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五月雨の空だに澄める月影に

帰り道②

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暁と蒼樹は声の方へ向くと、声の主が駆け寄って来た。

栗毛色の髪を揺らして来たその青年は暁達のところまで来て足を止めたが、その視線は蒼樹へと向けられていた。

年の頃は暁よりも年上、蒼樹と同世代に見える。
艶のある髪は左だけが少し短めに切られているのが特徴的だった。

なだらかな曲線を帯びた形の良い目。その目元は柔らかさを滲ませている。
そして蒼樹を呼び止めた声は優しい声音で全体的に柔和な印象を受けた。

(蒼樹様のお知り合いかな?神祇官の方?)

蒼樹以外の神祇官に会ったことはないが、なんとなくそれとは違うように感じた。

蒼樹を真っすぐに伸びる雰囲気の菖蒲の花と例えるならば、その青年は柔らかくたおやかで花が開いた朝顔の花のような人物だった。

そんな人物が暁達の前に来ると、蒼樹は驚いたように目を見開いた。

「もしかしてゆうなのか?」
「久しぶり。元気にしてた?」
「あぁ」

有と言う名の青年を前にした蒼樹はほほ笑みながらそう答えた。
その表情を見た心の中でぎょっとしてしまった。

いつも不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、何かある度に「無駄だ」「非効率だ」とばかり言う蒼樹が笑っているのだ。
驚くに決まっている。

思わずじっと2人のやり取りを見ていた暁に、有と呼ばれた青年が暁の視線にふと気づいたようにこちらを見て来た。

「あぁ、こんにちは。貴殿は蒼樹のお友達ですか?」
「えっ?」

突然友達扱いされたので暁は間抜けな声を上げてしまった。
それに対して蒼樹が半分ため息交じりに訂正した。
余りにも突飛な発言だったので呆れたのだろう。

「ちがう。同僚だ」
「あぁ、同僚…。と言うことは神祇官の方?蒼樹も若いけど随分若いですね」
「いや、こいつは陰陽寮の陰陽師見習いだ」
「なんで蒼樹が陰陽寮にいるの?」

有と呼ばれた青年が一瞬怪訝な表情をしてそう尋ねると、蒼樹は再びため息交じりに答えた。

「訳あって、今は陰陽寮の手伝いをしている」
「そうなんだ。あ、俺は有って言います。蒼樹の幼馴染って奴ですね」

納得の表情を浮かべた青年は今度は暁に向かってニコニコと笑顔で自己紹介を始めた。

そう言えば先ほど着替の時に蒼樹がぽつりと漏らした名前だ。
確か古い友人だと言っていたが、彼がそうなのだろう。

「私は賀茂暁と申します」
「暁殿ですか。蒼樹がお世話になってます」
「世話をしているのは俺だ」
「そう言ってツンツンして、本当は周りに迷惑をかけてるんじゃないのかい?」
「ツンツンなどしていない!」
「で、本当はどうなんですか?怒られたりしてませんか?」

少し顔を赤らめて反論する蒼樹を暁はまたぎょっとした表情で見てしまった。
不貞腐れたような表情の蒼樹など、幻覚でも見ているのではないかと思ってしまった。

本当は「ツンツンして腹立たしいことばかり言われてむかつく人です」と言いそうになるのをぐっと堪えてしどろもどろに答えた。

「あ…はい…怒られてるかと言えば怒られてる?か、ちょっと分からないのですが…まぁ、こちらがご迷惑をかけてはいるかもしれません」

「…ふははっ。嘘をつくのが苦手なご様子ですね。ったく、こんな優しい方に辛く当たっては駄目だよ」
「辛く当たってなどない。それより、お前は今は何をしているんだ?」

話を逸らせようとしたのか、蒼樹が有にそう尋ねた。

「実はとある方の護衛をしていて、地方にいたんだけど、今回京に戻ってきたんだ」

護衛ということは有は剣術に優れているという事だろうか。
そう言えば蒼樹が有の事を〝共に剣術を学んでいた〟と言っていたのを記憶している。

有をよく見ると腰には太刀を佩いていて、目に入った手はごつごつとしていて剣を握る男のそれに見えた。
柔らかい雰囲気ではあるが、なよっとしたところはなく、しっかりとした体躯であることが着物の上からも分かった。

「でも蒼樹も変わってなくて良かった」
「何年ぶりだ?」
「うーん、5年くらい?」

そうやら二人はかなり久しぶりの再会のようだ。
積もる話もあるだろう。
そう考えた暁は屋敷に戻ることにした。

「では私はこれで。蒼樹様、牛車をお譲りいただきありがとうございました」
「あぁ」
「蒼樹、そこは“気を付けてお帰りください”だろ?まったく気が利かないなぁ」
「うるさい」
「では、暁殿、お気をつけて」
「ありがとうございます。失礼いたします」

にこやかにほほ笑む有と憮然とした様子の蒼樹を見ながら暁は一つ礼をして牛車に乗り込んだ。
そして乗り込むやいなや、小さく噴き出してしまった。

まさか迂闊に声を掛けたら切り殺されそうな雰囲気の蒼樹が、あんなに動揺したり顔を赤くしたりと表情豊かになるとは思わなかった。

(まぁ、そんなに長い時間一緒にいるわけじゃないけど…くふふふ…それにしても…ふふっ)

気づけば先ほどまでは戦力外通告をされて落ち込んでいた気持ちも、なんだか憑き物が落ちたようにすっきりと無くなっていた。

(よし、私は私ができることをしよう)

強がりではない。
自暴自棄でもない。
陰陽師として、怪異を収め人を救うという仕事は変わらない。

暁は自分の中の軸を改めて認識すると、気持を切り替えてまた事件に向き合うことに決めたのだった。
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