91 / 140
五月雨の空だに澄める月影に
帰り道①
しおりを挟む
ぎぃぎぃと牛車の車輪が軋む音が車内にも聞こえる。
暁はその音を聞きながら、ぼうっと畳を見つめていた。
頭の中では先ほどの近江の言葉が蘇っていた。
『では人を悪者にしてあれこれ言うのは陰陽師殿の仕事なのか?』
『陰陽師殿は今日、妖を調伏できたのか?』
ぐうの音も出なかった。
妖の調伏には因果が必要で、その因果を知るためには関係者の証言が欠かせない。
だから近江に話を聞かざるを得なかった。
今回妖を調伏できなかったのは証言や証拠を得ることができなかったためだ。
それは仕方ないことなのだ。
(でも…それは詭弁だ)
妖を調伏できなかったのは事実だ。
暁が妖を調伏できなかったため近江は今も妖に命を狙われている。
ふと、目の前に座っている蒼樹に目を向けた。
蒼樹はこちらの様子など気にも留めていないようで、前方の前簾を見ていた。
『やはり陰陽師のやり方は時間の無駄だと言うことだ』
蒼樹はそう言った。
もし蒼樹だったら、神祇官の力を使って妖を強制的に引き擦り出し、そして祓うことができる。
そうすれば暁のように因果を知るために調査をする必要もないし、妖を祓って今頃は近江も安心して寝ているだろう。
蒼樹の言う通り陰陽師のやり方は無駄で、神祇官のやり方の方が正しいのではないか。
そんな考えが頭をよぎった。
(ううん。違う。私は何も間違っていない)
暁は直ぐに頭を振ってその考えを追い出した。
自分の中の戒め――ミエの事を思い出す。
あの時、ミエは蒼樹に無にされてしまった。ミエの子供に対する思い、奪われた悲しみ、再び会いたいという切なる願い。
ミエの想いも人生も、その全てが一瞬で無に帰された。
それを思うとやはりそれが正しいとは思えなくなる。
(大丈夫、ブレるな。自分がやることは一つ。一刻も早く因果を掴んで妖を調伏する)
五行の流れを正す。それが陰陽師のある姿だ。
暁はそう自分に言い聞かせた。
その時不意に蒼樹がこちらを見て来たので、目が合ってしまった。
蒼樹はこちらを見たまま視線を逸らさないので互いに見つめる形となってしまう。
(えーっと、なんか見られてる?)
ぜ自分を凝視してくるのか分からず暁が戸惑っていると、蒼樹がぽつりと漏らすように問いかけて来た。
「お前は…毎回あんな感じなのか?」
「と言いますと?」
蒼樹が何を言わんとしているのか分からず暁は首を傾げた。
「妖に触れると何かを見るのかと聞いている」
「え?見る…。ああ、妖の記憶を見ることはありますね」
「それはいつもなのか?」
「いつもではないですが、きっかけがあると見えるときはあります。今回みたいに吉平に助けてもらったり、因果を
もっと知っていると鮮明に見ることもあります」
「そうか…なるほど、それで…」
蒼樹はそう言ったきりまた車の前を見て黙った。
急に尋ねられ、急に黙られてしまい、暁は困惑した。
だが、それを突っ込む雰囲気でもなく首を捻りながら暁も牛車の外に視線を移し、外を眺めた。
「牛飼い。ここで止めてくれ」
蒼樹が突然牛飼いに声を掛けた。
その言葉に従ってギイと音を立ててゆっくりと牛車が止まった。
そこは大路に差し掛かるところで、聞いていた蒼樹の家の付近ではない。
「どうされたんですか?」
「ここからは歩いて行く。その方がお前も早く帰れるだろう」
「えっ?」
蒼樹の言っている意味が分からず暁は一瞬その言葉の意味を考えたが、その結果一つの考えにたどり着いた。
確かに蒼樹の屋敷に寄ってからも暁の屋敷に行くと時間がかかる。
それを気にかけてくれたのだろう。
意外な気づかいに暁は驚いてしまい、なんとかいうようにお礼を言った。
「あ、ありがとうございます」
「気にするな。時間の無駄を省いただけだ。ではな」
余りにも蒼樹の考えらしい答えを返したのち、蒼樹は牛車を降りて行った。
(でもそうは言っても早く帰れるようにしてくれたのは事実だしなぁ)
外はすっかり雨が上がっているが、足元はぬかるんでいて袴が汚れてしまうのは必至だろう。
このまま「はい、さよなら」とも言えず暁は蒼樹を追いかけて牛車を降りた。
「待ってください!えっと、あ、良ければこちらをお持ちください」
暁は蒼樹を呼び止めると、懐から浅黄色の木綿の布を取り出して渡した。
雨が降った時には被れば雨よけになるし、家に帰れば濡れた袴を拭くこともできるだろう。
暁の行動に今度は蒼樹が驚いたようで、一瞬目を瞠って動きを止めた。
「では借りることにしよう」
蒼樹は暁が差し出した麻布を手に取ると、そのまま立ち去ろうと踵を返そうとした時、蒼樹を呼ぶ若い男の声が闇夜に響いた。
「蒼樹!」
暁はその音を聞きながら、ぼうっと畳を見つめていた。
頭の中では先ほどの近江の言葉が蘇っていた。
『では人を悪者にしてあれこれ言うのは陰陽師殿の仕事なのか?』
『陰陽師殿は今日、妖を調伏できたのか?』
ぐうの音も出なかった。
妖の調伏には因果が必要で、その因果を知るためには関係者の証言が欠かせない。
だから近江に話を聞かざるを得なかった。
今回妖を調伏できなかったのは証言や証拠を得ることができなかったためだ。
それは仕方ないことなのだ。
(でも…それは詭弁だ)
妖を調伏できなかったのは事実だ。
暁が妖を調伏できなかったため近江は今も妖に命を狙われている。
ふと、目の前に座っている蒼樹に目を向けた。
蒼樹はこちらの様子など気にも留めていないようで、前方の前簾を見ていた。
『やはり陰陽師のやり方は時間の無駄だと言うことだ』
蒼樹はそう言った。
もし蒼樹だったら、神祇官の力を使って妖を強制的に引き擦り出し、そして祓うことができる。
そうすれば暁のように因果を知るために調査をする必要もないし、妖を祓って今頃は近江も安心して寝ているだろう。
蒼樹の言う通り陰陽師のやり方は無駄で、神祇官のやり方の方が正しいのではないか。
そんな考えが頭をよぎった。
(ううん。違う。私は何も間違っていない)
暁は直ぐに頭を振ってその考えを追い出した。
自分の中の戒め――ミエの事を思い出す。
あの時、ミエは蒼樹に無にされてしまった。ミエの子供に対する思い、奪われた悲しみ、再び会いたいという切なる願い。
ミエの想いも人生も、その全てが一瞬で無に帰された。
それを思うとやはりそれが正しいとは思えなくなる。
(大丈夫、ブレるな。自分がやることは一つ。一刻も早く因果を掴んで妖を調伏する)
五行の流れを正す。それが陰陽師のある姿だ。
暁はそう自分に言い聞かせた。
その時不意に蒼樹がこちらを見て来たので、目が合ってしまった。
蒼樹はこちらを見たまま視線を逸らさないので互いに見つめる形となってしまう。
(えーっと、なんか見られてる?)
ぜ自分を凝視してくるのか分からず暁が戸惑っていると、蒼樹がぽつりと漏らすように問いかけて来た。
「お前は…毎回あんな感じなのか?」
「と言いますと?」
蒼樹が何を言わんとしているのか分からず暁は首を傾げた。
「妖に触れると何かを見るのかと聞いている」
「え?見る…。ああ、妖の記憶を見ることはありますね」
「それはいつもなのか?」
「いつもではないですが、きっかけがあると見えるときはあります。今回みたいに吉平に助けてもらったり、因果を
もっと知っていると鮮明に見ることもあります」
「そうか…なるほど、それで…」
蒼樹はそう言ったきりまた車の前を見て黙った。
急に尋ねられ、急に黙られてしまい、暁は困惑した。
だが、それを突っ込む雰囲気でもなく首を捻りながら暁も牛車の外に視線を移し、外を眺めた。
「牛飼い。ここで止めてくれ」
蒼樹が突然牛飼いに声を掛けた。
その言葉に従ってギイと音を立ててゆっくりと牛車が止まった。
そこは大路に差し掛かるところで、聞いていた蒼樹の家の付近ではない。
「どうされたんですか?」
「ここからは歩いて行く。その方がお前も早く帰れるだろう」
「えっ?」
蒼樹の言っている意味が分からず暁は一瞬その言葉の意味を考えたが、その結果一つの考えにたどり着いた。
確かに蒼樹の屋敷に寄ってからも暁の屋敷に行くと時間がかかる。
それを気にかけてくれたのだろう。
意外な気づかいに暁は驚いてしまい、なんとかいうようにお礼を言った。
「あ、ありがとうございます」
「気にするな。時間の無駄を省いただけだ。ではな」
余りにも蒼樹の考えらしい答えを返したのち、蒼樹は牛車を降りて行った。
(でもそうは言っても早く帰れるようにしてくれたのは事実だしなぁ)
外はすっかり雨が上がっているが、足元はぬかるんでいて袴が汚れてしまうのは必至だろう。
このまま「はい、さよなら」とも言えず暁は蒼樹を追いかけて牛車を降りた。
「待ってください!えっと、あ、良ければこちらをお持ちください」
暁は蒼樹を呼び止めると、懐から浅黄色の木綿の布を取り出して渡した。
雨が降った時には被れば雨よけになるし、家に帰れば濡れた袴を拭くこともできるだろう。
暁の行動に今度は蒼樹が驚いたようで、一瞬目を瞠って動きを止めた。
「では借りることにしよう」
蒼樹は暁が差し出した麻布を手に取ると、そのまま立ち去ろうと踵を返そうとした時、蒼樹を呼ぶ若い男の声が闇夜に響いた。
「蒼樹!」
0
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
公爵令嬢はだまっていられない!
西藤島 みや
ファンタジー
目が覚めたら異世界だった、じゃあ王子様と結婚目指して…なんてのんびり構えていられない!? 次々起きる難事件、結局最後は名推理?巻き込まれ型の元刑事…現悪役令嬢、攻略対象そっちのけで事件解決に乗り出します!
転生ものですが、どちらかといえばなんちゃってミステリーです。出だしは普通の転生物、に見えないこともないですが、殺人や詐欺といった犯罪がおきます。苦手なかたはご注意ください。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
夜通しアンアン
戸影絵麻
ホラー
ある日、僕の前に忽然と姿を現した謎の美少女、アンアン。魔界から家出してきた王女と名乗るその少女は、強引に僕の家に住みついてしまう。アンアンを我が物にせんと、次から次へと現れる悪魔たちに、町は大混乱。僕は、ご先祖様から授かったなけなしの”超能力”で、アンアンとともに魔界の貴族たちからの侵略に立ち向かうのだったが…。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
妹がいじめられて自殺したので復讐にそのクラス全員でデスゲームをして分からせてやることにした
駆威命(元・駆逐ライフ)
ホラー
僕、蒼樹空也は出口を完全に塞がれた教室で目を覚ます
他にも不良グループの山岸、女子生徒の女王と言われている河野、正義感が強くて人気者の多治比など、僕のクラスメイト全員が集められていた
それをしたのは、ひと月前にいじめが原因で自殺した古賀優乃の姉、古賀彩乃
彼女は僕たちに爆発する首輪を取りつけ、死のゲームを強要する
自分勝手な理由で殺されてしまう生徒
無関心による犠牲
押し付けられた痛み
それは、いじめという状況の縮図だった
そうして一人、また一人と死んでいく中、僕は彼女の目的を知る
それは復讐だけではなく……
小説家になろう、カクヨム、アルファポリスにて連載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる