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プロローグ②
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そう呟いてアドリアーヌは少ない荷物を取り出した。
持たされたのはワンピースが八着。
これまで公爵令嬢として暮らしていたことを考えるとはあまりにも少ない枚数だ。
もちろんドレスなど一枚もない。
今までの贅沢な暮らしを考えると若干の寂しさも感じたがもとに戻れるわけでもないし、そんな感傷的な気持ちになっても仕方ない。
持ち込んだ荷物は少ないためものの三十分もしないうちに荷解きは終わった。
「よし……こんなもんでしょ」
それにしても、客室は少し埃っぽい気がする。
たぶん暫く使っていなかったのだろう。
後で少し掃除をした方がいいかなぁと考えつつ、窓の方に足を向ける。
故郷のグランディアス王国の南に位置するだけあって、このメルナードは暖かい。
春間もないこの時期、グランディアス王国はまだ肌寒いのだが、メルナードでは動くと少し汗ばむ程度には暖かい。
窓の外を見ていたその時、なにか微かに声がした。
すすり泣くようなか細い声が。
「……なんの音だろう?」
そう思ったアドリアーヌは持ち前の好奇心がうずき、声の正体を探りに部屋を出た。
一瞬お茶のためにメイドが来るという話を思い出したが、予想よりも早く荷解きは終わったし直ぐに戻るつもりだった。
アドリアーヌは声のする方の廊下を歩いて行った。
そして気づいた。
やはり廊下の端々が少し汚れている。
埃が溜まっている部分もあるし、なんだか声の方は薄暗い気がする。
また人の気配も全くないのだ。
伯爵家ともなれば使用人の何人かとすれ違ってもおかしくないのだが、誰とも出会わない。
そして屋敷の奥に行けば行くほど、カーテンが閉められて暗くなっていく。
不気味な雰囲気に恐る恐るといった態で声をたどっていくと、いきなり背後から声を掛けられアドリアーヌは飛び上がって驚いた。
「アドリアーヌ様、ここで何をされているのですか?」
「ひゃ!!」
慌てて後ろを見ると白い影がぼうっと浮き上がった。
一瞬幽霊か何かかと思って悲鳴を上げそうになったが、よく見ると人間であることが判明した。
メイドだろうか?
女性は、髪をきりりと結わえ、メガネをつけた中年の女性だった。
年は四十歳をちょっと過ぎた所で少し神経質な印象を受けた。
「えっと……あの……」
「私はメイド長のシシルと申します。今日からお嬢様のお世話をさせていただきます。よろしくお願いします」
「あ、アドリアーヌです。いろいろと教えていただきます。足を引っ張らないようにキャッチアップしますので、ご指導よろしくお願いいたします」
アドリアーヌはそう言って礼をすると、シシルは首を傾げて眉間に皺を寄せて言った。
「キャッチアップ?」
(あ!これって業界用語か!この世界にはない言葉なのね!)
それに思い当たってアドリアーヌは補足説明をすべく言い直した。
「皆さんのお役に立てるように頑張るという意味です」
「なるほど、グランディアス王国ではそう表現されるのですね」
シシルは納得とばかりに小さく頷く。
ちょっと違うのだが敢えて訂正するのはよそう。
「お嬢様がお部屋にいらっしゃらないので驚きました。このような場所でどうなさったのですか?」
「なんか声が聞こえたような気がして……」
「そうでございましたか。ただ申し訳ありませんがこちらには立ち入らないでください。私の口からは申し上げられませんが、もし泣き声などがしてもお気になさらずに。私どもにも何ともできないことです」
「はぁ……」
この先が真っ暗なことと泣き声とが何か関係があるのだろうか?
そう思いつつそのことについて言及できる雰囲気でもなく、戸惑っているとシシルは踵を返しアドリアーヌを歩くように促した。
「さぁ、旦那様がお待ちかねです。あまり遅いと夕食に差しさわりがありますので」
「あ、すみません。そうですね。探してくださってありがとうございました」
アドリアーヌの言葉に返答もなく、シシルは先を歩いて行く。
若干歩くスピードが速くアドリアーヌは置いて行かれないように小走りに後を付いて行った。
やがてサンルームに通されたアドリアーヌをムルム伯爵が迎えてくれた。
「お待たせして申し訳ありません」
「いやいや、長旅で疲れているところ申し訳ないね。年寄りの話し相手になってくれると嬉しい」
シシルは部屋に入るなりてきぱきとお茶の準備を始めた。
そしてアドリアーヌがムルム伯爵に勧められるままにソファー席に着くと、同時に紅茶が出される。
香りのいいお茶だった。
「スライン王国産のお茶ですね」
スライン王国はお茶の産地として有名だ。
輸入品であるため高級茶葉の種類に入るものだった。
(さすが伯爵家。いい茶葉使ってるわ)
「さぁこちらのプチフールも食べるといい」
「ありがとうございます」
そう促されてアドリアーヌはフランボワーズのケーキを口にした。
甘酸っぱい風味が口に広がり、上品な甘さは紅茶の香を更に引き立てるケーキになっている。
「流石ですね。とても美味しいです」
「それは良かった。街で有名らしい菓子店のものだよ。儂はあまり食べないが気に入ってもらえれば嬉しいよ」
「伯爵は甘いものはお嫌いですか?」
「いや、好きだね。正直甘いものには目が無いのだが……」
そう言いながらも伯爵は決してプチフールには手を出さず、アドリアーヌが食べるのを幸せそうに見つめていた。
「そう言えば、アレクセイさんに私がメイドになる話は聞いてないって言われてしまったのですが、なにか話の行き違いがあったのでしょうか?」
「いや?儂はお嬢さんをメイドにするために来てもらったわけじゃないよ」
「え?でも……じゃあ私は何をすればいいんでしょうか?」
「特に何かをしてもらおうとは思っていないのだがね……」
困ったように眉を下げるムルム伯爵だったが、アドリアーヌ自身もどうしたらいいのか戸惑ってしまった。
「私はグランディアス王国を追われた身ですし、もともとメイドになるためにここに来たんです」
「そうは言っても……正直お嬢さんに仕事を教える時間のある人間はいないのだよ。……そうだ、なんだったら儂の話し相手になってもらえると嬉しい」
確かに今のアドリアーヌは無力だ。
いくら二十一世紀のOLで身の回りのことは大抵できていたが、この世界には掃除機もない。
料理にしてもガスコンロがあるわけでもないし、お湯を使いたくても瞬間湯沸かし器があるわけでもない。
色々と文明の利器に頼っていた自分としてはこの世界での家事労働を急にやれと言われても無理なのが現実だった。
それに遠回しに厄介なことに手は出さず大人しくしていてくれと言われているようなものだった。
「では暫くはそうさせていただきます。でもタダでご厄介になるわけにはいかないので、そのうち何かの力になれるように頑張りますね」
「ははは、期待しておこう。さて……そろそろ晩餐の時間かな」
ムルム伯爵が言うと同時にアレクセイが室内にやって来て晩餐の時間であることを告げた。
そしてアドリアーヌは案内されるまま伯爵と共に食事をすることになった。
アドリアーヌが席に着くと、まずは最初に六種のオードブルの盛り合わせが出される。
カモ肉の燻製の他に海産物が特産のメルナードなだけにあぶりカツオのようなものもある。
盛り付けも鮮やかでとても綺麗だった。
次に春であるためか季節のポタージュとしてグリーンピースのポタージュが出て、魚と肉のメインディッシュ、最後には六種類のケーキの盛り合わせとアイスのデザートが出てディナーは終了した。
ただ一つ気になることがあった。
「伯爵は食べないのですか?」
アドリアーヌは舌鼓を打っていたが、ムルム伯爵はその量も少なくあまり食べていないようだった。
もちろん出されたものは完食していたが、食が細いのだろうか?
「儂はあまり大食いではないからね。気にしないでおくれ」
「はぁ……」
七十歳にもなるとそんなに食べないのかなぁと思いつつも、アドリアーヌはあまり気にも留めず晩餐を終えた。
まだ慣れない自室に戻ると何か不思議な感じがする。
このメルナードにいるのも、馬車の中で前世の記憶を取り戻したもの、遥か昔のようにも感じられる。
断罪イベントを経てこの国に来ることになったのは運命のようでもあるが、一般的に悪役令嬢は処刑されたり殺されたりするバッドエンドの場合もあるらしいので、そういうことを回避できただけでも良かったのかもしれない。
(さすが全年齢乙女ゲーム。運営ありがとう)
心の中で開発者たちに祈るとアドリアーヌはベッドへと潜り込んで、死んだように眠るのだった。
こうしてメルナードでの生活が始まった。
持たされたのはワンピースが八着。
これまで公爵令嬢として暮らしていたことを考えるとはあまりにも少ない枚数だ。
もちろんドレスなど一枚もない。
今までの贅沢な暮らしを考えると若干の寂しさも感じたがもとに戻れるわけでもないし、そんな感傷的な気持ちになっても仕方ない。
持ち込んだ荷物は少ないためものの三十分もしないうちに荷解きは終わった。
「よし……こんなもんでしょ」
それにしても、客室は少し埃っぽい気がする。
たぶん暫く使っていなかったのだろう。
後で少し掃除をした方がいいかなぁと考えつつ、窓の方に足を向ける。
故郷のグランディアス王国の南に位置するだけあって、このメルナードは暖かい。
春間もないこの時期、グランディアス王国はまだ肌寒いのだが、メルナードでは動くと少し汗ばむ程度には暖かい。
窓の外を見ていたその時、なにか微かに声がした。
すすり泣くようなか細い声が。
「……なんの音だろう?」
そう思ったアドリアーヌは持ち前の好奇心がうずき、声の正体を探りに部屋を出た。
一瞬お茶のためにメイドが来るという話を思い出したが、予想よりも早く荷解きは終わったし直ぐに戻るつもりだった。
アドリアーヌは声のする方の廊下を歩いて行った。
そして気づいた。
やはり廊下の端々が少し汚れている。
埃が溜まっている部分もあるし、なんだか声の方は薄暗い気がする。
また人の気配も全くないのだ。
伯爵家ともなれば使用人の何人かとすれ違ってもおかしくないのだが、誰とも出会わない。
そして屋敷の奥に行けば行くほど、カーテンが閉められて暗くなっていく。
不気味な雰囲気に恐る恐るといった態で声をたどっていくと、いきなり背後から声を掛けられアドリアーヌは飛び上がって驚いた。
「アドリアーヌ様、ここで何をされているのですか?」
「ひゃ!!」
慌てて後ろを見ると白い影がぼうっと浮き上がった。
一瞬幽霊か何かかと思って悲鳴を上げそうになったが、よく見ると人間であることが判明した。
メイドだろうか?
女性は、髪をきりりと結わえ、メガネをつけた中年の女性だった。
年は四十歳をちょっと過ぎた所で少し神経質な印象を受けた。
「えっと……あの……」
「私はメイド長のシシルと申します。今日からお嬢様のお世話をさせていただきます。よろしくお願いします」
「あ、アドリアーヌです。いろいろと教えていただきます。足を引っ張らないようにキャッチアップしますので、ご指導よろしくお願いいたします」
アドリアーヌはそう言って礼をすると、シシルは首を傾げて眉間に皺を寄せて言った。
「キャッチアップ?」
(あ!これって業界用語か!この世界にはない言葉なのね!)
それに思い当たってアドリアーヌは補足説明をすべく言い直した。
「皆さんのお役に立てるように頑張るという意味です」
「なるほど、グランディアス王国ではそう表現されるのですね」
シシルは納得とばかりに小さく頷く。
ちょっと違うのだが敢えて訂正するのはよそう。
「お嬢様がお部屋にいらっしゃらないので驚きました。このような場所でどうなさったのですか?」
「なんか声が聞こえたような気がして……」
「そうでございましたか。ただ申し訳ありませんがこちらには立ち入らないでください。私の口からは申し上げられませんが、もし泣き声などがしてもお気になさらずに。私どもにも何ともできないことです」
「はぁ……」
この先が真っ暗なことと泣き声とが何か関係があるのだろうか?
そう思いつつそのことについて言及できる雰囲気でもなく、戸惑っているとシシルは踵を返しアドリアーヌを歩くように促した。
「さぁ、旦那様がお待ちかねです。あまり遅いと夕食に差しさわりがありますので」
「あ、すみません。そうですね。探してくださってありがとうございました」
アドリアーヌの言葉に返答もなく、シシルは先を歩いて行く。
若干歩くスピードが速くアドリアーヌは置いて行かれないように小走りに後を付いて行った。
やがてサンルームに通されたアドリアーヌをムルム伯爵が迎えてくれた。
「お待たせして申し訳ありません」
「いやいや、長旅で疲れているところ申し訳ないね。年寄りの話し相手になってくれると嬉しい」
シシルは部屋に入るなりてきぱきとお茶の準備を始めた。
そしてアドリアーヌがムルム伯爵に勧められるままにソファー席に着くと、同時に紅茶が出される。
香りのいいお茶だった。
「スライン王国産のお茶ですね」
スライン王国はお茶の産地として有名だ。
輸入品であるため高級茶葉の種類に入るものだった。
(さすが伯爵家。いい茶葉使ってるわ)
「さぁこちらのプチフールも食べるといい」
「ありがとうございます」
そう促されてアドリアーヌはフランボワーズのケーキを口にした。
甘酸っぱい風味が口に広がり、上品な甘さは紅茶の香を更に引き立てるケーキになっている。
「流石ですね。とても美味しいです」
「それは良かった。街で有名らしい菓子店のものだよ。儂はあまり食べないが気に入ってもらえれば嬉しいよ」
「伯爵は甘いものはお嫌いですか?」
「いや、好きだね。正直甘いものには目が無いのだが……」
そう言いながらも伯爵は決してプチフールには手を出さず、アドリアーヌが食べるのを幸せそうに見つめていた。
「そう言えば、アレクセイさんに私がメイドになる話は聞いてないって言われてしまったのですが、なにか話の行き違いがあったのでしょうか?」
「いや?儂はお嬢さんをメイドにするために来てもらったわけじゃないよ」
「え?でも……じゃあ私は何をすればいいんでしょうか?」
「特に何かをしてもらおうとは思っていないのだがね……」
困ったように眉を下げるムルム伯爵だったが、アドリアーヌ自身もどうしたらいいのか戸惑ってしまった。
「私はグランディアス王国を追われた身ですし、もともとメイドになるためにここに来たんです」
「そうは言っても……正直お嬢さんに仕事を教える時間のある人間はいないのだよ。……そうだ、なんだったら儂の話し相手になってもらえると嬉しい」
確かに今のアドリアーヌは無力だ。
いくら二十一世紀のOLで身の回りのことは大抵できていたが、この世界には掃除機もない。
料理にしてもガスコンロがあるわけでもないし、お湯を使いたくても瞬間湯沸かし器があるわけでもない。
色々と文明の利器に頼っていた自分としてはこの世界での家事労働を急にやれと言われても無理なのが現実だった。
それに遠回しに厄介なことに手は出さず大人しくしていてくれと言われているようなものだった。
「では暫くはそうさせていただきます。でもタダでご厄介になるわけにはいかないので、そのうち何かの力になれるように頑張りますね」
「ははは、期待しておこう。さて……そろそろ晩餐の時間かな」
ムルム伯爵が言うと同時にアレクセイが室内にやって来て晩餐の時間であることを告げた。
そしてアドリアーヌは案内されるまま伯爵と共に食事をすることになった。
アドリアーヌが席に着くと、まずは最初に六種のオードブルの盛り合わせが出される。
カモ肉の燻製の他に海産物が特産のメルナードなだけにあぶりカツオのようなものもある。
盛り付けも鮮やかでとても綺麗だった。
次に春であるためか季節のポタージュとしてグリーンピースのポタージュが出て、魚と肉のメインディッシュ、最後には六種類のケーキの盛り合わせとアイスのデザートが出てディナーは終了した。
ただ一つ気になることがあった。
「伯爵は食べないのですか?」
アドリアーヌは舌鼓を打っていたが、ムルム伯爵はその量も少なくあまり食べていないようだった。
もちろん出されたものは完食していたが、食が細いのだろうか?
「儂はあまり大食いではないからね。気にしないでおくれ」
「はぁ……」
七十歳にもなるとそんなに食べないのかなぁと思いつつも、アドリアーヌはあまり気にも留めず晩餐を終えた。
まだ慣れない自室に戻ると何か不思議な感じがする。
このメルナードにいるのも、馬車の中で前世の記憶を取り戻したもの、遥か昔のようにも感じられる。
断罪イベントを経てこの国に来ることになったのは運命のようでもあるが、一般的に悪役令嬢は処刑されたり殺されたりするバッドエンドの場合もあるらしいので、そういうことを回避できただけでも良かったのかもしれない。
(さすが全年齢乙女ゲーム。運営ありがとう)
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