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五月雨の空だに澄める月影に

お見舞い②

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高遠の屋敷に来る回数はかれこれ片手は超えている。

妖絡み件で打ち合わせを兼ねて夕餉をしたり、事件解決祝いで小さな酒宴に呼ばれたりしたからだ。

それ故、既に暁の顔を知っている女房も多く、暁は車宿りで牛車を降りるとすぐに馴染みの女房が出迎えてくれた。

その女房に案内されて綺麗に手入れされた廊下を進み、奥の部屋の前まで来ると、中からは人の声が漏れ聞こえてくる。

(誰かいる?来客…かな?高遠殿が時間を間違えたとか?)

高遠の都合のよい時間を手紙で聞いた結果、こうして牛車が迎えに来たということは、直ぐ来ても問題ないということを意味していると思っていた。

だが、中で高遠と客が話していることを考えると、客人が突然の訪問してきたのか、もしくは高遠が時間の調整を間違えたことになる。

「あの…女房殿。ご来客でしたらまた日を改めますよ」
「問題ございません」

暁が提案するが、女房はにっこりと笑ってそう言った。
そしてそのまま御簾越しに平伏すると、涼やかな声で中にいる高遠に話しかけた。

「お館様。賀茂暁様がいらっしゃいました」
「通していいよ」

高遠の言葉を合図に中に入るように指示されて、暁は戸惑いつつも部屋の中へと入った。

部屋の中には着崩した着物姿の高遠が脇息にもたれ掛かっていた。

少しばかり痩せたように見えるが、顔色は悪くないことから風邪も順調に回復していることが察せられ、暁はほっと胸を撫でおろした。

そして、高遠の他にもう一人男性がいることに気づいた。

薄い若草色の狩衣を着ている男性は、齢50歳と言ったところだろう。

少し頬がこけたようにも見える骨ばった顔に、顎には綺麗に揃えられた髭が蓄えられ、鋭い目が印象的な男性だった。
じっと観察するように見ていると、その男性は口の端に微かな笑みを浮かべて暁を見た。

高遠も暁を見てくるので、2つの視線が突き刺さり、若干の緊張を覚えてしまう。

(な、なに?この状況?私が入って良かったの?)

男性はどう見ても只者ではない。
纏っている雰囲気はこちらの背筋が伸びてしまうような威厳のあるものだった。

思わず委縮して息を止めてしまっている暁を見ながら、高遠がその男性に話しかけた。

「こちらが件の陰陽師殿ですよ」
「ほお。陰陽寮の人間とは話したことが無かったが、そうか。君が陰陽師か」

なるほどと頷く男性の態度に暁は戸惑い、高遠に縋るような目を向けてしまった。

高遠は悠然と微笑み、そして扇子を膝の上でパチリと鳴らした。
どうやら自己紹介をしろと暗に訴えかけているようだ。

“件の”と言っていた言葉が気になるものの、暁は頭を下げて自己紹介をすることにした。

「…初めまして。陰陽寮所属、賀茂暁と申します」
「私は太政官所属、少納言坂上基経と言う」

太政官の少納言と言えば従五位下。
貴族と呼ばれる人間であり、陰陽頭の光義と同じ位に位置する。
光義はともかくとして、無官である暁からすれば雲の上の存在ともいえるだろう。

(あ、でも高遠様も従五位下だから同じか…でも貫禄が違うよなぁ)

歳を取っている分基経の方が貫禄がある。
それに面差しは真面目そうなもので、軽薄そうな高遠とは大違いだ。

その二人に向かって暁は恐る恐る尋ねた。

「高遠殿、あの…来客とは知らずに来てしまってすみませんでした。また日を改めます。では、私はこれで失礼します」

「いや、いいんだよ。それより、君にちょっと聞きたいことがあるんだ」

にっこりとほほ笑んでいる高遠を見て、暁は今日二度目の嫌な予感を感じだ。
何か厄介ごとを言われるのを感じつつも、聞きたくないとは言えず、暁は高遠に話の先を促した。

「はぁ、なんでしょうか?」
「陰陽師の力で人を探して欲しいんだよ」
「人探しですか?」
「あぁ、そうだ。実は基経殿のお知り合いがまだ京に来てないようなんだよ」

あまりにもざっくりとした説明に暁は状況が分からず眉をひそめてしまった。
もう少しちゃんと説明してもらわないと可能か不可能かも答えられない。

それがモロに顔に出たのだろう。
基経が補足の説明をしてくれた。

「高遠殿。陰陽師殿が困ってるではないか」
「ふふふ。困った顔が可愛いと思いませんか?」
「まったく、貴殿は悪趣味ですな」

(本当にな)

窘める基経の言葉に暁も心の中で同意した。
まったく人をおもちゃにするのも大概にして欲しい。
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