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五月雨の空だに澄める月影に
助言①
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せっかく護摩堂と接触できたと思ったのに、取り逃がしてしまった。
「くっ!」
口惜しさからぎゅっと手を握り締めた、
状況的に暁を足止めするために穢れを呼んだのかもしれない。
『遊ぼう』
今日護摩堂が言った言葉。
そして先日暁に言ってきた言葉。
『暁、あんたは舞手なんだよ。もっと踊ってオレを楽しませてよね』
この言葉に関連づけるとするならば…
(もしかして、私が狙い?)
背中がぞくりと震え、そして息が止まった。
もし京に穢れが撒かれ、人が苦しんでいるのが自分のせいだとしたら。
そんな考えが暁の脳裏に浮かんだ。
ふっと視線を向けると先ほど穢れにあたった男がまだ地面に座っていた。
この男性の穢れも自分のせいだとしたら。
今回はたまたま自分が穢れを祓えたが、もしかして死んでいたかもしれない。
そう思ったら暗い闇に落ちそうな感覚に襲われた。
(いいや、まだ断定はできない)
暁は浮かんだ考えを振り払うように目を瞑って小さく頭を振った。
その時だった。
切羽詰まったように暁の名を呼ぶ声に我に返った。
「賀茂暁!」
「…!そ、蒼樹様」
「何があった!」
周囲を取り囲んでいた見物人たちをかき分けるようにしてやって来たのは蒼樹だった。
険しい顔をして直ぐにでも騒速を抜くような勢いだった。
「今、穢れを感じたが」
「えっと、この男性が急に穢れにあたったんで、祓いました」
「そうか」
「蒼樹様こそ、どうしてここへ?」
「市を歩いていたら急に強い穢れを感じてただ事ではないと思ってきたんだ。だが確かに穢れは祓われている。問題ないようだな」
「はい」
暁は表面上普通を装ってそう返事をした。
強い穢れとはもしかして護摩堂の事かもしれない。
だが、護摩堂の存在は陰陽寮でも知られておらず、この間護摩堂と会った暁、吉平、高遠、そして報告を受けた光義だけである。
他の陰陽師たちには黒い鈴を依り代にして穢れが人為的に撒かれている可能性がある、程度にしか伝えてない。
したがって、一時的に陰陽寮にいる蒼樹に護摩堂の事を話すわけにはいかないだろう。
いつの間にか暁を取り囲んでいたやじ馬たちも消えて、その代わりに駆け寄って来たのは有だった。
「蒼樹、どうだった?問題ないかい?」
「ああ」
「はぁ、それは良かったよ」
やって来た時には鋭い顔つきだった有であったが、蒼樹の言葉を聞いてほっと胸を撫でおろした様子だった。
次に有は暁に目を留めると、朗らかな笑みを向けてきた。
「あ、確かあなたは暁殿でしたか?」
「はい。有様でいらしゃいましたよね。蒼樹様とご一緒だったのですね」
「そうなんです。たまたま市で出会って、これから話でもしようかと話していたところ、こいつが急に走り出しまして。なにやら穢れがあったようでしたが、暁殿がいらっしゃると言うことは暁殿が祓われたのですか?」
「はい。男性の傍にいましたので」
「さすがは若くして陰陽師となられた方ですね」
「いえ、まだ陰陽師ではなく見習いなのです」
「そうだ。こいつの実力はそこまで高くはない」
有との会話に突然入って来て辛辣な言葉を口にした蒼樹に対し、有はそれを窘めた。
「また、そう言う!まったくキミは本当に口が悪いな」
「事実だ」
「だけど事実、キミが“強い穢れ”と言ったものを暁殿は祓ったんだ。それを実力じゃなくてなんなんだい?」
「…」
有の言葉に蒼樹は苦虫を噛み潰したような表情をした。
先程の蒼樹の言葉に少々ムッとしていた暁だったが、蒼樹のその表情を見て、溜飲が下がった気持ちになった。
「…それよりこんなところで油を売っている場合か?無駄な時間を過ごしていると日が暮れるぞ」
「また“無駄”ですか。…そんなこと言われなくてもこれから調査に行きますから。蒼樹様はご自分が市場に居るのは無駄ではないようですね。まぁ、こうしてお話している時間も“無駄”でしょうし。では」
暁は嫌味を言って別れようとすると盛大に腹の虫が食事を催促した。
ぐーぎゅるぎゅる
隠しようもないほど、それはまぁ大きな音で主張したので目の前の有も蒼樹も呆気に取られているし、颯爽とこの場を立ち去ろうとした暁も思わず硬直して動けなくなってしまった。
微妙な沈黙が訪れる。
5秒ほどして、それを破ったのは有だった。
「暁殿、よろしければ菓子などお食べになりませんか?ご馳走しますよ」
「えっ?ですが…」
「口の悪い蒼樹の相手をしていただいているのです。ちょうど俺達も菓子でも買って食べようと話をしていたのです」
「えっと…」
辞退しようかと思ったが、にこにこと満面の笑みを向けてくる有の厚意を無駄にするのも申し訳ないので、素直に受けることにした。
…まぁ、本当はかなりありがたかったが。
「ありがとうございます」
「では、参りましょう。お好きな物を言ってくださいね」
「おい、有。勝手に決めるな!って、聞いてるのか!?」
有は暁に微笑みながら歩き出したのを見た蒼樹が、後ろから慌てた様子で声を掛けたが有はそれを聞こえないかのようにスルーしてそのまま進んだ。
そして後方で盛大なため息が聞こえたかと思うと、蒼樹がやってきて、3人並んで市を歩くことになったのだった。
「くっ!」
口惜しさからぎゅっと手を握り締めた、
状況的に暁を足止めするために穢れを呼んだのかもしれない。
『遊ぼう』
今日護摩堂が言った言葉。
そして先日暁に言ってきた言葉。
『暁、あんたは舞手なんだよ。もっと踊ってオレを楽しませてよね』
この言葉に関連づけるとするならば…
(もしかして、私が狙い?)
背中がぞくりと震え、そして息が止まった。
もし京に穢れが撒かれ、人が苦しんでいるのが自分のせいだとしたら。
そんな考えが暁の脳裏に浮かんだ。
ふっと視線を向けると先ほど穢れにあたった男がまだ地面に座っていた。
この男性の穢れも自分のせいだとしたら。
今回はたまたま自分が穢れを祓えたが、もしかして死んでいたかもしれない。
そう思ったら暗い闇に落ちそうな感覚に襲われた。
(いいや、まだ断定はできない)
暁は浮かんだ考えを振り払うように目を瞑って小さく頭を振った。
その時だった。
切羽詰まったように暁の名を呼ぶ声に我に返った。
「賀茂暁!」
「…!そ、蒼樹様」
「何があった!」
周囲を取り囲んでいた見物人たちをかき分けるようにしてやって来たのは蒼樹だった。
険しい顔をして直ぐにでも騒速を抜くような勢いだった。
「今、穢れを感じたが」
「えっと、この男性が急に穢れにあたったんで、祓いました」
「そうか」
「蒼樹様こそ、どうしてここへ?」
「市を歩いていたら急に強い穢れを感じてただ事ではないと思ってきたんだ。だが確かに穢れは祓われている。問題ないようだな」
「はい」
暁は表面上普通を装ってそう返事をした。
強い穢れとはもしかして護摩堂の事かもしれない。
だが、護摩堂の存在は陰陽寮でも知られておらず、この間護摩堂と会った暁、吉平、高遠、そして報告を受けた光義だけである。
他の陰陽師たちには黒い鈴を依り代にして穢れが人為的に撒かれている可能性がある、程度にしか伝えてない。
したがって、一時的に陰陽寮にいる蒼樹に護摩堂の事を話すわけにはいかないだろう。
いつの間にか暁を取り囲んでいたやじ馬たちも消えて、その代わりに駆け寄って来たのは有だった。
「蒼樹、どうだった?問題ないかい?」
「ああ」
「はぁ、それは良かったよ」
やって来た時には鋭い顔つきだった有であったが、蒼樹の言葉を聞いてほっと胸を撫でおろした様子だった。
次に有は暁に目を留めると、朗らかな笑みを向けてきた。
「あ、確かあなたは暁殿でしたか?」
「はい。有様でいらしゃいましたよね。蒼樹様とご一緒だったのですね」
「そうなんです。たまたま市で出会って、これから話でもしようかと話していたところ、こいつが急に走り出しまして。なにやら穢れがあったようでしたが、暁殿がいらっしゃると言うことは暁殿が祓われたのですか?」
「はい。男性の傍にいましたので」
「さすがは若くして陰陽師となられた方ですね」
「いえ、まだ陰陽師ではなく見習いなのです」
「そうだ。こいつの実力はそこまで高くはない」
有との会話に突然入って来て辛辣な言葉を口にした蒼樹に対し、有はそれを窘めた。
「また、そう言う!まったくキミは本当に口が悪いな」
「事実だ」
「だけど事実、キミが“強い穢れ”と言ったものを暁殿は祓ったんだ。それを実力じゃなくてなんなんだい?」
「…」
有の言葉に蒼樹は苦虫を噛み潰したような表情をした。
先程の蒼樹の言葉に少々ムッとしていた暁だったが、蒼樹のその表情を見て、溜飲が下がった気持ちになった。
「…それよりこんなところで油を売っている場合か?無駄な時間を過ごしていると日が暮れるぞ」
「また“無駄”ですか。…そんなこと言われなくてもこれから調査に行きますから。蒼樹様はご自分が市場に居るのは無駄ではないようですね。まぁ、こうしてお話している時間も“無駄”でしょうし。では」
暁は嫌味を言って別れようとすると盛大に腹の虫が食事を催促した。
ぐーぎゅるぎゅる
隠しようもないほど、それはまぁ大きな音で主張したので目の前の有も蒼樹も呆気に取られているし、颯爽とこの場を立ち去ろうとした暁も思わず硬直して動けなくなってしまった。
微妙な沈黙が訪れる。
5秒ほどして、それを破ったのは有だった。
「暁殿、よろしければ菓子などお食べになりませんか?ご馳走しますよ」
「えっ?ですが…」
「口の悪い蒼樹の相手をしていただいているのです。ちょうど俺達も菓子でも買って食べようと話をしていたのです」
「えっと…」
辞退しようかと思ったが、にこにこと満面の笑みを向けてくる有の厚意を無駄にするのも申し訳ないので、素直に受けることにした。
…まぁ、本当はかなりありがたかったが。
「ありがとうございます」
「では、参りましょう。お好きな物を言ってくださいね」
「おい、有。勝手に決めるな!って、聞いてるのか!?」
有は暁に微笑みながら歩き出したのを見た蒼樹が、後ろから慌てた様子で声を掛けたが有はそれを聞こえないかのようにスルーしてそのまま進んだ。
そして後方で盛大なため息が聞こえたかと思うと、蒼樹がやってきて、3人並んで市を歩くことになったのだった。
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