくれると思うのよね」
「でも、まぁ、べ……別にお前がどうしても働きたいと言うなら……その……考えなくもない」
「え……別に働きたくないですけど」
その一刀両断ともいえるアドリアーヌの言葉に、クローディスの動きがぎこちなくなったことなど気づかず、アドリアーヌはようやく自宅の庭のバラのアーチの門(アドリアーヌはこれがお気に入りだ)をくぐった。
その時だった、ふいにクローディスが足を止めた。
「でも俺は……お前と一緒に……」
「え?」
クローディスがアドリアーヌの言葉に何かを言おうとした瞬間だった。
玄関に人影があることに気づいたと同時にその人物は冷たい声で言い放った。
「お待ちしてましたよ、クローディス殿下」
そこには冷笑を浮かべ仁王立ちのサイナスの姿があった……。
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