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底値が知りたいんですが②

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「ねぇ、街は初めて?ずっと気になっていたんだよね、それ」

足早に行くアドリアーヌにくっついて歩いていた男はアドリアーヌが持っているメモに視線を向ける。

「さっきから一生懸命何かメモをしていたけど、どうしたのかなぁって思っていてね。探し物なら一緒にお店を紹介してあげようか?」

「いえ、探し物じゃないんです。ちょっと底値を調査していて」
「底値?」

男は怪訝そうな顔をした後、プッと笑い出した。

「え?だって君貴族のお嬢さんでしょ?なんでまたそんなことしているのさ」
「初対面の人にそんなことを言う必要は感じないですけど」

「まぁまぁ、そんなに警戒しないで。僕は割と情報通だから、この街のことならある程度分かるよ。……底値だね。じゃあ、そのお店に連れて行ってあげるよ」

胡散臭い。
明らかに胡散臭い。
だが、そんなアドリアーヌの態度にお構いなしに男が歩き出す。

「あの、あなたのこと知らないし、付いて行かないですよ」
「あーそうか。僕はロベルトだよ。以後お見知りおきを」

ロベルトと名乗った男は大げさに恭しく礼をした。

「ロベルトさん。ご厚意はありがたいですがやはり結構です。他の店との比較を自分の目で確認しないと気が済まないので。」

「そう?僕なら色々口利きもできるよ。底値が知りたいということは少しでも安く野菜を仕入れたいんでしょ?僕に任せてさぁ」

「うわっ!」

アドリアーヌはそのまま連行されるようにロベルトに手を引かれて歩き出していた。

「僕はあまり女性を強引に連れ出すのは趣味じゃないけど、どうしても放っておけないよ。君、この街に不慣れでしょ?」

「分かりますか?」
「うん。きょろきょろうろうろしていたし、危ないなぁってずっと見ていたからね」
「ずっと……いつからですか?」

そう聞くと割と街に入ってすぐのあたりからだった。
ロベルト曰く懸命にメモを取っている姿は結構浮いていたらしい。

「カモにされているかもしれないし、まぁ悪いようにしないよ。ほら、まだ日も高いし人は大勢いる。変なことをしたら騒げばいいよ」

なるほど一理ある。
アドリアーヌは仕方なくロベルトについていくことにした。

果たしてロベルトが案内してくれたのは確かにこの街では底値と思われる八百屋だった。
よくよく見てみれば今まで調べたどこの八百屋よりも新鮮だし値が安い。

「店主の方、これをもう少し安くできないかしら?」
「えぇ……これ以上は無理だよ。ここら辺ではウチは薄利でやっているんだ」
「まとめ買いするから。ね。あとこの傷物とか小さいのもまとめて買うから!」

大量購入して値を下げてもらうのは基本中の基本だ。

八百屋にとってもこの価格を現金収入で入るのは魅力的なはずだ。
しかし店主は少し悩んでいる様だった。

そんな時ロベルトが口を開いた。

「ダリィのおじさん。ここは僕の顔に免じてどう?この間取れなかったっていう宿屋との契約も僕が取り持ってあげるよ」

「あぁ、あそこの嬢ちゃんはお前さんに惚れてるしなぁ……宿屋の注文も大口だからなぁ」

ロベルトの提案に店主は少し悩んだ後、店主は了解してくれた。

「よし、分かった。それならその価格で」
「ありがとうございます!」

それから交渉して荷物も運んでくれるよう更にロベルトの口添えもあって調整が完了した。
これで当面の食材は安く済んだはずだ。

ほくほくした顔でアドリアーヌは店を後にする。もちろんロベルトの評価は上がった。
満面の笑みで彼にお礼を言う。

「口添えありがとうございます!」
「いや、困っている可憐なお姫様を助けるのは僕の趣味みたいなものだから気にしないで」

何となく突っ込みたくなるが敢えてそこは言わないでおこう。
しかし……と思う。もしかして何か法外な見返りを要求されるのではないか……。

「あの……それで……何か見返りとか……必要ですよね……お金あんまり持ってないのですけど……」
「あはは、本当に気にしないで!言ったろ?趣味みたいなものだよって」

それでも何かお礼をしないと気が済まない。

「私で何かできることならある程度なら力になりますけど」

流石に一夜を共にしてくれとか言われたら困るし、法外なお金を要求されても困るが、それ以外なら力になりたいというのが正直なところだ。

「じゃあさ……君が欲しいものを教えてもらえるかな?」
「私が欲しいもの……ですか?」
「うん」

ニコニコと笑うロベルトを前にアドリアーヌはうーんと唸った。
直近で欲しいものはない。

高価なドレスやアクセサリーには興味が無いし、日用品も困っていない。
嗜好品も現在のところ欲しいとも思っていないのだ。

暫く考えた後、アドリアーヌには一つの考えが浮かんだ。

(そうだ!野菜を自分で育てればある程度は食費が削減されるかも!)

これはナイスアイディアだ。
これが欲しい。これしかない!
だから素直に言ったのだ。

「野菜の苗が欲しいです」

それを聞いたロベルトは盛大に固まった。
どうやら脳の処理がついていかないらしい。

「苗?」
「はい。今一番欲しいものなんです!ダメなら苗を売ってるところを教えてください」
「ぷっ……ははは!そうか。苗ね。覚えておくよ」

「あぁ、いえ。これがお礼になってますか?」
「うん、十分十分。引き留めて悪かったね。楽しい時間をありがとう」
「じゃあ、失礼しますね。本当にありがとうございました」

アドリアーヌはそう言って礼をすると帰路についた。

「ははは……本当に面白い子だな。しばらくは退屈しなさそうだし。……彼女のこと調べてみようかなぁ」

アドリアーヌの後ろを見送ったロベルトがそう呟いた言葉は、もちろんアドリアーヌは届かなかったが。

さて、当のアドリアーヌはと言うと辻馬車に乗って伯爵邸に戻る道すがら、今日の目標を達成してほくほくした気分になっていた。

ロベルトという変な男と出会ったのは微妙なところだが。

「それにしても、あのロベルトって人も、何となく名前と顔を知っているような気もするのよね」

また不意に変な感覚に襲われた。
あのメルナードに移送された時の感覚。
疲れ切った自分がベッドに倒れながら何かの雑誌を読んでいる。

(そう言えば「悠久の時代の中で」の続編が出たのよね。最後までやらないで死んだけど……って……あれ?)

そして思い出したのだ。
攻略対象の名前を。

「……確か……ロベルト……」

あの金髪碧眼のイケメン顔……。
そして気づいたのだ。リオネルのことも。
彼も攻略対象だったはずだ。

「嘘……いやいや……そんなはずは……ない……わよね……」

だがたとえ続編の世界だとしても、自分には関係ないはずだ。

(いやいや……まだ確定じゃないわ。たまたまかも。イケメンなんて皆同じ顔だし。ロベルトなんてよくある名前だし)

それに、彼と関わることはもうないだろう。
街には頻繁に行くわけではないし、相手にも自分の素性も明かしてない。
名前さえ言っていないことに気づいた。

「うん……もし続編の世界だとしても、私はモブキャラに過ぎないわ。それより……」

当面の課題はムルム伯爵家の立て直しだ。

アドリアーヌはそう考えて頭を切り替え、今後の方針について練り始めるのだった。
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