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第2章 絡まる①
しおりを挟む朝、5:30。いつものように目覚ましと共に起きる。
普通の日常。昨日あんなことがあったせいか由希子の気持ちは塞ぎがちだった。
でもいつまでもくよくよしていられない。何とか平常心で孝之が起きてくるのを待った。
「おはよう」
朝食の準備ができたところで孝之が起きてきた。
少しぎこちないが、お互い昨日の喧嘩のことには触れずにいた。それが大人の対応というものだろう。
2人で朝食をとっている。テレビの音だけがリビングに響く。
「…あのさ。」
思い切って由希子は切り出した。
「なに?」
ちょっと不機嫌そうな孝之の声にドキドキしながら何か話題がないかと考える。
でも何も言えず由希子は口をつぐむしかなかった。
「なんでもない。あ…そういえば今日から違う派遣先なんだ。」
「そうなんだ。ここから遠いの?」
「うん、今までよりも30分くらい遠いところかな。品川あたり。」
「あーあのあたりか。確かにビジネス街だしな」
「だから…私、もう行くね。」
「分かった。食器は俺が片づけておくよ。」
「ありがとう。行ってきます。」
「ん。」
そう孝之に告げられて、由希子は家を出た。
電車は乗車率120%。毎日の通勤だけでも体力的に厳しい。
正直しんどい日もあるが、ある意味仕事が由希子の精神を支えていた。
夫婦仲は悪くないと思う。
一緒にご飯を食べに行くこともあるし、たまに居酒屋で何気ない会話をする。
でも…前回どこかに行ったのはいつだろうか。
よく倦怠期の夫婦はそうなると聞くが、もうその倦怠期に入っているのか。原因ははっきりしているのだが…。
「はぁ…。」
思わずため息がこぼれる。そんなため息もビジネスマンが歩く靴音にかき消されていた。
その時グイと腕を掴まれた。
「え!?」
「宮下?」
「み、南くん?どうしたの?」
「いや、ぼーっとしてて線路に落ちそうだったから。」
「あ、ありがとう。ちょっと考え事していて。」
「危ないから気を付けた方がいいよ。」
「そうだね。」
突然のことで、どう反応していいか悩みつつも何とか笑顔は作れたと思う。
共に同じ方向のようで歩きながら雑談する。
「そういえば宮下はこのあたりで仕事なの?」
「あー、実は私システムエンジニアとして派遣される仕事しているの。今日からここの会社の情報システム部門に配属なんだ」
その言葉に南は大きく目を開いた。
「あ…そうなんだ。実は俺もこの会社。」
「え!!そうなの!?偶然だね。」
「本当。なんか同窓会の時といい偶然ってあるもんだな。…そういえば、情報システム部の方で新しい研究システム構築するって言ってたな。」
「それそれ。そこのシステム開発担当なの。」
「…。」
口をつぐんだ南が微妙な顔をする。
「なに?」
「研究開発課の利用部門のシステム担当として俺もそのプロジェクト参加するんだ」
なんという偶然だろう。思わず笑ってしまう。
「そうなんだ!こんな偶然って本当にあるんだ。」
「ははっ、そうだな。縁があるな。」
「そういえば早速10時から打ち合わせだから。よろしくね。“南さん”」
「こちらこそ。あー宮下は結婚しているから…“伊藤さん”」
一瞬南の目が泳いだような気がしたが、気のせいだろうか。
「ん?どうしたの?」
「なんでもない。」
そんな何気ないやり取りに由希子は癒された気がした。由希子は頭を仕事モードに切り替えて、新たな職場へと足を踏み入れることになった。
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