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判断基準を決めてませんでした…①

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ブチッ
ブチッ

アドリアーヌは無心になって雑草を抜いていた。
気づけばすっかり春が過ぎて、メルナードはかなり暖かくなった。
日によっては初夏なのではないかという暑さだ。

(この間フキノトウを取って天ぷらにして食べたと思っていたのに、毎日があっという間だわ……)

ちなみに天ぷらについては、屋敷の皆の興味を誘った。

皆、最初は不思議そうに食べていたが評判がよく、普段は質素を心掛けているムルム伯爵も「山の幸ならばまた食べたい」と言ってくれるほどだった。

それはさておき、初夏の陽気になって目下アドリアーヌが取り組んでいるのは雑草との戦いだった。
午後の日課として、今日も今日とて雑草をブチブチ抜いている。

「はぁ……そろそろ腰が痛いわぁ」

小一時間ほど雑草と格闘していただろうか。
立ち上がって伸びをすると、収縮していた腰の筋肉がいい感じに伸びて心地よい。

「アドリアーヌ!」
「あら、クリストファー様。おはようございます」

クリストファーが屋敷の方から歩いてきて、アドリアーヌの顔を認めるとタタタと近寄ってくる。

(いつもながらに可愛いわぁ……)

日差しに照らされたブロンドの髪が輝いて、本当に天使のようだ。
この笑顔を見ると癒やされる。

(うん……かわいいは正義だわ)

山菜取りからクリストファーはアドリアーヌにすっかり懐いたようであれから積極的に外に出るようになってくれた。

時より涙ぐむこともあるようだったが、今までのようにずっと泣き暮らしているわけではない。
少しずつ両親の死から立ち直ろうとしているようだった。

「アドリアーヌ、何しているの?」
「雑草を取っているんですよ」
「この葉っぱを抜くの?なんで?」

「この苗の回りの葉っぱはいらないものなんです。あると日光を妨げたりしますし、栄養分も取られたり……まぁ、邪魔な存在なんです」
「僕もやってもいい⁉」
「もちろんですよ。じゃあ、クリストファー様はこっちを抜いててくださいね」
「はーい!」

アドリアーヌはクリストファーと共に再び雑草を抜き始めた。

そんなに広い畑ではない上、すでに雑草を抜いていたのでクリストファーが抜いたのは少しだったが、それでも満足そうだった。

「よし抜けたよ!次は何をするの?」
「今度はお水をやりましょう。じょうろに水を汲んでおいたのでこれで水をやってください」
「僕がやる!」

アドリアーヌが持っていたじょうろにクリストファーが手を伸ばし、水をやろうとくるりと向き直った時だった。

「やぁ、お姫様。今日も畑仕事かい?精が出るね」
「……ロベルトさん……」

視線の先にはロベルトが満面の笑みで立っている。
なんとなく胡散臭さを感じてしまうのは、いわゆる女たらしという女性の扱いを見ているからかもしれない。

「いやだなぁ、〝ロベルトさん〟なんて他人行儀な。ロベルトって呼んでって言ったじゃないか」

アドリアーヌは思わず渋い顔をしてしまう。

女たらしで胡散臭いだけではなく、変な情報網も持っていて得体が知れない。
しかも彼は続編の世界の攻略対象者なのだ。
変に関わりたくないし、苗をもらった時にも縁が切れると思っていた。

なのに……彼は毎日来るのだ。
そう苗事件の後、毎日ロベルトはアドリアーヌの元を訪れている。

だから余計にアドリアーヌは渋い顔をしてしまうし、頑張って笑みを張り付けてもひきつったものになってしまう。

「それよりロベルトはここにいるんです?」
「えー、リンゴを届けに来たんだけど」
「ありがとうございます。後で煮ますね。……じゃなくて、毎日なんで来るんですか?」

「だってほら。君は花とかアクセサリーとかよりも食材の方が喜ぶでしょ?」
「いや、そうですけど。そうじゃなくてなんで毎日食材を持ってきてくれるんですか?」
「君と仲良くなりたいから……って言ったら信じてくれる?」

いけしゃあしゃあと言うロベルトの態度に思わず冷たく言い放ってしまう。

「信じませんね」
「即答ですか……。本当なんだけどなぁ」

苦笑しながらロベルトが持っていたリンゴの籠をアドリアーヌに渡そうとするが、一瞬それを受け取っていいのかアドリアーヌは悩んでしまった。

今まではなんとなく無下に扱うのも申し訳なくていくつかもらっていたが……さすがにこう毎日もらうのは気が引ける。
それを察知してか否か、アドリアーヌとロベルトの間にクリストファーが割って入った。

「おい、お前!アドリアーヌが困っているだろ!」
「あぁ、坊ちゃん。こんにちは」

「挨拶なんていいよ。それよりさっさと帰れよ。アドリアーヌは忙しいんだ。さぁ、こんなやつ放っておいて屋敷に戻ろう?」

クリストファーがキッとロベルトを睨みつけた。

「坊ちゃんは先に戻っているといいよ。僕はもうちょっとお姫様と話したいんだ」
「はぁ?なんで僕がアドリアーヌを置いていかなくちゃならないんだよ。アドリアーヌは〝僕の〟屋敷のものだよ!勝手に声かけてくるなよ」

「君はずっと部屋に閉じこもっていて、お姫様と会ったのは最近だろ?君の屋敷の人間かもしれないけど、お姫様は君のものじゃないよね」

なんとなく、二人の間に火花が散っているように見えたのは気のせいだろうか?
雰囲気が悪いので何とかしたいがどう口を挟んでいいかわからない。
ただ一つ、アドリアーヌの頭を占めていた考えがあった。

(暑い……日差しが暑い)

初夏の陽気を思わせる中で、帽子も被らず農作業をしていたからかもしれない。
少し頭が火照っている気がする。
とりあえず中に入りたい。

「で、アドリアーヌはどっちを取るの!?僕だよね!こんなやつ放っておこうよ!」
「お姫様は僕と話したいよね。ほら、僕も話したいことがあるし」
「えーっと……とりあえず日陰に行きたいんですけど……」

アドリアーヌの間の抜けた答えに二人が何故か脱力したようだった。
何かおかしいことを言っただろうか?
とにかくこのままでは日射病になってしまう。

「ちょっと喉も渇いたので厨房に行きましょう」
「じゃあ、お姫様の誘いだし僕も行こうかな」
「お前は来るな!」

アドリアーヌはロベルトに押し付けられたリンゴを持って台所に戻って急いで水を飲んだ。
喉の渇きは潤ったが、頭の火照りは完全には抜けなかった。

(まぁ、屋敷は涼しいからしばらくすれば収まるわね)

そう思いつつ持っていたリンゴを調理台に置く。
ちょうどファゴたちは休憩のようで誰もいなかったのをいいことにロベルトはこの屋敷の人間のように自然に椅子に腰かけた。

「リンゴはありがたくいただくわね」
「アドリアーヌ、こんな男の物貰わなくてもいいじゃないか」
「まぁ、食べ物に罪はないですから。後でリンゴの赤ワイン煮でも作るので皆で食べましょう」
「わーい!アドリアーヌの料理、大好き」

抱きついてきたクリストファーの頭を撫でてやる。

その時角度的にはアドリアーヌから見えなかったがクリストファーはロベルトに舌を出して小声でざまぁみろと言っていたし、それを見てロベルトは顔を曇らせていた。
そんなことには気づかないアドリアーヌは暢気にリンゴの皮をむき始める。

「お姫様、包丁さばきが綺麗だね。お姫様は貴族なのに、なんでそんなことができるんだい?」
「うーん……そうですね。まぁ、趣味が高じてみたいなものですね」
「へぇ……趣味ねぇ」

ロベルトは何やら意味深な顔でアドリアーヌを見つめてきた。

「でも、貴族のお姫様が使用人の真似事って……ムルム伯爵は何も言わないのかい?貴族のお姫様ならおとなしくしていた方がいいんじゃないの?」
「それは……」

ムルム伯爵の台所事情を他人においそれとは言うことはできない。
いわゆる守秘義務に当たると思ったからだ。

そこでアドリアーヌはその辺の経緯は省き、リオネルとの賭けについて説明した。
すると、ロベルトは一拍置いたのち、また盛大に笑った。

「はははっは!そんな賭けしたの?いやぁ……普通のお姫様ならそんな賭けしないよ?」
「だって追い出されても行く当てはないし……、諸事情があってムルム伯爵の恩には報いたいの」
「でも使用人になるって!はぁおかしい!うん、やっぱりお姫様は面白いね」

なるほどと納得した様子でロベルトは言う。

「それで、売り上げ三倍計画はリオネル様の後だって言ったんだね」
「そうなのよ……だからロベルトには迷惑かけるけど、もうちょっと待ってね」
「それはいいけど……その約束の二週間っていつなの?」
「えっとそうね……ってもう明日だわ」

タスク管理で時間と日付の管理はしてきたつもりだったが、毎日のタスクに追われていて正直明日が期限であることも忘れていた。

「そっかぁ。じゃあ明日が正念場だね」
「本当そうね。何としてでも認めてもらわなくちゃ!」

そう意気込んだアドリアーヌは不意に気づいた。

「ああああああ!」
「ど、どうしたの?」

突然声を上げたのでクリストファーが驚きの声を上げ、ロベルトも目を見開いている。

「……リオネル様に認めてもらうための判断基準を決めてなかったわ……」
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