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第5章 思い出①
しおりを挟む『お前なんて生まれてこなければ!!』
怒鳴り声。泣き叫ぶ声。悲痛な声。
どれも母親から発生られていた。
自分の存在は誰かを苦しめることになっているのだと痛感しながら孝之は生きていた。
「!!」
久しく見ていなかった子供の頃に夢。孝之は起き上がり、ふうと息をついた。
全身汗をかき、べっとりとTシャツを濡らしていた。まとわりついたそれは不愉快だった。
ふと、隣を見ると由希子が寝ている。触ると暖かい。
孝之は愛しむように由希子を後ろから抱きしめて、再び目を閉じる。
今の自分は生まれてきてよかったのだと確かめるように…
孝之の家族は一般的には恵まれた家だったと思う。
銀行員の父と、専業主婦の母、そして自分。
父の安定した仕事の給与は十分で、孝之もなに不自由のない生活を送っていた。
夫婦仲もよく、にこやかにのびのびと育った理想的な家族。それが表面的なもので、必死に家族が作ってきた家族だった。
だが、亭主関白な父は最低限の生活費を母に渡すだけで、あとは外に出て家に帰ってこないこともしばしばだった。
それは確かに仕事だったのだと思う。支店長を任されていた父親は休日には接待ゴルフ、たまに家にいても家族とは話さないような男だった。
一方母は、父の機嫌を損なわないように、びくびくしながら暮らしていた。
生活費は足りず、自分の洋服さえも変えない上、子育てには不必要ということで自分の蔵書はレコード等を一切捨てられたこともあったという。
学生運動をするほどの前衛的な思考の持ち主だった母は、そんな父とはそりが合わなかった。
何度か離婚を持ち掛けたようだったが
「孝之がいるのに、離婚なんて認められない」
と一蹴しされていた。
だから、いつからだろうか。物心つくころには母親は“お前さえ生まれてこなければ”と言っては泣き叫んでいた。
たぶん、その頃には母親の精神状態もまともではなかったのかもしれない。
帰ってこない父を待つ間、母は浴びるように酒を飲んでいた。その度に孝之は暴言を吐かれ、泣き叫ばれていた。
(自分は何で生まれてきたのだろう)
そう思わざるを得なかった。その母親の言葉は呪縛となり、大人になった今でも呪縛のように孝之を苦しめていた。
“お前さえ生まれてこなければ”
言わるたびに自分の存在意義を否定された孝之は、何とか両親に認められようと優等生を演じていた。
勉強も、運動も、おけいこ事も懸命に打ち込んだ。
いつか、両親が自分を見て“お前を産んでよかった”と言われることを夢見て…。
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