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五月雨の空だに澄める月影に

帰り道①

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ぎぃぎぃと牛車の車輪が軋む音が車内にも聞こえる。
暁はその音を聞きながら、ぼうっと畳を見つめていた。

頭の中では先ほどの近江の言葉が蘇っていた。

『では人を悪者にしてあれこれ言うのは陰陽師殿の仕事なのか?』
『陰陽師殿は今日、妖を調伏できたのか?』

ぐうの音も出なかった。

妖の調伏には因果が必要で、その因果を知るためには関係者の証言が欠かせない。
だから近江に話を聞かざるを得なかった。

今回妖を調伏できなかったのは証言や証拠を得ることができなかったためだ。
それは仕方ないことなのだ。

(でも…それは詭弁だ)

妖を調伏できなかったのは事実だ。

暁が妖を調伏できなかったため近江は今も妖に命を狙われている。

ふと、目の前に座っている蒼樹に目を向けた。
蒼樹はこちらの様子など気にも留めていないようで、前方の前簾を見ていた。

『やはり陰陽師のやり方は時間の無駄だと言うことだ』

蒼樹はそう言った。

もし蒼樹だったら、神祇官の力を使って妖を強制的に引き擦り出し、そして祓うことができる。

そうすれば暁のように因果を知るために調査をする必要もないし、妖を祓って今頃は近江も安心して寝ているだろう。

蒼樹の言う通り陰陽師のやり方は無駄で、神祇官のやり方の方が正しいのではないか。
そんな考えが頭をよぎった。

(ううん。違う。私は何も間違っていない)

暁は直ぐに頭を振ってその考えを追い出した。
自分の中の戒め――ミエの事を思い出す。

あの時、ミエは蒼樹に無にされてしまった。ミエの子供に対する思い、奪われた悲しみ、再び会いたいという切なる願い。
ミエの想いも人生も、その全てが一瞬で無に帰された。

それを思うとやはりそれが正しいとは思えなくなる。

(大丈夫、ブレるな。自分がやることは一つ。一刻も早く因果を掴んで妖を調伏する)

五行の流れを正す。それが陰陽師のある姿だ。
暁はそう自分に言い聞かせた。

その時不意に蒼樹がこちらを見て来たので、目が合ってしまった。
蒼樹はこちらを見たまま視線を逸らさないので互いに見つめる形となってしまう。

(えーっと、なんか見られてる?)

ぜ自分を凝視してくるのか分からず暁が戸惑っていると、蒼樹がぽつりと漏らすように問いかけて来た。

「お前は…毎回あんな感じなのか?」
「と言いますと?」

蒼樹が何を言わんとしているのか分からず暁は首を傾げた。

「妖に触れると何かを見るのかと聞いている」
「え?見る…。ああ、妖の記憶を見ることはありますね」
「それはいつもなのか?」

「いつもではないですが、きっかけがあると見えるときはあります。今回みたいに吉平に助けてもらったり、因果を
もっと知っていると鮮明に見ることもあります」

「そうか…なるほど、それで…」

蒼樹はそう言ったきりまた車の前を見て黙った。
急に尋ねられ、急に黙られてしまい、暁は困惑した。
だが、それを突っ込む雰囲気でもなく首を捻りながら暁も牛車の外に視線を移し、外を眺めた。

「牛飼い。ここで止めてくれ」

蒼樹が突然牛飼いに声を掛けた。
その言葉に従ってギイと音を立ててゆっくりと牛車が止まった。

そこは大路に差し掛かるところで、聞いていた蒼樹の家の付近ではない。

「どうされたんですか?」
「ここからは歩いて行く。その方がお前も早く帰れるだろう」
「えっ?」

蒼樹の言っている意味が分からず暁は一瞬その言葉の意味を考えたが、その結果一つの考えにたどり着いた。

確かに蒼樹の屋敷に寄ってからも暁の屋敷に行くと時間がかかる。
それを気にかけてくれたのだろう。

意外な気づかいに暁は驚いてしまい、なんとかいうようにお礼を言った。

「あ、ありがとうございます」
「気にするな。時間の無駄を省いただけだ。ではな」

余りにも蒼樹の考えらしい答えを返したのち、蒼樹は牛車を降りて行った。

(でもそうは言っても早く帰れるようにしてくれたのは事実だしなぁ)

外はすっかり雨が上がっているが、足元はぬかるんでいて袴が汚れてしまうのは必至だろう。

このまま「はい、さよなら」とも言えず暁は蒼樹を追いかけて牛車を降りた。

「待ってください!えっと、あ、良ければこちらをお持ちください」

暁は蒼樹を呼び止めると、懐から浅黄色の木綿の布を取り出して渡した。

雨が降った時には被れば雨よけになるし、家に帰れば濡れた袴を拭くこともできるだろう。

暁の行動に今度は蒼樹が驚いたようで、一瞬目を瞠って動きを止めた。

「では借りることにしよう」

蒼樹は暁が差し出した麻布を手に取ると、そのまま立ち去ろうと踵を返そうとした時、蒼樹を呼ぶ若い男の声が闇夜に響いた。

「蒼樹!」
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