11 / 29
第4章 見えない心②
しおりを挟む今朝のことが思い出される。
由希子は信じなくてはと思いつつももやもやは解消したわけではなかった。
思わず仕事でも上の空になっていた。オフィスでシステムの設計書である仕様書を見ても集中できず由希子はリフレッシュルームでコーヒーを飲むことにした。
リフレッシュルームに行くと南がいた。
「あ、南くん。おはよ」
由希子の姿を認めると南は心配そうな顔をする。
「由希子…その…大丈夫かい?」
昨日の失態を思い出し、由希子は羞恥心で顔が赤くなった。
「ごめん、昨日はありがとう。なんか…頭がパンクして、どうしていいか分からなくて。…あの事は忘れてくれていいから」
「どう?元気になった?」
「まぁ…うん。誤解は解けたかな?」
「それなら良かった。」
優しく微笑む南はそのまま視線をオフィスの外にやる。晴天のなかで遠くの方に海が煌いているのが見えた。
南の隣に立って由希子もつられるように窓の外を見た。
南は視線をそのままに由希子に語り掛けた。
「由希子は大人になったな。」
「え?それってどういうこと?」
突然の南の発言に驚くとともに笑いが出る。
「おばさんになったってこと?」
「いや、まぁ、お互い歳は取ったけど。そうじゃなくて、俺はあまり学生時代から変わらないから。人付き合いも苦手だし、興味のないことはやりたくない。」
「確かに南くんはそういう学生だったよね」
「まぁね。だけど由希子は自立して、妻としても社会人としても両方の立場でいる。どっちも辛いことあると思うけど頑張ってて…。そういう我慢ができるのって大人だと思うよ。」
「そう…かな?」
由希子自身は学生時代と変わったとは思わない。ただ、社会にでて“責任”ということは学んだ。
その責任が由希子自身を作ってくれるものでもあり、そして束縛する枷になっているのも事実だ。
「ただ、さ…」
南は言葉を区切って言った。
「由希子は頑張り屋だから、何でも抱え込むかもしれない。だけど吐き出すことも必要だと思うよ。」
由希子はどきりとして南を見た。今まで自分が頑張るのは当たり前だった。
人に迷惑をかけないように必死にやってきた。勉学も仕事も家庭のことも。だからだろうか。由希子は人に弱みを見せることがいつしかできなくなっていた。
抱え込んでいる自覚はないが、他人に迷惑をかけてはいけないという思いが強すぎて一人で解決しようと努力していた。
それを南に見透かされたようで驚いたのだ。
「そう…見える?」
「どうだろう?」
「質問に質問で返すの禁止!」
「ははは」
南は笑った後、由希子に向き合って言った。
「なんかあれば、頼っていいから」
その真剣な顔に由希子はドキリとした。そんなこと、今まで誰にも言われたことがなかったから。
「じゃあ、俺行くから。」
「うん…。」
コーヒーの入った紙コップをゴミ箱に捨てながら南はリフレッシュルームを出て行った。
南はああ言ってくれたが、本心を見せるのは怖い。抱え込むのではなく、人に頼るという方法が分からないのだ。
確かに今までも辛いことは沢山あった。
仕事でもプライベートでも。
現にセックスレスのことも誰にも相談できず、南に言ったのもショックを受けてポロリと言ってしまった程度だ。
頼ってくれていいって言ってくれたが、やっぱり自分のことは自分で頑張らなくては。
そう思い、由希子は紙コップのコーヒーを飲みこんで気合を入れた。
「よし!仕事仕事!!」
リフレッシュルームで飲んだコーヒーは少し甘い感じがした。
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説



あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。


拝啓、大切なあなたへ
茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。
差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。
そこには、衝撃的な事実が書かれていて───
手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。
これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。
※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる